2017年02月05日

山下達郎 これからも


好きな選手はイチローである。
いまも現役の大リーガーとして準レギュラーで活躍している。
そのために自分の強みである「俊足」「動体視力」「強肩」を活かしている。
でも「強みを活かす」ことは戦略の基本でありながら難しい。

例えば、もっと足が早くなれるよう筋トレを行う。
強肩をさらに堅固にするために投げ込む、といったやり方では
強みを伸ばすことにつながらない。

それよりも、わずかな動きに反応できる身体能力、
意思とそれを動かす神経、筋肉、骨格が有機的に統合されること。
だから関節の可動域の確保や体幹の均衡に留意しつつ
メンタルとの一体性からルーティンを確立するのも賢明。

こうすることで正確なバットコントロール、予測能力も含めた守備範囲の広さ、
捕球際になって伸びる制御のきいた遠投を複合的に駆使して
最多安打や高打率、盗塁王、ゴールデングラブ、捕殺などにつながっている。
しかもその選手生命が持続している。


前置きが長くなった。
イチローから連想されるミュージシャンがいる。
ミュージシャンというと、喜怒哀楽が激しい気まぐれ。
創造の泉が枯渇する不安から
酒や煙草やその他非合法の手段も含めて偏った日常に浸り、
その結果、音楽生命もまた自身のいのちも短命に終わるというイメージがある。
(魂の音楽とは幻に頼る手段でしか生み出せないものだろうか? 確かに理性が支配する脳からは感動は生まれない。でも退廃的な方法でなく理性をしばし眠らせて汲めども尽きることのない泉を内側に持つことはできるはず)


世阿弥の風姿花伝によれば、人はそのときどきに花を咲かせることができるとする。
しかし10代の花と20代の花、50代や60代の花は違っている。
そのことに気付かずに、若さゆえの花にいつまでも憧れて破滅する。
そうではないだろう。
80代のミュージシャンがいてもいい。
老害などではなく、失われた技術と引き換えに得たものがあれば。
自分と向かい合いながら、魂の高みを音楽として花を咲かせてみる―。


山下達郎は自分の健康やライフステージを意識している音楽家と感じる。
長い音楽家生命は自己管理と戦略ゆえではないかと。
戦略とは、譲るところと譲れないところを明確に、
ぶれない立ち位置でありながら時代を引き寄せるという意味で。

かつてFM雑誌であったかインタビュー記事があって、
確かこんなフレーズだったと記憶している。
「いきざま音楽なんてなくなれ!」(記憶が不確かで間違っているかもしれないが)

当時はニューミュージックの全盛期であった。
作詞に力を入れ、音楽というよりは音楽に乗せた語りのような
つまり伝道師のような音楽家にはなりたくない、とのニュアンスを感じた。

初期のアルバムは楽曲志向が突き抜けていてそれはそれで好きだ。
例えば、1979年発売の「ムーングロウ」のなかから「RAINY WALK」など。
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さらに遡って1975年の「シュガー・ベイブ」での「SONGS」は時代を超越して輝いている。
どの楽曲も自由な気分があふれ、のびのびと展開していく。
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ぼくは「雨は手のひらにいっぱい 」が好きで、
その後、「ハニー&ビーボーイズ」のアルバム「バック・トゥ・フリスコ」にも収録された。
アナログは持っているが、多くの人に聴いてもらうためCDで復刻されないだろうか。
(80年代半ば頃の発売だったと記憶している)
アルバムジャケットも秀逸だ。
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このままできごとを綴るほどの知識と経験はないので
あとは好きなアルバムを3枚紹介するとして。
(この3枚はどれが最高というのではなく、そのときどきに無性に聴きたくなるもの)
発売順に書いてみよう。

「RIDE ON TIME」(1980年)
タイトル曲が「目を覚ませ、音楽人間」のコピーで
自身も出演したマクセルのカセットテープのCMにも使われた。
それまでの音楽と本質は変わっていなくても
時流をつかむことの機微も大切と教えてくれる。
ほんとうに実力がある人は時代や聴衆に媚びることなく、
しかし時代の空気感や聴衆を大切にしながら
時流を感じて時代を引き寄せることができる。
(生き様を語っていないが、アルバムの成功からそんな人生訓は感じる。ぼくもそうありたいと思っている)
EPOも歌っていた「いつか」のリズム隊の刻みで身体が動き出す。
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でも、このアルバムの白眉はB面ではないだろうか。
「夏への扉」がおだやかな午後への扉をひらいて永遠の夏をリフレインする。
「MY SUGAR BABE」で空想の空への憧れのようでもあり、
「RAINY DAY」では時代に媚びない内省的な深みがたまらない。
「雲のゆくえ」では覚醒にも似た高揚を感じ、
「おやすみ」で耽美に消えていく。
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「FOR YOU」(1982年)
大滝詠一の「ロング・バケーション」と双璧の夏のアルバム。
楽器をやる人にはたまらない冒頭の刻みから
西海岸の乾いた風が洗練された音の洪水となって押し寄せる。
日本語がロックには向かない、なんて呪縛を解き放っている。
日出ずる国の音楽の風格と余裕を感じるのはやはり時代を背景にしている。
(いまこんな音楽は誰もつくれないよ。才能もあるけど時代がそれを阻んでいるから)
「HEY REPORTER!」が生まれた背景は理解できるけれどCDではスキップする。
ぼくの個人的な背景とはつながらないので。
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「MELODIES」(1983年)
音楽っていいなと感じるのはこんな音楽を聴いているとき。
ぼくの大好きな国道55号線を南下するとき、
「悲しみのJODY」や「高気圧ガール」は不可欠。
夏冬混合の楽曲だけれど
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冬に聴けば、夏への思慕、なつかしさがこみあげ、
夏に聴けば、クリスマスの頃のせつなさが蘇る。
マンハッタンズのようなテイストも感じる。
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山下達郎は作詞家としても秀逸。
特定の場面が現実感を持って描かれたものではなく
どちらかといえば抽象的暗示的であるけれど
そこには楽曲と一体となって感情の雲がわき上がるというもの。
場面に依存しない心象風景―。究極の叙情といってもいいと思う。

バブルに至る時代の流れで
取り残された人たちの心を捉えた「クリスマスイブ」では
イントロから賑わうクリスマスの雑踏が浮かんでくる。
歌詞にはクリスマスの幸福感はない。
人々の共感を得つつ、時代へのアンチテーゼをひそませ
普遍的な愛の場面を描いているよう。
(80年代のソーシャルマーケティング)
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もう1枚上げるなら
「Big Wave](1984年)
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徳島の県南部ではサーフィンをやっているから、というわけではないけれど
サーフィン映画のサントラ。
「サンデーソングブック」(東京FM)は運転中によく聞いたが
そのテーマ曲「ONLY WITH YOU」を収録。
Major7,Minor7系の解決しない和音の進行がたまらない。
ビーチボーイズのカバーが2曲「GIRLS ON THE BEACH」「PLEASE LET ME WONDER」 ある。
オリジナルも好きだが、達郎版では多重録音のコーラスを堪能できる。
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自身がバックグラウンドにしている音楽への共感と
音の仕上げの職人的な愛情と
自分のやりたいことをやりながらも
時代へのメッセージを秘めた音楽、
それがぼくにとっての山下達郎。

これからも。
posted by 平井 吉信 at 13:05| Comment(0) | 音楽
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