2023年12月29日

年の瀬に聴きたいクリス・レアのOn The Beach 渚へ行こう 


車を運転しながらラジオを聴いていたら「Driving Home for Christmas」がかかった。お金に困窮して妻の長時間の運転で400km以上離れた故郷の家に戻る途中の渋滞でつくられた楽曲とのこと。家に到着したらアメリカでヒットした楽曲の著作権料の小切手が届いていてそれで暮らしを賄ったという。そんな背景を知らなくても、なつかしい人たちに早く逢いたいと家路を急ぐしみじみとした実感が漂うクリスマスの佳曲。
→ レア夫妻の若き日の困窮のなかで曲が生まれたエピソードを記したブログ

クリス・レアといえば、On The Beach(1986年)。車のCM(マツダ)にもなったタイトル曲が有名だが、アルバム全編の音づくりが良くて、いつまでも浸っていたい、1枚終わるとリピートしたいと思える音楽アルバムのひとつ。
タイトル曲はマイナーなのに、短調の作為(暗くしよう、寂しくしよう)を感じさせず、むしろ過ぎゆく夏を回想するような無為の為といいたい旋律(コード進行)。松岡直也の「九月の風」も同じ印象を受ける。ヒットしたシングルバージョンよりもこのアルバム(オリジナルバージョン)がゆったりとしていて原曲の魅力をより活かしている。波の音のSEが付いているのもこのアルバムのみだろう。あの夏の思い出はぼくだけの秘密とうたう。岬の裏手にある秘密の入り江でのできごと…過ぎた日の場面が名残のようにときめくといった趣。クリスと妻ジョアンにとっては喜びの島(シテール島)だったんだろうね。こんな曲を歌ってくれたら妻はどんな気持ちだろう。
(ここで楽曲を生んだフォルメンテラ島についてのクリスの言葉を紹介しておく。翻訳せずとも伝わるでしょう)
"That's where me and my wife became me and my wife. That's what it's about. Yeah, I was 'between the eyes of love.' It's a lovely island if ever you're in Europe."

2曲目"Little Blonde Plaits"の幼子のブロンドの三つ編みは愛娘Josephineのこと。夏の倦怠感のような楽曲で賛歌が綴られる。なんという感性。9曲目の"Light of Hope"も究極の妻へのラブソングだろう。

3曲目"Giverny"はフランスのノルマンティにある地名でモネの庭があるという。そこを訪れた幸福感、妻Joanへの想いがひたひたと花園を遊ぶ蜜蜂のような旋律に揺られる夢見心地。硬派な彼が渋い声でロマンに浸りきっているのである。モネの庭といえば、ぼくも格別の思い入れがある。それは高知県にある北川村「モネの庭」マルモッタンだけど(←リンク先はぼくが撮影したモネの庭ですが見ないほうが良いです。いまこの瞬間に行きたくなる確率が83%ありますので)。

4曲目"Lucky Day"はラテンに彩られた幸福のリズム。5曲目"Just Passing Through"は硬派な詩だが曲想は回想的でおだやかに綴られる。アルバムは淡々と進んでいくが、同じ心象風景に彩られた異なる場面という印象でアルバムの統一感、コンセプトが沁みてくる。クリス・レアには不器用で硬派な男という印象があるけれど、ここにあるのは妻や娘との時間をこれまで訪れた場所の心象で刻んだもの。アルバム全編がロマンティックに覆われていてもそこにあるのは媚びない楽曲と歌の魅力。

2枚目も秀逸で、音の雰囲気は明るく落ち着いている。バックの演奏は無駄がなく洗練されて声に寄り添う。スライドギターが好きな人は何もいうことはないだろう。
She throws her hair into the February breeze(なんと佳い詩)…で始まるFreewayは特に好きな曲で、And she's still dreaming of a freewayと幸福感が漂うが、Dream on lady, till the early morning sun Takes your dream to be free awayと余韻を残す。スライドギターがなつかしいこだまのように響く。
"Crack That Mould"はもっともクリスらしい曲。通好みの楽曲で音楽をやっている人なら打ちのめされそうなファンタジーに満ちている。
さらに、On The Beachの別バージョンが2つ収録されているが、ぼくは1枚目に収録したゆったりしたオリジナル版が好きだ。

最後は世界中で愛されたあの「Driving Home For Christmas (First Version)」で締めくくられる。ここに収録されているのはヒットする前のアレンジで素朴な感じ(冒頭での妻が遠距離ドライブで迎えに来たあのエピソードが感じられる)。クリスにはワムのようにクリスマスのはやり歌として売り出す気持ちは毛頭なく、自分の知らないところで関係者がシングルのB面に入れたものが評判を呼んでラジオ局でかかるようになった。販促をかけずコマーシャルとは無縁に楽曲の良さで世界中の人々に支持された曲。ぼくはクリスマスの楽曲では国の内外を問わずこの曲が一番だと思う。ただしこの曲はここに収録されている初版よりも、後年のピアノのオブリガートの入った版がクリスマスの人々の共感のエコーのように聞こえて愉しい。
On The Beach

当時の国内発売のAORにありがちだった、むさくるしい(?)顔写真の代わりに、おしゃれな風景に置き換えたジャケット(ポール・デイビス/クールナイト、ビル・ラバウンティなど)を連想させて、ああAOR路線なのかと思ってしまうが似て非なるもの。飾り気のなさが洗練と映ることはあっても、家族や友人を大切にする親密感あふれる音楽。一見AOR受けのジャケットのようで、実はアートワークとして、地中海に浮かぶフォルメンテーラ島の渚で撮影した1枚の写真を選び抜いている。作り手にも思い入れがあるようである。

音楽は地中海で過ごす夏の休暇のように、統一した世界観でつくられ、少ない音数でも濃密な音世界を描き、そこにあの渋い声が乗ってくる。声を活かすアレンジであり、アレンジの美学を浮かび上がらせる声ともいえる。ぼくはこの時間に身を任せられる。

オリジナルアルバムは入手が難しいが、新たにリマスターされて未発表曲などが収録されて2CD仕様の「オン・ザ・ビーチ(デラックス・エディション)」が入手できる。ラテンのリズム感やブルースの精神がブレンドされた若き二人の愛の結晶のようなアルバム。これはたまらない。音楽が好きで音楽なしには生きていけないぼくが音楽好きで音楽なしでは生きていけない人のために綴ってみた。

2023年の締めくくりは、渚ということでいかがでしょうか。

南阿波サンライン
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外ノ牟井浜
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明丸海岸
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大砂海岸
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大手海岸
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白浜海岸
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生見海岸
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大ちゃんのサーフボード(藍色特注)
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尾崎(ローカルポイント)
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南太平洋 ボラボラ島、ランギロア島、テティアロア島
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リゾート地ではヨーロッパからの観光客が多かった。フランスから旅行中の同年代の若者(Jérôme)とサメがいる海で素潜りの競争をしてみた。手が届きそうに見えたが実際は水深20メートルぐらいの海底に大きな貝があってそれを取りに行こうとしたが届かず、急に浮上したため潜水病になりかけた。いま思えば毒を持つ貝の可能性もあるので触らずによかった。丸一日腹痛にさいなまれたこともあったがトラブルはそれぐらい。
ひとりでビーチにたたずむ女優のような女性(Cristina)がいたので話しかけてみたら、新婚旅行でやってきたイタリアのカップルで自分ををほったらかしてマリンスポーツに興じる夫にあきれながらも熱い熱い。
地元のフラの練習に飛び入りで参加したり地元の若者たちと無人島にピクニックへ出かけてそれぞれの名前を岩にペンキで描いたことも。旅は自由で空は高く海は大きい。
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主人公は椰子の葉陰
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モデルさんではありません。現地の郵便局でハガキを出しながらPar avion au Japonと告げたら英語で返答があったので会話をしていると、周辺を案内できるとのことで連れて行ってもらったときの一枚。bureau de poste(郵便局)といっても床が白砂(地面)で彼女は裸足で仕事をしていた。
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椰子にもカップルがあるのか
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鳥の楽園テティアロア島。この島はタヒティの王族の避暑地であり、南太平洋を舞台にした映画「バウンティ号の反乱」で撮影に訪れた俳優のマーロン・ブランドが所有するプライベートアイランド。数人乗りのセスナをチャーターしてさらに船で数十分。そこに鳥の楽園があり、森に包まれて椰子の葉の皿でランチを食べた。もっとも自炊中心の節約旅行でリゾートに泊ったのはここだけ。ベッドの下は砂浜という自然の高い素敵なつくり。シャワーもあったが塩水だったような記憶。川がないので。
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世界第二の環礁ランギロアの外海。内海(ラグーン)は白く浅いが外海は黒く深い。ほんのすぐで水深数百メートルに達する。外洋と礁湖をつなぐ水路(水道)をマンタが行き交う
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ぼくを南太平洋へ誘ったのは世界の民族音楽を採録するノンサッチレーベルの「南太平洋の島々の音楽」でポリネシアの民族音楽を聴いたから、生で確かめたくなった。参考となった情報は「南太平洋の再発見―21世紀のふるさと」(松永秀夫著)。この本でポリネシア、ミクロネシア、メラネシア、イースター島のことが歴史的背景、かつてから今に至る文化や地理地勢がわかった。良書なので復刻してほしい。

あの頃の若者は短くても数週間、長ければ数か月の放浪の旅に出ていたよ。いまでも集う友人たちもそれぞれヨーロッパ、チベット、インドなどと旅をしていた。そんな経験なくしてどうやって世界の人と意志疎通を行うのか。かつては円高(日出づる国)だったんだよ。


posted by 平井 吉信 at 12:19| Comment(0) | 音楽

2023年12月28日

目を閉じて楽しむ水床湾 昭和から令和になっても


かつて水床湾を一望する山の上に水床荘という国民宿舎があった。子どもの頃、親戚一同で泊まりに行ったことがあった。同い年の従兄弟と卓球をしたことを思い出した。

社会人になってからも水床荘にはときどきやってきた。
水床湾、さらには潮騒を遠く響かせて太平洋を一望できる場所にたたずむだけでも広々とした心地するのだが、実はほかに目当てがあった。

それは、さしみ定食、とんかつ定食(ともに1300円)。
仕事が休みの日(平日の昼間)にはやってきて、窓際に座って注文を伝える。料理が運ばれてくると、目を閉じてかつて水のなかにいた魚に思いをはせる(さしみ)。噛めば心地よい肉汁としっかりとした旨味をこれまた目を閉じて味わう(とんかつ)。これが至福の境地で。

それから宍喰温泉に行く。14時にオープンしたばかりの時刻は人も少なく、大手海岸を見ながら湯を泡立てる気泡に包まれて目を閉じる。潮騒が聞こえそうな渚もこの泡の音にはかき消されそうになるが、それでも窓をすかして波の音を湯船のなかから肘をついて外の風を楽しみながら浸っている。

バリエーションとして、大盛りの料理が有名なひこうせん(県南のオアシスといいたい)でピラフかパスタ、コーヒーを飲む。もしくはサグラダ・ファミリアのように店主がレンガを積み上げて現在進行中の大菩薩峠で定食を食べ、食後のコーヒーを楽しみながら万年筆を走らせる(小説やエッセイを書いているのである)。ときどき情景がまぶたに浮かんで目を閉じる。運転しながら風に吹かれていると心地よくなって、目を閉じる、ということはないけれど。

長ーい前置きでもう誰も読まなくなっている枕が終わったので本編を。
(本編は素っ気ないのだ)

水床湾の一帯はリアス海岸の入り江に小島が浮かぶ多島海の様相で、周辺には化石漣痕のような珍しい地層も露頭している。

湾沿いの道はやがて竹ヶ島と高知県東洋町につながるのだだが、途中で水床湾の海岸へ降りる小路がある。車でも降りられるが、広い場所に車を停めて四国のみちをたどりながら降りていくのがおすすめ。足を伸ばせば竹ヶ島へ渡って(むろん歩いて)島内の四国のみちを歩くこともできる。
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水床湾の一帯は宍喰浦とも呼ばれ、そこにあるのは水床湾の一部となっている入り江。晴れているときの湾の海底が翡翠色をたたえて沈み込む。
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この日は晴れていなかったので翡翠色とまではいかないが、それでもこの海底は曇りの淡い日射しをたたえている。

道の行き止まりには釣りをする波止があり、この日もアオリイカをねらっておられた。多少投げていたが、水深は深くなく2ひろぐらいとのこと。釣果を見せていただくとアオリイカが重なるように。餌は生き餌(アジ)である。釣りをしているお二人を許可を得て撮影。
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この波止の裏に風化穴がある。蜂の巣のような立体彫刻であるが、自然の風化作用である。
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宍喰町にあった水床荘はやがて廃業となり、宍喰温泉も隣接するホテルリビエラししくいの温泉との関係性からか閉鎖となった。かつて平日の休みを満喫した水床湾、宍喰温泉も、海陽町と名を変えて歴史に名を刻む存在となった。

終わる歴史もあれば始まる歴史もある。日本初の線路・道路両用(列車兼バス)のDMVが道の駅宍喰温泉に停車した。週末は室戸岬周辺まで公共交通だけで行くことができる。ぜひご乗車を。
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ここは徳島県最南端。高知県東洋町までは目と鼻の先である。徳島市内からドライブがてら来てみたら。白砂青松の松林を歩く大里松原、10フィートの波が立つカイフポイント、地元の憩いの手倉湾、夕陽を望む那佐湾、道の駅宍喰温泉DMV宍喰駅のイセエビ駅長、プライベートビーチとテニスコートのあるペンションししくい全室オーシャンビューで満月の夜がおすすめホテルリビエラししくい野根川の船津キャンプ場竹ヶ島観光(海洋自然博物館マリンジャム海中観光船ブルーマリン)、白浜海岸海の駅東洋町)、世界サーフィン選手権が開かれたことがある生見海岸、と海だけでも見るものがありすぎて(どこか一箇所で半日は終わってしまうかも)、一日では足りないけど行ってみたら。
posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 山、川、海、山野草

雪に閉ざされた県西部 貞光川の潜水橋 吉野川穴吹地区のサギの群れ


四国の平野部に大雪が予報された日、県西部への出張となった。
幸い道路は雪に埋もれることなく、ことなきを得て戻った。

貞光川は剣山の北斜面から流れ出し、土釜などの景勝を経て貞光地区で吉野川へ注ぐ。
潜水橋を渡ると貞光のまちなみがある。まちなみから見れば、まちなかの一角に坂道があってそこを下るといきなり川が現れるという構図。
川とまちが接近しているという点では高知の仁淀川支流土居川にひらけた池川地区など同様である。

貞光には旧家が立ち並ぶうだつの町並みがある。
その一角の折目邸で半田そうめんの製造を行う北室淳子さんが半田そうめん食堂を開店されたのは近年のこと。https://www.orimetei.com/somen_dining/

写真は開業直前に見せていただいたもの
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さて、この日の貞光川の河原は雪に覆われていた
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潜水橋のたもとで(しかも気温0度)で釣りをしている老人がおられた。
おそらくは寒バイ釣りだろう。
寒の時季、ハイ(和名オイカワ)は臭みもなく脂が乗る。
寒さを我慢できるのなら、小さな針に酒粕を付けて釣るという風雅な釣りだ。
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貞光川流域での仕事を終えて国道192号線を下って穴吹に入る。ここで車を停めたのは夕景の青(朱ではなく蒼)に惹かれたから。
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寒々とした地球の黎明の水辺、といった趣をたたえてサギが集まっていた。
その静まりにうたれる、ここは川の国、四国。
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タグ:貞光川
posted by 平井 吉信 at 22:02| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2023年12月13日

頂点を極めたあの歌手もいいけれど


全盛を極めている歌手がいるとしたら、ほとんどの人が名前を挙げるのはテイラー・スウィフト。TIME誌が選ぶ2023年「今年の顔」(Person of the Year)にもなったとのこと。そのキャリアは輝いている。

突き抜けた人はその手にどれだけ富と名声を集めても嫌みがない。それは尊敬に値する。楽曲もなつかしく耳になじみ、声の質もロマンティックでメッセージが届きやすく万人向けの歌姫。

ぼくがテイラーのアルバムで1枚だけ選ぶとしたら、Fearless (Taylor's Version)かな。若い頃のオリジナルを視聴すると、息苦しさを感じて聞き続けるのがつらい。版権の関係か何かで自身が近年再録したTaylor's Versionではおだやかになって音楽に浸れるようになっている。


ほかの人は同意しないかもしれないけれど、彼女の声はパルシブで短い立ち上がりがマッシブに集まって声を響かせているように聞こえる。ある意味では刹那的、ある意味では存在感、悪く言えば圧迫感があって聞くときの体調を選ぶ歌手という感じ。疲れているときは聴きたくないと思う。

つい手が伸びるのはSade(シャーデー)。
彼女の声を聴いていると、なんといい曲だろう、人生がこのまま過ぎていくのなら何も言うことはない、と浸っている。

1つの楽曲のなかに哀しみも歓びも散りばめて、歌はあくまでもレガートで山吹色のかぐわしい声色が落ち着いた小麦色に推移したり、漂うような水色や紫色をほのかに帯びることはあっても。

いわば、聴き手の心が自由に楽曲で遊べる隙間と媚薬が散りばめられている。その頂点が「Stronger Than Pride」。なかでもClean Heartはそう。音楽のごちそうなんだけど、茜さす野の翳りとでも形容したい人生の移ろいを感じる。


追記
テイラーの好きなところは社会に対する自分の立ち位置(役割といってもいいかもしれない)を自覚しているところだ。サザンの桑田さんもそうだが、絶えず政治的なメッセージを発している。自分たちが生きているこの空気感のなかから音楽が生まれてくるのだから、音楽は音楽、政治は政治と切り放すことはできない。ぼくもそう思う。自分の生きていること、やりたいこと、好きなこと、仕事や遊びも社会と密接につながっている。だから利害とは無関係に政治や行政に発言し続けている。

それに対して(名前は挙げないけれど)ここ10数年の音楽にはそれが感じられない。社会から切り放されて自分の殻に閉じこもる無力感、それはそれでいまを生きる人たちの共感を呼んでいるのだけれど、そこから一歩でも踏み出して社会にメッセージを届けなければ。

例え恋愛の歌であってもテイラーの音楽からはメッセージを、そして自分自身が社会のアイコンとして生きていることを感じる。

posted by 平井 吉信 at 22:41| Comment(0) | 音楽

冬の朝、ノギクは咲き、そしていなくなった


初冬の庭で咲くのは、うちで通称「ノギク」と呼んでいるけれど、自生種ではなさそう。かといって園芸種ともなれば種類は無限大でぼくの手に負えない。

朝の太陽を浴びて咲いている姿、見ているぼくの体内に陽光が蓄えられていくようで、心の温度とともにあたためられる。
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庭で咲いているノギクたち。いま、この世でもっとも未来を指し示しているように思える。
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温もりというにはあでやかな色彩、色彩というよりは光の彩なす投影、輪郭を描いて葉緑素の寄となっている。
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ところがこの写真を撮影した翌日、花が何者かの手でちぎられて一輪もなくなっていた。
不法侵入、窃盗…そこにどんな悪意があり、何を見ようとしたのか?
少なくともこの人物が植物、生きとし生けるものを愛でているとは思えない。

そのような事実は残念ながらここ数か月続いている。
スミレたちもなくなってしまった、キキョウも、ユリも根こそぎ。

かたちあるものを通して、かたちのない何かを見ている。
かたちはなくなっても、そこになにかがあるとしたら、それはヒトの意志。
ノギクがかつてそこに生を謳歌した時間を定着させることでノギクの永遠を愛でる。
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posted by 平井 吉信 at 22:13| Comment(0) | 家の庭

2023年12月09日

薄明 黄昏 夕暮れ マジックアワー 千変万化の空と地上が見せる画


薄明には、太陽が沈んだ直後(太陽高度マイナス6度まで)で日常的な活動か可能な市民薄明、海面と空の境が見分けられる(太陽高度マイナス6度〜マイナス12度)航海薄明、太陽高度マイナス12度〜マイナス18度で6等星までを肉眼で見分けられる天文薄明という。

薄明はさらに文学的な言い方もある。

夜明け前…黎明、彼者誰、夜明け、暁、東雲、曙など。
日没後…黄昏、夕暮れ、日暮れ、薄暮など。

太陽が0度から6度までの角度に位置する時間帯をマジックアワーと呼び、写真家が我を忘れる時間である。さらに太陽高度0度から-4度の日没直後や日の出直前の時間に空が濃い青色になる時間帯をブルーアワーという。このブログでは黄昏、夕暮れを多用している。

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ところは、とくしま植物園、時間帯は市民薄明の黄昏(夕暮れ)。地上の樹木と雲の残照、マジックアワーの色合いを帯びた空が唯一無二の景を見せている。
posted by 平井 吉信 at 17:50| Comment(0) | 気象・災害

なんでもまろやかになるコーヒーカップ 無印良品「日常の器 コーヒーカップ」(490円)


うーん、不思議だ。これでコーヒーを飲んだら棘がなくなる。もちろんおいしい方向へ向かう。紅茶を飲んでも、ゆこうを飲んでも、緑茶を飲んでも同じようにまろやか。

この曲面の内面が液体をなでるごとく揺らすからか、あるいは旨陶焼のような材質に由来する性質なのか。製品説明にはひとこともうたわれていないが、明らかに違う。ついついこの器に手が伸びてしまう。

色は飽きの来ない4色だが、グレーベージュがそのなかでも美しい
https://www.muji.com/jp/ja/store/cmdty/detail/4550583444358?sc_cid=google_pla_156434219512&gad_source=1&gclid=CjwKCAiAvdCrBhBREiwAX6-6UhOM1kCwjQcu8LIHsQxPJnF0aa10Zkoi7EMJzpKRTHi7UAfymneJ-BoC5c0QAvD_BwE

価格は手頃ながら、造形からたたずまいまでがあまりにさりげなく、しかしじっくり眺めると美しい。例によって頼まれもしていないが、感じ入った製品だったので記してみた。



posted by 平井 吉信 at 17:19| Comment(0) | くらしとともにあるモノ

旧長岡家(脇町)と巻雲


これはまだ10月のこと。
脇町の旧道から上へ上がっていくと旧長岡家という建物があって見学ができる。
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寄棟造茅葺きの大屋根、外は土壁で入口以外の3方向は閉じている。雨の少ない讃岐山脈南麓の民家の特徴だとか。
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空には巻雲がさまざまな姿で浮かぶ。
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幾重にも重なる滝のようであったり、肋骨のようであったり、繊細な筋を引いて青と対照をなす。
posted by 平井 吉信 at 16:51| Comment(0) | 気象・災害

2023年12月04日

初冬の勝浦川 秋の名残の雲と


季節はずれの雨のせいか心なし水量の多い勝浦川中流域。
変わらない場所で移りゆく季節を見る
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夏とは違う静謐な水面
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河畔林の上に相似形の高積雲が出ている
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posted by 平井 吉信 at 18:57| Comment(0) | 山、川、海、山野草