2016年07月31日

地方創世ではなく、地域主権では?


災害の際、自助、共助、公助それぞれの役割を果たすことが必要である。
それは今後の日本のあるべき姿を考える際にも置くべき視点でないかと。

自助…自分のために、家族のために、組織のために自分ができること、義務を果たすこと。
共助…地区、地域のために、できること、義務を果たすこと。
公助…国民のために国ができること、義務を果たすこと。

住みやすい国となるためにはこれらが有機的にからむことで
個人や地域の成果をほかの地域へ、
国の施策が個人の幸福へとつながっていく。

ところが、日本は人口が多く、小さいとはいえ、国土は長い。
国が大枠の理念(方針)を示すとして、
憲法、法律、防衛以外に国がなすべきことは多くないのではないかと。

消費者庁の移転をめぐって地元では押せ押せムードが見られる。
消費者庁の移転に賛成か反対かは論点ではない。
自助、共助、公助に串を通すためにどうあるべきかの議論が先にあると思う。

現在の中央集権の制度が改まらない限り、消費者庁の移転は意味を持たず、
行政にとって弊害が大きいものとなろう。

セキュリティーの問題は技術的に解決できるだろうが、
問題はそれではなく意思疎通と思う。
Web会議が成立するのは、
同じ組織で同じ目的を持って業務を行うグループのブレーンストーミングや
メールだけの情報共有では問題ありと判断して行う場合などに限られる。
少なくとも相談事があって異なる組織からの参加者が
名刺交換から入るような場面ではWeb会議はなじまない。
(セキュリティではなくコミュニケーションの問題である)

ただし研修機能やなんらかの作業部隊を置いて
東京にいれば検証できない作業を行う機能の設置なら意味があろう。

例えば、こう考えてみる。
すでに徳島県は、西部、南部に県民局を設置しているが、
県内でも過疎地を活性化するために県庁(万代町)を移転する案も考えられる。
すでにある旧役場の庁舎や廃校跡を活用し、
神山 → 上勝 → 海陽 → 木屋平 → 木頭 → 佐那河内 → 一宇などと
数年程度で本庁を移していく。

もし、消費者庁の全面移転を望むのであれば
県庁も万代町からの移転を検討すべきだろう。
かちどき橋周辺の渋滞緩和に貢献、
停滞した過疎地へ多数の職員が居住、通勤することで経済のカンフル効果、
なかには気に入って移住する人も出るだろう。
万代町を民間に賃貸すれば歳入を増やせる。
まさに良いことずくめ(机上の上では)。
ところで、県庁の移転に支障があるという理屈であれば、
消費者庁も東京から徳島には来られない。
(ものごとは立場を変えて俯瞰すると本質が見えるかもしれない)


国と地方の関係性に目を向けることが本質である。
地方は立法機能(州法)を持たせるぐらいの自治と予算を持つことで
それぞれの地域力と人材を活かすことができる。
道州制の自治単位で地域政府として権限を持つべきだろう。


鉄のカーテンの崩壊以後の共産主義の行き詰まり、
(なれの果ては独裁)
格差拡大による資本主義の危機的な状況にせよ
(これまたなれの果ては?)
管理する側とされる側に二分化されることが不幸の原因ではないだろうか。
ポピュリズムの政治に、1億総評論家兼傍観者。
(補助金ばらまきも同様の社会リスクを内包している)
人口減の税収減、老朽化した社会資本の更新、
高齢化を支える財源の不足などを補うために税率を上げていくと
国家も経済も破綻してしまうだろう。


そうではなく、誰もが権利を持つが、義務も負う社会。
自助、共助が機能することが未来をつくる前提ではないだろうか。
日本は、世界に範を示せる資質を持っているように思う。
既存の失敗パターンから脱却して
新たな価値を提案、実践することで
未来への夢や希望が感じられる国になれないだろうか。

縄文の森では自治が機能していた。
あの時代に持続的な狩猟採取生活が機能したのは日本だけであった。
遠い過去に学ぶべき社会がある。

小さな政府をめざすとすれば
中央集権を打破しなければならない。
この点において、官僚も政治家も抵抗勢力となる。
しかしやり遂げなければならない。
原動力は、政治(政党)ではなく、国民の意識を上げること。

中央集権からの脱却のプロセスとして
人材育成(というよりは活躍の場を与える)がカギとなる。
志、分析力、行動力のある人材を民間から登用して政策立案に当たらせればいい。
(あるいは議員報酬をなくして実費弁償だけにしておいて議員を増やすという選択肢がある)

そのために行政には人材の目利きが求められる。
これまでも、WS、アート、デザイン、地域ブランドなどで
著名な人材を行政が過大評価しすぎて成果が出せない事例が続出した。
地元の行政自らが熱い心と醒めた目で小さな実験などで戦略を検証しつつ
PDCAサイクルを回していかなければならない。

posted by 平井 吉信 at 11:08| Comment(0) | 生きる
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