2022年05月14日

種を付け始めた庭のスミレたち 太陽に祝福される未来のあの国の姿を描く


庭の花シリーズとは、自宅のささやなか庭でのできごとを追ったもの。
庭といってもネコの額、雀の涙ほどの場所。
そこに桃の木やひいらぎが植えられ、その合間にどこからかやってきた植生が活着したりいなくなったり虫がやって来たりする様子を淡々と捉えている。

毎日少しずつ変わっていく様子が心にざわめき、共鳴をもたらして、なんだか生きる力になっていくような気がしている。

土砂降り豪雨が開けた週末の朝、庭に出てみた。

鉢植えに目を転じればあざやかな桃色の花。近くで覗き込むと丘を越えて辿り着いた桃源郷のよう
DSCF0712-1.jpg

虫がいる。青っぽいアブラムシの仲間のよう。
DSCF0712-2.jpg

昨年11月中旬にパンジー(白、紫、黄色、茶黄、赤黄の五色だが白は先日盗掘されてしまった)がやってきて、花が一輪か二輪付いているぐらいだった。それが5月の中旬を迎えてもなお咲き続けている。人の手で改良された園芸種とはこれほどのものかと驚いている(もらった人に聞くと苗は県内でも有名な苗を生産している園芸企業だそう)。
パンジーの黄色と赤黄の花
DSCF0730-1.jpg

DSCF0738-1.jpg

成虫のテントウムシ数種類の個体が確認できるが、幼虫も見かける。
(見かけだけでテントウムシの幼虫を嫌いにならないでください。アブラムシを食べてくれるので)
DSCF0743-1.jpg

DSCF0748-1.jpg

泡に包まれてうごめている
DSCF0769-1.jpg

クロバスミレ(北アメリカ原産)の花期は2週間で終わった。ほとんど原種のまま日本に導入されているのだろう。それはそれで良い。その種子ができている。
DSCF0755-1.jpg

アリがどこかに運んで意外なところから発芽するかもしれない
DSCF0801-1.jpg

ヒイラギは柊と書く。文字は雰囲気のある造形だが、初夏の風に揺れる実もいい
DSCF0791-1.jpg

DSCF0795-1.jpg

掌に乗る4株を放してからここまで増えた。陽光と初夏の風に踊る姿はヒマワリに祝福されたあのなつかしい国がどんなに時間をかけても蘇る(蘇って欲しいと願う)未来を思わせる
DSCF0781-1.jpg

DSCF0776-1.jpg

DSCF0806-1.jpg

スミレ(自生種)も種を付ける準備。
DSCF0810-1.jpg

いまはどんな時代であっても変えていける未来があると信じるならできることがある。
それは偽情報に振り回されることなく起こっていること(事実)に思いを馳せることから。
posted by 平井 吉信 at 13:08| Comment(0) | 家の庭

目を閉じて小旅行 Bon Voyage


1983年の中森明菜の3枚目のアルバム「ファンタジー〈幻想曲〉」から
「目を閉じて小旅行」がふと聴きたくなった。

いまの時代を感じている心は押しつぶされそうになる。
自分を顧みてもやるべきことがあまりに多いけれど、
それ以上に政治や社会の動きが目を覆いたくなる。
生物の宿命ともいえる他者への攻撃はやむことを知らず、
それでもピントのずれた政治家の発言やら間違った経済の舵取りやら、誰も望まぬ金融政策を続ける中央銀行やら。
地球上では生態系の破壊と温暖化、感染症の蔓延など人間社会の崩壊が加速度的に破滅に近づいていることを感じている。
それでも何も変わらない。

そんなとき80年代の音楽はなんだかほっとする(一部は70年代、90年代を含む)。
音楽が濃密な個人の体験と同化して夢やら焦りやら哀しみを歌ってもそこに明日があるような。

山口百恵の楽曲で好きな曲を3つ挙げるなら「想い出のストロベリーフィールズ」「乙女座宮」「夢先案内人」。
中森明菜では「あなたのポートレート」「Bon Voyage」「目を閉じて小旅行」。
ヒット曲から立ちこめるハレめいた匂いが好きではないのだろうな、
そして短調の楽曲につきまとう不自然な感覚が好きではないのだろうな、と思う。
(コード進行に縛られた音符の動きが作為的に聞こえてしまう)
素のままの魅力を活かせる自然体の楽曲が提供されていたらと思わずにはいられない。
前述の3曲やデビュー曲「スローモーション」もいい。短調なのに不自然さが感じられない。

レコード、CDをずいぶん集めた。ベートーヴェンだけでも数百枚ある。
けれど1枚もないのはビートルズ。
(せめて、青盤、赤盤、サージェントぐらいは持っていてもいいのだろうけど)
学生の頃、ぼくの周囲も夢中になっていた。
「プリーズ・プリ−ズ・ミー」には新しい時代、まぶしさを感じて悪くないと思ったけれど
ABBAのダンシングクイーンのほうがより好きだった。

明菜で挙げた楽曲は抜けが良くて身体が勝手に動き出す感じ。
16歳の中森明菜が夢見ただろう風景はこんな抜けるような空と海かもしれないと思ったので。
DSC_7539-1.jpg

DSC_7537-1.jpg

DSC_7549-1.jpg

撮影したのは80年代ではないけれど、季節はちょうど今頃。
場所は、土佐佐賀から大方浮鞭あたりの渚。
(ニコンらしい空の色だね)


タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 01:20| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月09日

水は映す 水に萌える 山のさわらび 早苗月の日和佐川


日本の季語を並べたような日和佐川は、野田知佑さんの終の住処となった川。
晩年は小鮒釣りしかの川だった頃の九州の川に思慕を寄せられていたのかもしれないと思う。

日和佐川にはダムがない。流域の人口も少ない。
最下流を除いてほぼ里山を流れる。
小さな川だけどそこには数え切れない子どもが遊び巣立っていき、いつか戻ってくる川。

新緑を愉しむ日和佐川。
川が大きすぎないので身近に感じるし、周囲の山々が包み込んでくれる。
流域のわずかな平地の湿地や田んぼが生き物を育む。
人と自然が渾然一体となった生態系を里山という。
ここには四国の里の川の風情が凝縮されている。
新緑を映す川面に浸りたい。
DSFT2515-1.jpg

DSFT2526-1.jpg

DSFT2547-1.jpg

若葉色、青柳色、翠色へと沈んでいく階調
渋い松葉色、淡い若草色、初々しい若苗色も散りばめて
(しばらくは人の気配を消して画像だけで)
DSFT2555-1.jpg

DSFT2566-1.jpg

DSFT2590-1.jpg

DSFT2595-1.jpg

DSCF0074-1.jpg

神秘の木陰と里の匂い
DSFT2588-1.jpg

DSFT2608-1.jpg

DSFT2611-1.jpg

DSCF0090-1.jpg

こんな薄暗い環境を好むスミレがいました
コミヤマスミレ。柳煤竹をまとった貴婦人のよう。
DSCF0002-1.jpg

DSCF0006-1.jpg

葉の模様が幾何学的
DSCF0015-1.jpg

DSCF0013-1.jpg

DSCF0019-1.jpg

川は流れるいつものように木立の向こうを
DSCF9974-1.jpg

DSCF9986-1.jpg

DSCF9983-1.jpg

DSCF9980-1.jpg

posted by 平井 吉信 at 20:57| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月08日

明るい雑木林の標高千メートルのスミレたち


県西部はスミレの種類の多い場所。
里山からブナの森への遷移が連続する生態系でそれぞれの環境に適合するスミレが自生する。
まずは林間の散策から。
DSFT2405-1.jpg

DSFT2410-1.jpg

DSFT2416-1.jpg

DSFT2421-1.jpg

DSFT2428-1.jpg

DSFT2488-1.jpg

林床にはギンリョウソウが点在する
DSCF9676-1.jpg

シハイスミレは花期を終えて次の選手へ交代しているようだが、一部で残っている。
これはシハイスミレらしからぬ淡い色。日の当たる場所ではないので日に褪せているものではなくシロバナ仕様
DSCF8857-1.jpg

DSCF8870-1.jpg

これは標準的なシハイスミレ
DSCF8853-1.jpg

かと思えば斑入り(フイリシハイスミレ)も
DSCF8878-1.jpg

陽光を感じるツツジ
DSCF8875-1.jpg

日当たりの良い道路沿いにはアカネスミレ
DSCF9800-1.jpg

DSCF9643-1.jpg

DSCF9639-1.jpg

明るい雑木林ではアケボノスミレ。淡く薄紅を浮かべた花弁は憧れの的。
DSCF9804-1.jpg

DSCF9627-1.jpg


(閑話休題)
学名とは別に日本で独自の名称を付けている(和名)。
アケボノスミレはいい名前。サクラスミレもいい。
タチツボスミレで花弁が白で炬が紫に染まる状態を「オトメスミレ」というのも妙案だが、
強いて言えば「オトメタチツボスミレ」のほうがしっくり来るのでは?
でも植物の命名はもう少し工夫して欲しいと思うことが多い。
磯に生えず砂浜に生えるのに「イソスミレ」とは?
「スナスミレ」ではダメで「ナギサスミレ」に改称しませんか?
ノジスミレの毛の生えているものを「オトコノジスミレ」(なんだこれは)。
タチツボスミレに毛が生えているものは「ケタチツボスミレ」と統一感がない。


スミレ以外にもイチリンソウやチゴユリが咲いていた
DSCF9773-1.jpg

DSCF9795-1.jpg

春の林床は明るい。

タグ:スミレ
posted by 平井 吉信 at 23:26| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月03日

庭のアリをこれまで以上に近くで見る


朝起きて庭を見ると白いパンジーが盗掘されていた。
スーパーで100円程度で販売しているのに買いに行けない人なんだろう。
ほかにも花を茎から折って持って帰ったようだ。

さて、晴天なり。
あちこちにテントウムシがいて5種類確認できた。
風が強いので揺れにくい葉の上にいる個体を撮影。


どうやって小さな虫を撮るかというと
マクロレンズという接近できるレンズを使っている。
(XF60mmF2.4 R Macro)

きょうはこれに初めて中間リングを入れてみた。
するとさらに拡大率が上がる。手持ちとAFで撮影してみた。
(シャッター速度は1/1000まで上げている)

桃のふもとのムラサキカタバミの明暗に沈むありさま
DSCF9858-1.jpg

タカサゴユリが成長してきた。葉の表面に黒いアリ。
(おそらく日本の在来種と思う)
触角を小刻みに震わせてセンシングしているようだ。
DSCF9876-2.jpg

DSCF9876-1.jpg

DSCF9889-2.jpg

DSCF9889-1.jpg

残された色のパンジーは5月になっても(半年以上咲き続けてまだ花が増えていく)。
DSCF9924-2.jpg

アリにも見えているだろうか。
DSCF9924-1.jpg

テントウムシは知っているだろうか?
DSCF0136-1.jpg

DSCF0183-1.jpg
posted by 平井 吉信 at 10:55| Comment(0) | 家の庭

思いがけず遭遇する思いがけない出会い(感応)という贈り物


山中で思いがけず山野草との遭遇がある。
いつも不思議に思うのは期せずして出会うという感覚があること。
まるで草花が呼んでいるかのように誘われて知らない山域に足を踏み入れ偶然そこに居合わせた感じ。

人里離れて登山道もない山域でなぜここに辿り着いたかは説明できないけれど、自然界のなかでも凛として艶やかにあればこそ知らせるともなく識らせる存在があるのかもしれない。
DSCF2796-1.jpg

DSCF9114-1.jpg

DSCF9138-1.jpg

DSCF9145-1.jpg

DSCF9146-1.jpg

DSCF9487-1.jpg

DSCF9494-1.jpg

DSCF9495-1.jpg

DSCF9497-1.jpg

DSCF9502-1.jpg

DSCF9508-1.jpg

DSCF9513-1.jpg

DSCF9530-1.jpg

DSCF9718-1.jpg

DSCF9752-1.jpg

DSCF9761-1.jpg

DSCF9762-1.jpg

DSCF9768-1.jpg

DSCF9782-1.jpg

DSCF9788-1.jpg

DSFT2505-1.jpg

DSFT2509-1.jpg

posted by 平井 吉信 at 00:35| Comment(0) | 山、川、海、山野草

春のうららの鶴林寺 深山幽谷の趣のまま


四国巡礼は徳島は鳴門から始まるが、発心道場の阿波路では焼山寺と鶴林寺が道中が困難な札所だろう。
とはいえ車で上がる巡礼や参拝者も少なくなく細い山道は慎重に運転する必要がある。
車を停めるがそこからすでに幽玄の木立に包まれて昼なお暗い。山門に向かって歩き出す。
DSFT2215-1.jpg

境内には高い杉木立がそびえる
DSFT2227-1.jpg

DSFT2232-1.jpg

樹木は苔むしている。霧がかかり湿度が高いのかもしれない。
DSCF9346-1.jpg

花(落花)を愛でながら仏像を拝謁して歩みを進める
DSFT2247-1.jpg

DSCF9353.jpg

DSCF9376-1.jpg

DSCF9365-1.jpg

DSCF9360-1.jpg

DSCF9385-1.jpg

DSCF9420-1.jpg

長い階段を上がると本堂、右手に五重塔
DSFT2264-1.jpg

DSCF9410-1.jpg

特に読経したり納経帳に印をいただくわけではない。ただ苔むす古刹の醸し出す雰囲気が好きなのだ。寺もここまで来ると清浄をたたえて玲瓏神妙にある
DSCF9427-1.jpg

DSCF9429-1.jpg

DSFT2281-1.jpg

DSFT2284-1.jpg


タグ:神社仏閣
posted by 平井 吉信 at 00:22| Comment(0) | 徳島

午後の遅い時間は近所の山で紅茶を飲みたい 芝山か日峰山か? 栄枯盛衰のまち


家から10分シリーズの典型ですぐに行けるのは阿波三峰のひとつ日峰山。
あなたとふたりで来た丘は港が見える丘♪とくちづさみたくなるよな。

ところが国土地理院の地図には市民が呼び慣れた日峰山の名称はなく「芝山」とある。
芝山とは日峰神社がある標高165メートル峰を指すのか?
そこから東へ鞍部を経て191.4メートル峰がある。
こちらを日峰山という解釈でいいのだろうか?
それとも日峰山一帯を芝山と呼ぶのだろうか?

かつて四万十川は渡川の名称だったが、地元住民は「わたりがわ」とは呼ばず「しまんとがわ」と呼んでいた。いつのまにか名称も四万十川になった。
日峰山も「ひのみね」もしくは「ひのみねさん」と呼ぶ人はあっても
「しばやま」と呼ぶ人は見たことがない。

日本で2番目に高い山を知っていますか?
小学生のぼくは「白根山」3,192メートルです、と答えていました。
山頂の名称では「北岳」。この呼び名が一般的でしょう。

芝山=日峰山なのか、芝山は徳島市と小松島市の境界一体を指す山であって、そのもっとも高い地点191メートルを日峰山と呼ぶのかはわからないけれど、家から10分シリーズということで進めていきましょう。

山頂までは麓から歩く人が多いが、車でも上がれる。今回は時間の関係で車で。

南を臨めば神田瀬川(勝浦川三角州の分流跡で清浄が池、菖蒲田池、神田瀬川と続く)河口部と市街地
DSCF9246-1.jpg

北に目を転ずれば大神子、大崎半島、勝浦川河口部と津田海岸
DSCF9249-1.jpg

山腹は新緑で覆われる
DSCF9252-1.jpg

一文字波止を沖に備える小松島港が通称「新港」とも呼ばれるのは、神田瀬川河口に拓いた京阪神への航路と発着駅があったから。こちらは旧港と呼ぶ。旧港周辺にはハイカラ館と呼ばれる建物と小松島市街地へ扇形に広がる道路の集まる小松島駅(通称「本駅」)があった。
7時7分発の快速に乗って通学したものだ。小さい頃は広大な駅の敷地(保線区)があり、線路上にはSLが、しばらくしてディーゼルが走り出した。かつては小松島発で松山、高松、高知行きの直通があった(と記憶している)。四国の東玄関と呼ばれた重要な港湾及び拠点の駅であったが、昭和の終わり頃に廃線、航路廃止となった。
ところで父が子どもの頃、丸太に掴まって沖の一文字波止まで渡ったという。当時は石積みの防波堤だったようで水も美しくサザエなどを採ったらしい。横須松原が白砂青松の遠浅で京阪神から海をわたって貴婦人たちが海水浴と避暑に来ていた時代である。
DSCF9259-1.jpg

もっとも重要な南北の道路を日の峰通りという。循環器では四国一円から患者がやって来るという徳島赤十字病院もこの通りにある。
DSCF9261-1.jpg

京阪神航路と小松島駅があった頃もっとも栄えた地域。フェリーが着く度に人や車がアリの行列のように吐き出されて目的地へと向かう光景があった。竹輪売りのおばさん、螢の光と紙テープが港を行き来した時代。
DSCF9269-1.jpg

春ののどかな夕刻、斜めの残照で緑が温もりを持って目に飛び込んでくる
DSCF9272-1.jpg

大阪方面は霞に包まれて栄枯盛衰が幻灯のように脳裏に浮かぶ
DSCF9280-1.jpg

タグ:小松島
posted by 平井 吉信 at 00:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草