2017年03月23日

証人喚問


テレビで断片を見ただけ。
でも、その人は誠実に対応されているように見えた。
(ウソをついているようには見えなかった)
確かに一連の行為は誉められたものではない。
けれど、私人を招へいするよりも先に招へいすべき関係者がいるはず。
当該事件に関係した官僚は証人として国民に答える義務がある。

誰かの感情を損ねれば、手続きやルールは容易にねじまがる―。
この証人喚問の実現そのものが問いただすべき構造を象徴している。
この事件は、21世紀の日本であっても、
戦前と同じように、いやそれ以上の独裁政治が起こりえることを国民に示してしまった。
もし何らかの関与があったのなら、まだましだ。
働きかけがないのに、ねじまがったとしたら、
その力学こそあぶり出すべき本質だ。
今回は氷山の一角に過ぎない。

淡々と事実を確認している質問者(野党)があった反面、
下品で感情的に煽っていた質問者(与党)もあった。
自分たちは同じ穴の狢ではないという心象を植え付けるために
証人の証言に傷を付けようとしていた。
ここは国会の場であるというのにその品格のなさ。
それらの政党は国民の心象を損ねただろう。

証人には偏った世界観はあったとしても
それを実現するために手段を選ばなかったとしても
信念を持って生きてきた人と思った。
煽りにも同調せず冷静に対応していた。

ときの権力者がでっち上げれば
たやすく重大な犯罪者にされることを意味する共謀罪。
近隣諸国との対立を深めつつ
おとなしく従順な国民をつくる教育はそのシステムの仕上げ。
マイナンバー、マスコミへの恫喝(キャスターの退任)、
消費税引き上げ、円安誘導、一億総活躍、補助金ばらまきなども
個々の政策だけを見ているとわからなくても並べてみると
国民を統制する国家像が見えてくる。
そのようなつまらない未来は誰も選ばない。

経済ではなく、幸福感が生きる基準になる。
国に依存しない自主性、自律性、個性を大切にする(ぼくが理想と考える)未来。
安全な食糧が国内で安定的に確保され(これこそ真の安保だ)
生産者の暮らしが成り立つ。
憲法にうたわれる健康で文化的な暮らしが約束される社会であって
教育には熱心でその機会は誰にでも開かれている。
伸びようとする才能や、限りない知恵の探究を支える。
(カネになる研究だけでなく、じっくりと基礎研究や誰もが顧みない分野を深掘りするのもいい)

それでも学歴よりも創造性や職人の技が尊重される。
(日本がめざすべき生産性の高い経済のお手本はスイスだろう。ITやシステム化が進む社会で標準化の思想、合理化の手法、思想教育などを押しつけるのはかえって未来のリスク要因)
住民は直接的に政治や自治に参加している。
政治家は兼務で報酬はボランティア程度。
政党はなく、特定のイデオロギーにも支配されない。
自分たちのお金が、自分たちの考えで自分たちのために使われ、
その過程や結果が目に見えるので賄賂や利益誘導は自ずと発生しない。

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そこに日本ならではの文化や風土(世界中の人がうらやむクールな日本)が漂い、
ものだけでなく、生き方や風土や社会の姿が憧れの国となる。
そのための理念、中長期の方針、アクションプランも描けるだろう。

関心をそらす仕掛けやサプライズに惑わされず、
目に見える現実(そのように見させている構図に気付くこと)から
目に見えない背後の力を見よう。
悪意を持って与えられる社会ではなく、つくりたい未来を描く国になろう。
一人ひとりがその気持ちを強く持って行動することだ。

事件を解明して幕引きではなく
なぜこのようなことが起こりえるのか、
特定の人物や組織が国を支配しようとする動きを
どうすれば防げるのか?
政党政治ではなく、国民が未来をつくるしくみに転換していくこと。
(いつも言っているように、地域が主権を持つこと。四国のことは四国で決められること。そして多くの人が政治に関わることが必要。徳島と高知を1人の議員が担うなんて馬鹿げている。サラリーマン、子育て中の主婦、成人後の学生、場合によっては公務員すらも構わない。議員は兼業で実費弁償だけの報酬で良いのだ。国会議員と県議会議員を区別する必要があるとも思えない)
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追記
ぼくは、天皇陛下を尊敬し日本の国家も国旗もそして何よりこの国が好きな愛国者と思っているけれど、右でも左でも保守でも革新でもないし、どの政党もイデオロギーも支持はしない。日本は、東アジアの近隣諸国とはもちろん、イスラム圏も含めて中立的に良好な関係を築ける数少ない可能性をもった国と信じている。カネのばらまきや軍事力だけが外交ではないのだ(もちろん自衛力は不可欠で自衛隊の役割は大切)。近隣諸国の嫌がることはせず、公害防止や食品の安全確保など相手にとって必要な技術やソフトを支援することで良好な関係が築ける(それこそ相手国の国民が望んでいることだろう)。日本を批判する外堀が埋まってしまえば互恵的な関係を築くのは難しくないはずで、それが日本の国益に叶うことなのだ。



posted by 平井 吉信 at 23:32| Comment(0) | 生きる
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