2015年12月21日

田園に囲まれた音楽を聴くための家


完成した友人宅の新居を訪れた。
夫は高校の同級生で山と音楽が好き。
妻は近所の幼なじみで同じく音楽が好き。
ピアノにゆかりのある仕事をしている。
田園のなかにたたずむこの家は
地元の木材を使っている。

この家には裏山で取れる雑木を燃料にする蒔ストーブがある。
ほんのりとあたたかい。
炎を見ていると時間がどんどん過ぎていくけれど
それもまた時間の使い方。

テレビは見当たらない。
別室に15インチの小さなのが1台あるけれど
ほとんど見ないという。
(うちも15インチのブラウン管テレビが1台あるだけなのでその気持ちはわかる。大きな画面は不要。バラエティは見ないので芸人がわからないし流行語大賞もわからない)
パソコンもなければ、スマートフォンもない。
(ぼくもスマートフォンはいったい何に使ったら良いかわからない。もう5年も使い途を考えているのだけれど)
その代わり、電池で動くパナソニックのラジオが置いてあり
ときどき友人が聞いている。

玄関を入って左へ廊下を伝うと居間がある。
部屋にはグランドピアノ、別室にも別のグランドピアノ、
(タッチが違う)
電子ピアノもある。
宵の口ならピアノを弾いても苦情は来ないゆったりとした風景。

久しぶりだからKちゃん(幼なじみ)に
ブラームスのワルツ作品39の15番を弾いてとリクエスト。
照れながら応じてくれた。
ためらうような旋律から空に羽ばたくようで。
子どもの頃、好きなレコードだったから。
音楽は心の滋養、いつになっても、どこにいても
胸おどらせる。
どんなに短くても音楽はひとつの小宇宙だから。

お礼にオーディオ装置を手直し。
ちょっと手を入れると見違える音に生まれ変わった。
DSXE3482.jpg
(オーディオって買ってつないだときの10倍以上はよくなるからおもしろい。ときには名機と付き合う苦しみもあるけれど)
ここで鳴っている音にはまったく不満はない。
迫力めいた音ではなく
音楽が親密に寄り添ってくるけれど
はっとするようなニュアンスを奏でるから。
DSXE3471.jpg

Kちゃんは紅茶を入れてくれる。
小さな音楽で談笑のひととき。
こうしておだやかな夕暮れを迎えた日曜日。
でも…。

のどかで平和なひとときに
脳裏を離れないのは
この国の未来や社会のこと。
何ができるだろう、何をすればいいんだろう。
社会の幸福がなければ個人の幸福はありえないと。
posted by 平井 吉信 at 23:52| Comment(0) | 生きる
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