2014年09月02日

感覚的に捉える。常識とは異なる洞察から未来が見える


夏はビールがおいしい季節。
けれどここ数年、ビールが楽しいと思えない(焼酎では感じない)。
身体の不調が原因ではないように思われたので、
ビールに含まれるアルコール分が影響をしていると推察。
アルコール分0.0%の銘柄(龍馬1865)と著名な銘柄のビール数種類を飲み、
そのときの心身の感覚を研ぎ澄ませて受け止めてみた。
試験は数日かけて行った。

ビールでは咽が渇いていても身体が欲しないことに気付いた。
アルコールは人間の感覚をわずかに麻痺させるが、
その感覚が心地よいと感じられず、
五感が鈍る戸惑い、躊躇、違和感を覚える。
なお、テストに選んだこの銘柄は
上質で嫌みがなく料理を邪魔しなかった
(のど越し、後味の良さ、麦芽の香りで通常のビールを上回る)。

不思議なことにアルコールが含まれていないにもかかわらず、
酔いのようなものは感じた。
これは麦に由来するなにがしかの成分の働きではないかと思った。

四大文明が開花した頃、
ヒトは部族間のもめごとがあるとその仲直りに宴を開いたという。
その席で出されたのは貴重品の小麦を発酵させた太古のビール
(収穫が難しい野生種から栽培種が優位になる時期だった)。
麦を発酵させたアルコール飲料にはそのような歴史と効能があることから、
アルコール分以外のビール固有の成分も「酔い」の原因ではと考えている。

感覚を頼りに動く

包丁で味が変わるというのは
料理人の常識で特にさしみがそうである。
三枚に降ろす際にも鋭利な刃ですぱっと切ったほうが良いと考える。
ところが、NHKの「ためしてガッテン」では、
背中からバターナイフで身と骨をはがすという方法を提唱した。
これだと誰でも簡単に危なげなく三枚おろしができる。しかも風味を損ねていない。

なるほど、常識のなかにもまだ裏技は残っている。
しかしそれだけにとどまらず、
人の動き、所作は奥が深く、
その作用が顕在化されていない未知の領域がある。
むしろ、かつて備えていた能力が
文明の進歩で失われていったものが少なくないのではと想像してみる。

たいていの人は包丁を持つときに力が入って「包丁で切って」しまう。
ところが、それだと切り口からみずみずしさが失われてしまう。
例えば、きゅうりを切る際に
トントントンと小気味よく包丁を走らせる場面が思い浮かぶが、
果たして味はどうだろう
(こんな使い方では包丁を頻繁に研がないとならないだろう)。

包丁の持ち方を変えてみる。
中指から小指の3本で包丁を受け止めているだけ。
親指と人差し指は持ち手に触れることなく宙に浮いている。

つまり包丁を握らない。
この状態で脱力感があれば良し。
そして、手首や腕ではなく肩を「入れる」
(「動かす」よりも微妙)感覚で包丁に動いてもらう。

肩の奥深い動きが先端の小指から包丁に伝わり、
きゅうりが切れる感覚。
「切っている」のではなく、「切れている」(トマトは違いがわかりやすい)。
プロの料理人はもちろん家庭でも試していただけたらと思う。
このようなやりかたは前例がないと思うけれど、
もしかしたらすでに実践している人がいるかもしれない。
結果は「おいしい」。
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飲食店でコップの水や茶をお客に出す際に、
無神経にドカッと置かれた場合と、
指先まで神経を使ってていねいに置かれた場合では味が違う。
オカルトではないし、
単におもてなしの心だけではないような気がする。
昔の人は経験的にこのことを知っていたのだろう。
かたちから入って結果につながる行為のひとつが
「名残手(なごりて)」かもしれない。
心理学、大脳生理学では笑顔の効用を説くが、
これもかたちが精神に作用する例である。

力ずくで成果を出せるか? 

運動の前にストレッチ・準備運動を行うのは一般的である。
けれど、身体が抵抗するのに
無理に伸ばそうとすると筋肉が硬直化してしまう。

これでは百害あって一利なし。
実際にストレッチをやってみて、
その前後で身体の柔軟性や動きの軽やかさに差異があるかどうか確かめてみた。
すると、ストレッチ後にぎくしゃく感があることに気付いた。
もちろんストレッチに際しては、
無理に筋肉を伸ばすのではなく
呼吸を止めずに気持ちの良いところで止めるという基本を守っている。

イチローは従来のスポ根の世界をいち早く脱却して
感覚で身体の動きを捉えている選手である。
感覚から入ると骨と筋肉の動きを感じられる。
筋トレはこの連携に良い影響を与えないからやらない。
さらに朝起きてから寝るまでの決まり切った行動(ルーティンのプロセス)があり、
それらは所作を通して精神の導きとなっていると理解する。

日本サッカーがW杯で惨敗したとき、
メンタルの強化が必要という意見が散見された。
けれど、運動能力と精神を切り放して考えることができるのだろうか。
カウンセリングやコーチングを受けて
成功するイメージを繰り返し描いたとしても、
それが成果とつながらないとき、
肉体の動きは改善するだろうか(ぼくにはそのようには思われない)。
精神を鍛えるには身体の動かし方から入るべきではなかろうか
(何をやるか、ではなく「どのように」が大切)。

ナンバ歩きという歩き方がある。
体幹をねじらない歩き方で長時間楽に歩ける方法である。
ぼくも10年ほど前から意識して日常的に取り入れている。

登山に行くと疲れが残る人もいるが、
ナンバ歩きでは身体の深部がほぐれて
登山後には疲れが取れていることに気付く(体調を整える効能)。

ナンバ歩きをしていると
日常の感覚が研ぎ澄まされてくる
(これもビールを心地よく感じなくなった原因かも)。
アスファルトの道路を闊歩する(ときに2本ストックを用いて)人がいるが、
一見健康に良さそうなこの動きが
アスファルトから上向きに骨や関節を
ばらばらにしようとする作用にさらされていることに気付く。
身体を痛めない注意が必要である。

食品加工では
急速に冷凍させることで細胞レベルを破壊しない冷凍技術があり、
ドリップが出にくいというのが売り。
でも、この方法は電力負荷が大きく時代に逆行しているような気がする。
スポーツに例えると、無理な負荷をかけて「鍛えている」印象。
冷凍と解凍については
もっとしなやかなやり方があるのではと感じている。

紙面の関係で思考の過程を省いている。
(1)身体の動き、所作(どう動かすか)は精神と密接に結びついている(心身一体性)。
(2)それらは結果に至る過程が楽で自然体である(筋肉を鍛えなければならないという常識の垢を落とせ)。
(3)現代のスポーツは人間の身体が持つ本質的な動きに気付いていない、活かしていない(スポーツ科学はまだまだ未熟で発展する余地が大きい)。
(4)常識にとらわれて力ずくで成果を出すことなく、しなやかに到達する方策があるはず。ただしそこに踏みこめば既得勢力からの圧力も予想される。

科学で解明できなくても
感覚的に捉えて判断することを現代人は行わなくなっている。
身体の感覚だけで技を磨いていった古に学びつつ、
そこから未来を展望する大胆で繊細でしなやかな洞察が
あらゆる分野で求められているはず。
日本はその分野で世界に発信、貢献していきたい。

【参考】
アマゾンでの商品紹介

麦芽100%にこだわり、アルコール分がゼロでもドイツビール並みのしっかりとした麦の香りと苦み。まさにビール通の方にお奨めの絶品です。
プリン体ゼロ、11kcal(100ml.あたり)で、健康に気を遣う方に最適です。
香料、保存料、着色料無添加。もちろん、車の運転時にも問題ありません。

ノンアルコールビール 龍馬1865 6缶パック 350ml×24本




 
タグ:イチロー
posted by 平井 吉信 at 21:37| Comment(0) | 生きる
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