2018年09月15日

仰向けのオニヤンマ 動かないギンヤンマ


子どもの頃の憧れはギンヤンマだった。
空色とさみどり色が視界を横切ると
もうそこにはいない。
また戻ってきて網を振ったとしても捕まえられない。
ギンヤンマは高速移動者なのだ。
それが災いしてか、何かに衝突することもある。
あるいは無事に一生を終えて地面に落ちる個体もある。

このギンヤンマはまだ生きている。
生きているけど動く力を失いかけている。
異変を感じて観察すると頭が上を向いている。
衝突事故かもしれない。
DSCF5318.jpg

大きなトンボといえばオニヤンマ。
オニヤンマはギンヤンマと比べるとややおっとりしている。
とはいえ、こちらも捕まえるのは難しい。
ただ、飛び交うものを追いかける習性がある。

目の前にいるのは死んだオニヤンマ。
この個体は寿命をまっとうしたようだ。
生きている躍動感、存在感はいまも感じられる。
DSFT7570.jpg

豪雨に遭遇し地震に見舞われる人も同じ。
生と死は隣り合わせの無常感。

温暖化による異常気象が「日常」となり
地震活動が活発な地球になった。
その現実を直視して生きていく。
(できることはある)

流行に惑わされることなく時流に流されることなく
自分がやらなくていいことは捨てていく。
(選択肢を絞りこんでいくと可能性が広がっていく)

そして人はやりたいことをやりきることができる。
人にとって誰かを助けるのは本能(利他のDNA)であり
したたかに生きていくのも本能である。
生きることの覚悟ができたら悲壮感はない。
生きることの愉悦も感じられるから。

posted by 平井 吉信 at 12:08| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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