2015年07月15日

嵐の前の静けさ 歴史の過ちを照らす真夏の太陽


歴史に残る暴挙が行われた一日、
付和雷同する与党の議員一人ひとりが痛々しかった。
(以前から指摘しているように政党政治は弊害ばかりが目に付く)
権力への問題提起を行おうとしない公共放送。
国民の政治への無関心をいいことに、
越えてはいけない一線を越え
戦争犯罪人と同じ道を歩む。

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雄大な吉野川と吉野川橋。
かつてここに水陸両用機が離発着していたという。
徳島市の象徴、眉山は紀貫之の土佐日記にもうたわれた。
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土手に咲き誇るコオニユリ
夏の太陽がすばらしい包容力で照らす。
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暑い、などと不満はみじんも感じず
ただ、夏の余韻がじんと迫る
ざわわ、ざわわと繰り返すあの歌のように。

水辺の草原 広い広い空と水の空間 そして吉野川大橋。
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振り返ると、
やはり夏の日射し
鉄の雨にうたれて死んだ人たちへ誓った不戦の誓いは?
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そこから遡ること10km少々で第十堰
この堰を眺めて目を細めたあの人はいない。
それでも土佐からやってきた水は変わることなく
軽々と石積みを越えて流れる。
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子どもが自転車で対岸へ渡っていく
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海まであと14kmというのに
堰直下流の水質は飲めるほど。
多様な生物を育む奇跡の生態系を目の当たりにしたことがあるだろうか?
維持費がかからず天然のミネラルウォーターをはぐくむしくみ。
それとて第十の堰のほんの一部でしかない。
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ウィキペディア(Wikipedia)の記述は間違っている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8E%E5%B7%9D%E7%AC%AC%E5%8D%81%E5%A0%B0
環境か安全かの二択、賛成か反対かの対立ではないのだ。
(賛成派と反対派のレッテルを貼って対立を煽るのはレベルの低いマスコミと権力者の常套手段)

反対派も反対運動も存在せず
ただ普通の市民が自ら立ち上がっただけ。
江戸時代の治水思想が未来を示す箴言であることに気付いて。

第十堰の本質には対立要素はない。
治水も利水も環境も安全も財政も経済も
文化も土木技術も持続的な農業も人々の暮らしもすべてを包含し
過去から未来へと流れ永らえる生きた資産。


その日の夕方、虹が出た。
ドロシーが夢見た虹ではなく、淡々と社会を直視して歪んだ虹。
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空に感情はないはずだが、
自らを朱く染めたのはなぜ?
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明日以降に大型台風が日本に向けてしずしずと近づいてくる。
一人ひとりが自分ができることを見つめよと。



posted by 平井 吉信 at 23:01| Comment(0) | 気象
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