2018年02月07日

南フランスを思い出すとき フォーレやドビューシー、ビゼーの楽曲 上野由恵さんのフルートが冬の日本をプロヴァンスの風そよぐ季節に変える


パリの散歩道 フランス・フルート名曲集 上野由恵/三浦友理枝

雪に閉ざされる日本から、
常夏の島々を思い浮かべても遠い。
むしろ、地中海沿岸の光にあふれたおだやかな地方、
例えば、南フランスのプロヴァンス地方や
スペインのカタルーニャが思い出される。
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南フランスといえば思い出すのは
フォーレやドビュッシーの音楽。
フォーレの組曲「ペレアスとメリザンド」ならこんな情景。
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 真夏の立体がしたためるけだるく重たい空気に、少しずつ諦念にも似たさわやかさが混じりはじめる頃、沈まないと思えた太陽に翳りが差した。黄昏海岸の目に映る景色のなかで何かがささやいている。ぼくは自転車を置いた。

 手をかざしてみると、ガードレール越しに海が橙色に散乱していた。
 目を閉じると波が見えてくる。沈黙の間をそれとなく波の音が満たしている。波頭がくずれながら横へ平行移動するのと、戻ろうとする波が縦の方向でぶつかりあう。その音のずれが、ほとんど海と陸の境目のない空気の厚みを感じさせているのだと気づいた。
 引きずられてこすれあう石ころ。波の声はやはりここまで届いている。はるばる太平洋から届いた旅の終点は幾重にも重なった砂の拍手。それは、突然ゆっくりと起き上がるような調子で声をあげるのだから。

 夏の午後が落ちる前に最後にぶつけてくるため息のような情熱に包まれていた。ななめの残照が頬のほてりをなぐさめてくれるようだった。
 長く引いた影をたどると、そこにひとりの女の子がいた。白い半袖のブラウスは分水嶺のように正確に光を分けて、直射するところは光を突き放してオレンジ色に染まっていた。

 ぼくは目をそらさなかった。
 女の子も目をそらさなかった。
 そんな状態が一秒間続いたあと、どちらからともなくうつむいた。
 ぼくは手を差し出した。ところが、汚れているのに気づいてあわてて引っ込めざるを得なかった。
 自転車のパンクはもう修理できている。ぼくは目線を上げて彼女を見た。やはり少し淋しそうな表情に思えた。
 けれど、それは間違いだった。小さくてふくよかな唇がわずかに動いて、
「ありがとう」
 そう言うと、きりっと結んでいた口元がゆるんで白い歯が並び、瞳はさらに大きく開かれて微笑の静止画をとってみせた。
 その笑顔に心の裏付けを必要としないのは、彼女が両親から情愛を持って授けられたにちがいない、均整のとれた容姿を持つ女の子だから。そのことを彼女自身、直観で感じていたのだろう。だから、なるべく目立つまいと表情を抑えているのかもしれなかった。

 彼女が手を振った。

 草の根の大地に立って空を見上げた。ため息のような情熱が溶暗していくと、背景は少しずつ照明を落とし、星がひとつ、ふたつ、にぶい光を空間に放ち、しだいに明るさを増していった。
 ぼくは自分がどれだけ無力かを知っている。だからこそ、すばらしいものに会えるだろう。
 トレモロで刻む弦の上をハーモニーがサーっと拡がって始まった夏、輝いていた。

「空と海」から引用


ペレアスとメリザンドでは有名な「シシリエンヌ」も良いが
ぼくは第1曲の「前奏曲」が好きだ。
この音楽を聴いていると自然に湧き出した泉のような文章である。

初夏の朝に窓を開けて
アンセルメ/スイスロマンド管のレコートでよく聞きこんだもの。
光と影が降り注ぐような音楽。
https://www.youtube.com/watch?v=dgRtrTnMr1M
(目を閉じて聴いてみて)

そして午後になれば、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。
こちらは夏の午後の幻のような
それでいてめくるめく情熱と官能の極みを
時間軸の高まりで描いた10分弱の音楽。
ドビュッシーは天才的な音楽の詩人だね。
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これもアンセルメ盤で聴いたもの。
いまならデュトワ/モントリオール響がいいだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=z1GAaSP8Ku4

ところが昨年秋、南フランスを彷彿させる楽曲を
フルートで演奏する日本人女性のアルバムが発売された。
パリの散歩道 -フランス・フルート名曲集
フルート奏者の上野由恵さん。ピアノ伴奏は三浦友理枝さん。
https://www.yoshieueno.com/

上野さんは高松市(志度)のご出身とか。
そしてたびたび行くサンポート界隈でコンサートをされたこともあるという。
今年その機会があればぜひ行ってみたいと思う。

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南フランスといえば、ぼくが大好きで欠かせない曲がもうひとつあった。
ビゼーの組曲「アルルの女」から上野さんの演奏を見てみて。
https://www.youtube.com/watch?v=mRK4nIbUuX0

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フルートはピアノなどと違って人間の肉声に近い音の出し方をする楽器である。
彼女の奏でる音色の音が詰まった密度感とそれと相反する浮遊感、
早いパッセージでの情熱的な粒立ち、
空気の震えは心の震えを伝え、
湿り気を帯びた珠を転がすようなレガートが
フランスの香る楽曲を典雅に奏でる。
人生がこんなふうに流れていけばいいと思える
我を忘れる数分のできごと。
彼女のたたずむ姿も美しい。
ぜひとも実演に接してご本人にもお会いしたいもの。

アルバムの選曲の良さも光る。
ドビュッシー、フォーレ、ラヴェル、ビゼー、サティー
まったく予備知識なしに聴いても耳が歓びそうな曲がずらりと並ぶ。
それでいて彼女の持つテクニカルなメソッドを十分に発揮する楽曲も含まれている。

CDの価格はやや高い。
しかしこの録音には関係者の思いが詰まっているように思われる。
オクタヴィアレコードは、田部京子のモーツァルトピアノ協奏曲K488
すばらしい録音を世に出してくれた。
演奏の良さともあいまって
この古典の楽曲の天使のような美しさを引き出してくれた。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/179215570.html

空間の響きの良さをあますことなく捉えた録音は
おそらく化粧を施すのではなく楽器そのものの響きを
響きの良い空間に放って空間ごと閉じ込めたような録音。
CDが売れないといわれる時代に、
(3,200円という価格設定でも収益が出るかどうかと思われるのだが)
このような企画と成果を残した人たちへのエールを込めて紹介している。
CDを聴いた人の部屋(心の空間)に、どれだけ豊かな時間が流れ出すことか。


上野由恵さん、これからも良い音楽を届けてください。
posted by 平井 吉信 at 22:33| Comment(0) | 音楽
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