すみれは、ヒトの暮らしと密接にある植物。ヒトが手を入れることで自然は多様性を保つことができる。山焼きはそのための手段で、ススキなど特定の植物や樹木が生い茂る前に、焼くことで多様な植生が芽吹くきっかけをつくりだす。
里山では、ヒトがマキを取るために枝打ちすることで樹木は健全に成長し、風通しのよい森になる。ヒトが生育を管理して生態系の多様性を引き出しているのが里山。そこは山のケモノと人間の境界でもあり、整備された里にはケモノはヒトを怖れて下りてこず、鳥獣害も起こりにくかった。
九州と四国以外ではクマとの遭遇が問題となっているが、里山(山村)の人口減少や荒廃が背景にあり、温暖化によるシカの増加(餌の競合)、ハンターの減少や保護政策も追い打ちをかけている。その結果、ヒトを怖れぬクマが増加。特に亜成獣=人間風にいえば怖い物知らずで好奇心旺盛な若者や子連れの母クマが危険といわれている。塩塚高原ではツキノワグマは目撃されていない。
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徳島県内の目撃情報(徳島県 鳥獣対策・里山振興課)
徳島ー愛媛県境にある塩塚峰は山焼きを行うことで知られている。2024年は3月31日に行われたとのこと。そして一ヶ月少々が過ぎた頃、塩塚峰の山頂から広がる高原一帯を散策してみた。
塩塚高原はすでに焼け野原ではなく緑が蘇生していた。



草原の尾根のこみちから山頂(1043メートル)を望む

愛媛県側の登山口から見た塩塚峰の山頂北面―画面では左側―で野焼きが行われた。スミレ好きにとっては山焼き後の草原には多様な種類のスミレが出現するのでは?という期待がある。
もっとも多かったのは、スミレ(Viola mandshurica)。栄養分が多いのか、翼が発達し葉の幅が広めなのが多い。
草原の疎らな草の合間を縫って自生する




これは深い紫をしている個体 コイスミレという名前を付けたい

スミレ(Viola mandshurica)は多く見かけたが、2年前の訪問時に咲いていたアケボノスミレは見つからなかった。今年は花期が早いのではないか(アケボノスミレらしい葉はあった)。
ニオイタチツボスミレも立派な株があった。この個体は葉が長く立派だが、ナガバノタチツボスミレのようにも見えるが、この草原では見かけていない。ニオイタチツボスミレと判断

これはみごとな個体。ニオイタチツボスミレとしても生育が良好


塩塚高原は、高原の一部が隆起したような場所が山頂で、高原と山頂が一体となっている。山焼き後で珍種のスミレがあるのでは?の期待もあったが(今回は交雑した個体も見当たらなかった)、それはまたのこととして。
なだらかな起伏、緑の階調、風渡る草の海、山頂へと続くこみちをたどっていると時間の経つのを忘れる。




塩塚峰の南斜面をトラバースする車道から直登するこみちがあり、東の展望台からの尾根みちと合流する


樹木のトンネルをくぐると稜線が見えてくる


山頂とそこからの眺め。西へ下りるとパラグライダーの着陸場



西の愛媛県側から登るとこんな見え方



それなら、四国カルストに行ってみようか。でも遠いな、ガソリン代が高止まりしているな、混み合うだろうななどと連想しつつ。
パート2 往路復路編
塩塚高原へは黒川谷川を通って平野地区を経由するのが一般的。ゆるやかな傾斜に建てられて地元の家屋は広々として印象的




郵便物の投函に郵便局まで行くとすれば山を降りなければならない、と思っていたら道ばたにポストがあった。一日1回、午前中に阿波池田郵便局から集配が来る

黒川谷川にある半田岩という景勝地には水車小屋がある



その上流に山城ホタルの里公園。駐車場も2箇所に確保されている。黒川谷川へ下りていくこともできる


集落を離れて高地へ上がると、塩塚高原キャンプ場がある。
山頂付近の東には徳島県側の展望台、西側は愛媛県側でパラグライダーの着陸場、観光施設の「霧の高原」があって、センターハウス、コテージ、オートキャンプ場がある。

塩塚高原のような場所は全国どこにでもあるのかもしれないが、高原の少ない四国には貴重な場所だ。
posted by 平井 吉信 at 20:34|
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山、川、海、山野草