2020年08月16日

暑い夏もコロナも歓迎


盆も返上で連日深夜までの仕事が続いている。
睡眠時間は4時間ぐらいのこの頃だが、
食欲は失われていない。水分を取り過ぎていないことも貢献している。
気温が30度を超えるようになって体調が随分とよくなった。

室内温度は昼間で33度ぐらいになるが
ご承知のようにエアコンは使っていない(数年前にお金をかけて取り外した)。
ぼくは体温が高いのでこれぐらいの室温が快適なのだ。
クルマに人を載せることはあまりないが、
ついついエアコンを入れるのを忘れていて
「暑くないですか?」と同乗者に指摘されて慌ててスイッチを入れる場面がたまにある。

扇風機はときどき使うがそれも最初だけ。
仕事場には20年ぐらい前に買ったパナソニックの扇風機(当時2万円以上の最上級機種)がある。
取り柄といえば静かなことぐらいで家電としては赤点だろう。
例えば以下の点を見れば、使われる現場を洞察することなく設計されたことがわかる。
(現時点ではリモコンは壊れている)

(1)電源を切ろうとしたら一度すべての風モードを経ないと切ることができない。
リモコンを使わない場合、スイッチを押すのは人の手である。かがみこんで操作している人に最強風を顔に浴びせないと切れないというのはどういうことか(インターフェイスの設計ミス。タッチパネルで凹凸がないというデザイン性のみ。そのデザインにも機能美は感じない)。

(2)デフォルトが「ゆらぎ」モードとなっている。
「ゆらぎ」モードとは単なる回転数の可変であくまで人工的な風である。特に強風でのゆらぎは「台風」(モーターを加速させる爆音)と「そよ風」(モーターにブレーキをかける)が繰り返されるだけで拷問に等しい(強風時にゆらぎを誰が必要とするのだろうか?)。そしてゆらぎモードを解除できるスイッチはリモコンのみ。リモコンが壊れた現在では4段階の風のうちソフト(最弱)しか事実上使えない。

(3)最弱でも風が強すぎる
書類が飛んでしまうため使うのは数分だけ。数年前に数千円で購入して寝室で使っているトヨトミのDC扇風機は32段階に設定できる。そのうち使うのは1/32という最微風でこれを身体に当てないようオフセットすることでかすかな風の動きを常時存在させている。夜の室温も33度から35度ぐらいと思われるが、エアコンなしで熟睡できる。人がいないときにも扇風機は回すが、このときは風力を真ん中ぐらいにしてサーキュレーター代わりに使っている。12畳の大きさでは強いてサーキュレーターの直進性の高い風は必要ない。

寝室で使う扇風機は直接人に当てず風が部屋を巡回していてその真っ直中で眠るという風の設定が好ましい。そこにはゆらぎなど不要。モーターの駆動制御の騒音とロスが大きく、かえって安眠を妨げる。カタログを飾るだけの機能でしかない。

こんな製品をつくっていればメーカーの経営は傾く。作り手の思いがなく外部(技術コンサルタント)に開発を丸投げしているのだろう。その点、一生を製品づくりに捧げた技術者がいたサンヨーでは独創的かつ本質的な製品づくりがあった。ところがあろうことかパナソニックと統合されたあと、サンヨーは身売りされてしまい、サンヨーのDNA(徹底的に開発者が製品を使いこなす社風や専門性に誇りを持つ気質)は失われ、今日のパナソニック製品ではドライヤー以外に見るべき製品がないと判断している。

事業所や店舗でサーキュレーターをうまく使えば感染症対策になり得るが、徳島県内で正しく設置して使っているところはほとんど見たことがない。
飲食店では空調が座席配置とともに感染症対策の要となる。ところが賃借物件などでは穴を空けるなど構造面に手を入れることを地権者が了承しない場面がある。その場合は換気扇による強制排気か、既存の1箇所の窓(網戸使用に改造する)からサーキュレーターで強制排気するしかない。サーキュレーターの特徴は直進性の高い送風で室内の空気の入れ換えを迅速に行うことが目的。ゆえにサーキュレーターに首振り機能は不要だ(故障や重量増、トラブルの原因)。

もうひとつ大切なことは感染症対策では気流の流れに人を巻き込まないこと。SARS-CoV-2では接触感染と飛沫感染が主要因であるが、マイクロ飛沫感染は起こりえる。そのため空気の流れは人に当ててはいけない。

ふたつめに空気を効率的に換気するために吸気口(自然吸気)を設けることが望ましい。それは換気扇と対角線斜めの位置が望ましいが、サーキュレーターがあれば吸気スリットは換気扇と反対方向にあれば十分。

空気清浄機は感染症対策に効果がないというのが専門家の知見である。加湿器の原理で次亜塩素酸水を空間に蒔くのもまったく効果がない(要するに空間除菌はありえないということ。もし空間除菌ができるのであれば人に健康被害をもたらす。原理原則を考えればわかる)。

暑い夏は暑いことを受け容れるだけ。
そこにはエシカルもエコもSDGsも気取る必要はない。まして我慢でもなければ心頭滅却する心身の修練でもない。

仕事は激減したけれど、
ぼくの目にはCOVID-19がちらりと見せてくれた未来への燭光に希望と感謝すら感じている。
暑い夏を暑いまま楽しむこと、感染症も受け容れてできうる対策を徹底的に自然体で行うだけ。
暑い夏もコロナも歓迎だ。

posted by 平井 吉信 at 11:17| Comment(0) | 生きる
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