2015年12月27日

人生が駆け足を止めた 佐渡裕 第九演奏会 アスティ徳島


年の瀬になれば、第九を聴くのがここ数十年の決まり事。
ベートーヴェン研究は10代後半からで生涯の課題と思っている。
ベートーヴェンの音楽の魂に触れていた20代。
総譜を見ながら、ここは自分ならこうする、と悶々としていた。
集めたレコード、CDは数多いけれど、
実演に接する機会には恵まれていない。

そんな折、佐渡裕が自ら音楽監督を務めるプロオケを率いて来県する。
(オーケストラは兵庫芸術文化センター管。設立10年のプロフェッショナル楽団である)。
佐渡さんは震災の鎮魂で1万人の第九を振るなどきっとこの曲に思い入れがある。
しかも徳島は鳴門が日本での第九初演の地。
日曜日なので仕事を入れなくていいとチケットを手配したのが数ヶ月前。
(ぼくよりももっと聴きたいという人がいたので)

当日は小学生が遠足に行くが如し。
分刻みの仕事の日常から離れられた。
目と鼻の先のホールなのに開演の2時間前に家を出るなんて。

第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ・ウン・ポコ・マエストーソ。
弦の刻みは神秘の霧ではなくmpで明快に。
第1楽章はベートーヴェンのペンがもっともなめらかに進めている。
(実際は推敲に魂を費やしたのだろうが、ソナタ形式のひとつの完成形。これより先は弦楽四重奏の高みに入っていく)
指揮もそれを信じてやや抑えた感じで音符を空間につむいでいく。
オケの編成は50名弱だと思うが、弦を前面に押し出すことなく
比較的管楽器が目立っていたように思う。
モダン楽器を使った室内オケのような端正なできばえ。

第2楽章は、内声部の充実とパートを自在に出し入れしつつ、
音楽としての魅力を存分に引き出している。
第1楽章もそうだったが、何もしていないようで
音楽が息づいていた。
前半2つの楽章を感動を持って味わえる感性の持ち主なら
どんな境遇にあっても人生の楽しみを見出しそこに光を当てられる人。
ただしCDなどの録音メディアでは
きょうの佐渡さんのように、パートが浮き上がっては
次の瞬間に響きに溶け込む様子はマイクに入らないだろう。
実演ならではの感動もそこにある。

第3楽章の冒頭、第1主題が天上から降りてくると
魂がぞくぞくする。
ベートーヴェンが辿り着いた突き抜けた遊びの境地。
西洋的には天国の花園の逍遥、
東洋的には無為の為のような瞬間が訪れる。
モダン楽器から過剰な表情は排して
古典のたたずまいを感じさせるのは一貫しているが、
即物的に響く古楽器風の演奏とは異なるあたたかい表情を持っている。

第4楽章、歓喜の主題が低弦から次々と受け渡されていくと
主旋律とオブリガートが明滅する。
個性を持ったそれぞれの人がそれぞれ輝く瞬間がある、
違いを認め合いたたえ合うから
全体はあくまでひとつに溶け合っていくという
ベートーヴェンのメッセージが込められているよう。
佐渡裕の第九を聴きたいと熱望し
念願かなって初めて聴いたぼくの隣では涙を流していた。
理屈を越えて胸に飛び込んできたのをひたひたと感性で受け止めた涙。

佐渡さんといえば、ベルリンフィルとの初演で
背伸びしつつ力業で対峙していた印象があったが、
この日の演奏は違った。
肩の力を抜いて統率するよりもオケの自発性に任せつつ、
全体の構造はぶれないという指揮。
フルトヴェングラーは楽団員を神秘の魔法にかけ、
佐渡さんの師匠のバーンスタインはオケを乗せ上手。
この日の演奏は、一見何もしていないように見えるけれど
音楽の骨格を支えつつ、細部を任せることで
音楽が息づいている印象。
ひとつのプログラムを徹底的に磨き上げる
天才肌のカルロス・クライバーとは違うが
熱い気持ちを秘めて職人芸で端正、躍動、
精妙に描く点で音楽の方向性は似ている気がした。
それは日本人の感性も後押ししているはず。

惜しむらくは会場の容量と残響。
合唱を率いるとはいえ比較的小規模編成に対し
4千人収容のほぼ満席だから
デッドで音楽が前へ出てこない感じ。特にヴァイオリンパート。
(ぼくがいたのが後席右奥というのもあるけれど)。
これが教会のような規模である程度の残響があれば
地面に漂う低弦、空間を浮游する木管など、
ホールエコーによる恍惚とした神秘体験すらできたのではないか。
(この日の最善は、弦のバランスなども考慮すると、ある程度直接音を身体で受け止めることができた前席で左寄りの席ではなかったかと)

人生がこのように過ぎてくれたらという音楽(ひととき)は夢のように駆け抜けた。
2015.12.27 ベートーヴェン第九 演奏会にて。

 → ベートーヴェン:交響曲第9番

第九はこれがおすすめ
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》[バイロイトの第9/第2世代復刻]
時代を経ても感動は普遍であることを教えてくれる。

DSXE6541-1.jpg

追記

少し遅いクリスマスプレゼント、喜んでくれた(感激してくれた)。
お返しは、貼るカイロ。身体を冷やさないようにね、というメッセージ。
そんなやりとりがいいようで。



posted by 平井 吉信 at 23:03| Comment(0) | 音楽
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