2019年12月27日

かかりつけの先生と楽しむ会話


ここ二日は体調がもっとも悪かった。
熱を測ると39度近い。
(いつもはそれぐらいでも自宅でできる仕事はやっている。高熱には強い)
ところが両日とも朝から夜遅くまでぎっしりとスケジュール。
どちらの日にも夜は長時間のセミナーがある。

人前に出るため合間を見てインフルエンザの検査はしておいた。
幸いにも陰性だった。
(キャンセルできない仕事だったのでインフルエンザだけは避けられてよかった。せっかく来ていただける方々のために最善を尽くしたい)

二日目の午後の早い時間から気力だけで仕事をしている感じ。
その夜のセミナー(10回シリーズの最終回)で誰にも悟られないようにふるまったが
お一人の女性の方が近づいて「きょうは顔色がお悪いですね」と気付かれた。
(このとき38.8℃ぐらいだっただろうか)

二日間の強行日程を終えて三日目の朝にかかりつけ医に駆け込んだ。
前日の晩はほとんど寝られないほど苦しんだ。

実はこの患者、自分の症状から病名はほとんどわかっている(つもり)。
(高熱ではあってもインフルエンザでないのは検査を受ける前からわかっていた)
実はかかりつけの先生も患者の特性を理解されている。
(先生も椅子に背伸びをしながらリラックスされて会話を楽しんでおられる)
主訴を整理して(5W1Hに順序立てて)お伝えすると
こちらが出題するような感じとなる。
会話がカンファレンスのようになって病名が絞りこまれていく。
先生はにこやかに検査と措置を決めて看護師に指示を出す。

点滴を受けてベッドで休んでいると
先生が血液検査の結果を持って現れた。
「白血球の値がやや高いですね」
(ああそうか、抗生物質を処方されるのだな)
「三日間出しておきましょう」
忘年会のシーズンなのでどんなに気を付けてもありますよ、
と先生は笑う。

徳島近郊には食生活という根源から心臓病の治療を行う心臓クリニックなど
自宅の近くには現代の赤ひげ先生はいらっしゃる。
(実は徳島県は人口当たりの医師の数は全国一という恵まれた県である)
かかりつけの先生は薬漬けの医療を行う方ではない。
抗生物質も適量を守ればもちろん有益ではあるけれど
漢方薬を使われることが多い。
(漢方薬は対症療法ではないが症例と合えば速効で効く)
そこで、抗生物質以外に何を処方されるかを心のなかで描いてみる。
投与された薬を見ると予想はほぼ当たっていた。

近所の先生なので身元はばれているし身内もばれている。
(義弟は世界的な医薬品メーカーのMRでかつてこちらを担当していたこともある)
先生も遠慮がないし、こちらもお慕いしながらも茶目っ気を持って接している。
(症状の説明に専門用語を使う患者はいないでしょ)

点滴を受けている間に診療所は昼休みに。
先生と看護師たちとの屈託のない会話が大声で響いている。
(いや、診療中だって同じ。そこがいい)
いつもいつも病人ばかり診ているので気が滅入ってしまう。
それをコントロールするための明るい雰囲気が定着している。
医師とか僧侶とかの職業は明るくふるまうことは自己防衛でもあるのだ。

医学の世界も日進月歩で新たな治療法や診断法が見つかっている。
知識をアップデートすることにも熱心な先生で
学会に参加するために本人は休診で別の通いの医師が診られていることもある。

かかりつけの診療所は
外観が新しいわけでも最新鋭の設備があるわけでもないとしても
患者が絶えることがない。
前夜あれほど苦しんだ症状がほとんど消えて
いまはブログを更新している。

健康なときは身体のことを忘れている。
病気になればそのことを受けとめる。
そこには何の価値判断も不要。
(遍界かつて蔵さず)
ただ感謝あるのみ。



posted by 平井 吉信 at 21:09| Comment(0) | 生きる
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