2014年12月28日

徳島の風土にねざした菓子 徳島の風土への挑戦 VS徳島!


地産地消とは食品会社の合言葉のようになっている。
(厳密な定義はともかくとして)
菓子にその考えを取り入れてみたらどうだろう、と考える。

その土地の水、空気、そこで採れるものを活用することであるが
その際に、ゆずを混ぜてロールケーキをつくりました、
かたちを地域の名物に似せてみました、で終わらせたくない。

風土に宿る精神を菓子というかたちに昇華するとでもいうか、
作り手の思いが込められた(それは祈りのようなものだろう)菓子づくり。

たとえば、鳴門にちなんだ菓子をつくるとする。
鳴門は渦潮であり、塩田があった場所であり、
鳴門金時(商標はなると金時)、レンコン、
海には鳴門わかめ、潮流にもまれたマダイが採れる。
塩やにがりをテーマに世界的な企業が育った場所でもあるが
その鳴門の風土を菓子にするとはどういうことだろう。

鳴門金時を使ったケーキをつくる、誰でも浮かぶ連想だけれど
それなら、東京のメーカーが材料を仕入れてつくったのと
どこが違うのかということになる。
作り手が徳島人だからという答えもあるだろうが、
そこから風土と成果(商品)の関連を説明することは困難だろう。

鳴門は特に砂糖を重宝する土地柄である。
赤飯にごまと砂糖をまぶして食べる習慣や
砂糖そのものといった菓子も存在する。

砂糖といえば、その対として
塩とミネラルが思い浮かぶ。

地球上の生命の誕生と進化に月が大きく関わっている。
その月の作用が朝夕である。
生物はその血液中に海を持ち、骨が海そのものである。
すなわち、破骨細胞と造骨細胞の働きで
いつでもミネラルを骨に貯え骨から取り出すことができる。

鳴門にちなんだ菓子ならは
塩(ミネラル)を取り入れたい。
幸福感のスイッチを入れる甘みの作用を引き出す塩の作用、
旨味の導きを行うミネラルの作用、
渦のような立体的な味覚の変移を表しつつ
それらを地域の素材で活かした菓子のようなイメージが浮かぶ。

もしかして、大潮のときと小潮のときでは
人は食べたいもの、塩分やミネラル濃度が異なる可能性がある。
もしそうだと仮定すると
毎日風味を変えるのが自然ということになる。
人の体調を考慮して
日によって風味を変える菓子は楽しいのではないか。

鳴門の菓子を例に地産地消を考えてみたが
徳島らしさといえば、川(山からのミネラルを運ぶ通り道)に尽きる。
味覚と風土、人の生理現象とミネラルとの関係を理解しつつ
人を楽しませる感性と、おいしさの心理学で菓子は完成する。

手作りか機械でつくるかは問わない。
(それは会社の事業規模=固定費を賄う売上高やフードセキュリティへの対応等で変わってくる)
どこかの人、もしくは会社が
徳島の心を表現する菓子をつくってくれることを願っている。

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風土にねざした菓子のことを考えていて腑に落ちた。
徳島県の観光キャンペーン「VS東京」の違和感もそこにあるのだ。

挑戦すべきは東京という既成の価値観ではなく
自らの風土ではないか。
自らに学び、自らを変えていく姿勢とその過程。

徳島の良さ、すばらしさ、手本とすべきこと、誇るべきことと
そうでない価値観を厳しく峻別していく。
表面的なパフォーマンスはここですべて落とされる。
そして、残ったものを磨き上げていく。
つまり、VS徳島

磨き上げるその過程に多くの県民が関わることがさらに大切だろう。
魂を持ったファシリテーターが参加者の心を刺激しながら
時間をかけて挑戦していく過程が見えてくる。
県の予算を使うのではなく、県民の心に眠る風と土を引き出していく。
広告代理店へのプロモーションやキャッチフレーズではない次元が見えてくる。
それが、「脱・観光」。

最初は数人でもいい。やり始めること。
すでに挑戦は始まっている。


日常の暮らしで地球のことを肌で感じていたい(続きを読む)


タグ:菓子 鳴門
posted by 平井 吉信 at 20:45| Comment(0) | 徳島
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