4連休はどこにも行かなかった。
助成金をもらって感染のリスクにさらされながら行かなくても
近所で水の音を聴きながら風に吹かれていた。
あちこちでお伝えしていることで詳細は省くけれど
感染症のたどる未来のシナリオはひとことでいうと4つある。
シナリオ1 まもなく収束(→ ワクチン開発は困難なのでありえない)
シナリオ2 現状維持(→ 感染拡大と一時休止の繰り返しという楽観的な考え)
シナリオ3 感染拡大(→ マスクを付けないなどを強引にアピールする無神経な勢力が一定程度いるなどウイルスにつけ込まれる機会を提供しているため。SARS-CoV-2の変移やH5N1型のヒト型変移、その他新興感染症の怖れ大というのが冷静な観察)
シナリオ4 社会生活・経済活動崩壊(人類の存亡をかけた局面)
シナリオプランニングという考え方では
未来に起こりうる事象を考えて対応策を練る。
その際に「想定外」という言葉は使わない。
(想定できないことに対応するのが危機管理。ゆえに福島第一原発ではメルトダウンが起こりうると考えて全電源喪失が引き金を引く→ 電源が水没する事象が起こる → 他の手段も機能しない事象が起こる、というように「事象」から考えれば、電源の冗長化、電源盤の水没を想定した対策(高台への設置と防水化)は採用できたはず。だからあの事例は採りうる対策を故意に放置した人災とみなしている)
以前のブログでも書いたように
感染症は、未知のウイルスが存在する熱帯雨林に資源を求めて浸食(=接触)して感染。
そして高速で移動して拡散することで起こったもの。
今年の5月には北極圏で38度、7月にはカリフォルニアで54度という気温を記録している。
数年前に東京でデング熱が観測されたようにウエストナイル熱やマラリアなど
熱帯の風土病が温帯地域へも進出しようとしている。
いずれも地球の温暖化と生態系の破壊(未知のウイルスとの遭遇)が感染症の根源にある。
さらに2002年のSARS、2012年のMARSのどちらのコロナウイルスでもワクチンはつくられなかった。
想定外をつくらないことからすれば現状維持のシナリオ2は除外しよう。
(シナリオ1は論外)
根源の要因を洞察しつつ想定外を排除するなら
採るべき方策はシナリオ3以上ということになる。
感染症がさらに悪化することを前提にできる対策を行うべき。
(ただしシナリオ4は採用しない。人口が半減するなど都市崩壊どころか種の存続の危機にまで至っていると想定して対策を行うことの経済合理性を越えてしまうから)
脅しでも悲観でもなく感染症の悪化を視野に入れて
現実的に対策を行いつつ楽観的に生きていくこと。
ぼくはコロナ禍が10年続いても気にならない。
ただしそれはCOVID-19に感染しないためではなく
地球で生きていく覚悟を決めたらその責務があると考えるから。
(と同時にそのような地球やそこで生きているヒトも含む生き物への愛おしさを感じるから)
そう考える人が増えれば感染症は必ず終息する。
人が集まる場所では(特に持病はないが変人と思われても)夏でもマスクを着用する生活は長く続けてきたし
マスクやアルコールの備蓄はコロナ禍以前からあるものを未だに使っている。
新型コロナウイルス感染症への対策も99%わかってきているし
WHOや厚生労働省も主たる感染源ではないが否定できないとしている空気感染についても
それを前提とした対策を提案している。
(対策とは空気の動きを定量的に評価して換気の流れをつくること。空気清浄器は感染症には効果がない、もしくは費用対効果で劣っていることに留意)
9月27日、勝浦川はきょうも釣り人でいっぱい。
ぼくは風を感じながら揺れるコスモスと水面を見ている。




川は流れて時計の針は進んでいくけれど
ぼくの時間はしばらく止まる。
愉しいことはあるよ。
どこにでも誰にでも。
見える、逢える。気付いて!