壁には楽聖たちの肖像画があり、いまでも脳裏に思い浮かぶ。
音楽の授業では音楽鑑賞の時間があった。小学校の高学年の頃である。
先生がその日かけたレコードはベートーヴェンの「田園」だった。
クラシックの音楽鑑賞は楽曲への理解を助けるために
言葉による解説という先入観を子どもに与える。
田園は各楽章に標題がついていてわかりやすい。
ぼくは標題というより音楽そのもの、
特に第一楽章の出だしに惹かれてしまったのだ。
音楽が心にすっと入ってきた感じ。
(岡本太郎の太陽の塔を見たときも同じだった)
レコードを最初に買うのなら田園にする、と決めた。
その後、パイオニアのラジカセを買ってもらって
FMで流れるというのでフジのカセットに録音して聴いた。
.。'.*.'☆、。・*:'★ .。.・'☆、。・*:'★
.。'*・☆、。・*:'★ .。・*:'☆
☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆ .。・:'*・':'・★
(ときは流れて)
おとなになっても好きな曲は変わらない。
ベートーヴェンは生涯の友となり
読むのに数ヶ月を要するセイヤー著「ベートーヴェンの生涯」(上/下)を読み
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001277679-00
(徳島県内の図書館には置かれていない。派手なパフォーマンスの影で文化予算は激減していると聞く。良質の本に触れる地道な文化振興こそ大切。予算は政治家のアピールのためにあるのではない)
総譜を集めては自分で書き込みを行い
ベートーヴェンのレコードやCDを集めた。
なかでも田園は月に1回は聴いているような気がする。
疲れたときふと部屋に籠もって聴きたくなる。
きょうはベーム/ウィーンフィルの1977年の日本公演(ライブ)を取り出した。
打ち水を踏みしめるように静けさのなかから始まる歩み。
しかしすぐに弾むような音楽の逍遥。
田園という曲に音符で描かれたカッコウや雷鳴は誰が聞いてもわかる。
雷鳴が近づいて炸裂して遠ざかっていく轟きの余韻など
自然のなかに身を置いているかのような現実感。
(楽器の音で音楽であってそれなのに写実的)
嵐のあと雲の切れ目から地上に降りてくる日射しのような終楽章の導入。
楷書か草書かでいうと楷書で描かれている。
それでも第2楽章の楽器をリレーするかのごとく
息の長いフレージングは楷書一辺倒ではないベーム(ベートーヴェン)の歌。
標題音楽というより純音楽の響きであり
ソナタ形式のドラマというよりは音を積み重ねて悠久を紡いでいくよう。
個々の楽器が浮き立っては溶け込んでいく耳のごちそう。
ベートーヴェンは古典の枠組みで標題音楽を作曲しているけれど
形式に則るのが目的ではなく手段に過ぎない。
だから後生の人間が自分たちの尺度や味方を持ちこんで
楽曲を再創造できる。
ベートーヴェンは音楽の遺産ではなくいまも生きている。
演奏はそのときどきの最良の楽器や手法でやればいい。
ベームのNHKライブはほかの田園とまるで違う。
もしコンピュータに田園の演奏を分析させれば
テンポや音量、速度など音符との対比を抽出したとして
この盤が傑出しているとは判別できないだろう。
例えば同じウィーンフィルを演奏しているアバドは
同じように楽譜のように進んでいくけれど
上等なムード音楽のようにも響く。
それなのに音楽が寄り添ってこない。
ベームのNHKライブでは
アバドよりも角が立っていて立体感があるのに
音楽は絶叫しない。
絶叫しないのに大地に根っこを貼った存在感がある。
存在感があるのに霧の向こうから響いてきたり
夢のなかから滲みだしてきた音楽のようにも感じる。
絹や木綿でていねいに紡がれた田園であり
木訥でのどかな田園であり
心を弾ませながら魂を鎮める田園でもあり。
このライブCDを聴くと
実演で聴いた人は一生に一度と思える音楽の体験になっただろうと思う。
CDに残された録音は響きの少ないNHKホールで各楽器はよく聞き取れる。
これを教会の一室などで再生したらさぞいいだろうと思うけれど
やれる人は電気的に残響感を加えてみたら夢のような体験が待っているだろう。
田園が輝く5月を思いながらきょうもベートーヴェンに浸る。
スタジオ録音で聴きたい人はドイツグラモフォンの輸入盤で
タグ:ベートーヴェン
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