2015年03月23日

那賀川中流域のオキナグサ


春の色、那賀川下流編から半月が流れて
中流へと遡ってきた。
季節も山へ向かって駆け上がっていく。
ここも水量は多く流れは早い。

春を迎えることを心待ちにしている。
まるで初めて春に出会うように。
季節がめぐること、それは地球がめぐること。
血がめぐること、それはいのちがめぐること。
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木々や草花が次々と芽吹いていく。
期待と不安が入り交じる人の春。
清い流れも濁った流れも人の世ゆえ。
矛盾を抱えて生きていくのが人だから
歓びが多いほど無常もまた然り。
無常であるから歓びも輝いて見える。
そのことを教えてくれるのが、春なのだ。
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いつもの河原をたどってみる。
山からの小さな流れ込みが本流に流れ込み
砂と岩がつくる生態系の妙。
ここは、那賀川が生み出した奇跡の場所。

陽光とそよ風が瀬音をきらめかす。
弁当を持ってピクニックに来ている男女を見た。
テーブルのような岩に腰掛けて
彼女の手作りの料理が並べられ
おいしいお茶でのどを潤している。

春を駆け足で知らせに来たオオイヌノフグリのときめき
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岩に這いつくばるスミレがいい
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浅瀬に集まっておとなになる日を感じるオタマジャクシ
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最初のオキナグサはいつもの場所にあった。
でも100人中95人はこの花に気付かない。
数年前のように花があちこちにあるという感じではない。
それでもあるところにはある。
それも千手観音のような盛りつけで。
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両手を広げて存在感を示す子どものように
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産毛が西に傾いた太陽に照らされてまさにオキナ。
やがて白髪のオキナグサに変わってしまう。
人の世のように。
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竹取の翁の「かぐや姫の物語」は日本人の世界観を表出している。
諦念を覚えて人は執着を放つことができる。
月の衣を着ることは
地上の記憶を失うことを意味するが
自ら切り放せたとき、魂の存在が見えてくる。


posted by 平井 吉信 at 22:04| Comment(0) | 生きる
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