2021年04月09日

テネシーワルツと青い瞳のスミレ


眠りに就く前に柳ジョージを聴いていた。
夢のなかで「青い瞳のステラ 1962年夏」が繰り返された。

どんな理由かわからないが、異国の地(日本)に流れてきたブロンドの髪の女性。
赤いキャンディー、白いペンキ、夏の風と原色の色彩がたたみかける。
派手な化粧に濃いオーデコロンと生活はくたびれていたかもしれないが
子どもの俺を可愛がってくれた。
帰る(還る)ことのない故郷のテネシーを思いすすり泣きが聞こえる。
夜明けまでに彼女の哀しみは癒えるだろうか?
いまは港を見下ろす丘で静かに眠るその女性を偲んでいる、という情景に包まれる歌。
柳ジョージの声だからいい。この楽曲を収録した2枚組のLP「Woman and I」は名盤(CDの入手は難しくなっている。10代のぼくにこのアルバムの存在を教えてくれたのは年上の女性だった)。

日本のスミレが好きだが、自宅で眺めるために連れ帰ることはできない、したくない。
野に咲いてこそすみれ、だから。

ある日、近所のスーパーで小さな鉢に閉じ込められた一鉢の薄紫のスミレ(園芸種だが種類はわからない)に出会った。
65円…。
庭に離してやろうと思った。
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日本生まれでないかもしれないが
日本で育っただろう。
「テネシーワルツでも歌いましょうか」
そう言っているように見えた。

スミレに近づくのはハナアブ、おそらくホソヒラタアブ。
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近づいてみると多少メタリックな質感が印象的。
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羽を閉じると違った印象
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自生であれ植栽であれ、青紫の花弁に見つめられるとしゃがんでしまう。
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追記
柳ジョージの隣にaikoのカブトムシのシングルCDがあった(アルバムではなくシングル。だってこの曲だけで一つの小宇宙だから)。
久しぶりに廻してみると
感情のほとばしるうねりに息つく間もない数分。
意外なコード進行に導かれる旋律は歌詞に寄り添い一体化して
生き物(等身大のaiko)の息づかい。
そのまっすぐな強さ、その裏の切なさ。
ノンビブラートの歌唱、裏返る声、リバーブを排して聞かせる録音。
この人だけが書ける曲、歌えるうた。

でもぼくは「シアワセ」がさらに好きだ。
地球でふたりの刹那、一瞬が無限になり瞬間が無限に続くような幸福感を歌の世界で凝縮できるなんて。
(これもシングルCDで持っている)

タグ:aiko スミレ
posted by 平井 吉信 at 23:14| Comment(0) | 家の庭
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