南阿波サンラインは徳島県の宝物。
日和佐から牟岐にかけて人家のない海岸線が約20kmにわたって続く。
(牟岐に近づくと海岸段丘上の地形に集落が点在するようになる)
大雨のあとの晴天は外ノ牟井浜をめざす。
なぜってそこにご褒美があるから。
それは海に落ちる滝が出現する。
ぼくもこれまで数回目撃している。
大雨後の晴天と休みが合わなければ行くことはできない。
今回は台風一過の翌日。

ご褒美はあった。

海に落ちる滝は海にとっても(魚にとっても)ご褒美。
この水には山のミネラルが含まれている。
もっとも南阿波サンラインは海岸性照葉樹の森だから
ぶなの森のようにフルボ酸鉄が多いかどうかはわからない。
しかしコンクリートに触れることなく
山の恵みがそのまま落ちているのだから
海の生き物にとって恵みとなっているのは間違いない気がする。

外ノ牟井浜へ来てみると
ハンモックを渚に近い魚付林に吊してまどろむ女性と
その傍らで作業をする男性だけ。
波を枕に風に吹かれるなんて
さすがに楽しみ方を知っている。


外ノ牟井浜は、波がおだやかであれば良い海水浴ができそうに見えるが
泳いではいけない場所。
ぼくの目には、条件によっては強い離岸流で一気に沖に持っていかれそうな気がする。
この日のように波が高ければ波打ち際を上がるのさえ危険を感じるだろう。


外ノ牟井浜を動画で見る
でもあとは誰もいない。
ぼくが滞在した2時間ばかりに車が数台来たものの
海を一瞥すると去って行く。
(ああ、もったいない)
ここで浜が提供しているのは滝のある光景(それさえも気付いていないようなのだ)だけでなく
ミネラルの癒しなのだ。
ミネラルヒーリングを九月の海で体感することを提案したのが
「南阿波海部の新しい波〜エコツーリズムによる地域づくり〜」で
国立国会図書館にも蔵書されている。
もうこれだけで満足なのだけれど
さらに南下して明丸海岸をめざす。
海に向かって降りていくここは
サンラインの白眉。
ハンドルを握る者だけが味わえる。


明丸海岸も渚の北端に沢が流れ込む。
しかもまったく人家のないところを流れてきた水だ。
コンクリートによって一度でも淀まされた水は生きていない。
ところがこの沢は生まれたままの表情で
樹木のアーチをくぐって海にたどりつく。

南阿波サンラインから明丸海岸へ降りる道はこの先で行き止まりとなっている。
そこには南阿波サンラインモビレージ(宿泊ができる)がある。
周辺10kmぐらいには民家がない隔絶された場所で
空と海と星を眺める旅となる。

高田三郎作曲の「水のいのち」という合唱曲がある。
山と海をつなぐ川に人の心を映した佳曲。
機会があれば一度どこかで聴いてみたら
もうやみつきになる。
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九月の木漏れ日は夏の名残をとどめながら駆け足で去って行く秋を予感。

明丸海岸は海水浴場ではないが、場所を選べば泳げるだろう。
泳ぐとすれば南側の浜がいいだろう。
浜の地形からは離岸流の心配も少ないように見える。

明丸海岸を動画で見る
帰りがけに第1展望台に立ち寄った。
ここは180度の海岸線が一望できる。


はるかな足元から波の粒立ちが重奏のように重なり響き合う。
地球との接点を忘れない時間となる。
(そういう時間、誰にも必要だよね)
フジフイルムのデジカメには
フィルムシミュレーションといって
まるでフィルム交換をしてフィルムごとの微妙な変化を愉しむことができる。

これはクラシッククローム。
抑えた色調と暗部の立体感が陰翳をつくる。

こちらはアクロス。
深みのある再現でモノクロームに一石を投じたもの。
まあ、これはマニアックな話題だけど。
南阿波サンラインには漁港のような人の生活の匂いがないだけに
いっそう自然が寄り添ってくる。
と同時に、
世の中のおかしなこと(それでいて誰も批判しない、気付かないこと)が見えてくる。
本質でないところに目が行ってしまう人、焦点をずらされているのに気付かない人、
しかし人生は誰もがそのような矛盾を抱えてそれを顕在化させないように生きている。
それでいい。

充実感に浸りながら国道55号を北上する。
那賀川を渡る頃にはちょうど夕暮れ。
幼い頃、アユを飛ばし(毛針を付けて浮きで流すアユ解禁初期の釣り)で釣ったところ。
そして叔父が濁流に呑まれたところ。

恵みと災いをもたらす自然と良い感じで向かい合う暮らし(考え方)が
残りの人生の時間をゆっくりと進めてくれる。
なるほど、エネルギー = 質量×光速度の二乗とアインシュタインは解いたけど
(美しすぎてためいきが出る数式を頭の思考実験だけでたどりついた天才の凄み。高校のときにこれを見て受験のためというつまらない動機で勉強をするのが嫌になった。その代わり、無目的に賢明に学問に打ち込むようになった)
もし、光速度に近づいたらどうなる? 光の速さを追い越したらどうなる?
そんな仮定から導かれるなんて。
時間は決して誰にも平等に与えられているようで、実は違う。
可能な限り良い環境を見つけて(感じて)そこに幸福感を据え付けるとともに
時間を全力で駆け抜けていけば、幸福感は自分ばかりか他人にも伝わるようになる、って公式。
それを教えてくれる南阿波サンラインの人生方程式。
(自分だけの時間を見つけてみようと思わないのですか?、と問いかけているようで)
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