2018年07月01日

武蔵野が描く世界、空と海が描こうとする四国


キーワード:国木田独歩、渋谷、河骨川、雑木林、薪炭林

武蔵野といえば国木田独歩と出てくるけれど
実際に武蔵野へ行ったこともなければ著書も読んでいなかった。
そこでKindle(アマゾンの電子書籍のプラットフォーム)を見ると
無料でダウンロードできた。
(青空文庫にもある)

短い作品なのですぐに読めた。
まず、知りたかったのは武蔵野の描かれた場所。
次に知りたかったのは武蔵野の情景。
前者は独歩が地名を挙げて範囲を例示している。
ぼくはもっと埼玉県寄りの多摩川上流部を連想していたが
実際は渋谷あたりも含まれることがわかった。

ということは、唱歌「春の小川」の着想となった河骨川も
武蔵野にあったといえるのではないか。
(もしかしてブラタモリ「渋谷」で放映した? 現在は各都道府県の郷土紹介のような位置づけも感じるけれど、東京編は良い番組だったね)

〔参考〕昭和31年の河骨川
http://news.livedoor.com/article/image_detail/10079631/?img_id=8357336

ぼくは幼少の頃に母方の家で聞かされた小川に関心を持って調べたことがある。
川がどこから流れて暮らしと関わりながらどこへ流れていくかは
天文と並んで子どもの頃からもっとも知りたいことだった。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/72545144.html

武蔵野は点在する農家の屋敷とその背後の林や田畑、
ゆるやかな起伏のなかに谷と丘が連続しつつ
規模の大きくない雑木林がパッチワークのように散りばめられている。
ところどころに湧き水や水路が
人と自然をつなぐ場面のような光景ではないかと想像できた。

宮ア駿さんはトトロを武蔵野に着想したと聞いている。
子どもの頃好きだった絵本「大きい1年生と小さな2年生」も
武蔵野が舞台のように思える。

開発が始まった高度経済成長の波は武蔵野にも押し寄せ
郊外にも住宅や小学校ができはじめ
ちょっとしたまちと、畑や小川や古くからの農家の屋敷や林が点在する風景でのできごと。
ホタルブクロが二人の世界を結んだある日のできごと。
(ぼくがホタルブクロが好きなのも素朴な田舎の女の子が好きなのもこの本がきっかけとなっている。でも田舎に行けば素朴な女の子がいるというのは幻影に過ぎないのだけれど)
読めばいまも胸が切ない。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/69583506.html
それがなんとアニメ化されていたことに驚いた。
(どこに行けば見られるのだろう)

このアニメにはドボルザークの「ユーモレスク」が流れているという。
あの時代の映像とともに夢のような時間を届けてくれるのだろう。
ユーモレスクはフィリップ・アントルモンの演奏で聴いてみて。
(開始50秒からがユーモレスク)
洒落たテンポ、心地よい揺れ、まろやかな打鍵音が子どもの頃を追憶させてくれる
https://www.youtube.com/watch?v=L8TMqhWXwWQ


武蔵野は、東京の郊外にありながら薪炭林が人々と暮らしを結んだところ。
人と自然が結界をつくるのではなく一体となった里山の世界観。
水路のタニシやメダカに目を留め、
秋には落葉する楢などの雑木の林から多様な生態系が織りなす一連の場、
それは小さな小宇宙が重なり合い共鳴する場でもある。
深山幽谷のブナの森はもちろん散策する歓びを与えてくれるが
畑の向こうに林に通じる小径があり
しばらく歩くと視界が開けて農家の庭先に出るような
胸のきゅんとする里山が広がっていたに違いない。


ベートーヴェンが田園交響曲を着想したと言われる
ハイリゲンシュタット郊外だって、まちのはずれで深遠な森ではない。
https://www.wien-kanko.com/2015/03/26/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC6%E7%95%AA-%E7%94%B0%E5%9C%92-%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%B7%9D/

子どもの頃から好きな楽曲だけれど
ベートーヴェンは「クラシック」だと思ったことはない。
いまも生きている音楽家であり
ソナタ形式というプラットフォームをつくりながらも
形式に囚われず自由に楽想を羽ばたかせた。
音楽のなかに人間の感情を押しとどめながら
融通無碍な精神のはばたきを感じる。
後期のピアノソナタや弦楽四重奏曲などは
幽玄すら感じる一筆書きの妙。
(いずれの作品も気取らないで心を吐露しているが、同時に音楽として昇華されている点に芸術家とともに職人の仕事を見る。でもどちらかというと、芸術家 > 職人。形式を自由に逸脱しているから)
第九のようにわかりやすく偉大な作品だけでなく
生涯の友としたい佳品(初期、中期、後期を問わず)を創作してくれた。
ベートーヴェンの楽曲の力は時代とともにむしろ光を増しているようにさえ思える。
だからベートーヴェンの音楽は生涯の友と思っている。
(20代の頃はベートーヴェンに捧げたような生活を送っていたので)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/170892565.html


振り返ってみれば、
子どもの頃の川を追いかけた話や
自然と人間との関係を洞察するなど(→ 四国の川を生きる → 勝浦川流域ネットワーク)、
小さい一年生と大きな二年生」のように子どもが描く身近な自然への憧れのように伝えたいと思っている。
国木田独歩が「武蔵野」で描いたような位置づけで
四国の可能性を繙いているのがこのブログかもしれない。
自然はときに人に厳しい試練を与えるが
自然が人に寄り添うことがある。
里山は人が手を入れることで
人も自然も支え合っている。
人口減少がもたらす将来、里山がもたらす暮らしの循環は示唆を与えている。
互恵的、小規模、持続可能性、経済循環といった政策のモデルが里山にあり、
象徴的な意味で武蔵野と四国は共通点がある。
そこに未来への箴言が託されている。



追記
Kindleはいい。
なにがいいかって、文字が読みやすい。
文字を読み解く視神経の負担がない分
文章が提示する世界に浸りやすい。

しかも分厚い本を持ち歩くこともなければ
保管で困ることもないし
棚の奥で埃を被ってダニの巣となることもない。

スマートフォンやパソコンとの違いは
液晶ではなく電子インクであること。
ぼくはバックライトの設定を0としているが
例えば真夏の炎天下でも文字はくっきりしている。
(この点では紙よりもいい)

文字の大きさを自在に変えられるし
フォントも選択できる。
Amazonは頻繁にファームウェアをアップデートして
購入後3年を経過していまだに新機能の追加が続いている。

価格は紙の本よりも安いのが一般的だし
読みたいと思ったときにすぐに購入して読める。

さらに、本を持ち歩かないで多くの本が読めるということは
少し読んで、今度は別の本を開くことが簡単。
そして先の本に戻れば読んでいたところが自動的に開く。
論理的な内容を読んでいて疲れたら情緒的な内容に触れる。
そして論理の構造を追いかけるといった脳機能の有効活用につながるように思える。

スマートフォンやパソコンのブルーライトの問題について
電子インクのKindleではほぼないと言っていい。
理屈ではなく視神経が疲れないのは事実だから
目が疲れていても読む気にさせるぐらいである。

さらに指でマーカーを引けるのだが
Web上でマーカーを引いたところだけの引用が見られる。
いわば、その本を読んでどこに感銘したかのフレーズリストが連続して見られる。
このことで本の内容を思い出したり紹介したりしやすい。
(この良さは使ってみないとわからない)

Kindleを買うのなら
Kindle Paperwhite
少し無理をできるのなら
Kindle Voyage(ぼくはこれを使っている)

知的な作業にはインターネット接続を離れて気軽に没頭できる環境が必要である。
そのためにもKindle(電子インクで読む電子書籍)がいい。




posted by 平井 吉信 at 12:18| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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