2020年09月27日

4連休のGo to troubleにならないよう採るべきはシナリオ3への対策


4連休はどこにも行かなかった。
助成金をもらって感染のリスクにさらされながら行かなくても
近所で水の音を聴きながら風に吹かれていた。

あちこちでお伝えしていることで詳細は省くけれど
感染症のたどる未来のシナリオはひとことでいうと4つある。

シナリオ1 まもなく収束(→ ワクチン開発は困難なのでありえない)
シナリオ2 現状維持(→ 感染拡大と一時休止の繰り返しという楽観的な考え)
シナリオ3 感染拡大(→ マスクを付けないなどを強引にアピールする無神経な勢力が一定程度いるなどウイルスにつけ込まれる機会を提供しているため。SARS-CoV-2の変移やH5N1型のヒト型変移、その他新興感染症の怖れ大というのが冷静な観察)
シナリオ4 社会生活・経済活動崩壊(人類の存亡をかけた局面)

シナリオプランニングという考え方では
未来に起こりうる事象を考えて対応策を練る。
その際に「想定外」という言葉は使わない。
(想定できないことに対応するのが危機管理。ゆえに福島第一原発ではメルトダウンが起こりうると考えて全電源喪失が引き金を引く→ 電源が水没する事象が起こる → 他の手段も機能しない事象が起こる、というように「事象」から考えれば、電源の冗長化、電源盤の水没を想定した対策(高台への設置と防水化)は採用できたはず。だからあの事例は採りうる対策を故意に放置した人災とみなしている)

以前のブログでも書いたように
感染症は、未知のウイルスが存在する熱帯雨林に資源を求めて浸食(=接触)して感染。
そして高速で移動して拡散することで起こったもの。

今年の5月には北極圏で38度、7月にはカリフォルニアで54度という気温を記録している。
数年前に東京でデング熱が観測されたようにウエストナイル熱やマラリアなど
熱帯の風土病が温帯地域へも進出しようとしている。
いずれも地球の温暖化と生態系の破壊(未知のウイルスとの遭遇)が感染症の根源にある。
さらに2002年のSARS、2012年のMARSのどちらのコロナウイルスでもワクチンはつくられなかった。

想定外をつくらないことからすれば現状維持のシナリオ2は除外しよう。
(シナリオ1は論外)
根源の要因を洞察しつつ想定外を排除するなら
採るべき方策はシナリオ3以上ということになる。
感染症がさらに悪化することを前提にできる対策を行うべき。
(ただしシナリオ4は採用しない。人口が半減するなど都市崩壊どころか種の存続の危機にまで至っていると想定して対策を行うことの経済合理性を越えてしまうから)

脅しでも悲観でもなく感染症の悪化を視野に入れて
現実的に対策を行いつつ楽観的に生きていくこと。
ぼくはコロナ禍が10年続いても気にならない。
ただしそれはCOVID-19に感染しないためではなく
地球で生きていく覚悟を決めたらその責務があると考えるから。
(と同時にそのような地球やそこで生きているヒトも含む生き物への愛おしさを感じるから)
そう考える人が増えれば感染症は必ず終息する。

人が集まる場所では(特に持病はないが変人と思われても)夏でもマスクを着用する生活は長く続けてきたし
マスクやアルコールの備蓄はコロナ禍以前からあるものを未だに使っている。
新型コロナウイルス感染症への対策も99%わかってきているし
WHOや厚生労働省も主たる感染源ではないが否定できないとしている空気感染についても
それを前提とした対策を提案している。
(対策とは空気の動きを定量的に評価して換気の流れをつくること。空気清浄器は感染症には効果がない、もしくは費用対効果で劣っていることに留意)

9月27日、勝浦川はきょうも釣り人でいっぱい。
ぼくは風を感じながら揺れるコスモスと水面を見ている。
DSCF9568-1.jpg

DSFT8386-1.jpg

DSFT8357-1.jpg

DSCF9598-1.jpg

川は流れて時計の針は進んでいくけれど
ぼくの時間はしばらく止まる。

愉しいことはあるよ。
どこにでも誰にでも。
見える、逢える。気付いて!


posted by 平井 吉信 at 23:42| Comment(0) | 新型コロナウイルス対策

いつもの夏 地元の子どものための天然のプール 


天然の川の一部を掘り下げてプールにして
子どもの水遊び場としている。
川はあと少しで海にそのままの姿で注ぐ。
(浅瀬を歩いて渚まで行けるだろう)
DSC_7584-1.jpg

来年の夏もおとなが交替で
対岸に置いたパラソルの下で見守る。
四国西南部のいつもの日常。

posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月21日

棘のある香酸柑橘 茶の花も咲いている斜面で収穫 でもこれでいいのか?


勝浦川流域は香酸柑橘(こうさんかんきつ)の宝庫、露地のスダチが鈴なりに実る山間。
青い実がつき始めているのはユズ、ユコウ。
農業関係の集まりでセミナー講師を担当したことがきっかけとなって
すだち農家の方に収穫体験をしてみないかとお誘いをいただいた。

みずみずしいスダチの木陰。
DSCF9408-1.jpg
でもスダチの収穫(摘果)をされた人ならご存知。
手足や身体が棘にさらされるので頑丈な木綿の服を着ていく。

山の斜面に植えられた香酸柑橘の畑へと向かう合間に
自生している茶が目に付いた(画面奥に見えるのが茶の実)
ヤブキタなど茶畑の植栽とは異なる品種で山茶という。この茶葉から緑茶も阿波晩茶もつくることができる。
DSCF9336.jpg

実がなっているということは花が咲くということ。
これが茶の花。見たことはありますか?
DSCF9374-1.jpg

椿に似ている。そういえば山茶花(さざんか)という漢字もある
DSCF9391-1.jpg

茶と共生するツユクサ。露草と書いてみたい。
DSCF9389-1.jpg

木になっているユコウ
DSCF9417.jpg

収穫のときに分けていただけるか気になっている。
DSCF9427-1.jpg

DSCF9436-1.jpg

宇宙空間に浮かぶ地球、といった趣
DSCF9456-1.jpg

DSCF9460-1.jpg

ユコウに見とれていると
ユズもあります、のお声
柚はお尻がクレータのように盛り上がる
DSCF9535-1.jpg

葉が落ちると枝がわかりやすい。これがユズの枝
この隙間に手を入れて摘果する(スダチも同じ)
DSCF9530-1.jpg

たわわに実っていたスダチも収穫された
(大粒で艶がある)
DSCF9344.jpg

生産者の方はこの篭を背中に背負い、片手にも提げて
急峻で足元がおぼつかない踏み跡を道路まで運ぶ。
(途中に崖が連続していて足元を滑らせたら大けがは必至)
さすがに滑落はしないというが、
これまでに数回バランスを崩して摘果したスダチを谷底に落としてしまったことがあるという。
手足や背中まで棘にやられながらも慣れていると笑う。
いや、棘のなかに上半身を潜り込ませなければ採れない。
でもどうやって身体を引く?
(実際この日のぼくは切り株にこすれてズボンがカッターで切ったかのようにぺろんと破れて膝下を裂傷した。大したことはないよ)
DSCF9440.jpg
ひとやすみしている時間に果汁になる加工品の価格を聞いて驚いた。
これでは苦労が報われない。

樹間にも秋の気配。これは紫蘇の花
DSCF9470-1.jpg

農薬はあまり使用されていないという。
そのためか蝶が寄ってきた。
いつものゆっくりとした動作で蝶に近づいていく。
手に持っているのは標準レンズ。
ツマグロヒョウモンの♀のように見えるが違う気もする。
DSCF9351-1.jpg

嵐に遭遇したか鳥に襲われたか片羽根が痛んでいる。
DSCF9363-1.jpg

彼岸花を一輪見つけた
DSCF9492.jpg
(写真はすべてフジX-T30+XF35mmF1.4 R)

佐那河内村の一部の生産者がつくっている「さなみどり」は言葉に形容できないみずみずしさで
生きていてよかったと思える風味だが、ほとんど知られていない。
和歌山県北山村のじゃばらはブランディングに成功した取り組みだが
どの香酸柑橘でもあれができるわけではない。
(青果にせよ加工品にせよ単価が他の香酸柑橘と段違いに高いので生産者の手取りが多い)
https://kitayama-jabara.jp/
https://kitayama-jabara.jp/hpgen/HPB/entries/1.html

徳島の中山間地域ではイノシシや鹿が出没しそうな山の斜面で
きょうもスダチ農家がせっせと手を動かしている。
棘の向こうのスダチ1個、ヒトが採っている。



ちょっとひとりごと。

コロナ禍で明らかとなったのはこの社会に要らない職業などないということ。
感染症のリスクにさらされながらレジを通す人もマスクを縫製する小さな事業所の人もいる。
それなのに所得の格差は大きい(ここ20〜30年代の格差の拡大が社会の歪みや社会保障や医療費の増大を招くとともに、消費を落ち込ませているのは事実。それに消費増税が追い打ちをかけている愚策。軽減税率はさらに重ねた愚策)。

生産性を上げるためにするべき施策があるはずだが逆ばかり。
内需の拡大、安心できる暮らしと消費喚起の政策。
何より格差をなくして安心できる暮らしを提供することが
ひいては最上の経済政策にもなり得る。
大局的には資本主義も共産主義も行き詰まり
独裁主義、ナショナリズムの政権によるポピュリズム、国民分断をねらう政策が横行。
(日本に限ったことではない)

その反面、SDGsやらエシカル消費やら買い物袋の有料化など
小手先の概念のように思えてしまう。
生きるための本質を見ていくと結果としてSDGsになるかもしれないけれど
それが目的ではないだろう。

内閣の支持率が高い?
どこを見ていますか?
あるべき国の姿、理想はありますか?
その方向へ行こうとしていますか?
(行ってないでしょ、ここ20年以上。大切なのは冷静な分析に基づく揺るぎない理念)
さらに夢を語らない首相、
夢を語れない野党第一党党首。
(夢とは未来が楽しみになる社会を描く処方箋のこと)

労働人口の流動化への規制緩和による非正規雇用の増加、
法人税の税率引き下げと消費税の税率改定、
低金利政策で行き場のないカネが株式市場に殺到した結果の実態のない株価(コロナ禍で苦しむ企業の実態を反映すればリーマンより悪化している。実態は日経平均で1万円の価値もないだろ)。

実質所得は20〜30年前が高かった。
多少泡に膨らされていたけれども普通の人が夢を見ることができた。
ジャパン・アズ・ナンバーワンがいまではアジアのリーズナブルな国へと転落。
80年代にベスト10に7社入っていた日本企業はいまではベスト30になら1社のみ。
100円ショップなど汎用的な製品は日本製、独創的な製品は中国製。
かつて日本製が駆逐したスイス時計は高付加価値製品や個性のある製品がずらり。週休三日で所得も高いスイスは模範。

かたや時給800円で生きていけるか?(休みたくても休めない)
ヒット曲もこじんまりと低回する曲調(ほら、あの柑橘の名前の付いたヒット曲のこと)が受ける。
(それはそれでいまの時代を表現しているので共感が集まるけれど音楽としてはつまらない)
身内を大切にするが国民には冷たい政権。
自助努力を求めつつ消費税はさらに上げるつもり。
国は守ってくれないので自分で自分を守れということ(それはそのとおり)。

でも普通の人が普通の仕事をして
夢を見たくなることが政治の役割ではないか。
(補助金をやめて電通やパソナへの委託事業もやめて簡素な施策で公正に。費用対効果や効率だけで判断せず科学技術や人材育成には集中的な投資を!)

失われた30年、政治の責任は重い。
思いつきの駄策を次々と繰り広げる政治に怒りを込めて見ている。
(自民党でいうならかつての小渕首相は人の意見に耳を傾けて良いと思ったら採用するなど周辺を活かしていた。いまは1億人が一人の思いつきに左右される恐怖の政治)
posted by 平井 吉信 at 23:20| Comment(0) | 生きる

勝浦川の釣り師 桃源郷にたたずむ


全国各地の川のアユを塩焼きにして食味を比べる
「清流めぐり利き鮎会」という催事が毎年行われているらしい。
ブロックごとに1位を決めて
最後は各ブロックから選出された川から1位を選び「グランプリ」とする。
各ブロックでの1位はそのまま準ブランプリとするらしい。

徳島からは勝浦川、那賀川支流の丈が谷川が近年準グランプリに選ばれているらしい。
えっ、勝浦川(子どもの頃から泳いでいる川)?
それはないだろう、と地元ながら不思議に思う。
水温は高いし苔の状況も良くない。いわゆる死んだ川と思っていたからである。

アユ博士、谷崎鱗海さんが生きておられた頃、
うちの親父に勝浦川の横瀬立川のアユは日本一といわれたとのことだが、
(真偽の程はわからない)
確かにあの頃の横瀬立川は水に潜れば対岸が見えるほどの透明度、
5分と入っていられない冷たい清冽な水であった。
ダムができる前までのこと。
正木ダムができてから中下流では大水が出ることもほとんどなく
水温が上昇して川は死んだというのがぼくの認識。

このところ日本一の常連となっているのが岐阜県の和良川。
郡上八幡で遊んだ帰りに立ち寄ったことがあるが
小さな川であるが特に印象には残っていない。
(南四国の豪快な川を見ているので)
でも好感は持てる里の川であった。

水温、水量、栄養度/清澄度が適切で珪藻/底質が良くても
必ずしもおいしいとは限らないのは理解できる。
2019年9月の大会では、海部川が秋川(東京都)に負けている。
秋川が都内にしては良い川なのは知っているが、海部川が負けるとは…。
(温暖化で西日本の川の水温が上昇しているのだろう。水のミネラルの本場、南四国や南紀の川はその意味で近年は分が悪くなっているのではないか)

「食味」というのは人の口に入るまでなので
どのような漁法でどのように保管、処理を行うかまで関係してくる。
調理は会場でプロが公平に行っていると推察しているので
鮮度保持や冷凍の手法、運搬など流通の後工程まで管理する必要がある。
つまり川の実力だけでない要素(漁協のマネジメント)も左右するのではないか。
さらにブロックにどんな川が入るかというくじ運も勝敗を左右する。
もっといえば審査員の舌(アユ経験)は確かか?という論点もある。

いつもの悪い癖で前置きが長くなりすぎた。
言いたかったのはこの画。
DSCF9328-1.jpg

一日中同じ場所で友釣りをしている釣り人、
周囲には誰もいない。
ただ水に浮かぶ雲を感じ流れに同化しているとしかいいようがない。
桃源郷に遊ぶ釣り人の心地が伝わってきた。
(フジX-T30+XF35mmF1.4 )

posted by 平井 吉信 at 21:28| Comment(0) | 山、川、海、山野草

祖谷川と吉野川の合流点 ときめきの祖谷口


かつてボンネットバスが祖谷地方と池田を結んでいた頃
祖谷口から西祖谷山村、東祖谷山村へ向かうのが表玄関だった。
いまは大歩危から広い道が抜けているが
祖谷川に沿って蛇行する道をボンネットバスが軒先すれすれに走っていたのではと想像する。

吉野川と祖谷川との合流には何かときめきがあるのではないか。
そう思う人のために合流点を見てきた。

祖谷口に架かる橋(祖谷口橋)
DSFT2548-1.jpg

祖谷川を祖谷口から覗く
D7N_6451.jpg

橋から見る上流。左上の山の斜面には川崎地区の集落が山の上のほうまで点在してある。良い眺めの家々に住んでいるとどんな気持ちだろう。
DSFT2556-1.jpg

左の吉野川と右の祖谷川の合流点。ときめきを感じたらあなたも川オタク
DSFT2560-1.jpg

橋の上流は吉野川らしくない蛇行。でも川としては美しい姿態
DSCF8415-1.jpg+

D7N_6457_1.jpg

ニコンの望遠レンズでいつもの大歩危小歩危もおさらい。
D7N_6463_1.jpg

D7N_6466_1.jpg

D7N_6473_1.jpg

D7N_6482_1-1.jpg

ほんとうの良さはきっとあの山上の集落を訪れてみないとわからないかもしれない。
ひなびた風情の祖谷口駅も見ておいたら?
(「村の写真集」「ロケ地」で検索してみたら?)
posted by 平井 吉信 at 10:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月20日

穴吹川の土木資産 土場の立堰という湾曲斜め堰


近頃はダムが好きでダムめぐりをする人たちがいるという。
(ぼくはダムはあまり見る気がしない。水と物質の循環を遮断する川の墓場のように見えるから。ただしそれをつくる人々の苦労に思いを馳せている)

そこで穴吹川にあるのが穴吹の中心市街地の上手にある「土場の立堰」(どばのたつぜき)。
まずはGoogleマップの衛星写真から。
https://www.google.com/maps/@34.041418,134.1660142,836m/data=!3m1!1e3

堰というと、川をせき止めて水位を上げて分流(用水など)するのが目的だが
この堰は用水への分流は細い流れがあるだけで
これだけの堰が利水のためだけにあるとは考えにくい。

何より目を引くのが川に対して直角に置かれておらず
むしろ川の流れを邪魔しないように縦に長く置かれている。
それも川の流れに逆らわず併走するかのようだ。
吉野川の第十堰は斜め堰の親分のような存在だが
洪水時に上流のせき上げを少なくすること、
水の抵抗を分散するため堰が破損しにくくなることなどが利点。
(斜めに置くと同じ水量=水圧をより分散して受けられるので破損しにくくなる)
ところがこれだけ縦に長く、しかも中央がやや曲がっている堰は見たことがない。
(湾曲斜め堰という)
これが観光資源にならないのが不思議なぐらい。

クルマは近くには停められないが、下流には広い場所があってそこに停められる。
穴吹川下流のこの辺りは夏には海水浴みたいに混み合う場所なので。
そこから歩いてもほんの数分。川を眺めながら近づいていく。
DSCF9116-1.jpg

DSCF9113-1.jpg

DSCF9110.jpg

夕方に再び堰に近づいた
DSFT8270-1.jpg

魚道は遡上しやすそうだ。魚道はここ(最下流)と最上流の2箇所にある。
強い流れを感じた遡上者は下流側から登り、
川の流れをたどっていく遡上者は上流の魚道から上る。
水量によってはすべてが遡上可能である。
DSCF9195-1.jpg

DSCF9215-1.jpg

堰直下流から見上げる
DSFT8300-1.jpg

斜め堰は水利&水理で有利な点があるが
弱点は直下流の水が当たる岸辺の洗掘という現象。
堤防の根が掘れていくので大水時に堤防決壊の怖れがあるという。
しかし大水のときは堰体で直角に曲げられずにまっすぐ進むはず。
それにこの堰を見ると堰で曲げられた水が当たる岸辺がほとんど掘れていない。
堰のもっとも上流部には階段状の水路があって
この水が岸に当たる流れを妨げることで洗掘を防いでいるのではと推察。
やはり先人の知恵である。

ところで那賀川中流の吉井大西堰(十八女堰)はどうだろう? 湾曲斜め堰といえるのか?
DSC_1365-1.jpg

近代治水は山に降った雨を一刻も早く海に流すために直線化されてきた。
しかしこのことはピーク時の水量が高くなることで
一気に水が出て堤防決壊の怖れが高まるという副作用がある。

むしろあふれることを前提にしながら
棚田や遊水地などで水を遊ばせて時間軸で洪水を吸収しつつ
都市政策として人が住まないようにエリア設定を行う、
災害が起こったときの訓練を行う、
被害が生じたときは保険で補償するなど
ソフトな治水で総合的に対応していく時代になっている。
そんな時代だからこそ持続可能な治水を近代治水以前に学ぶことが必要。
高知県の方は野中兼山の残した資産があちこちにあるので楽しみ。
松田川の河戸堰のように可動堰に置き換えられる前に。

SDGsなどというまえに
縄文時代の持続可能な社会のあり方や
伝統工法による治水利水のしくみがあることに思いを馳せて未来につなげていきたい。
人と川の関係性の再構築のヒントをこの堰は教えてくれている。
タグ:穴吹川
posted by 平井 吉信 at 18:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月19日

浅くきらめき深く沈む翡翠色 穴吹川


四国一の水質という看板は四国のあちこちの川で呼称されているけれど
BOD(生物化学的酸素要求量)の値を比較しても意味がないというのが実感。
四国の清流ではほとんど0.5ppm程度の値となるが
人間が感じる水質は数字で現れない差を見分ける。

そのなかでも穴吹川の「0.5ppm」はほんものだ。
なにせ西日本第二の高峰、剣山から流れ出して
人口の少ない旧木屋平村を抜けて吉野川に注ぐから。
(過去には豪雨により剣山の北斜面が崩落して谷を大規模に埋没させた大災害を起こしたことがある)

写真をご覧いただくと「色を付けたな」などと思う人もいるかもしれませんが
穴吹川に行かれるときっと感動されるでしょう。
実際にこの色です。
(おそらく緑色片岩の川底がそのように見せているのでしょう)

フジフイルムのデジカメ(X-Trans CMOS第4世代の画像エンジン採用機種)なら
どれでもこんなふうに写ります。
おすすめはX-T30です(X-T2よりも良い画が得られます)。
シャッターのストロークが浅いことから電子シャッターで撮影すればボディ内手ぶれ補正がなくてもAF性能と相まって機構ブレがなく遅い速度でもぶれない。操作性も快適でついつい持ち出してしまう。特に標準レンズXF35mmF1.4 Rとの相性が抜群でこのブログの山野草の写真はほとんどこの組み合わせ。ストロークが深いT2、T3ではこうはいかない)


川の写真なんて退屈と思われるかもしれません。
(実際には退屈でしょう。でも目の前を流れていれば一日眺めても飽きない)
そこで心の目で流れる川を見てください。
DSCF9089.jpg

DSCF9091-1.jpg

DSCF9095-1.jpg

DSCF9097-1.jpg

川にせり出した大きな木陰の上流と下流で若い男女のグループが別々に遊んでいる
嗚呼青い山脈
DSCF9106-1.jpg

DSCF9101.jpg
(ここまでフジX-T30+XF35mmF1.4 R)

DSFT8230-1.jpg

DSFT8234-1.jpg

DSFT8242-1.jpg

DSFT8244-1.jpg

DSFT8249-1.jpg
(ここまでフジX-T2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS)

若い頃、焚き火をしながら真夜中に泳いだことがあったなと思い出した。
あれはこの場所だったかな。

最後にひとこと。
この水の色にはまだわずかに濁りがあります。
(穴吹川の状況が良いときと比べればそう感じます)
あとは自分の目で見てお確かめを。


タグ:穴吹川
posted by 平井 吉信 at 23:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草