2019年08月14日

広島と長崎の平和宣言2019 おだやかな時代の到来を信じて


広島市と長崎市の首長となる人は運命を背負っているかのようだ。

平和宣言(広島市、2019年) http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/index.html

平和宣言(長崎市、2019年)
http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p033237.html

この世界はナショナリズムとイデオロギーのぶつかりあいで
風前の灯火となっている。
(この危機感は感じられる人とそうでない人にくっきりと二分されるようだ。先の参議院選挙もそうだった)

資本主義も共産主義も行き詰まりを見せている。
どちらにも共通するのは貨幣経済を出発点としていること。
為替や株価などには関心が集まっても
異常気象の多発や食糧の自給には関心が高まらない。

国の施策が税金を使って国民を弱らせていくなかで
それを非営利の団体や有志が寄付や献身的な活動で
国民を支えているのが日本の姿。

もはや競争原理は不要だ。
政党とは良い政策を考えることを競わずに
権力を競う。
だから差別化を図るために対抗軸がころころ変わる。
(主義主張はあってもめざす理想はないのだ)
TPP反対と言っていた政党が与党になればTPPを推進しようとし、
権力を近づけるために自らの身上を変えてすり寄る政党や政治家を見てきた。
与党も野党もぼくには違いがわからない。
政党政治はすでに死んでいる。
(だからといって政治家や政党が信用できないから棄権する、というのは間違っている)

合区だから棄権する、人柄や主張がわからないから投票しないというのなら
(あなたの)未来は残念ながら拓けないと思う。
一票の格差が憲法違反であるという理屈なら
選べない県民、2県をカバーしなければならない政治家の存在は憲法違反ではないの?
憲法は国民の幸福のためにつくられたものだから
一人の独裁者(実質的に)が意のままに社会を動かしている現状は
憲法違反ではないの?

ぼくは憲法は改正すべきと思っているが
それは第9条の追加とか加憲ではなく全面改定が必要と思っている。
日本がめざす理想の社会を描き切れていないから。
部分的には生態系の保全とか遺伝子資源などへの言及が必要だし
平和への理想を掲げて核兵器の廃絶を世界に呼びかけることで
平和国家たる外交をめざすなどの理念を打ち出したいから。
(言論の自由が脅かされているいまの社会を見ていると憲法に欠陥がある、もしくは運用に悪意がある、ないしは三権分立が確立されていないなどと思える)。

憲法は改正すべきであったとしても
それがどんな動機でやろうとしているかが問題。
動機のわかりやすさからいえば
弱い者が行きづらい世の中から脱却することを訴える意味で
れいわ新選組の2人の当選は主張と行動が合致して明快だ。

でも政治を変える前に社会を変えていくことが必要だ。
なぜならいまの政治を選んでいるのはいまの社会だから。

愛、思いやりが生き方の基準(ぶれない軸)となって
誰かのために働く歓びが社会の規範となる社会をつくりたい。

もしそんな社会が数年以内に実現しなければどうなるか?
絶望と相互不信から貧困の進展、差別意識の増長と格差拡大、
やがては戦争へと突き進むだけだ。

松井市長、田上市長の志は凛と響き渡ったが
それを苦虫をかみつぶした表情で聞いていたこの国のリーダーの姿が画面に映し出された。

まずは一人ひとりが美しい未来をはっきりと描くこと。
文字でもいい、絵でもいい。
描いては家に貼っておくなどしていつも心に刻んでいく。
理想の社会を描いたら、その処方箋はやがて見つかる。
まずは理想を描くこと。

理想の社会を描くとしたらそれほど変わらない姿を描けるのではないか。
だからまず描くことが大切なのではないか。
ひとしずくの希望があるとしたらそこではないか。

もしあなたがお金がないことを不安に思うのならその必要はない。
お金よりも大切なこと。その価値は計り知れない。
そのことを大切に生きていくことで
年金が少なくても貯金が少なくてもなんとかなる。

不安を思い続ける日々はムダ。
いくら不安に思っても何も変わりはしない。
それよりも自分ができること、やりたいことに的を絞って
未来を信じて生きてみる。
(生きていくことに不安は感じなくていいよ。未来は意志の力でつくるものだから)

そのための知恵と行動を集めてみようと思って
「おだやかな経営」というWebサイトを開設した。
https://www.odayaka-keiei.com/

仕事の合間を縫ってでコンテンツがなかなか増えないが
夜寝るときも夢のなかで原稿を書いている。
朝起きたそのときは覚えているのだけれど文字として定着できていない。

それでも気付いたことがある。
「おだやかな経営」とは経営のハウツーではなく
経営を通して幸福になれる道筋を描いているのだけれど
(経営者だけでなく従業員や地域社会も)
土壇場のところで日本人が目覚めて
新しい次元(価値観)で生きていけるのではないかと。

理想の社会は貨幣経済のなかにないことが数百年をかけた社会実験でわかってしまった。
心あたたまる未来を描くとき
貨幣経済の弊害にまみれないばかりか、貨幣経済を味方にして
お金に溺れずお金を社会のために有効に活かすことで
(そしてそのことに重きを置かず結果として得られるものと捉えつつ)
社会を変えていく心を描きつつ共感する人たちに語り掛けるWebサイト。
「おだやか」とは新しい時代の合言葉になるのではないかと強く念じつつ。
DSCF5334-1.jpg


posted by 平井 吉信 at 21:26| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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