2022年05月31日

風がやむと潮騒に包まれ静寂と饒舌の波の子守歌を聴く ひゃっほーの海岸線、南阿波サンラインから波静かな入り江、大砂海岸へ


四国四県はそれぞれすばらしく甲乙付けがたい。
天然掛け流しの温泉こそないが(噴き出すような湧出量の掛け流しはないという意味)、海山川の生態系の魅力は日本有数(控えめに言っているが日本一だろう)。このブログはそれを紹介するために最初の投稿から20年以上続けて1,478本(約130万文字=秀丸エディタによる)の記事数となっている。それでも新ネタが続々と出現。

県庁所在地からできるだけ時間をかけずに海岸線に浸りたい、という命題なら徳島だろう。
訪問先は南阿波サンライン。日和佐町と牟岐町を結ぶ海岸線である。

この海岸線は水落の集落を除いて無人で海岸性照葉樹の森を下っていくと渚(岩礁と砂浜=入り江の両方がある)に出られる。雨後に出現する海に落ちる滝もある。人はあまり来ないので道路には野生の猿がたむろしている(バイクツーリングの人。猿を避けようと転倒すれば崖から数百メートル落下の怖れがあるのでご注意を)。片側コーナーのアウトインアウトを守っていても猿だけでなく車線をはみ出す普通自動車もいるだろうから。風が強い日には木の枝が落ちていることも多いので運転者はブラインドコーナーにご注意。

この道は「ひゃっほー」の道とも呼んでいる。海を見ながらのトレースで風を受けていると解き放たれるものがある(もちろん法定速度未満。この充実した時間を拡大眼鏡で楽しみたくスピードを出すのはあまりにもったいないので)。
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ウバメガシなどの照葉樹に包まれた海岸線
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第一展望台から第四展望台で適当に車を停めてみる。そこで目を閉じると風の音に乗って遠く近く多重に響く潮騒の厚み。風がやむと暗騒音がなくなり、海原に包まれる感じがする。

この海を渚めぐりをしながら身体で愉しむのは大いに吉。南阿波サンラインが終わっても波静かな青き入り江、大砂海岸がある。
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posted by 平井 吉信 at 00:13| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月30日

四国カルストで見えたキスミレ

心の動きを言葉に変換できないときがある。
草原の新緑はかくもまばゆいものかと、滋味深い萌える輝きが沁みてくる。
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稜線から少し下がったところにある源流のブナの森である。
ブナ林の新緑はいずこも美しいが、ここは格別なようである。
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心だけでなく車までが新緑色に染まってしまった。
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車を止められる広場があっていそいそと草原を歩いてみた。
(あまり人が歩いた痕跡はない)
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きっと見つかる、という願いにも似た期待と、空振りに終わるかも、という期待値を下げる心の予防とのせめぎ合いで、現地に行ったもののまったく見えなかった(ので諦めかけたのだが)。

誘われるように迷い込んだ草原の一角で一輪のキスミレを見つけた。ちょこんとぼくを見上げるようで植物と人が出会った感じ。でも感応しあっている気がする。じんわりと来るような。
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キスミレが見つかると今度は石灰岩の上でイワカガミが見つかった。こんな色彩と造形の植物はなかなかないだろう。
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キスミレ以外のスミレはタチツボスミレがあったが、巷にありふれているこのスミレもここでは分布が限られている。白いスミレではニョイスミレとフモトスミレがあった。写真は後者。
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おそらくカルストのどこかには同じく草原性のサクラスミレが咲いていると思われるが、それは来年の歓びということにして。

笹で覆われた稜線から少し下ると沢の源頭が至るところにある。そこからさらに下がるとブナの森の源流帯となって四万十川や仁淀川へと流れていくのだろう。
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近隣はなだらかで明るい山容。それでも標高は1,200〜1,500メートル前後の山々が連なる。
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山腹にツツジ(ツルギミツバツヅジ)の群落が見られる場所もある
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黄色は幸福の象徴ともいわれる。キスミレがこの地でいつまでもひっそりと生きていけるよう、また、人のいとなみもおだやかでいられるよう祈りつつ。
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posted by 平井 吉信 at 23:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

氷河期を乗り越えていまの日本に生きている黄色いスミレが四国にもあるという


ここ数年どうしても見たいものがあった。
それは県内にはないもので、他県への移動がはばかられる状況で見送っていた。
今年こそは見ておきたいとついに県境を越えることにした。

それはスミレの仲間(やっぱりか)。
それも黄色のスミレ(そんなのどこにでもあるんとちゃうん?)

いえいえ、黄色のパンジーはどこにでもあれど、黄色のスミレ=キスミレはどこにでもないのですよ。

キスミレは大陸性のスミレで氷河期に朝鮮半島を経由して日本にやってきたという。
しかし氷河期が終わって日本では環境が適合しなくなって絶滅しかけたが、
一部の標高の高い高原などでひっそりと生き続けているという。特に多く分布しているのは春の野焼き後の阿蘇山だ。

かつてぼくは野焼き直後の阿蘇を訪れたことがあったが、焼け焦げた草原にがっかりしてキスミレに目をとめることなく過ぎてしまったことがある(もったいない)。住民の高齢化などで野焼きをやめたところ絶滅してしまった地区もあるという。人の営みとスミレのつながりは深い。

ぼくは大陸生まれの彼女が草原や笹原で風に揺れている(つまり実物)のを見たくて四国カルストへ行くことにした。行くと決めるまではやはり逡巡した。遠いのとどこに自生しているのかわからないから。それともうひとつの理由は連休中は特に混む場所だから。

コロナ前に天狗高原から西へ抜けようとしたとき、離合渋滞で車が動かなかった経験があるから。
四国カルストを東西に走る道は一本しかない。それも狭い。不慣れが運転者が押し寄せると必ず詰まってしまう。

その場合でも技量が上の運転手が後退する、右側で交わすなどなんとか乗り切れるのだが、連休では雲が湧くように後に車列ができる。前へ進むことも後退することもままならないまま、車列が伸びていく。一体これをどのように解決(離合)したのか覚えていない。逡巡する大きな理由だ。

それでも目星を付けて行き当たりばったりで行ってみることにした。さて、実際にキスミレを見つけることができたのか? どんな波乱が待ち受けていたのか? 乞うご期待―。
(朝の8時に出発して夜の早い時間に戻ってくるという日帰り強行軍となった)
posted by 平井 吉信 at 22:53| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月29日

赤松川のとある集落であのテーマソングを聴く 初夏の里山 おだやかな里の人々


初夏ともなれば赤松川に触れないわけにはいかない。
ここには子どもの頃、親父にドブ釣りに連れてきてもらっていた。

ドブ釣りとは、アユ釣りで水深のある流れに錘を付けた毛鉤を上下させて釣る解禁初期の釣り方。そのときの天候、水深や水流、苔の色、水の濁り具合、太陽や時間帯によって毛鉤を選択する。
毛鉤には青ライオン、八つ橋、岡林1号などと制作者が付けた名称があり、高価なもので底にかけてなくさないようにしなければならない。

赤松川は那賀川の支流で川口ダムの直下流で本流と合流するのだが、那賀川本流はダムからの放水で濁っていることが多く、アユは澄んだ水を求めて支流の赤松川へと入り込んでくる。
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赤松川はおだやかな里の川だが、横谷となる下流(本流との合流点周辺)は険しい峡谷で合流点近くにある深い淵が釣り場。
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吊り橋を渡って対岸に下りて大きな岩の上から釣る。
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小学生のぼくがアユを釣り上げると大人たちの視線を感じた。どんな毛鉤を付けているかを観察しているようだった。

赤松川中流以降はそれまで東流していたのをくるりと向きを変えて県道19号(阿南鷲敷日和佐線)に沿って北流する。この道は、丹生谷地域(那賀川流域の那賀町)と日和佐(国道55号線、海部郡美波町)を結ぶ最短にして主要道路となっている。屈曲点の下流の赤松地区は学校やら神社が集まる集落の賑わう場所となっている。海(海部)と山(丹生谷)を結ぶ街道の拠点として古来より栄えたのではないか。

赤松集落の円通寺に私立中学校の夏休み勉強合宿で来たことがあった。もちろん勉強ばかりではなく座禅などもあったと記憶している。そして寺から指呼の間の赤松川で泳ぐのだ。岩があってその下は淵となっている。その岩の上に立ってさりげなく女の子たちが見ているタイミングを見計らって派手に飛び込む。水は冷たくて10分と入っていられない谷の冷水であった。

赤松川に親しんできたのでよその土地に来た感じがしない。今回はひとつの地区に絞って歩きながら集落の人たちとも会話を交わす機会があればと考えた。その集落とは、1998年にトンネルが開通したことで三日月湖のようなU字路となったもの。地図を見るとそこから赤松川を渡る橋がある。見てみたいと思った。

赤松川は観光地ではなく里の川の里山(棚田)風景なのだけど、意外性がある。例えば、県道から田んぼを縫って川へ下りていくと潜水橋がある(昼寝をする場所である)。
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入道雲に祝福されて蝉時雨が奏でる集落の叙情詩。里山の初夏(夏)はリゾートより愉しいかもしれない。
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赤松川本流に流れ込む支流の沢、きょうはこの沢のほとりでおにぎりを食べた。こんな流れが随所で合流していく。
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川べりにはドクダミがあちこちで咲いている。あとですれ違ったおじさんは「十薬」(じゅうやく)と呼んでいた。昔はともかく近頃では葉っぱを煎じて飲むことは少なくなったという。
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里山を潤す赤松川から取水した用水。けれど両側の田んぼは草地のまま。地元も高齢化で作付けが難しくなっているのかもしれない。用水の河畔林が落とす影が里山の心象風景。
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用水を横切ってあぜ道をたどると赤松川に出た。
地元の人以外は知られていないが落ち着く場所。水のきらめきと深沈とした淀みが階調となって河畔林を映す里山の川の風情にひたる。
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歩いていると散策している集落の女性2人とすれ違ったのでこちらからあいさつをする。そのときぼくはトキワツユクサを撮っていた。これはアフリカ原産の帰化植物で在来種の生態系に影響を与えないか注意が必要。
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U字のもっとも湾曲した場所(両側から遠い場所)にバス亭がある。1日5便で川口(徳島バスの乗り合い所)と日和佐駅(JR牟岐線)を結ぶ。
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ここから赤松川へ下りていく分岐道がある。ここに至るU字路は地元の生活道なので車で乗り入れるのは遠慮して道幅の広い県道において歩いた。
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橋の上から見えた赤松川
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橋を軽トラックで渡って家路につくおじさんと会話(川の写真を撮って気付かなかったので声をかけていただいた)。
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軽トラとはいえ、こんな狭い橋を渡るのですかと尋ねると、2トントラックで橋を渡って山仕事へ行くこともあると教えてくれた。橋の向こうを歩いてみると杉林と林道でもはや人家はない。林道もやがて行き止まりになるのだろう。

橋の向こう側(林道側)から集落側を見る
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バス亭まで戻るとさきほどの女性2人組、さらに軽トラックのおじさん、おじさんの家の若い女性(娘さんと思う)、ご近所の方々が集まっている。その場でさらに会話。ぼくは赤松地区へよく来ていること、きょうは川と山野草を観察するのが目的と告げた。良い土地にお住まいですね、と(世辞でなく)。

花の話題になると、おじさんの娘さん(親切で美しい方だ)から近所の花の情報をいただいた。

ユキノシタは至るところで花を付けている。葉を天ぷらにするとポテトチップスのように何枚でも食べられるが、どこに生えていようと自生している山野草を摘んでまで食べるのは遠慮したい。
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U字をさらに進んでいくと棚田が美しく見えてくる。1日5便の路線バスに二度すれ違った。
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自生しているのか植栽かはわからないが、茶の木がある。
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柿の並木道はその下の用水に涼しげな影を落とす。秋には収穫を迎える。
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赤松川から引いた水が流れる用水路と柿の並木と棚田を見ていると風に吹かれていたい気分。
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車を止めた県道まで戻ろうとすると、集落半ばのバス亭でまだみなさんがいた。その理由がすぐにわかった。

行進曲調の曲とともに小型トラックが近づいてきた。

とくとくとーくとくしまる
野菜にお肉、おみそに雑貨
笑顔もいかが
移動スーパーとくし丸♪

(聴きたい方はこちら

こちらは日和佐駅前のスーパーオオキタさんからの商品が提供されている。
軽トラックのおじさんは、さしみをお買い上げいただいているようだ。オオキタまではここからは13kmほどであるが、買い物へ行く手間が省けるのとご近所さんとの語らいの場にもなっている。単なる宅配機能だけが提供価値ではないのだ。
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実は徳島県内のとくし丸の運営会社社長の村上稔さんとは親しくしているので集落で知り合ったばかりの方々が買い物するのを親しみを込めて見ていた。

買い物途中のみなさまにごあいさつをしながらその場を去って行く。
里山の暮らしの一端が感じられた。
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(それにしてもとくし丸のテーマソングはくせになるな)

今年の豊作を祈る(これは2020年の盂蘭盆会の頃)
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赤松川はまもなく蛍の季節を迎える。アユの解禁日ももうすぐだ。
タグ:里山 赤松川
posted by 平井 吉信 at 00:48| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月27日

草原の生態系とは? 愛媛・徳島県境の塩塚高原でスミレを観察 


草原、高原という地形は四国にはあまりない。
山がちで尾根沿いに移動していた古の四国人はやはり山の人。
草原といえば野焼き。スミレ好きにとって、春の山焼きこそスミレ天国の発現であることを知っている。
ここでも春に行われていると後になってわかったことであるが。
(野焼きは熱帯雨林で行われるような焼き畑とは異なり、草原の生態系を蘇生させる役割がある)

愛媛・徳島県境に位置する塩塚高原は東斜面の小歩危から入るか、北東斜面の銅山川沿いから行くか、西斜面の新宮から入るかのいずれか(道路状況なら新宮から入るのが入りやすい。高速を使えば新宮I.Cを下りたらすぐに山道が始まるのも利点。お好きな人は霧の森で新宮茶や例の大福でも)。

今回は銅山川、黒川谷川から入ることとした。
まずは小歩危峡とラフティングを見てからにしよう。
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西側(愛媛側)の霧の高原からの塩塚峰(1,043メートル)。塩塚高原の盛り上がった丘という感じ
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高原の散策
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体長2メートルのアオダイショウ。こちらを見ているが逃げない。さらに接近しようとしたところで反転して草むらへ入っていった。農家の納屋などに居着く種類がここにいるのは野ねずみが多いのかもしれない。
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あっというまに塩塚峰に到着するも山頂という感じがなく、パラグライダーの発着場ともなっている。そのまま木の階段を愛媛側へ下りていくとすぐ下に林道。そんなところもこの山(高原)のおおらかさで良い。
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スミレはというと同定に困るものが多い。高原ゆえにというわけでもないのだろうが、交雑の頻度が高いのかもしれない。
これはスミレ(Viola mandshurica)として
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これはアケボノスミレとして
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これはなんだろう? アカネスミレ?
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これも悩ましい。スミレ(Viola mandshurica)のようだけど、隣にアカネスミレらしい葉が見えるが、スミレにあるような翼が見える。色はスミレ(Viola mandshurica)より一段と濃い。スミレ(Viola mandshurica)×アカネスミレかもしれない。
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山焼きが行われるとスミレのような植物は喜んで顔を出す。けれど他の植生が優勢になると消えていく。人間が手を入れることで生態系の再生を促しているともいえる。
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草原の片隅でイスに座って頭上を飛ぶ飛行機とたなびく雲を見ていた。

追記
この日は高齢者を連れていたので山道を少なくしようと新宮I.Cから帰ることとした。
お約束の大福は2箱制限であったので1箱のみ求めてうちと近所の連中でいただいた。
新宮茶は脇製茶場の新茶が出ていたのでそれも。
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あとは急須を購入。4500円と高価だけど、ここで扱っている急須は実用性が高く、茶の抽出がうまくいく。10数年前に買った急須の注ぎ口が欠けてしまった。欠け口を磨いたので実用性に影響はないけれど同じ製品は入手しておきたかった。調べてみたが、霧の森でしか販売されていないようだったので。

霧の森は茶の魅力がまず大切という姿勢が感じられるよね。どうすれば茶がおいしく煎れられるかということで茶器も研究されたのだろうと思う。旧新宮村内で採れる茶葉を活かすために大福を考案したとして本質は地域の茶から逸脱しないという理念があるところが他地域でやりがちな取り組み(梅の産地なのにみやげもの用は中国から仕入れて売るなど消費者は錯覚するよね)は行わないところ。マーケティングというよりは本質を見ている。だから大福だって飽きられることなく売れ続けているのだろうね。
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旧新宮村の茶畑
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posted by 平井 吉信 at 23:52| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月26日

シランと那賀川


急流を背景に自生するシラン
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星形の白い花に近寄ると現れる散開星団
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タグ:那賀川
posted by 平井 吉信 at 22:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

茶畑と沈下橋(土居川)

鏡をすべるミネラル水にまたがる沈下橋。
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その上に広がる茶畑と民家。
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ここは日本、ここは高知県、ここは仁淀川支流土居川。
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posted by 平井 吉信 at 22:26| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月21日

トマトと浜昼顔


共通点はないけれど、強いていえば海に映えることかな。
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いまの季節、徳島の渚では必ず見られるハマヒルガオを見に海へ出かけてみては?


posted by 平井 吉信 at 22:55| Comment(0) | 山、川、海、山野草

生きていて愉しいと思える時間を湿原で過ごす 


いつも初夏に訪れるのは池田町の黒沢湿原。
五月の薫風に浸る場所としては、コミヤマスミレの咲く県南部の渓流とともに好きな場所。
晴れの予報が出ていないが、さりとて雨の予報でもない、ということで来てみた。
(曇りの日は花にコントラストが付かず艶っぽく見える利点がある)

まずは道ばたの草花に目を留めながら。
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ヒメハギは至るところに、ウツボグサ、ハンカイソウはまだ。
花が華麗なこともあってもっとも目立ったのはノアザミ。
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スミレ類ではニョイスミレのみ。遅い時期まで残るスミレでこの場所が標高の高い湿原というのもあるだろう。タチツボスミレ、シハイスミレはすべて終了。
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ツツジも一部には残っていたが、ほぼ花後となっていた。散ったあとの散策もまた愉し
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食虫植物(これはイシモチソウだね)が生息するのも湿原の魅力。ガガンボが捕らわれていた。
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柏餅でおなじみの葉(サルトリイバラ)
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ソクシンラン
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初夏から夏にかけてランの仲間が独特の造形を咲かせるだろう
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この湿原に自生するものはすべて大切だが、ヒツジグサもそう。県外から来た親子連れがオタマジャクシを採っていたようだが、ヒツジグサは持って帰っていないと信じたい。貴重な生態系なので規制や罰則の有無に関わらず保全に協力して欲しい。
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近年になって山の保水力が衰えたのか湿原は乾燥傾向があるのが気掛かり。
展望台から見下ろす湿原(これでも一部)
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(あと2週間早ければツツジが湿原に深紅の色彩を落としていただろう)

いまの時期の湿原の主役はノアザミだ。
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そこにクマバチがやって来て夢中で仕事をしている。厳つく見えるがおだやかな性質
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花期には早いと思ったが、トキソウがちらほらと咲いていた
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その湿原に水が集まる場所があり水路のように澪筋(小川)をつくる
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この湿原の大きな魅力は湿原を流れる小川の存在。シダ類の緑を縫うように音を立てるせせらぎを聴いているだけで、新緑を映す流れを見ているだけで来てよかったと思える。
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黒沢湿原にはこの湿原のみの植物を集めた図鑑がある。地元でゴルフ場建設の話が持ち上がったとき地元有志がトラスト運動など開発を止める活動を行った。図鑑の著書の頭師先生もそのおひとりである。そしてこの図鑑をいただいたのは町内の工藤政幸さんからで、いまも大切に活用している。
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シダの仲間の造形はアートのよう(片方はムカデに見える)
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ツツジは数えるばかりだったがまだこの木では盛り
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湿原の南には前回までにはなかった茅葺きの民家が造成されていた。
(あとでわかったがこの民家はある特殊な用途のために建造されたもの)
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来年はツツジの盛りの頃に来てみよう。
同じ場所で同じものを見てもめぐる季節はまた別の心の動きを与えてくれる。それこそが生きる歓びではと。
(NHKプラスに登録すると「ちゅらさん」の総集編3話を見ることができる。おそらくはその最終回で、「楽しいさあ 生きてるって。楽しいさあ」と恵里の言葉が繰り返されて終わる。歴代のテレビ小説のなかで高い人気を獲得したのは国仲涼子の素のままの演技とキロロの主題歌のぴったり感、物語につくりもの感がなく身近に感じられた人間関係もあるのだろう。人生は楽しいと思えない人に政治や行政の寄り添う行動を見せて欲しい。ぼくの場合はベートーヴェンの音楽、空海の行動や道元の言葉が支えとなって今日まで来られた。あなたが人生を決して諦めなければ人生があなたになにかを届けてくれるはず)
タグ:黒沢湿原
posted by 平井 吉信 at 22:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年05月17日

沖縄 復帰50周年 もっと違う道があるはず


もしこの地上に沖縄がなければ世界はつまらないものになる。
南の島なんて地球上に数え切れないほどあれど、
沖縄(琉球)のような国はどこにも存在しない。

排他や競争とは無縁の人々のつながり、分け隔てなく隣人と接する態度、そこにある風土と食の誇らしさ。

新婚旅行は迷うことなく八重山(やいま)を選んだ。
石垣島を拠点に西表島、竹富島を巡った。

岡本太郎があまりの美しさに腰を抜かしたといわれる川平湾だけでなく
そこらにあるサトウキビ畑、その丘陵が海に続いていく。風が違うと感じた。
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海の色はやわらかな階調で淡くきらめき深く沈み込む。
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やなわらばー「青い宝」(観光地でない島の日常と歌の世界観が溶け込んでいる公式映像)
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集落を歩けば至るところに文化の凝縮された何気ない竹富島の日常。
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西表の亜熱帯雨林を流れるヒナイ川の潮の干満を感じながらカヌーでピナイサーラの滝へと向かう。
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食べるものはすべておいしい。共通は塩辛くなく脂っぽくもなくそれでいて淡泊ではなくコクがあるけれどあっさりしているとでもいうか。
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地元の人たちが通う居酒屋や料理店を見つけて食べたものを徳島に戻って風味をそれ以上に再現できたときのうれしさ。

音楽だって、手元にあるCDを拾ってみても、やなわらばー、神谷千尋などの沖縄の色濃くも初々しい歌手だち、ネーネーズ、りんけんバンド、古謝美佐子、喜納昌吉などのベテランの音楽の恰幅の良さ、三線を聴かせる新良幸人、大島保克、大工哲広による島唄。BEGIN、Kiroro、石嶺聡子、夏川りみなどのヒット曲を生み出した歌手勢。奄美まで拡げれば、朝崎郁恵、元ちとせ、里アンナ、城南海。またキングレコートから発売されている八重山の民謡集に収録されている楽曲、例えば「月ぬ美しゃ」などは酒を飲んで珍しく酔ったときに真っ先に口をついて歌ってしまう。No woman no cryはネーネーズ版(うちなーぐち)で歌ってしまう。

沖縄やアイヌの人たちにはヤマトにはない人間の本質的な存在感、誇りが感じられるよね。
でもその沖縄が復帰50周年を迎えて地元では憂いが濃いという。簡単に本土の人間には分かって欲しくないと思われるだろうが、沖縄の立場に立てば復帰を喜べないのはヤマトも同じだよ。

こんな状態が50年続いてこれからも続くようなら沖縄は日本からの独立もしくは連邦国家のような立ち位置も考えなければならないね。

沖縄の地勢と人々の気質を強みとする地域戦略を描きたいけれど、日本政府にはその能力がないのだろうね。日本、台湾、香港、ベトナム、大陸、朝鮮半島のハブとなり得る立地なのでシンガポールのような自由貿易特区、スイスのような厳格な個人保護を貫く金融センターを併せ持つ地域としてしくみをつくる。やがて各国から投資や人材が集まるようになる。幸か不幸か沖縄には米軍基地が種地としてあるから、地主にいったん返還した後に地権者として事業化に関わってもらったらいい。

本土は憲法を改正してまずは安倍内閣のように独裁が暴走しないように歯止めをかける。生態系保全や人権、考え方の多様性を明文化するための改正を行うとともに、自衛隊に代わって平和を守るための軍隊を置く(平時は災害救助などで活躍するいまの自衛隊と変わらない)。場合によっては徴兵制度が必要かもしれない。平和ぼけしている国民に平和の価値を考えてもらうきっかけとなる。

本土は沖縄を防衛する力を持って、沖縄は非軍事地域として交易拠点、金融センター、世界でも稀な風土を持つ観光を加えた三本柱で発展させていく。魅力ある移住先、投資先となった沖縄には有能な人材や資金が流入してやがて本土の所得を上回る。言語も日本語のみならず、数カ国語が併用されるようになる。それでも琉球以来の沖縄らしさはより色濃く打ち出されるようになる。

なぜなら経済力を背景に沖縄のことは沖縄で決める自治が機能するから。これまで基地と沖縄振興予算に依存してきた人たちから、独創的創造的な取り組みを行う人たちが台頭して沖縄が本来の輝きを取り戻す。

ヤマトにとってもそんな沖縄はもっと魅力的になる。もともとその風土や文化、食は本土の憧れの対象であったが、強みを活かせる沖縄が自主的な動けるようになると、どんどん沖縄がよくなり、その沖縄をゲートウェイ、ロールモデルとして本土も失われた30年から脱却を図ろう。

これは理想論ではなく現実的な考え方と思う。県土の17%が基地という状況でまともな施政などできるはずがない。沖縄から基地は全廃する代わりに本土が平和維持のための軍隊を装備して沖縄を守る構図をつくりあげること。本土からのスクランブルのみならず、基地がなくても例えば空母が沖縄に常駐することで、悪意を持った侵略者への備えはしておく。

ただし沖縄が近隣の国々と強い結びつきをつくることで相手にとってかけがえのない地域となる。外交力による解決の可能性が高まることで結果として戦争リスクを下げることにつながる(太平洋戦争での教訓は外交力を磨くこと、食糧や資源の自給率を上げることだったと思うから)。かつての琉球王国が持っていた礼節を重んじる守禮之邦(しゅれいのくに)に原点があるのだ。それはいまの世界がもっとも必要としている意思疎通でもある。

posted by 平井 吉信 at 00:36| Comment(0) | 生きる