2021年07月22日

棚田の魅力をさらに深く けれど棚田にはたくさんの「ありゃ」 

前頁からの続き)
それにしてもこの棚田とあぜ道の美しさ。
生活の営みとしての場であるけれど
人に見てもらうことを意識していないわけではないだろう。
(もちろん「人」には自分自身も含まれる)

海部郡内では、牟岐町古牟岐の南阿波サンラインからモラスコむぎへ降りる道中の谷沿いの棚田(くぼきの谷の棚田)
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日和佐寄りに太平洋と棚田が入る風景は三好和義的(実際にこの構図で撮られていた)。
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日和佐川流域ではこのブログにもしばし登場する山河内谷川との合流点付近(西山の棚田)
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赤松川流域は見事な棚田が広範囲に点在
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→ 詳しくは赤松川のタグから

ここの棚田はそれらと比べてもひけを取らないばかりか風情の点では優れている。


棚田との付き合いは長い。
1996年に全国的な学術会議(水郷水都全国会議・徳島大会)を企画した際に上勝町を訪れて棚田の百姓の谷崎勝祥さんから樫原の棚田について伺った。
(樫原の棚田は全国棚田百選のひとつ。ここが谷崎さんの活動拠点。百姓とは 棚田のマルチプレイヤーという肯定的な意味)

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そして県内で棚田の調査を精力的に行われていた第一人者の米田潤二さん。
(上勝棚田ウォークラリーで参加者を前に説明を行う米田さん)
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このお二人が棚田の師匠。
それに上勝町役場でごみゼロの普及啓発にまっしぐらに取り組まれた東ひとみさん。
その後、県庁で環境政策行政を担当されていた谷口右也さんらと勝浦川流域ネットワークというNGOを立ち上げて事務局として1999年からは棚田の学校の企画を行い、上勝町市宇地区の方々と運営を行った。

(ビオトープについて学ぶためにドイツ副総領事にお越しいただいたシンポジウムの打ち上げにて。左端は谷崎さん、右の中学生はパネリストの一人を勤め上げた東輝実さん(ひとみさんの娘さん)。未来を見据えた目線の確かさはお母さん譲り。
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この取り組みは地元の人でも用がなければ行かないどんづまりの集落を舞台に
棚田での暮らしの営みを都市部からの来訪者と地元の人が交流して体感する企画(体験ではないのは準備から後片付けまですべて参加者で行うため。地元の人にとっては再発見、再創造の場となる)。

道具のなかに江戸時代のものがあり、現役で使われていることに驚き。骨董品でも文化財でもなく日用品。
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当初は都市部からの子どもや親たちを前に地元の方々は「コカコーラを用意しよう」「キャラメルを買っておこう」などと気を遣われていたが、地元の普段の暮らしを見ていただくために、飲み物は上勝晩茶、おやつも地元の素材で参加者でつくることで定着。
そして農作業だけでなく、わらじ編みや山菜料理、カヤの葉のバッタづくりなど日常の営みが題材になる。なにより勝浦川最大の支流旭川の谷底が見えない高度感は雲や星が近い感じがある。

(機械が入らない小さな棚田は定規で手植え。3世代が泥田に入る光景に胸が熱くなる)
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参加者は一度来ると参加者同士が連絡先を交換し合う仲になる。そして不定期で開かれるイベントを心待ちにしていただくようになる。
そんなわけで当初は身内3人から始まったものが数ヶ月後には50人が当たり前となった。
当時としては事後に写真や説明をていねいに発信することが珍しかったので
(言ってみればこのブログの原型。当時はHTML主体だった)
県外はもとより外国からの参加もちらほら混ざるようになった。

(海外から参加された方。上勝晩茶の茶摘みから茶すりまでできたことは一生の想い出かも)
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イベント終了後に参加者とくつろぐ植松光江さん(右)
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子どもに田植えのてほどきをする植松時寛さん
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そして2007年にはNHKの特番「地球エコ2007」で20時のゴールデンタイムを独占する快挙となった。地元の世話役であった植松夫妻(当時70代)が出演されたのだが、ディレクターからの「エコについてどんなことをやられていますか?」という質問で、妻の光江さんが「エコってなんで?」と真顔で質問。
(ありゃ)
するとディレクターが「植松さんたちがやってらっしゃる暮らしがエコなんですよ」と説明すると、
「これがエコで」と光枝さんが感心する一幕がオンエアされた(光江さん、番組の趣旨を理解されていなかった?)。
さらに夫の時寛さん、いつもの月桂冠(2級酒)を気分良く煽りながらテレビカメラの前でこくりこっくりと。
(ありゃ)
飾らぬ二人の姿も視聴者の共感を呼んだ。

番組終了後に「あの場所へ行きたい」「植松さんに会いたい」とNHKに問い合わせが殺到。
しかしこんな場所に来てもらっても公共交通はないので日帰りは無理。
泊まる場所が必要ということで植松夫妻は70代にして自宅を改装されて農家民宿「里がえり」を起業することになる( 県内最高齢の起業だろう。現在も予約によって営業中と伺っている)。
(ありゃ)
以後、数ヶ月に渡って人の出入りが絶えず、さすがに植松ご夫妻もこれはたまらんと一時的に受付を中止されたとか。
(ありゃ)

ぼくは市宇地区を「天上の楽園」と名付けた。
地元の方々も「それがいい」と旭川沿いの県道に立て札を立てた。
「天井の楽園へようこそ」。
(ありゃ)

こんなふうに市宇地区での棚田の交流活動は20年を超えて続けられているのである。
当時、イベントの告知や開催中の様子を知らせるWebを作成したのが以下。
勝浦川と棚田の学校
https://www.soratoumi.com/river/ryuiki/

上記のWebサイトで下方の地形の俯瞰は「カシミール3D」というソフトで作成したもの。
この開発者の方(日比光則さん)から2005年に突然にご連絡があった。
その後ご縁があって海部郡に移住されるようになる。
(ありゃ)

WordPressやSNS全盛のいまと比べたらHTML主体の古典的なつくりで隔世の感があるが、手作り感のある発信に共感が集まったのだと思う。
決してオンラインのつながりを否定するものではないけれど、対面の瞬間に走る電流がある。年頃の異性だとそれは恋、同性だと友人、仕事だと取引となる。リアルかオンラインかの区別というより動機が大切という気がする。

なお、このWebサイトを含む「空と海」のWebサイトについて
カナダ人で日本の棚田に興味を持ったアン・マクドナルドさんが
棚田関連の大会の基調講演でこのWebサイトを話題として採り上げていただいたようだ。少し長いけれど原文のまま引用。

(前略)一番おもしろかったのは徳島県、徳島県の方でNPOとしてあるオフィスがやってるんですけど、そのオフィスの名前もまたおもしろいんです。空と海オフィス、空と海オフィス、何か夢をロマンを感じさせるようなオフィスの名前ですけど、そのホームページもまたしゃれてます。とっても素敵、一流のデザイナーがつくったんじゃないかなと思って、そのデザイナーの紹介のところがあるんです。それを押してみたら、若い26歳の女性の顔が出てくるんです。彼女、自己紹介して、高校卒業して一たん東京に出て行ったんですけど、やっぱり、田舎が好きで、田舎愛してるし、田舎に帰りたくて、実家の徳島に帰ってきたんです。彼女は、自分の人生は農村のすばらしさをコンピューターのデザイナーとして全国の皆さんに紹介したいということでその仕事に取り組んだんです。

 彼女は、優れた仕事をしたと思います。なぜならば、棚田だけでやったではなくて、総合的にやってるんです。ちょっとわかりにくいかもしれないんですけど、ここで言いたいのは、棚田保全を聞くときに、棚田でとまってしまうんですよね。「棚田だけ」みたいな感じですね。でも、棚田は農村の一部にすぎないんで、農村をどうするのかの中で棚田も入ってくると思うんですけど。個別に扱うんじゃなくて、総合的に見る必要もあると思うんです。ときには、個別に見る必要もあるんですけど、ときには総合的に、農村の中で、農村の未来、農村保全と棚田をどう考えるのか。彼女はそうふうにつくってるんです。彼女がいろんなリンク、ほかのページとリンクしたりしてて、ある意味では、もうクモの巣みたいなつくりしてるんです。そうすると、棚田についてちょっと押して、写真展の方に行くし、あと棚田学校の方に行くし、そこからまた、彼女は非常に農村に住んでる女性たちのいろんな課題についていろいろ興味を持っているデザイナーですから、農業女性経営者についてのページもまたあるし、農村で女性たちの活動をどうやってもうちょっと活気のある活動をさせていけばいいのかとか、いろいろ20代の彼女が考えてるのと、また、彼女が探し出してリンクしてるところもあるんです。だから、非常に26歳なのに、もうワクワクと農村全体を総合的にデザイナーの1人の人間として考えている姿がそこでワッと画面から伝わってくるのが、日本の農村はやっぱりそういう若者がいるとすごくうれしいんですよね。
(引用ここまで)

このなかでアンさんの勘違いからか、ぼくは26歳の女性Webデザイナーとなっている。
(ありゃ)
しかし「空と海」のWebサイトの様子を的確にお伝えいただけたと思う。

さて、もう一度、数日前に訪れた辺川の棚田(阿南市福井町)を見てください。
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クルマ一台がようやく通れる路に沿って沢を遡行するように棚田が奥へと伸びている。
(川筋でいうと奥が上流側)
右側は鎮守の森に囲われた八幡神社。
(この神社が霊力あふれる非日常の世界と太陽と水に祝福された日常が交錯する空間になっているんだね)。
この道が一瞬右に蛇行して鎮守の森に吸い込まれるが、森を抜けると再び棚田と伴走する。
里山の暮らしの営みがこの視野に凝縮されているような、空気が凛と張り詰めているような、それでいておだやかな感情のほとぼりが漂うような。

棚田と棚田の人々との関係性はまだまだあるし、これからも続いていくけれど紙面が尽きてきた。
自宅から1時間以内に点在する場所のなかだけでも生きていけそうな気がする。
それが徳島の良さなのだけれど…はて?
(どこを検索してもこのブログで紹介されているような場所はインターネット上では見かけないぞ。マニアックというよりは自然体と思っているけれど)
(ありゃ)
SNSは目に見える2割の世界に投稿の9割が集中する偏った電磁空間なのかもしれない。
サンテグジュペリの星の王子様が21世紀に来られたらきっとこういうよ。
ほんとうに大切なものは目には見えない、と。
(ありゃ)

タグ:昆虫 棚田
posted by 平井 吉信 at 21:21| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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