車を運転しながらラジオを聴いていたら「Driving Home for Christmas」がかかった。お金に困窮して妻の長時間の運転で400km以上離れた故郷の家に戻る途中の渋滞でつくられた楽曲とのこと。家に到着したらアメリカでヒットした楽曲の著作権料の小切手が届いていてそれで暮らしを賄ったという。そんな背景を知らなくても、なつかしい人たちに早く逢いたいと家路を急ぐしみじみとした実感が漂うクリスマスの佳曲。
→ レア夫妻の若き日の困窮のなかで曲が生まれたエピソードを記したブログ
クリス・レアといえば、On The Beach(1986年)。車のCM(マツダ)にもなったタイトル曲が有名だが、アルバム全編の音づくりが良くて、いつまでも浸っていたい、1枚終わるとリピートしたいと思える音楽アルバムのひとつ。
タイトル曲はマイナーなのに、短調の作為(暗くしよう、寂しくしよう)を感じさせず、むしろ過ぎゆく夏を回想するような無為の為といいたい旋律(コード進行)。松岡直也の「九月の風」も同じ印象を受ける。ヒットしたシングルバージョンよりもこのアルバム(オリジナルバージョン)がゆったりとしていて原曲の魅力をより活かしている。波の音のSEが付いているのもこのアルバムのみだろう。あの夏の思い出はぼくだけの秘密とうたう。岬の裏手にある秘密の入り江でのできごと…過ぎた日の場面が名残のようにときめくといった趣。クリスと妻ジョアンにとっては喜びの島(シテール島)だったんだろうね。こんな曲を歌ってくれたら妻はどんな気持ちだろう。
(ここで楽曲を生んだフォルメンテラ島についてのクリスの言葉を紹介しておく。翻訳せずとも伝わるでしょう)
"That's where me and my wife became me and my wife. That's what it's about. Yeah, I was 'between the eyes of love.' It's a lovely island if ever you're in Europe."
2曲目"Little Blonde Plaits"の幼子のブロンドの三つ編みは愛娘Josephineのこと。夏の倦怠感のような楽曲で賛歌が綴られる。なんという感性。9曲目の"Light of Hope"も究極の妻へのラブソングだろう。
3曲目"Giverny"はフランスのノルマンティにある地名でモネの庭があるという。そこを訪れた幸福感、妻Joanへの想いがひたひたと花園を遊ぶ蜜蜂のような旋律に揺られる夢見心地。硬派な彼が渋い声でロマンに浸りきっているのである。モネの庭といえば、ぼくも格別の思い入れがある。それは高知県にある北川村「モネの庭」マルモッタンだけど(←リンク先はぼくが撮影したモネの庭ですが見ないほうが良いです。いまこの瞬間に行きたくなる確率が83%ありますので)。
4曲目"Lucky Day"はラテンに彩られた幸福のリズム。5曲目"Just Passing Through"は硬派な詩だが曲想は回想的でおだやかに綴られる。アルバムは淡々と進んでいくが、同じ心象風景に彩られた異なる場面という印象でアルバムの統一感、コンセプトが沁みてくる。クリス・レアには不器用で硬派な男という印象があるけれど、ここにあるのは妻や娘との時間をこれまで訪れた場所の心象で刻んだもの。アルバム全編がロマンティックに覆われていてもそこにあるのは媚びない楽曲と歌の魅力。
2枚目も秀逸で、音の雰囲気は明るく落ち着いている。バックの演奏は無駄がなく洗練されて声に寄り添う。スライドギターが好きな人は何もいうことはないだろう。
She throws her hair into the February breeze(なんと佳い詩)…で始まるFreewayは特に好きな曲で、And she's still dreaming of a freewayと幸福感が漂うが、Dream on lady, till the early morning sun Takes your dream to be free awayと余韻を残す。スライドギターがなつかしいこだまのように響く。
"Crack That Mould"はもっともクリスらしい曲。通好みの楽曲で音楽をやっている人なら打ちのめされそうなファンタジーに満ちている。
さらに、On The Beachの別バージョンが2つ収録されているが、ぼくは1枚目に収録したゆったりしたオリジナル版が好きだ。
最後は世界中で愛されたあの「Driving Home For Christmas (First Version)」で締めくくられる。ここに収録されているのはヒットする前のアレンジで素朴な感じ(冒頭での妻が遠距離ドライブで迎えに来たあのエピソードが感じられる)。クリスにはワムのようにクリスマスのはやり歌として売り出す気持ちは毛頭なく、自分の知らないところで関係者がシングルのB面に入れたものが評判を呼んでラジオ局でかかるようになった。販促をかけずコマーシャルとは無縁に楽曲の良さで世界中の人々に支持された曲。ぼくはクリスマスの楽曲では国の内外を問わずこの曲が一番だと思う。ただしこの曲はここに収録されている初版よりも、後年のピアノのオブリガートの入った版がクリスマスの人々の共感のエコーのように聞こえて愉しい。
「On The Beach」
当時の国内発売のAORにありがちだった、むさくるしい(?)顔写真の代わりに、おしゃれな風景に置き換えたジャケット(ポール・デイビス/クールナイト、ビル・ラバウンティなど)を連想させて、ああAOR路線なのかと思ってしまうが似て非なるもの。飾り気のなさが洗練と映ることはあっても、家族や友人を大切にする親密感あふれる音楽。一見AOR受けのジャケットのようで、実はアートワークとして、地中海に浮かぶフォルメンテーラ島の渚で撮影した1枚の写真を選び抜いている。作り手にも思い入れがあるようである。
音楽は地中海で過ごす夏の休暇のように、統一した世界観でつくられ、少ない音数でも濃密な音世界を描き、そこにあの渋い声が乗ってくる。声を活かすアレンジであり、アレンジの美学を浮かび上がらせる声ともいえる。ぼくはこの時間に身を任せられる。
オリジナルアルバムは入手が難しいが、新たにリマスターされて未発表曲などが収録されて2CD仕様の「オン・ザ・ビーチ(デラックス・エディション)」が入手できる。ラテンのリズム感やブルースの精神がブレンドされた若き二人の愛の結晶のようなアルバム。これはたまらない。音楽が好きで音楽なしには生きていけないぼくが音楽好きで音楽なしでは生きていけない人のために綴ってみた。
2023年の締めくくりは、渚ということでいかがでしょうか。
南阿波サンライン

外ノ牟井浜

明丸海岸

大砂海岸


大手海岸


白浜海岸


生見海岸

大ちゃんのサーフボード(藍色特注)

尾崎(ローカルポイント)



南太平洋 ボラボラ島、ランギロア島、テティアロア島

リゾート地ではヨーロッパからの観光客が多かった。フランスから旅行中の同年代の若者(Jérôme)とサメがいる海で素潜りの競争をしてみた。手が届きそうに見えたが実際は水深20メートルぐらいの海底に大きな貝があってそれを取りに行こうとしたが届かず、急に浮上したため潜水病になりかけた。いま思えば毒を持つ貝の可能性もあるので触らずによかった。丸一日腹痛にさいなまれたこともあったがトラブルはそれぐらい。
ひとりでビーチにたたずむ女優のような女性(Cristina)がいたので話しかけてみたら、新婚旅行でやってきたイタリアのカップルで自分ををほったらかしてマリンスポーツに興じる夫にあきれながらも熱い熱い。
地元のフラの練習に飛び入りで参加したり地元の若者たちと無人島にピクニックへ出かけてそれぞれの名前を岩にペンキで描いたことも。旅は自由で空は高く海は大きい。

主人公は椰子の葉陰

モデルさんではありません。現地の郵便局でハガキを出しながらPar avion au Japonと告げたら英語で返答があったので会話をしていると、周辺を案内できるとのことで連れて行ってもらったときの一枚。bureau de poste(郵便局)といっても床が白砂(地面)で彼女は裸足で仕事をしていた。

椰子にもカップルがあるのか

鳥の楽園テティアロア島。この島はタヒティの王族の避暑地であり、南太平洋を舞台にした映画「バウンティ号の反乱」で撮影に訪れた俳優のマーロン・ブランドが所有するプライベートアイランド。数人乗りのセスナをチャーターしてさらに船で数十分。そこに鳥の楽園があり、森に包まれて椰子の葉の皿でランチを食べた。もっとも自炊中心の節約旅行でリゾートに泊ったのはここだけ。ベッドの下は砂浜という自然の高い素敵なつくり。シャワーもあったが塩水だったような記憶。川がないので。

世界第二の環礁ランギロアの外海。内海(ラグーン)は白く浅いが外海は黒く深い。ほんのすぐで水深数百メートルに達する。外洋と礁湖をつなぐ水路(水道)をマンタが行き交う

ぼくを南太平洋へ誘ったのは世界の民族音楽を採録するノンサッチレーベルの「南太平洋の島々の音楽」でポリネシアの民族音楽を聴いたから、生で確かめたくなった。参考となった情報は「南太平洋の再発見―21世紀のふるさと」(松永秀夫著)。この本でポリネシア、ミクロネシア、メラネシア、イースター島のことが歴史的背景、かつてから今に至る文化や地理地勢がわかった。良書なので復刻してほしい。
あの頃の若者は短くても数週間、長ければ数か月の放浪の旅に出ていたよ。いまでも集う友人たちもそれぞれヨーロッパ、チベット、インドなどと旅をしていた。そんな経験なくしてどうやって世界の人と意志疎通を行うのか。かつては円高(日出づる国)だったんだよ。