2019年10月27日

国道193号線を脇町から塩江へ 借耕牛と讃岐山脈を流れる川の地形


阿波と讃岐の交流の歴史は長い。
よく働くと評判の阿波女は讃岐ではモテモテであったらしい。
(徳島は女性社長の割合が全国一多い)

人だけではない、牛も行き来があった。
阿波の百姓が讃岐の百姓に牛を貸し出すのである。
阿讃山脈の徳島側は牛の餌となる草地があるが、山がちで扇状地が多いため稲作には向いていない。
香川側は草地に乏しいが平坦な地形が多く田んぼが多い。
そこで阿波から耕作用に牛を貸し出して
収穫を終えれば米を運びつつ久しぶりに買い主の家に戻ってくる。
これを借耕牛(かりこうし)という。
(小松島在住で教師をしておられた泉正夫先生のコラムで読んだことがある。あの珠玉のコラムをクラウドファンディングで一冊の書籍にできないかと思う)。

峠を越えるのは牛にとってもきつく(国道193号線や32号線、三頭トンネルもない)
途中で転落したり疲労困憊で力尽きることもあったらしい。
特に収穫が終わって戻る帰路には牛は酷使されて痩せ衰え
おまけに謝礼の米俵を積んで命がけの旅であった。

借耕牛は瀬戸内の島でもあったようである。
耕作地のない島で牛を飼い、それを平野がある地区に貸し出して米をもらう。
いずれにしても牛という労力を介した交換である。
少しでも多く米を持って帰ってもらいたい貸主と
牛の力でより多くの収穫をめざす借主は
利害だけでなく牛に対する感謝とねぎらいの気持ちは同じであっただろう。
「すまんな、こんなに働かせてすまんな…」
涙を拭いながら牛の世話をする農家の姿が見えるようである。

〔借耕牛の文献〕
http://kagawa.lin.gr.jp/tsutae/tsutae2a.htm
https://setouchi-artfest.jp/blog/detail148.html
http://www.coneri.co.jp/region/entry-6055.html#prettyPhoto

※阿讃山脈は「讃岐山脈」が呼称であることを今回知った。最高点は竜王山(1,060メートル)。南斜面(徳島側)を中央構造線の大断層が横切る。

このところ国道193号線を通ることが多くなっている。
ところどころで山肌や渓谷沿いの崖に特徴のある地形が現れる。
吉野川支流曽江谷川(そえだにがわ)に沿ってあった。
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大山祇神社といえば山の神の大元の存在、
武運長久を祈る神としても知られる今治の大三島が総本山。
穴吹の口山にもある。山を斉祀るという趣旨なのだろう。
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付近にはノギク(ヨメナ)が咲いていた
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分水嶺(阿讃国境)を超えて塩江温泉郷に入ると
香東川にも同様の地形があった。
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いまは時計を見ながら車でわずかな時間で通り過ぎる。
ときの静寂と営みは
情報という呼び名でコンパクトに折りたたまれていつでも取り出せる。
そこに変わらないものがあるとするなら
それを見つめていくべきなのだ。
(スローライフとか温故知新といった言葉でなくもっと根源的なもの)
posted by 平井 吉信 at 11:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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