2019年09月22日

ほんとうと思えること 誰がみても善いこと 精神の美しさを求めること


社会全体の意識レベルを上げていきたい。
政治とか経済をカテゴリーで語る時ではなくなっているし
未来を誰かに任せる危うさは嫌というほど見えている。
このままいくと人間社会は破滅を迎えるだろう。

世界中のあちことで同時多発的に起こっている独裁的な政治。
政治の影響はあまりに大きい。
独善的な意思決定で国民が振り回されるのは東アジアだけでなくどこも同じ。

東日本大震災での福島第一原発が辿った結果について
当時の経営陣は刑事責任を負わないという判決が出た。
法治国家とは法律が社会の基準となるのは言うまでもない。

しかし社会の隅々まで隈なく拠り所を記すことは不可能であり
そこに解釈の余地が生じる。
(一票の格差是正が大原則で2県にまたがる選挙区を設置したものはその最たるものだろう。それは心なき法治主義)
そもそも法律とは人々とその社会や生態系も含めて幸福のためにあるものだろう。
対策の必要性は東電内でも共有されていたはずであり
電源の水没を防ぐ措置や冗長化などは直ちに対策できたはずだし、
長期的には防潮堤の設置も計画できたはずである。
これがほかの産業なら消費者に迷惑をかけて会社も利益を喪失する程度で済む。

しかし原子力に関しては
いったん被害が起これば元に戻すことが不可能で(不可逆的)
その被害が天文学的時間に渡り(永続的)
生産活動や食物連鎖、生態系へ広がり(連鎖的波及的)
生命の設計図を変えてしまう危険性(種の存続への危機)
結果が壊滅的という例を見ない分野である。

原子力の原理そのものは善も悪もない科学技術である。
しかしそれを使いこなす技術思想(技術そのものとそれを運用する真善美に基づく理念)がいまの社会にはない。その象徴が核兵器である。
こんな社会で原子力を使いこなせるはずがない、とぼくは思う。
善意に基づいて支え合う社会が世界中に成立するまでは原子力は封印すべきだろう。

核兵器は全世界で即刻皆無にできなければ
百年という短い時間でも人類の存続は難しくなってしまう。
政治は有力な手段であるとしたら、
その政治家を選んでいるのが人間である。
(例えば、ゴルバチョフがいたから時計が未来へと進められた。現在の世界が必要としているのは彼のような政治家)
政治家を変えるなら自分たちの意識を変えないと
偽物のリーダーシップや危ない思想に共感したり
悪意を善意のように解釈してしまう。
そして気付いたときは後戻りできなくなる。
いまはその瀬戸際まで行っているのではないか。

為替だとか株価だとか言う前に
なぜこんなに物価が急激に上がるのか
消費税はほんとうに必要なものなのか
根源を考えてみようと訴えている。

根源とは人々の幸福であり、個人も法人も人種も年齢も能力も関係ない。
ただし、人々が誰かのために生きることが自分も幸せという状態
(幸福とは何かの価値基準が共有されていること。真善美という生活理念が憲法や法律の前提としてあることだろう)

社会を構成する一人ひとりの意識とその集合体である社会の成熟を進めるために
間違った方向に進んだ社会システムを再構築して
一人ひとりが社会に関係性を持って関わる社会を構築しなければならないだろう。

そして歪みをもたらしている貨幣経済に変わる社会を考えなければならない。
お金を持つことが悪いのではないが、
それをどう活用するかの熟度が追いついていない社会では
格差と悪意が拡大するのみ。

地域単位で自治を行いつつ連合国家をなすという姿、
つまりは地域が主体的に人々が関わりを実感できる社会が回答のひとつだろう。

まずは地域主権。
地域のことは地域で考えて財源を負担して実行するという考え方だが
地域と全体ですること、公民でやるべきことを明確に分ける必要がある。。
社会的に影響度が高く公益性が高い分野は全国統一組織で考える(JR、郵便事業など)。
生活に直結する分野に競争原理は害となるので公営(水道事業、図書館など)、
それ以外は、紐の付いた交付金ではなく
地域が独自にルールを決めてお金の使い道も決めていく自治へ。
(かたちだけの消費者庁の移転など何の意味もないのだ)

そして格差の是正。
所得税率の変更と消費税の廃止を経て補助金などのムダな事業、
省庁の天下り先が所管する肥大化した事業等を廃止。
そしてベーシックインカムを導入する。

れいわ新選組を左派ポピュリズムとレッテルを貼ることが
すでに終わっている価値観である。
山本代表が何を考えているかはわからないが
理想郷に向けて政治がいまやるべきことを地域主権と格差是正として
多くの人(弱者と呼ばれる人たち)が関わっていく社会をめざしているのだろう。
(既存の利害関係に従属している政党とは一線を画していることが多額の寄付からも伺える。演説のわかりやすさだけでなく危機感を持つ人々の心に響いたのだと思う。蛇足だからこの頃あちこちで耳にする「ささる」という言葉に違和感を覚える。共感しているという状態は、おだやかでじんわりとあたたかい心の作用と思うから)

ぼくは憲法は改正すべきと思っているが
それは現政権とは異なる価値観に基づいている。
原子力発電所さえ事故を防げない未熟な社会の理念。
(今回の判例はその象徴。決して東電だけの責任ではない)
詭弁に気付かない国民が多い社会で
間違った方向をめざす人たちが主導する憲法改正などありえない。

森が燃えても温暖化が深刻化して異常気象と災害が勃発する状況になっても
基本的な人権が尊重されない社会で抑圧される事態を直視しない人たちに、
スウェーデンや香港の女性らが身体を張って行動している。
未来を描く理念、利他心を持って行動する人たち。
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あなたはどちらの社会に住みたいですか?
そしてどうしたいですか?
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posted by 平井 吉信 at 10:57| Comment(0) | 生きる
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