2019年04月04日

明日香から万葉の世界へ 万葉恋歌


万葉集が好きになったのは中学の頃の旅行がきっかけだった。
国語を担当する担任の先生が明日香村へと連れていっていただいた。
高松塚古墳の壁画がブームになっていた頃だったと記憶する。

甘樫丘、雷の丘と飛鳥川、岡寺、伝飛鳥浄御原の宮、石舞台古墳、天武持統陵、鬼の雪隠、亀石などを自転車でめぐる夢のような三日間だった。
明日香村の地形は以下の記述のように変化に富んで
そこに四季折々の風情、光の彩なす影、風のそよぐ緑、棚田の色彩に古京がたたずまい
自転車や徒歩がとても楽しい。
「明日香川上流は山また山として、檜隈は野、真弓は丘、そして山と丘に囲まれた飛鳥古京は箱庭のような原としてとらえることができる(「万葉の歌 明日香・橿原」(中西進企画、清原和義著)



これが古墳や考古学、古代文学に思いをはせるきっかけとなった。
その後、何度か明日香を訪れては感慨に浸っている。

馬子の墓とされる石舞台古墳
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いまも昔もそう変わっていない飛鳥川
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明日香川明日も渡らむ石橋の遠き心は思ほえぬかも


明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに


落ち着いたまちなみは地元が意識して守っているもの(橘寺周辺)
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橘の寺の長屋にわが率寝し童女放髪は髪上げつらむか


川原寺を望む
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かつての都が置かれていた場所(飛鳥宮跡・伝飛鳥板蓋宮跡/飛鳥浄御原宮跡)
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甘樫丘はいつ来ても明日香を濃厚に感じるところ。かつては盟神探湯が行われた
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丘からは大和三山や大原が見える
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田んぼにこんなものが古代からあるなんて(亀石)
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吉備姫王墓の猿石
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庭園のようでもあり儀式の場のようでもあり(亀形石槽)
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檜隈の中心地、中尾山古墳へ。自転車で徒歩でめぐる飛鳥路のなつかしい感じはどこから来るのだろう(高松塚古墳の近傍にて)
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さ桧の隈 桧隈川の 瀬を早み 君が手取らば 言寄せむかも

(↑絵のように美しい場面ですね)

高松塚古墳の北にある中尾山古墳。宮内庁の定める文武天皇陵とは別に中尾山古墳が文武陵ではないかとの説が有力。いずれにしても親族が集まって埋葬されている事実に変わりはない
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田園を逍遥すると印象的な丘がある。なぜかなつかしささえ感じる(高松塚古墳の南方にある文武天皇陵=檜隈安古岡上陵)
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天武・持統天皇陵(檜隈大内陵)
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春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山




万葉集がいいのは表現がまっすぐな歌、おおらかなうたが多いこと。
永井路子さんいわく
「そこかしこにも、みずみずしい愛の息吹きがあり、率直すぎるほど率直な欲望の告白があった」。
目のやり場にもこまる感じと記されている。
確かに「新肌触れし児ろしかなしも」などといわれるとそうだろう。
(この直截な言い方とその裏にある得意気な顔と逢えない時間がやりきれない切なさが入り交じった感情を現代の日本語で書き表すことは難しい。例え言葉で言い得てもその感情を追体験する場面がないから)

この時代は耐え忍ぶ恋が美徳だなんて思っていない。
縄文の時代にピカソのような表現があったように(わびさびとは程遠い)
ほんの少し前の日本には夜這いと若い衆組による仲裁などがあったという。
万葉集には日本人の愛のかたち、原形があるとも結論づけている。

多摩川にさらす手作りさらさらに 何そこの児のここだかなしき


音楽のような余韻を残す言葉の存在感も今日の日本語からは消えている。

会っている間が夫婦であり結婚であったという古代の結婚観も図々しくも新鮮。
魅力がなくなれば関係は消滅する。
だからこそ逢瀬にかける。

君が行く道の長路を繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも

これは激しい。
旅に出る恋人が通る道を焼き尽くすという女の情念。

吾を待つと君が濡れけむ足引の山のしづくにならましものを


二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が独り越ゆらむ

大津皇子をめぐる女たちのつややかな返歌や姉の弟を想う絶唱。


この著作が生まれたのは1972年。
高度経済成長、カップヌードル、インスタントな恋愛という風潮のなかで
万葉を通して愛の原形を見つめている。
その文体は口語体でラジオのDJのようでありながら
ふと立ち止まる瞬間に古の薫風が当時の香りをまとって
いまの時代に吹いてくる。
アカデミックとは無縁の万葉集の読み解きだが、
万葉集のなかでも恋の歌を集めて永井ワールドを全開に魅力を語っている。
いまの二十代の人が見ても共感できるのではないだろうか。

(目次)
プロローグ 日本人の愛の原型
1 片恋
2 ひと目見し人
3 ひめごと
4 悦びを謳う
5 待つ
6 別れてある時も
7 夫と妻
8 人妻ゆえに
9 悲しき恋の物語
10 万葉の恋愛美学

残念ながらこの名著も廃刊となっているかもしれないが、中古では手に入る。


https://amzn.to/2OFrbz2
(Kindleででも復刻してもらえないかな)

手持ちの1995年光文社名著愛蔵版の初版1刷と2004年同文庫本の初版1刷
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posted by 平井 吉信 at 00:14| Comment(0) | 生きる
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