あの頃の政府は国民を駆り立て戦争に向けて暴走した。
その結果は誰も幸福にならなかったばかりか
尊い生命が犠牲になった。
焦土となった国土の回復は奇跡ともいえるが、失った北方領土は戻ることがない。
近隣諸国とのぎくしゃくした関係はどれだけそれぞれの国民の幸福を逸失したことか。
その責任は重大であり、例え何世紀になろうと忘れることはできない。
箴言に耳を傾けず、狭い了見と思いつきで突っ走る内閣。
国粋主義はいかなる正当性もない。
NHKの連続テレビ小説で作曲家の古関裕而が取り上げられている。
甲子園でおなじみのあの楽曲も、NHKの昼時の放送のあのテーマも彼の手によるもの。
古関さんは戦時歌謡も手がけている。
(それが本意であったかどうかはわからないが、若者を戦場に志願させたのも音楽の力であったかもしれないことを後悔されていたのではないだろうか。けれど現地で兵隊が涙を流しながら古関さんの戦時歌謡に耳を傾けていたのも事実)
「愛国の花」は太平洋戦争に突入する前の昭和12年の作品で、
銃後の女性たちに思いを馳せてつくられた。
歌手は渡邊はま子さん(でもぼくはあまり感銘を受けなかった)。
いま聴くと女性はか弱きものと描いているように感じる人もいるだろう。
ときの為政者の意向をに従いながら
作詞家と作曲家の願いは別のところにあったのではないかと思える。
(この曲と古関裕而について予備知識は持たないで書いている)
最初にこの楽曲を知ったのは有山麻衣子さんのソプラノで。
初々しさは誰の心にもほのぼのとあかりを灯すアルバムであった。
ここでは戦時歌謡を純音楽としてうたっている。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177021874.html
YouTube上には本家も含めて
現代の自衛隊の演奏なども聴けるが
ぼくがこの曲に思いを寄せられるようになったのは
藍川由美さんの歌唱である。
(YouTube上には歌い手の名前がクレジットされていない)
https://www.youtube.com/watch?v=_PJcJ-z0JIY
ピアノの静かで簡素な伴奏に乗ってゆったりとしたテンポで歌が響き出す。
声楽家にありがちな声を響かせてよく聴かせようとする作為がないのに
落ち着いたテンポのなかに凛とした空気が張り詰める。
ビブラートや小節に頼らずひたすら自分を信じて
静かに押し出していく声の強さ、それでいてレガートの魅力。
どこまでが藍川由美でどこまでが愛国の花かわからない一体感。
古関裕而特有の音階の高揚感が人を酔わせるのだろうけど
それとは対照的にぐっと力を蓄えつつ落ち着いて徘徊する旋律の魅力がある。
楽曲の構造も軍部に文句を言われない戦争賛美は入れているけれど
ほんとうに作詞家と作曲家が言いたかったのは
最後の旋律にあるのではないだろうか。
2番の歌詞を例に取ると「ゆかしく匂う国の花」のフレーズ。
高揚する音程が終わって
ここでゆかしくの「く」の箇所で次の音符までの間に
藍川さんが音程をずり下げているが
そこに得も言われぬ奥ゆかしさを醸し出す。
(このような歌い方が明確に聞き取れる歌い手は少ない)
藍川さんはアカデミックに楽曲の再現をされる方なので楽譜が求めているのだろう。
(たったひとつのスラーを入れるだけで部分的な旋律の表情、ひいては楽曲の印象が変わってしまう。古関裕志はそれがわかっていた方なんだろうな。そしてそこに大衆の気持ちが入り込む場所をつくりだした)
この曲に女性の持つ生命力、いのちのたゆたいを感じさせる。
細部のニュアンスを忠実に、しかも美しい日本語の発声を添えて
愛国の花という楽曲をいまの時代にメッセージとして届けているようだ。
(ぼくは藍川さんの唱歌や昭和の歌謡を聴いてみたい)
戦時歌謡と言われる楽曲をいまの時代に冷静かつ情感を込めてうたうことで
当時の楽曲の作り手と歌い手、ひいてはそこに共感した国民の感情が見えてくるのではないか。

(愛国の花に献呈するのはナガバノタチツボスミレ、佐那河内村で撮影)
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