2016年04月22日

春の名残を追いかけて いつのまにか薫風が季節を運ぶ


日本のような温帯モンスーンの国では
どこかで誰かが春を待っている。
季節が移り変わるから心が求めるのか
心が感じるから季節が通り過ぎていくのか。

その足跡は見えなくても
通り過ぎたあとには変化が起こる。

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どこにでも生えている野草でも希少種でも花は花

しだれ桜の名所が神山町に整備されたと聞いてやってきた。
ここへは、文化の森を過ぎて鮎喰川へ出会う前に左折する道をたどる。
地震の直前、竹田から高千穂へ抜ける小径で感じた春の気配と似ている。
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あいにく、しだれ桜は前日の嵐で吹き飛ばされているようだった。
それでも散策してみたい。
付近の山々は萌えている。
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枝に残る花びらを見つけた。
今年最後のしだれ桜の散りゆくときに立ち会えた。
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春の七草のひとつ ハハコグサともゴギョウとも
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今度は、神山の鬼籠野経由で帰ろうとすると
ノボリフジの名所、神光寺の表示があった。
ご真言を唱え賽銭を供えて花を見る。
良い雰囲気の小さな庭、阿弥陀如来、地蔵菩薩が花に浮かび上がるさまは極楽浄土。
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それは、人が朽ちていなくなったあとにもやって来る。
果たしてそうだろうか?
それを愛でる人がいなくなれば
春は来なくなるかもしれないのだ。


タグ: 神山
posted by 平井 吉信 at 00:20| Comment(0) | 生きる
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