2016年06月17日

目に見えないものを観ようとしなければ


ものごとの本質を見るためには
「何」に捕われすぎないようにしたい。
とりわけ政治家については注意深く見ていかなければならない。

不適切な行為や言動があればマスコミが取り上げるが、
その取り上げ方(見せ方)の背後にあるものに考えを巡らす。
ときの政権に対する姿勢(感度)の差異、
メディア戦術を操る大手広告代理店の存在。
それらが「どのように」見せようとしているのか。

目に見えることから目に見えない力学を読み解いていく。
立花隆さんがかつてロッキード疑獄を解明したように
表面に現れた現象から論理を組み立てつつ思考を発展させる。
(そのためには意図的に情報を遮断する時間が不可欠)

都知事の辞職までのマスコミや都民の反応は過熱気味であった。
前都知事が辞めることの可否だけに焦点が当たった。
(何者かの意図でそのように演出された気がする。何かから目を反らされたようでもあり)
異様な空気を感じる。

高級ホテルへの宿泊や公務との関連が疑わしい備品の購入は
反感を買うので庶民にわかりやすい。
法律違反であろうがなかろうが、為政者としてやって欲しくない。
(そのような姿勢で民のための政治はできない)

けれど、都民、国民にとっては失政のダメージの影響が大きいはずである。
(長期政権のあの知事はどうであったか?)

人気取りの政策、理念なき政策、不要不急な政策の実行、
悪意のある発言、社会に影響を与える言動など枚挙に暇がない。

・特定機密保護法
・安全保障法
・メディア規制の脅しの総務相の発言
(憲法違反では?)
・カネと権力の癒着
・近隣諸国との関係を悪化させる無神経な言動
(まずは関係性を改善しなければ正しい歴史認識にたどり着けないはず)
・福島の復興、原発問題
(新たな価値観に基づく客観的科学的な原発のあり方の議論が必要)
・経済政策の失敗
(いまの時代を直視して内需換気型への転換が必要)
・憲法改正の動き
(憲法を改良していくことは必要。しかし改正の意図・力学を見極めよう)

国民を守るための政治が、国民をないがしろに暴走を始めようとする。
歯止めをかけようとすると、つぶされてしまう。

国民は、個人が道を踏み外すことには容赦しない。
(不倫やパクリや使い込みは犯罪だが、いつの時代にもあるもの)
その傾向が強まったのはここ数年ではないか。
ところが政治が道を踏み外すことに寛容、無関心、もしくは気付かない。
(だから、やりたい放題)。
何をやっても変わらない無力感が個人バッシングに向かっているのかもしれない。

日常生活には変化はないように見える。
なじみのコーヒーショップや食べログの評判の店に行く限りでは。
しかし、少しずつ変化が現れていくはずである。
組織が道を踏み外すことに警鐘を鳴らそうとしていたキャスターたちが相次いで降板。
目に見えないものが少しずつ顕在化していき
気付いたときは後戻りできなくなっている。
ものごとが動くときは、誰も止められず奔流のごとく押し流していく。
戦争へ向かうときがそうだ。

政治や政党、政治家にはもはや期待していない。
さりとて、無関心になればなるほど、社会は歪められていく。
それぞれが異なる価値観を持ちつつ居場所と出番を見つけられる社会になればいい。
(言い換えれば「比べない」ということ。異なる価値観を認めるということは、共通部分に目を向けるということでしょう
そのためにできることはあるはず。
市民が良識を持って行政や政治に参画していくしくみをつくりたい。


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久しぶりの晴天に庭を見ると、それぞれに存在感を振りまいている。
今年初めて開花したキキョウ
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庭は使用済みの茶葉をふりまく以外の手入れはしない。
そうして毎年違った植物が生えてくるのを見ている。
初めてのムラサキツユクサ
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それぞれ一生懸命生きているんだね。
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社会を見て無力感を感じる日も、
庭の植物を見て心の居場所を置き換える。
木々や草花、流れる雲、水の表情、日の光、星のまたたきにはそんなやさしさがある。

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posted by 平井 吉信 at 13:14| Comment(0) | 生きる
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