2017年02月18日

ここは佐川、バイカオウレン


佐川は特別な雰囲気を持ったまちである。
高知の田舎にあって、高知の匂いがしない。
子弟の学問に力を入れ、歴史や文化が幾重にも重なっている。
鄙びた味わいさえ風格や落ち着きを感じる。
思索にふけるのも散策を愉しむのもまちの距離感が心地よい。
高知県内で住むとしたら、ぼくは佐川町を選ぶ。

最初に佐川ゆかりの人を知ったのは森下雨村。
四国の川を語るとき、知らずに通り過ぎることはできない。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176388793.html
http://www.soratoumi.com/river/enko.htm
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釣り文学の先駆者でもあり、
「猿猴川に死す」のような風景が
かつての四国にあったことに羨望を抱くけれど、
いまとなっては失われた原風景を心のいたみとともに懐かしむだけ。
仁淀川の鎌井田地区の情景、吉野川上流の桃源郷のような風土など
惜しんでもあまりある。

その佐川が牧野富太郎博士の生まれ故郷であることもその後知った。
JRで高知から中村宿毛方面へと南下するとき
佐川駅周辺の田園風景、特に斗賀野駅あたり、に惹かれた。

高知西南部からの出張の帰り、
須崎西I.Cで降りて須崎市内から峠を越えて佐川へ入る。
今回は仁淀川へ行くのが目的ではない。横倉山でもない。
佐川のまちなみ、牧野博士の生まれた地区を歩いてみようというのだ。

生家の周辺には観光案内所、酒蔵などがあって
つくりものではない昔ながらの由緒あるまちなみがたたずむ。
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西から辿れば、生家を復元した牧野富太郎ふるさと館、佐川文庫庫舎、
旧浜口家住宅(観光協会)、名教館、司牡丹酒造、
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旧竹村呉服店、竹村家住宅、まちの駅と続く。
完全予約制のウナギ料理の老舗、大正軒もある。
(森下雨村のエッセイには酒造所から流れ出す栄養分を柳瀬川のウナギが食べるので旨いと書かれていたような記憶がある)
観光協会から山へたむけると、博士が幼い頃遊んだ金峰神社、美しい庭園を持つ青源寺、
そして山野草を愛でる人にとっては癒される場所、牧野公園がある。
(牧野公園の中腹から眺める佐川のまち。役場も指呼の間にある)
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車を停められる場所は少ない。
週末であれば、佐川町役場に車を停めて歩くのが適当。
それでもまちなみを歩いていれば5分ぐらいで着いてしまう。

佐川町の名前の付いた植物、サカワサイシンが佐川町のシンボル。
牧野博士が佐川で発見した植物。
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今回は時間の関係で涙を飲んで行き先を絞りこんだ。
というよりもこの季節、牧野博士ゆかりのあの白い妖精を見たい。

その昔、牧野少年は裏山の金峰神社で一日中植物を見て遊んだという。
その至るところで咲いていたのが、白い梅のような小さな花を咲かせるバイカオウレン。
標高の高い剣山では5月上旬といわれているが(それもまだ見たことはない)、
ここでは平地でしかも2月に咲く。
(厳密に言うと、バイカオウレンの四国固有種、シコクバイカオウレンというらしい)
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バイカオウレンはまだ見たことがないし、
どこに咲いているかはわからないけれど、まずは歩きながら探してみようと思った。

金峰神社の坂を見上げる。
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階段の奥はほの暗い。
かごめかごめの歌詞を思い出す。
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かごの中の鳥は何時出られるのか?
子どもの遊びのわらべうただが
その歌詞の意味はまったくわからない。
(子どもの頃、近所で遊んだものだが)
戯れか、深い意味を秘めているのか、
気まぐれなお大尽の遊びか、
民族の語られない裏を比喩しているのか、
(蘇民将来伝説など)
はたまた暗号を宿しているのか―。
とおりゃんせの歌詞とともに
能登麻美子の声で…)
聴く人を深い迷いと幽玄に誘う。
金峰神社の階段はそんな雰囲気さえ感じる。
でも家の裏にあったこの神社を
牧野少年は息をはずませながら駆け上がっていった。
そこには宝物があったから。

冬から春にかけて佐川周辺の里山では
白い梅の花のような小さな植物が地面に咲く。
夢見心地で焦点が薄れていくと、
(百五十年の昔)兵児帯を締めた牧野少年が
腰をかがめて夢中になって見つめる様子が浮かんだ。

ここは佐川、牧野富太郎のふるさと。
春を待つ白い妖精、バイカオウレン。

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牧野公園から歩いて駐車場へ戻る途中、
観光案内所の若い女性スタッフとすれちがった。
「どうでしたか? (バイカオウレンは)見えましたか?」
「ありましたよ。踏まないように注意しながらしゃがんで見ました」
「よかったですね。私、まだ今年は見たことがないんですよ」
笑顔の余韻が残る佐川のまちなみを踏みしめながら
いにしえの人々の営みを追体験すれば、
平成の土佐路を東に向けて
新たな旅へと向かうご老公様のような心境であった。
(つづく)


さて、ご老公様一行は東へ数里歩みを進めて
日高村にある芋屋金次郎の館へ立ち寄られた。
そこには良質の植物油で揚げたばかりの
土佐名物の芋けんぴが並べられている。
その香ばしい蜜の揚げたて感に八兵衛はたまらず
「あっしはこれをいただきやす」と。
「八兵衛、ご老公より先に食べるな」と
咎める角さんの言葉にも耳を傾けず
「角さんも1本食べてみれば」と助さんに奨められる始末。
「なるほど、一豊公自慢の献上品だけのことはあるな、はっはっはっは」
(当時、芋けんぴが光圀の時代に存在したか、光圀が土佐を漫遊したかは知らない)

揚げたては本店でないと食べられない
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(おみやげ用はこちらで)
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あくまでも素朴で高級スイーツ気取りではないけれど
そのなかで素朴感を磨き上げて素材感を求めたという王道。

平成なのにここは日高村。
芋屋金次郎の日高本店をあとに
伊野の関所(I.C)を越えて
ご老公の阿波藩への旅は続く。
(明るいナショナル♪ 明るいナショナル♪…時代背景がわからなくなってきた)
posted by 平井 吉信 at 01:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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