2020年03月24日

不安は不安のまま外から眺めてみる


いいしれぬ不安を抱えている人が多くいらっしゃるだろう。
それは漠然とはしていても絶えず脳裏を離れず
少し油断すると憂鬱にさいなまれるような。

そんなときは不安から逃げないほうがかえっていいように思う。
解決しようとしない態度とでもいうか。

人は矛盾を抱えて生きていくもの、という前提を決めてしまえばいい。
だって人生の縮図のような腸内細菌にも善玉菌も入れば悪玉菌もいる。
しかし悪玉菌とて善玉菌を活性化させる役割を担っているかもしれないのだ。
矛盾は矛盾として存在しながらも
それを気にしないで(あるいは不活性化して)つきあっていく―。
それが人の生き方。

ぼくは座ることを奨める。
そうすると雑念が波のごとく押し寄せてくるだろう。
それはそれでいい。
生きているのだから当然。
生命の矛盾を感じているのだから。

湧き出る雑念を追い払うことなく
自分の身体の外から他人事のように眺めてみる。
ああ、いつもの不安症がやってきたな。
きょうはどれぐらい滞在するかな?

そうして客観的に悩んでいる自分をもう一人の自分が見ているような感じで
自分の心の動きを見守る。いや、自分そのものを見守る。
みじめ、すばらしい、悲しい、嬉しいなどの価値判断を交えずに。
感情と思っていた存在は実は価値判断かもしれない。
だから思い浮かぶことを次々と流れていくのを見守る。

少し変化を感じたなら音楽を聴いてみる。
するといままで気付かなかった何かを感じるかもしれない。
身体の深いところで起こる変化が感じられたら
不安はないことに気付く。
実は不安は消えたわけでもなくなったわけでもない。
不安を感じようとする自分がいるだけ。


そうはいっても国の運営で国民の不安をもっとやわらげられるはず。
ぼくならただちにベーシックインカム(すべての国民に毎月5万円を期限を切らずに給付する)と
消費税の撤廃を行う。
その代わり複雑なしくみをすべて撤廃する。
(手元のお金で生きていってください、というわけ。それでも一定の救済措置は設ける)
すべての国民に現金を給付するとともに所得税の累進を高める。
この国の経済活力にはすべての国民がお金を使える状況が必要だから。
経済が活性化すると裕福な人はさらに裕福になり
そうでない人も豊かに暮らせるようになる。

日本はこの30年間、所得は増えていない唯一の先進国でありながら
物価は上がっているため可処分所得が減少している。
これでノーベル賞が出ているのは国民がすばらしいとしかいいようがないが
それはいつまでも期待できるものではない。
文化や学問や芸術は一見ムダに見えてもそれがとても大切である。
社会のなかに一定の冗長性を持つことが必要だが、
現実は働き盛りの世代は働きづめでお金も生活も心にもゆとりを持てない。
(こんな時代には寅さんも生きていけないよ)。
生産性の高い社会になって冗長性を持ちたい。

そのためにはこの30年の間違った政策を総括して真の改革を行わなければならない。
政党は解体して志と良識のある国民が誰でも参加できる政治にする。
格差を拡大していくと貧困層が増えてくる。
そのことは内需を衰退させて富裕層も影響を受けるが
富裕層は持てる資産が金を生む連鎖があるため苦労しない。

金持ちが道楽ではじめた事業が成功するのは経営能力だけでなく
うまく行けばいいや、の余裕が意思決定を間違わないからとも言える。
その反対に背水の陣で経営を行っている事業所が失敗できないプレッシャーから失敗してしまう。
必要なのは経営能力でも資金でもなく、幸福感を持っていること。
そこが成功の出発点になる。
そんなメッセージを込めて別のWebサイトを立ち上げている。
おだやかな経営 https://www.odayaka-keiei.com/
(やるべきことが多すぎてコンテンツの充実に手が回っていないけどね)

この30年間にやってうまくいかなかったことをもう一度振り返る。
・格差を増大させる競争戦略→ 国民の貧困化(データでも実感でも明らか)
・円安誘導→ 国民の資産が減少
・低金利政策→ お金のありがたみがなく消費が低迷
・複雑なしくみによる肥大化した官僚組織→ 単純なしくみによる間接費のムダを減らす
(民主党政権の事業仕分けの失敗は実効性のある事業そのものに手を付けてしまったこと)

リーマンショックのときは庶民の生活には影響がなかった。
それでも日経平均株価は7千円まで下がった。
今回は限られた企業の倒産ではなく国民全体、世界全体に広がっている。
いくらになるかはわからないが、経済循環が崩壊すれば株式の存在意義がなくなる。
つまりは買い手が付かない相場になる。
けれどぼくはそれでいいと思う。
株価を上げるための政策から距離を置かないと社会は変わらない。
社会を変えたいのであれば。
(いまや株価は人々の暮らしとリンクしているとは思えない。それよりも食糧や健康、安心して暮らせる社会がずっと望まれているのではないか。社会が何に軸足を置くかが明確になること。それが人々の幸福を第一に考えるということになれば、株価は考慮すべき要素でなくなるはず。それよりも理想の姿を描きそこに人々の行動を積み重ねていける社会をつくるべきではないか。要は株価の上昇は目標ではなく結果として株価が上がる政策を打つ必要があるということ)

いまやるべきことはいくつかある。
・消費税率を0%に変更(これは税抜=税込とすれば良いので現場の混乱は起こらない)
・ベーシックインカムの実施(一時金でなくすべての国民に毎月現金を給付)
・所得税率の累進性を引き上げる(だから所得の多寡に関わらず同額を支給)
・高速道路の暫定無料化もしくは一律千円(これはかつての民主党政権の収穫)
・複雑なしくみを撤廃する(補助金、軽減税率、特例など)

高速道路が地方創生に役立つことはデータで実証できる。
(その代わり地方創生の補助金を廃止したらいい)
徳島県南部のある地区で調査を行ったときに
高速道路千円が終了すると入り込み客数が顕著に減少しているこが判明。
入り込み客数の減少は町内でお金を落とす機会が減ることにつながる。
近隣の施設の売上高を並べてみたらやはり入込客数に比例(高い相関関係)していることが判明。
高速道路千円の終了で売上が低迷していることがよくわかる。

社会が自ずと良くなる環境を調えていくのが政治や行政の役割だが
いまの政治は困っている状況に陥らせて補助金をちらつかせている。
(不偏不党の立場で言っているが、経済に関しては現政権の数字よりも民主党政権時が良いというのはデータを分析すればわかるのではないか。もっとも数字が改ざんされていればわからないが)
根っこは中央集権の弊害にある。
そして人々の智慧を結集しようとしない独裁的な政権運営にある。
(無尽蔵の叡智をどのように集約するか、そのためのしくみを考えることが先決。右とか左とかどうでもいい。政党政治は終わりにしたい。リーダーシップとは国家資源を動かすことではなく、国家資源が動くように計るこことではないか)

地方創生ではなく地域主権の法体系、行政のしくみをつくれば自ずと解決できることって多いのではないか。
言い換えれば自助、公助が機能する社会のあり方を考えること。
それがSDGsの理念の実現にも近づくと思うのだけど。
(乱暴な記事の書き方だけど切迫して書いているのでご容赦を)
posted by 平井 吉信 at 21:23| Comment(0) | 生きる
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