2020年01月26日

吉田城満寺での佳き出会い 全国一自殺率の低いまちの曹洞宗の名刹はこんなにも明るい


海部町(現海陽町)は全国でもっとも自殺率が低いまちとして知られる。
他人に干渉しないで自分の判断で生きていくけれど、
何かおかしいと思ったら地域で関わりを持っていくという。

田舎は何をやるにも見られている気がする、煩わしいというのが
ぼくも感じるところでそれが田舎暮らしへの最大の隘路となっていると思う。
ところが都会の距離感のようなクールさと
必要があればそっと見守る、場合によってはお節介もするという
共同体の姿を兼ね備えているという。

全国に発信した著書


わかりやすく解説したサイト
http://ilovetokushima.com/?p=2670


ぼくも高校の頃から自転車で海部町、海南町を訪れていた。
お目当ては海部川。
高松塩江と海南町を結ぶ国道193号線は
当時未舗装の区間や対向困難な箇所があるという時代であったが
海部川の表情は濃厚で
社会人になってから仲間とキャンプに出かけていた。
(海部川については下のタグから見られます)

この日は海部川支流を遡ったところの神社界隈に珍しい植生があることを知っているので
そちらにやってきた。
お目当ての植生は見つけられなかったが、赤いツチトリモチはまだ残っていた。
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そこから城満寺へと向かった。
年末には竹の灯りのイベントをされていたと新聞記事に掲載されていた。

城満寺は曹洞宗で9番目に古い名刹であった。
当時は吉田城の城主であった海部氏(地方豪族で代々海部郡司を世襲)が
曹洞宗の開祖道元禅師の弟子で若い瑩山禅師を招いて開いたのが城満寺。
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西暦でいうと1300年にならない頃である。
(瑩山禅師は後に曹洞宗太祖となる)
http://jomanji.web.fc2.com/

道元禅師の打ち出した只管打坐(しかんたざ=ひたすら座る)の実践は
戦乱に明け暮れ陰謀に巻かれる戦国武将たちに心の平穏が訪れる機会となったのではないか。

ぼくは仏教の専門家でも歴史に明るいわけでもないので間違っているかもしれないが
自分なりにこう捉えている。

中央集権国家をめざす政治と結びついて奈良仏教の勢力が伸びてきた。
その一方で仏教本来の姿とかけ離れていった側面もあった。

そんなとき空海が中国から持ち帰った真言密教は真言や法具を自在に駆使して
一部の神秘体験や法力を布教の道具として用いていた。
それは仏教の礎ともなり当時の社会に仏教の光を感じさせるために必然であった。
しかしそのためには高度な知識と師の先導による体験が必要で
庶民には手が届かなかった。

そのことを意識されていたかどうかはわからにが
弘法大師は全国を行脚してさまざまな知識(科学や医学、土木の知見)を駆使して
地域に足跡を残している。
直接的に真言密教とは関係がなくても
実践を通して教えを弘めていくうえでは必然であったと思う。

世が乱れる時代になって
民衆は救いを求めていた。
そんなときにただ「○○○○」と唱えればいい、というわかりやすさが必要であった。
来世(らいせ)が救われると信じることでいまを生きる苦労がどれだけ軽減されたか。
未来の光がいまを照らすと信じられたことで救われた人が多かっただろう。
これもこの時代に必要な方便であったと考える。


21世紀になって
Volatility(変動性)Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)の時代、
Googleなど世界的なIT企業では
社員の研修にマインドフルネスの概念を採り入れている。

マインドフルネスの概念を漢字で表すなら「念」。
字を分解すると「今」「心」。
それは、今起きていることを注意深く洞察することである。
・自己と他者を理解し受け入れること、感謝を抱いてつながりを感じること、
・集中力、判断力を高めることができ、
・コミュニケーションや対人関係を改善し、健康を育み、生活の質を向上
その結果、なにかに気付くというもの。

これらは生活のなかに修行があるとう臨済宗、曹洞宗に源流を辿ることができる。
マインドフルネスとは念であるとしたが、瞑想も日常的に行う。
(ただし禅宗の座禅は瞑想ではない。少なくとも瞑想を目的にはしていない)

実はすでに人々は仏である。仏であるがゆえに修行をする。
悟りを得るのが目的ではない。すでに悟っていることに気付かないだけだ。
道元さんはそう言っているような気がする。
幸せの青い鳥を探し続けてついに見つけることはできなかったように
青い鳥は自分の内なる存在なのである。

幸福になることが目的ではない。
成功したから幸福になるのではない、
むしろ幸福感が成功への出発点である。
いまの自分の幸せに気付かない限り
人生の充実感は得られないということ。

もちろん必要最小限の生存のための条件は必要で
そのために消費税の撤廃やベーシックインカムの導入は社会の重要な転換点になり得る。
なぜなら0.14%の富裕層が世界の金融資産の81.3%を持っている一方で
(それらは課税逃れの工夫で課税できない)
政府には教育や医療、福祉のための財源が乏しい。
(世界中で不穏な政権が跋扈しているが、それらも民衆の心理の裏返しのように思える。ただしどの政権も民衆のためには動いていないが、そのことに気付かないようカモフラージュされている)

社会のしくみを変えることは必須ということ。
まずは身近なことに関心を持ち、地域の活動や政治への関心を高めること。
それと同時に個人として生きることの意味を見つめ直すこと。
環境問題、教育、貧困、いじめ、格差社会などの原点は個人の欲望にある。
禅宗の教えは釈迦の考えをいまの時代の処方箋としても提示しているように思えるのだ。


城満寺は曹洞宗である。
海部に城満寺ができると周辺に数多くの禅寺が誕生したという。
けれど長宗我部氏の侵攻で海部氏の吉田城は落ち
戦火に焼かれた城満寺も大正時代まで復興されなかったという。

そうであっても曹洞宗の教えがその後も受けつがれていったとすれば
海部町で自殺率が低いのは頷ける。
多かれ少なかれ現代人の生き方を示唆している(影響を受けている)のは
禅宗のように思える。

城満寺は古刹などと書くと陰々滅々とした雰囲気を連想する人もいるだろうが
城満寺の雰囲気はこれまで訪れたどの寺とも異なる。

寺が地域のはれのばでもあり、ケの場でもあるのだけれど
ここには陽気な娯楽性を感じる。
開けた芝生と枯山水。和モダンと呼びたい光景である。
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城満寺にはアートの気が満ちている
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華道家萩原亮⼤さんが作庭した枯山水の庭。山麓と一体となっている
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座禅を行い寝起きを行う僧堂があるのも珍しい。
城満寺の復興に尽くされた前ご住職の大槻哲哉さまは
全国を托鉢するなどして浄財を集められたが
平成30年6月24日に遷化された。
http://jisya-now.com/?p=1428
その後を受けつぐ田村航也住職と一度お会いできたらと思っていた。

本堂で合掌していると
お寺の方が見えられた。
若いお弟子さまだ。
(お名前は聞かなかった)

しばし歓談をしていると
本堂に上げていただいた。
ご本尊は釈迦如来。
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翌日に開かれる座禅会のため
大般若波羅蜜多経の教本がずらりと用意されていた。
これをぱらりと空気を通すごとくめくるのだそうだ。

奥には前のご住職のお姿(写真)もあった。
どこか遠くを見つめる深い眼差しの方であった。
お弟子さんいわく、現ご住職もすばらしい師匠という。
在家の人に囲まれているときはその雰囲気になじむようにされているが
眼光の強さ、自分を見ているようで周囲を観じていらっしゃるような雰囲気を持っておられるという。

続いて僧堂をご案内された(外からである)。
ここは座禅を行う場であり、寝起きをする場でもあり
食事をする場でもある。
一人当たりわずかな空間があってそこが生活のすべて。
空調はないが、さすがに冬場は座禅の最中に被るものがあるという。
ある日、座禅をしていると、とてもすがすがしい境地になって
思わず感謝の言葉が出たとおっしゃっていた。

お弟子さんも20代の方とお見受けしたが
澄んだまなざしと堂々とした良いお声をされており
充実した修行をされている様子が一目で伝わってきた。

「佳き出会いでした」と双方が合掌。
「良いご修行を」と願って城満寺を後にした。

追記
城満寺は檀家を持たない寺であるから
在家との接触、托鉢などを通して暮らしを営まれている。
仏教の純粋なかたちを今に解釈して継承しつつ
マインドフルネスの実践をされている希有の場となっている。
ここでは座禅の指導などもなさっているので
一度訪れてみてはいかが?
http://jomanji.web.fc2.com/

posted by 平井 吉信 at 12:17| Comment(0) | 生きる
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