日本の歌百選は、2006年(平成18年)に文化庁と日本PTA全国協議会が、親子で長く歌い継いでほしい童謡・唱歌や歌謡曲といった抒情歌や愛唱歌の歌101曲を選定したもの。百選を見ていくと、「赤とんぼ」は3位。みんなが知っていて詩情溢れる佳曲としてぼくが挙げたいのは「雨降りお月さん」(7位)、「朧月夜」(21位)、「サッちゃん」(43位)。
特にサッちゃんは隠れた名曲、それも名曲中の名曲と思っている。作詞は、阪田寛夫さん。この方の訳詞で「学校へ行く道」が中学の音楽の教科書に載っていて、いまでも手元に保管しているほど好きな曲。
音楽の授業で黒田先生という女性教師が生伴奏のピアノを弾くのだが、曲想の変化でわずかにアッチェレランドをかけるところが曲想に合っており、「楽譜にはなくても自然にそうなる表現」があって、それが「芸術」なのだと思った。小学校までは単に和声が合っているだけだった。
サッちゃんの作曲は、大中恩(めぐみ)さん。この1曲だけでもすばらしい作曲家だが、ほかにも多くの作品が残されている。Amazonで見ると、混声合唱曲「島よ」がわずか749円で出ていた。ためらわず購入。
ぼくは合唱をやらないけれど、混声合唱組曲「水のいのち」( 高田三郎作曲)が好きで、20代の頃から聞き始めて、数百回はCDを聴いた。「四国の川と生きる」というWebページは開設以来、隠れた読み物コンテンツとなっているが、川に想いをはせるとき、この音楽がいつも響いている。「島よ」も聞きこんでみようと思う。
さて、サッちゃんは、詩と曲が一体となった最高の作品。1番の歌詞で、どこにでもいる愛らしい女の子が描かれ、2番の歌詞でサッちゃんはバナナを半分しか食べられないという。来年になれば1本まるごと食べられるかもしれない、昨日までできなかった逆上がりが、きょうはできるかもしれない。愛らしい時間は瞬く間に過ぎていく女の子の成長を宝物のように書いた阪田寛夫さん。
3番では、「サッちゃんがね」とこれまでの会話で何度も出てきたあのサッちゃんがね、の気持ちがぽんと置かれ、時間の経過を示す。そのサッちゃんが引っ越しするんだって―。男の子には人生で初めて感じる抗うことのできない(そして誰かに説明することができない)心のうずき。おとなになったとき、何かのきっかけで思い出すとしたら、この曲は幼かった当時を描いているようで、おとなになって振り返る子ども時代の回想かもしれない。
音符をひもとけば、サッちゃんはねと、子どもが一生懸命伝えようとするときの「あのね、これはね」とたどたどしくしゃべる姿を音符/リズムがたどる。その後、子どもが何かの衝動で駈けだしていくように細かい音符を綴る。作曲者の書いた前奏は不安定な調性を使っているが、導かれて歌い出しで着地するという芸術性が高いつくり。歌が始まるとヘ長調と平行調のニ短調を中心に、子どもでも覚えやすく、しかも流れるように進んでいく。魔法のようである。
サッちゃんのことを「おかしいな」(1番)、「かわいそうね」(2番)と他人事のように見ていたのに、3番では「さびしいな」と男の子の気持ちが出てくる。子どもの日常の一コマから心の成長や誰かへの思いが育っていくさまが描かれる。
童謡や唱歌は完璧な音楽かもしれない。そうでなければ子どもの心は掴めないし、おとなだって感動することはないから。
YouTubeには美しい音源が残されている。
歌い方があまりにはまっている山野さと子さんのチャンネルから。山野さんの歌い方が好きだな。特に母音の「う」の音が美しい。誇らしげな少年と涼やかな少女の両面が空間でブレンドされて空気が震えるというか、声帯の共鳴のような自然なビブラートが無意識に出ているような (声の倍音成分だね、きっと)。もう聞き惚れる(日本語では「う」と「え」の出現頻度が低いとされるが、語中の「う」は「お」に近く発音されるため、口を尖らす「う」は「え」より少ない。その数少ない「う」の音を美しく響かせている)。
https://www.youtube.com/watch?v=OvKMHHfYEf4
歌声シンセサイザーでも違和感がなく没入できる。静止画の余韻も愉しめる。
https://www.youtube.com/watch?v=8tGhrQCR0Y4
CDにおすすめがある。
「ザ・ベスト 懐かしの童謡」
「サッちゃん」をはじめ、山野さと子さんの歌が多く収められているが、コロムビアが誇る川田正子さんの「みかんの花咲く丘」や森みゆきさんの「ゆりかご」など35曲が収録されている。エバーグリーンな音源なので当分は廃盤にならないとは思うが、見たときに入手しておかなければ、ある日突然(トワ・エ・モワではないが)消えるかもしれない。
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さて、次は「シャボン玉」(野口雨情作詞・中山晋平作曲)。誰でもご存知の「シャボン玉とんだ 屋根までとんだ」である。子どもが無邪気にシャボン玉遊びに興じるさまを歌にしたもの。この楽曲は前述の「懐かしの童謡」には山野さと子さんの歌で「サッちゃん」の次に収録されている(なんという)。ここで別のCDを紹介したいと思う。
「グレッグ・アーウィンの英語で歌う、日本の童謡」(絵本とCD)
(もし、新品を見かけたら万難を排しても手に入れるべき)
歌の情景が描かれた絵本が本体。それにCDが付属している。CDには、日本人で童謡歌手の雨宮知子さんが日本語でうたう童謡の後に、アメリカ人のグレッグさんが自ら英訳してうたうオリジナルが続けて演奏される。
まずは雨宮さんがノンビブラートの鈴の音のような声でやわらかくうたう。童心に還れる歌い方で聴いていて時の経つのを忘れてしまいそう。次に、グレッグさんがビヴラートをかけた思い入れたっぷりにオリジナルの英訳で同じ伴奏で歌う。歌詞を聴いていると、日本語の深いところから汲み取ったニュアンスが英語に置き換えられている驚き。しかもそれがときに韻を踏んでいたり(英語の歌詞にはよくある)。現代の英訳から「もののあはれ」や「おかし」が見えてくるよう。
グレッグさんの赤とんぼがYouTube上にある
https://www.youtube.com/watch?v=sVv7eCdDVHk
さらに全編を通して伴奏がすばらしい。ピアノが声に寄り添い淡々と音楽を紡いでいく。ここには安っぽいストリングスはなく、学芸会の伴奏でもなく、曲想を最小限の音でえぐり出すが、あくまで伴奏に徹する。
特に唱歌の赤とんぼの伴奏はこの演奏が理想だ。前奏だけで涙腺が緩む。赤とんぼにはピアノにチェロの響きがオブリガートするが、これが木霊のように心を揺さぶる(低弦の響きはヒトの独白にもっとも近い)。雨宮さんの歌い方も何の作為も感じず、凜としてそれでいてやさしい。赤とんぼの原曲はヘ長調(Fmaj)とされるが、この盤のように変ホ長調(E♭maj)がもっともしっくり来る。この赤とんぼだけでこの絵本付CDを買う価値がある。音楽を聴きながら絵本を見ているが、いつのまにか目を閉じてしまう。こんな企画が廃盤(廃刊)にならないよう世に紹介した次第。
それではシャボン玉について。
諸説あるが、子どもの無邪気なシャボン玉遊びであるとともに、「生れてすぐにこわれて消えた」は夭折した子どもへ思いを馳せたものとする説がある。
ぼくもそう思う。雨宮さんの日本語の歌は前者だが、明るい雰囲気のなかに「負けないで!」と子どもへの応援歌のように感じる。続くグレッグさんの英語版「Blowing Bubbles」では、stronger ones needs lots of soup, weeker ones needs lots of hope」と綴られて目頭が熱くなる。
雨宮知子さんのCDも入手が難しくなっているが、ダウンロード音源はある。
mora(AAC-LCデータ)かOTOTOYがおすすめ。音質の良好なflacかwav形式ならOTOTOYの一択。寝る前に聴いてみたら、おだやかな気持ちで休めるのでは?
ほんとうにいまの時代にこそ必要な思い、ヒトの心の動きだよね。物価高、原材料高騰、災害多発で思うように生きていけない、食べられない国民が2割や3割に達しているように思う。東証の大納会では株価は過去最高を記録したが、これらは過去30年の誤った政策で国民の貧困化を進行させて獲得した偽り。1億総中流といわれた30年前から、国民の富を消費税(&法人税の減税)という逆進性の高い政策で富を付け替えたに過ぎない。いまでは時価総額が世界のベスト30位に入る日本の企業はない(かつてはベスト10に8社あった。人々の犠牲になり立つ株価などくそ食らえ! 経済の実態を見ればほんとうの価値は1万円ぐらいだろう、そのうち弾けるよ、弾けてしまえ!と言いたいことはいわしてもろた)。
シャボン玉が空高く舞い上がるためには、たっぷりの石けん水だけでなく幸運が必要。不幸にして少ないシャボンで生きて行かなければならない人が増えた。わずかな泡で空に放たれたら、幸多かれと幸運を祈る社会。そして国の施策もすべての人が幸福になれるように注力する政治や行政でなければならない。シャボン玉の童謡にそのような思いが込められているように思えて仕方がない。
すべての人が安寧に年が越せるよう、2024年の晦日に祈る。
追記
ここまで1893のコンテンツをつくって見ていただいている。それでも見る人は1日に数人と少ない。文字だけでも166万文字を越え、掲載写真は40万枚を越える(もちろん撮影に使った枚数はさらに2桁は多いだろう)。拡散する手段はなく、見てもらっても1円のお金も入らない。それでも書き続ける。まあ、良い記事だなと思ったら、誰かに伝えてください。
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