2018年01月01日

2018年初めての朝 すべての人に同じ言葉で


朝、産土神社へ参詣。
八幡神社と天照大御神の神札を求める。
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お札は宮司ご一家の暮らしをお支えする意味もある。
だから毎年すべて入れ替える。
神札を神棚へ納めて天津祝詞を奏上。
身体がエレベータで上に運ばれていく気がする。

続いて仏壇で読経。
(祝詞も読経も習っていない。ただ生活の一場面として溶け込ませているだけ)

開経偈
般若心経
観音経(第二十五掲)
十三仏真言
光明真言
大師法号

観音経は謡うように読経しているが
(なぜか旋律や抑揚を付けてみたくなる何かを持っている)
大河「直虎」で柴咲コウが同じようにやっているので驚いた。


次に恒例の実験(結果はわかっているのだけれど)。
神棚、仏壇、荒神棚にそれぞれ御神酒を献上する。

そしてわずか数分で味見をすると
まったく味が違う。
部屋は違えど気温はほぼ同じ。
たかだか3分で風味が変わる要素はないはずなのに
劇的に違う。
(味音痴の家人でもわかる。最初は何かを入れたのだろうと勘ぐっていたぐらい)

今年の酒は近所の多積商店で奨められた南魚沼の八海山特別純米原酒 生詰
(この店には二代続けて舌の肥えた店主がいる)
淡麗辛口のなかに洗練された豊穣なうねりが舌を歓ばせる。
米の旨味のエッセンスを磨いたうえで
さらにいくつかのピークを乗せて(これは杜氏の挑戦だろう)
しかも濁りなく澄み切っている。
(こんな酒がつくれたら杜氏としてはもうやることがないのでは…と思える)
ここ数年でも出色の風味(3千円少々で買える)。
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この酒は正月を寿ぐとともに
昨年にお身内をなくすなど
そうでなかった方々へも向けて
生きていることを歓び
幸あれと祝う酒。

何がめでたいと問題提起する一休禅師にも共感。
(その心は決して皮肉に捉えるのではなく日々生きよと解くべきと考えている)
けれど、何があってもおめでたいと見切る生き方もまた良し。
だからすべての人に投げかけたい。
おめでとうございます。


posted by 平井 吉信 at 21:24| Comment(0) | 生きる
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