2020年09月21日

棘のある香酸柑橘 茶の花も咲いている斜面で収穫 でもこれでいいのか?


勝浦川流域は香酸柑橘(こうさんかんきつ)の宝庫、露地のスダチが鈴なりに実る山間。
青い実がつき始めているのはユズ、ユコウ。
農業関係の集まりでセミナー講師を担当したことがきっかけとなって
すだち農家の方に収穫体験をしてみないかとお誘いをいただいた。

みずみずしいスダチの木陰。
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でもスダチの収穫(摘果)をされた人ならご存知。
手足や身体が棘にさらされるので頑丈な木綿の服を着ていく。

山の斜面に植えられた香酸柑橘の畑へと向かう合間に
自生している茶が目に付いた(画面奥に見えるのが茶の実)
ヤブキタなど茶畑の植栽とは異なる品種で山茶という。この茶葉から緑茶も阿波晩茶もつくることができる。
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実がなっているということは花が咲くということ。
これが茶の花。見たことはありますか?
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椿に似ている。そういえば山茶花(さざんか)という漢字もある
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茶と共生するツユクサ。露草と書いてみたい。
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木になっているユコウ
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収穫のときに分けていただけるか気になっている。
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宇宙空間に浮かぶ地球、といった趣
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ユコウに見とれていると
ユズもあります、のお声
柚はお尻がクレータのように盛り上がる
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葉が落ちると枝がわかりやすい。これがユズの枝
この隙間に手を入れて摘果する(スダチも同じ)
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たわわに実っていたスダチも収穫された
(大粒で艶がある)
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生産者の方はこの篭を背中に背負い、片手にも提げて
急峻で足元がおぼつかない踏み跡を道路まで運ぶ。
(途中に崖が連続していて足元を滑らせたら大けがは必至)
さすがに滑落はしないというが、
これまでに数回バランスを崩して摘果したスダチを谷底に落としてしまったことがあるという。
手足や背中まで棘にやられながらも慣れていると笑う。
いや、棘のなかに上半身を潜り込ませなければ採れない。
でもどうやって身体を引く?
(実際この日のぼくは切り株にこすれてズボンがカッターで切ったかのようにぺろんと破れて膝下を裂傷した。大したことはないよ)
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ひとやすみしている時間に果汁になる加工品の価格を聞いて驚いた。
これでは苦労が報われない。

樹間にも秋の気配。これは紫蘇の花
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農薬はあまり使用されていないという。
そのためか蝶が寄ってきた。
いつものゆっくりとした動作で蝶に近づいていく。
手に持っているのは標準レンズ。
ツマグロヒョウモンの♀のように見えるが違う気もする。
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嵐に遭遇したか鳥に襲われたか片羽根が痛んでいる。
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彼岸花を一輪見つけた
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(写真はすべてフジX-T30+XF35mmF1.4 R)

佐那河内村の一部の生産者がつくっている「さなみどり」は言葉に形容できないみずみずしさで
生きていてよかったと思える風味だが、ほとんど知られていない。
和歌山県北山村のじゃばらはブランディングに成功した取り組みだが
どの香酸柑橘でもあれができるわけではない。
(青果にせよ加工品にせよ単価が他の香酸柑橘と段違いに高いので生産者の手取りが多い)
https://kitayama-jabara.jp/
https://kitayama-jabara.jp/hpgen/HPB/entries/1.html

徳島の中山間地域ではイノシシや鹿が出没しそうな山の斜面で
きょうもスダチ農家がせっせと手を動かしている。
棘の向こうのスダチ1個、ヒトが採っている。



ちょっとひとりごと。

コロナ禍で明らかとなったのはこの社会に要らない職業などないということ。
感染症のリスクにさらされながらレジを通す人もマスクを縫製する小さな事業所の人もいる。
それなのに所得の格差は大きい(ここ20〜30年代の格差の拡大が社会の歪みや社会保障や医療費の増大を招くとともに、消費を落ち込ませているのは事実。それに消費増税が追い打ちをかけている愚策。軽減税率はさらに重ねた愚策)。

生産性を上げるためにするべき施策があるはずだが逆ばかり。
内需の拡大、安心できる暮らしと消費喚起の政策。
何より格差をなくして安心できる暮らしを提供することが
ひいては最上の経済政策にもなり得る。
大局的には資本主義も共産主義も行き詰まり
独裁主義、ナショナリズムの政権によるポピュリズム、国民分断をねらう政策が横行。
(日本に限ったことではない)

その反面、SDGsやらエシカル消費やら買い物袋の有料化など
小手先の概念のように思えてしまう。
生きるための本質を見ていくと結果としてSDGsになるかもしれないけれど
それが目的ではないだろう。

内閣の支持率が高い?
どこを見ていますか?
あるべき国の姿、理想はありますか?
その方向へ行こうとしていますか?
(行ってないでしょ、ここ20年以上。大切なのは冷静な分析に基づく揺るぎない理念)
さらに夢を語らない首相、
夢を語れない野党第一党党首。
(夢とは未来が楽しみになる社会を描く処方箋のこと)

労働人口の流動化への規制緩和による非正規雇用の増加、
法人税の税率引き下げと消費税の税率改定、
低金利政策で行き場のないカネが株式市場に殺到した結果の実態のない株価(コロナ禍で苦しむ企業の実態を反映すればリーマンより悪化している。実態は日経平均で1万円の価値もないだろ)。

実質所得は20〜30年前が高かった。
多少泡に膨らされていたけれども普通の人が夢を見ることができた。
ジャパン・アズ・ナンバーワンがいまではアジアのリーズナブルな国へと転落。
80年代にベスト10に7社入っていた日本企業はいまではベスト30になら1社のみ。
100円ショップなど汎用的な製品は日本製、独創的な製品は中国製。
かつて日本製が駆逐したスイス時計は高付加価値製品や個性のある製品がずらり。週休三日で所得も高いスイスは模範。

かたや時給800円で生きていけるか?(休みたくても休めない)
ヒット曲もこじんまりと低回する曲調(ほら、あの柑橘の名前の付いたヒット曲のこと)が受ける。
(それはそれでいまの時代を表現しているので共感が集まるけれど音楽としてはつまらない)
身内を大切にするが国民には冷たい政権。
自助努力を求めつつ消費税はさらに上げるつもり。
国は守ってくれないので自分で自分を守れということ(それはそのとおり)。

でも普通の人が普通の仕事をして
夢を見たくなることが政治の役割ではないか。
(補助金をやめて電通やパソナへの委託事業もやめて簡素な施策で公正に。費用対効果や効率だけで判断せず科学技術や人材育成には集中的な投資を!)

失われた30年、政治の責任は重い。
思いつきの駄策を次々と繰り広げる政治に怒りを込めて見ている。
(自民党でいうならかつての小渕首相は人の意見に耳を傾けて良いと思ったら採用するなど周辺を活かしていた。いまは1億人が一人の思いつきに左右される恐怖の政治)
posted by 平井 吉信 at 23:20| Comment(0) | 生きる
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