2018年02月14日

バレンタイン企画 チョコを渡す人がいなくてもチョコをもらう相手がいなくても ばらの騎士があれば。たった5分で味わうR. シュトラウス「ばらの騎士」の愉しみかた


オペラ通でもないぼくが解説するのは冒険だけど
もし6分ほど付き合ってみようと思われるのなら、
YouTubeのリンク先をご覧になってみては?
https://www.youtube.com/watch?v=9Qzcnd0pLvg

このリンク先が実によくできている。
ボランティア団体のようだけど
法律を遵守して音楽に対訳をつけていただいている。

リヒャルト・シュトラウスは大昔の作曲家ではなく
第二次大戦後に没した人である。
ドイツ後期ロマン派のめくるめく音彩を描いてやまない。
オーケストレーション(オーケストラへの編曲)に関しては
プロの作曲家のなかでも名人芸の域に達している。
(ぼくはベートーヴェンの不器用なオーケストレーションが好きなのだけど)

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ばらの騎士 三重奏での登場人物は以下の3人。
陸軍元帥夫人マリ・テレーズ:エリーザベト・シュヴァルツコップ
ばらの騎士オクタヴィアン:クリスタ・ルートヴィヒ
花嫁ゾフィー:テレサ・シュティッヒ=ランダル

カラヤンとフィルハーモニア管弦楽団による1956年の録音から
第三幕の終わりのほうの一部に出てくる三重奏だけを取り上げた動画。
(といっても登場人物はなく字幕だけ)

この動画では、ドイツ語と日本語の歌詞と対訳が出てくるので
発音を追いかけつつ意味もわかる。
さらに、字幕の出し方が絶妙である。
第3幕の有名な三重奏が終わりに近づいて
「神の御名において」と元帥夫人がうたい終わると
(実演ではここから元帥夫人は退場するのだが)
元帥夫人を演じるエリザベート・シュワルツコップの名前が浮かび上がる。
続いて、ばらの騎士オクタヴィアンを演じたクリスタ・ルードヴィヒ
そしてゾフィーのテーマがオーボエで奏でられると
ゾフィーを演じたシュティヒ・ランダルの名前。

そして管弦楽の響きに包み込まれると
指揮者カラヤンの名が流れ、没後20年を記念と紹介される。
さらに作者のリヒャルト・シュトラウスの生誕150年に当たると表示される。
オーケストラがエコーのように回想するなか、この録音のプロデューサーの名が流れる。
https://www.youtube.com/watch?v=9Qzcnd0pLvg

対訳集の本もあるが、哀しいかな平面上にまざりあう歌詞を表現することができない。
ところが動画で字幕を動かしていくと
三重奏の複雑なからみが見えてくる。
左にゾフィー、右にオクタヴィアン、
真ん中下から元帥夫人の台詞が流れるという至れり尽くせり。

ここでこの歌劇の見どころを少しだけ。
この楽劇(作者は歌劇とは呼んでいない)は、
18世紀のウィーンを舞台にしている。
設定は以下で。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%82%89%E3%81%AE%E9%A8%8E%E5%A3%AB

先にも述べたようにオペラを好きでないという人は
大柄なアングロサクソンの男女(ネアンデルタール人のDNAを持っているからだろう)が
歌詞が聴き取れない発声法でヒステリックな大音量を上げるのが我慢ならないからだろう。
ぼくも苦手である。
(プッチーニの蝶々夫人などはそのような歌唱は出てこない)
モーツァルトの頃の時代設定ということもあって
ばらの騎士もそのような歌唱は求められていない。

劇の設定を個人的な見解でひもといてみよう。
元帥夫人は30歳前後であるが、身分の高い夫を持つ。
おそらくは政略結婚で、年下のオクタヴィアン(17歳)を愛人にしている。
このふたりがベッドでむつみ合う場面から幕が上がる。
(それを不貞と責めるとこの劇は成り立たない)

若いオクタヴィアンも元帥夫人に夢中であり
序曲は突き抜けようとする彼を包み込む夫人の包容力の愛を描く。

17歳のオクタヴィアンを演じるのはソプラノもしくはメゾソプラノ、
つまり女性歌手が男装して演じる。
劇中では元帥夫人の部屋にいることを見つかりそうになって
女装する場面がある(女性が男装して役作りを行うが劇中では女性に変装して本来の性でうたうという凝ったつくり)。


第三幕の三重奏の場面は居酒屋。
ここで上記の3人が遭遇する。
三重奏は三角関係の悲恋と恋愛が絡む。
つまり恋の勝者と敗者がいる。
ただし配役上は男1人、女2人であっても
演じるのは女性3人(つまりひとりはズボン役=男役)。

かつて英語と日本語の歌詞まで暗記してしまった
ミュージカル「Les Miserables」の三重奏を思い出す。
コゼットとマリウス、それを見守るだけのエポニーヌ。
滝田栄のジャン・バルジャンや島田歌穂のエポニーヌを見るため
梅田コマ劇場まで何度も通ったっけ。

ばらの騎士の元帥夫人は、2人が恋に落ちていることを見抜き
ゾフィーもオクタヴィアンと夫人が愛人関係であることを感づいてしまう。
元帥夫人は自分が身を引くことでオクタヴィアンの幸福を願うという
気品ある態度と心の葛藤を演じなければならない。
この楽劇の事実上の主人公であり、
リリックソプラノにとっての生涯の集大成となるような名誉な役である。

ここでは名歌手シュワルツコップが心の機微を演じきる。
表現することが愉しくてたまらない、そのために生きてきたといわんばかりの
絶唱をコントロールしつつ、涙を気品で隠した歌唱。
舞台姿を想像しつつ聴いてみよう。

ふたりの愛人関係に気付いたゾフィーは
その場から立ち去ろうとするが
オクタヴィアンが引き留めようとする。
ゾフィーも不安と憧れが入り交じる
若さが崩れ落ちそうになりながら
支えを求めている。
第2幕のばらの騎士を迎える「銀のばらの贈呈」の場面で.
夢のような歌唱を見せたシュティッヒ=ランダルが
思いが天に突き抜ける歌唱を見せる。
そこに戸惑いや不安を散りばめて。
ぼくはこの声を聴いて10代の娘に感じられた。
(うますぎない、絶叫しない、コケットリーであって乙女チックな)

もっとも感動的な第3幕の三重奏に対して
もっとも美しいのは第2幕の銀のばらの贈呈の場面である。
第2幕では、親類に当たるオックス男爵の婚約の使いとして
銀のばらを届ける「ばらの騎士」が登場する。
(このとき、花嫁ゾフィーを見初める。ゾフィーも修道院を出たばかり。つまり同年代の若い二人の一目惚れ)
オクタヴィアンは、第3幕では好色のオックス男爵をゾフィーから引き離すため
一計を案じて女装して誘惑する場面も演じるなど、全3幕を通じて出番が続く難役である。


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ゾフィーは貴族生活に憧れる少女。
まだ見ぬ男爵が醜男であることは知らないで
婚約の使いで訪れたばらの騎士にめぐりあってしまった。
(第二幕)
10代の恋を初々しく演じるとともに
若気の至りや誇らしげな態度、不安やおびえなども表現する。
第2幕は全曲に字幕付のこの動画で。
https://www.youtube.com/watch?v=JqUK1NyKYrE

5分過ぎにばらの騎士があらわれる。
8分台のゾフィーが献呈されたばらについて夢見心地に話す場面は
この世のものとも思えない美しさ。
声の弱音に生涯の憧れを載せてうたっているような。
そして、オーボエで奏でられる天国のこだまのようなゾフィーのテーマ。
グロッケンシュピール、ハープ、チェレスタなどが刻む不思議な音階のいろどり。

ふたりの間に恋心が芽生え
10分台から12分にかけて、このときを死ぬまで忘れないと。
Rシュトラウスはここぞとばかりに
転調、移調で歌い手の心も聴き手の魂も揺さぶる。
リヒャルト・シュトラウスは管弦楽の魔術師。
声はオーケストラと一体となって音楽をつくりあげる。
こうなると、ばらの騎士から一生抜け出せない。
だって、この音楽が響かなくなる頃は干からびているのだから。

音で聴く限り、カラヤン/フィルハーモニアの1956年録音が最良と思う。
(録音もいまの水準と比べてもひけをとらない)
芸達者なシュバルツコップに薫陶を受けたのか
シュティッヒ・ランドルのゾフィーと
ルートヴィッヒのオクタヴィアンの儀式の緊張が解けたあとの会話など
弾むような気持ちを伝えて止まない。
三重奏もいまだ持ってこれを越えるものを知らない。
オペラはつくりものの世界、というけれど
そのなかに感情を投影することは
論理一辺倒に活を与えて
豊かな感情の流れを内なる自分に開くことができ
一種のカタルシスを得るのではないか。

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聴いていると聴き手も同じように
高揚感や寂しさを感じることがある。
それこそリヒャルト・シュトラウスの魔法。
息すらできなくなる恋愛の不安と情熱、
そしていつかはつゆと消えゆく夕映えのようなためいき。
歌詞も音楽も理屈もわからなくていい。

誰だって、人を好きになったことはあるはず。
たとえ片思いでも、全身全霊で人を好きになって
彼女の成長を見守る場面があっただろう。
彼の愛に包まれていることに気付いて
身も世もない恋を経験しておとなになっていくことがあっただろう。
恋に卒業はなく、いつが来ても慣れることはないこの感情の晴れ舞台。
バレンタインに聴く「ばらの騎士」はメッセージを伝えてくれるのでは?



追記
コンサート形式で三重奏から最後までの演奏がある。
(コンサート形式だが元帥夫人は一度舞台から去って行く)
https://www.youtube.com/watch?v=EXi8U1twwrc
アバドとベルリンフィルによる。
評判のいいカルロス・クライバーよりこちらがいいように思える。
名人集団のベルリンフィルがこれほどあたたかい音色で
しかも包まれるような抱擁感で鳴るとは。
キャスリーン・バトルのゾフィーはかれんだが、少し違うような気がする。
(ゾフィーはもっと控えめに感情表現するのでは。もっと拙い感じというか、前に出すぎない初々しさとでも)
フォン・シュターデのオクタヴィアンはいい。所作や感情表現まで見とれてしまう。
フレミングの元帥夫人は落ち着いているが期待を裏切らない。
実演に接していたら目が眩むような感動だったのではと思う。


さらに追記

フレデリカ・フォン・シュターデがうたった作品として
カントルーブのオーヴェルニュの歌から「バイレロ」はいかが?
暑い夏に聴くと、フランスの高原地方の情緒が涼やかに立ちこめるはず。
https://www.youtube.com/watch?v=b_LUu45cHPc

ぼくがレコードでもっているのは、ダウラツの歌唱。
もっと素朴な感じがする。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=194&v=-iI8tMHrD_c

音楽って、一度に時代や世界を越えて駆け巡ることができる世界旅行、歴史旅行のようなものだね。


タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 22:44| Comment(0) | 音楽
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