2017年06月10日

勝浦町のホシケイラン 無関心な社会に警鐘を鳴らす


これは土地所有者のご好意で見せていただいたもの。
(以前から何度かお会いした方だったので)

ぼくはこの花は初めて見た。
ガンゼキランの変種だとか。
葉の斑点が花の華やかさを倍加させている。
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樹上にはセッコクも咲いている。
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日が当たり過ぎるとダメだそうで
適度な日陰が必要とのこと。

でも野に咲いてこその山野草。
生態系(遺伝子資源)の価値はお金で置き換えることができないもの。
図書館や博物館、自然保護の予算は現知事下で急激に削減されているときく。
実はぼくも図書館へは足が向かなくなった。
読んでみたい新刊や話題の著書がほとんど見当たらないから。

政治家がよく打ち出すパフォーマンス予算(成果を誇示するため花火を打ち上げるだけ)を
地道な活動に回せたらどれだけ社会が良くなるか。
県の臨時オーケストラの取り組みは不正が発覚した時点で止めるべき。
(県は被害者というけれど、不自然な使途を許す土壌を提供した時点で責任は免れない。ほんとうの被害者は県民。県民は怒っているよ)

かけた費用と成果をどう説明する?
コンサートの開催回数、参加人数と予算を比べると経済合理性の低さが際立つ。
参加者のアンケートの満足度? それをどのように施策の効果と結びつけるの?
まさかと思うけれど広報効果の定量化はできないよ。
文化行政への波及性はあるの?
国民にベートーヴェンは徳島の意識の醸成ができた、なんて言える?
(もっとも文化にはあまり力を入れないようだね。それに徳島市内に音楽ホールはないよ)
どのような動機で行われたか?
なぜ、このような不祥事が起こったのか? 
公費で行う事業である以上、委託先であっても秘匿すべき経費はないはず。
そこにメスを入れないで総括はできないよ。

ぼくは誰よりもベートーヴェンに私淑しているし
音楽については全身全霊を打ち込んで向かい合っているけれど
この取り組みはもはや感動を生まないよ。オーケストラのせいではないけれど。

こんな状況下で起こりがちなのは
関係者がまじめにコツコツやっている事業がさらに先細りするとともに
善意の事業がさらに厳しく使途をチェックされるようになる、ということ。
事業仕分けもそうだった。
悪しきはパフォーマンス予算(ほんとうの戦略的な予算は1つか2つの課題に徹底的に取り組むことであちこちに波及して好転していくこと。真の課題を見極めて集中的に取り組む例として、ジュリアーニ元NY市長が手がけた軽犯罪の徹底防止などがそうだった。あれでニューヨークは安心を取り戻し短期間かつ劇的に経済や観光の活性化に結びついた)
いくらばらまいても経済が好転しないのは、
真の課題の見極め(要因の連鎖、解くべき論点)ができていないから。

プロジェクションマッピングやLEDのイベントも徳島に似合わない。
もっとすばらしいものに気付く機会を奪っているという点で。
県のプロモーションも首都圏に対抗するという打ち出しではなく
ほんとうに対抗すべきは変革すべき内側(県民の意識も含む)ではないの?
徳島に移転すべきは消費者庁(特定の機能の地方移転という意味)ではなく、
各県の知事が力を合わせて
行政や立法機能の自主的な運営(地域主権)をめざすのが本質ではないの?


現政権の悪質度が加速してまるで戦前のような状況になってきた。
もっと政治や行政に関心を持たないと、どんどん社会は外堀を埋められていくよ。
おかしいと感じなくなったら、次の世代は大きなつけを払わされるよ。

日本の国が好きだから、四国徳島が好きだから、言わずにはいられなかった。
タグ:勝浦町
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 生きる
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