2020年08月30日

雲を見ている 夏の雲は歌舞伎役者


ぼくは見ていないが、あるテレビドラマでの「顔芸」が話題になっているようだ。
(ただでさえコロナで疲弊しているのに「見ていて疲れる」という意見もあるようだが)

ぼくは興味がないので見ないけれど
雲が見せる顔芸にはときめいてしまう。

勝浦川橋を通り過ぎようとしたら下流(北東)に沸き立つオレンジの雲。
(このところ「オレンジ」をよく聴いているので)

左折して江田の潜水橋のたもとにクルマを停めて何コマか撮った。
(夕暮れは秒速で駆け抜けていく。写真はすべて江田の潜水橋から)

この小さなオレンジ色の雲に呼び止められたような気がした
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搭乗率が減少して経営が大変な航空会社に思いを馳せる
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この時刻がもっとも朱に染まっていた
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潜水橋と上限の月
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鉄塔ごしに燃える空
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水面も染めて
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小さな水路にわずかな色彩の翳りを落として暮れていく。
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空は人類に「わびろ」などと言わない。
(温暖化を引き起こしたのは人災だが、過去に地球は幾度も高温期を迎えているのも確かだから地球は気にしていないかもしれない。ちょっとあんたら増えすぎたからね、だから…などと)
(フジX-T2+XF18-55mmF2.8-4、フジX-T30+XF35mmF1.4 、XF14mmF2.8 )

ぼくは東も西も北も南も上も下もなく360度に暮れていった
南太平洋ランギロア環礁の夕焼けを忘れない。一期一会だった。
(ひたひたと押し寄せる地球の黎明に写真すら撮ることができない忘我の刹那)
posted by 平井 吉信 at 12:40| Comment(0) | 気象・災害

2020年08月29日

避暑地の赤松川 盛夏に木陰、谷間の静寂


赤松川は心のふるさとのような場所だ。
(このブログでも何度も取り上げている。過去の掲載は下部のタグからたどることができる)

連日の気温が30度を超えているような日々。
自宅にいても涼感は得られないので出かけてみたい。
(汗をかくのがいいんだよ)

支流舞ヶ谷へと進路を取る。舞ヶ谷にかかる橋。
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舞ヶ谷の合流点付近の赤松川の屈曲地形がおもしろい。川を横切るように断層(堰のように見える)があるよね。ブラタモリで見てもらおう。
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舞ヶ谷バス亭の隣に墓がある。暮らしと公共が密接している
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向原下のバス亭
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待合室から覗く棚田も盛り
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川沿いの棚田も然り
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美しい村のたたずまい(「美しい日本のむら景観百選」のこと)。これだけ見たらもう帰ってもいいかな。
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と思いつつ潜水橋を見に降りていく(徒歩)。
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いいね、などとしないでください
ひとりごとで、いいね
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いつかどこかで見たことがある ここを歩いていたような、と思わせる橋
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きょうの主題は木陰だから
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これだけ見たらもう帰ってもいいかな。
と思いつつさらに上流をめざす。
林道に入り木陰に停めた
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弁当を食べようと準備をしていると足元に虫が這ってきた。
動き方からしてゴキブリだが、家にいるのとは種類が違う。
調べてみると豊かな森に生息するというオオゴキブリのようだ。
遭遇できてよかった。
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そのオオゴキブリから1メートル離れた樹木の葉に見慣れぬ蝶がいる。
(帰宅してわかったのだがスミナガシという森に棲む蝶のようだ)。
昆虫には詳しくないけれどうれしい出会い。
(ぼくはホモ・サピエンス・サピエンスですと自己紹介)。
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これだけ見たらもう帰ってもいいかな、思ったけれど
スミナガシが飛び立ったあと
枝をかき分けて谷へと降りていく。
ここは赤松川源流域。
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誰もいない谷間で静かな時間が流れていく。
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これだけ見たらもう帰ってもいいかな。

posted by 平井 吉信 at 12:52| Comment(0) | 山、川、海、山野草

大潮の白浜海岸(高知県東洋町) 入江に満ちて水底庭園あらわる


県境を越えると白浜海岸。
遠浅の海岸で高知を代表する海水浴場と思う。
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この日は干潮(それもかなり引いている)
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巨大な浮き施設があるが誰も使っていない(感染症対策で使用禁止となっているのだろう)
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浜の南端には天然の川がつくりだす入り江がある。
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同じ日、潮が満ちてくると違った表情に見える。
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海底散歩をしてみたくなるような。
posted by 平井 吉信 at 11:46| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ひと夏の小歩危峡 


仕事で前を通りかかったらやはり立ち止まってしまう。
吉野川の大歩危小歩危の横谷地形。
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四国山地を雄々しく縦断していく吉野川の表情は瀞場と激流を繰り返す。
なかでも小歩危峡は白眉だ。
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険しくもしずしずと流れていくのだ。
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posted by 平井 吉信 at 11:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

穴吹川を見ながら弁当


このところ弁当を持参することが増えている。
(4月以後、外食したのはほんの数回で残りは弁当持参ということになる)

訪問先の近くの涼しいところにクルマを止めて
弁当を広げる。
5分搗きの米と自作梅干しを基本に適当に詰めたもの。
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目の前の河原では思い思いにときを過ごしている。
過ぎゆく夏を惜しむかのように。
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膝の上に置くトレイを探してみよう。
(セリア、無印、ニトリなどの木製・木目以外のプラスチック製が候補)



追記

外食で飲食店を応援したいのだが感染症対策を万全にしているところが見当たらなくて…。
(やっておられるのかもしれないが、どんな対策を施されているのか店頭や公式Webサイトでアピールされていない)

そんななかで道の駅貞光のゆうゆう館はWebサイトに対策が施されている。
https://www.tsurugi-eetoko.com/blank-14

飲食場所の前面は大きく開放されており
強力な換気扇で排気をしている。
お客様が席を立つごとにスタッフがアルコール消毒を行っている。
対向する座席はなく、座席の間隔は離して配置している。
席数を減らしたことでお客様にお待ちいただく時間は長くなるが
マスクをはずす食事中は安心できる店としておすすめ。
(換気の強化に向けてはさらなる対策をお考えのようだ)。
直売所の換気も強力だ。

タグ:弁当 穴吹川
posted by 平井 吉信 at 11:12| Comment(0) | 生きる

2020年08月28日

重要文化財 田中家を見よ。想定外という言葉は要らない


吉野川の度重なる氾濫は決して害だけをもたらしたわけではない。
洪水のお陰で肥沃な土が運ばれ、
それが農作物にいい結果をもたらすことがあった。

かつての阿波藩は名産の藍染の原料となる藍の作付けを奨励していた。
石井町にはその名残りの藍屋敷田中家がある。
洪水常習地帯に建てられたこの家の石垣は高さ2メートルにも及ぶ。
川に面した方角には屋敷を守るために木が植えられ、
納屋の軒下には小舟が吊るされている。
屋根に届くような大水の時には、
母屋の茅葺き屋根を切り離して船として使うという。
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田中家は究極の洪水対策を備え、水利と肥沃な土を求めて川から離れなかった。
建築されて数百年、実際にノアの方舟のような大洪水はなかったが、
数百年起こらなかった希有の自然現象に対して、
畏敬の念とたくましい想像力を持って暮らした人々の心が伝わってくる。
タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 23:11| Comment(0) | 山、川、海、山野草

第十の堰 268年


二六〇年余りにわたって吉野川に溶け込んだ構造物がある。
第十の堰である。
当時の第十村にあったことからこう呼ばれる。

この堰は農業用水確保のため、江戸時代中期に作られたものである。
石積みの景観は周囲に溶け込んでいて、付近は魚介類や野鳥の宝庫である。
往時は青石を積んだ堰の上を水が越えていき、
その流れに乗ってアユやウナギがたくさん上っていった。

阿波十二景の一つ「激流第十の堰」と記された昔の絵はがきには、
満々と水をたたえた川面に白帆を立てた川船と、
堰の南岸の浅瀬に仕掛けられたヤナが澄んだ水底の石ころとともに映し出されている。

「ここに立ったら、気持ちがすうっとするわ…」
人々は土手の上から、広々とした風景を眺めていた。
堰は、子どもたちの恰好の水遊びの場所であり、
仕事が終わった大人たちは夕涼みがてら四方山話を咲かせたという。

石積みの柔構造のため、大水が来れば補修は必要だっただろうが、
地域の人々の手によって二六〇年にわたって維持されてきた。
しかしそのために、上流と下流の水の循環、物質の循環、
生態系のつながりが妨げられることなく自然に溶け込んだと考えられる。
維持管理に地域の人々がかかわることで川との密接な結びつきが生まれ
川を知ることにつながった。
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2020年夏の第十堰、人影はなく、ただ夏草が生い茂る。
あの人はどう思うだろう?

posted by 平井 吉信 at 23:05| Comment(0) | 山、川、海、山野草

春先の北極圏で気温38度、気温54度の夏。雲は黙々と語る 地球の新たな局面を


「ロシア・シベリアのサハ共和国ベルホヤンスクで20日、気温が摂氏38度に達し、北極圏での過去最高気温を記録したとみられる」との記事を見た。
2020年6月のことである。

「米カリフォルニア州の国立公園デスバレーで16日午後、気温54・4度(カ氏130度)を記録した」とある。12日前のこと。肺を火傷するのではと怖れるような高温である。
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地球温暖化は歩みを早めている。
地球の気象が新たな局面に入ったことを感じる。
感染症の背景には、熱帯雨林の破壊(人類の進出)と
化石燃料の消費過多による温暖化があることを忘れてはならない。
posted by 平井 吉信 at 22:56| Comment(0) | 気象・災害

鮎喰川の小さな潜水橋のたもと 過ぎゆく夏を惜しむ人々


徳島市南部を経由して県西部へ行くのにこのルートを使う。
たまたま1週間に数回県西部へ行く機会があり、
通りかかるたびに気になっている。
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暑すぎると人がいないこともあるが
夏休みも終盤に近づいて学生や若者、家族連れが水遊びをしているのをよく見かける。

昼間は潜水橋の下の木陰で川面を渡る風に吹かれる人もいる。
(それにしても家でエアコンに浸るよりはずっと暑いだろう。河原の石だって焼けている)
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それでもわかる。
家でいるのとここで風に吹かれるのでは違うのだ。
2020年晩夏のこと。

posted by 平井 吉信 at 22:33| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年08月23日

真夏の夜のオレンジ〜Caroline Shaw: Orange / キャロライン・ショウ:オレンジ アタッカ四重奏団〜


夏の暑い日々も少しずつ秋の気配が感じられるこの頃、
そんな時節にとてもおいしい音楽を見つけた。
(梅干しの次はオレンジ)。

楽曲や演奏者の解説は以下のWebサイトをご覧いただくとして。
https://wmg.jp/attacca-quartet/discography/20725/

https://www.npr.org/sections/deceptivecadence/2019/04/19/700361912/caroline-shaws-love-letter-to-the-string-quartet


バレンシアオレンジはアメリカのスーパーマーケットでどこにでも売られているありふれた果実。
そのオレンジから受けた霊感を
冷涼かつ温もりのある陰翳、精緻な造形で描いた音楽(といっても伝わらない)。

弦楽四重奏曲はハイドンやベートーヴェンの古典から
近代ではバルトークやショスタコーヴィチの名作が知られる。
この音楽も古典の造形や構造は採り入れているが、
新たな価値(心象)を再現するのに成功している。
といっても作者のひとりよがりの実験音楽の印象はない。
音が空間に鳴り出すとわくわくする感じ。
(千利休の一期一会という言葉がこの音楽との出会いそのもの)

強いていえばラヴェルの弦楽四重奏曲を自由に解き放ち、時間と空間に拡散させながら
音楽そのものはあくまで人間に寄り添っている風情。
現代に活きる作曲家が自由に魂を羽ばたかせて
そこに漂う人肌の温もりとオレンジの酸味が飛び交う刹那が交錯し
弦楽がピッチカートや和声を織り交ぜて空間に積み重なっていく現象を
現実に受け容れて音空間に浸る歓びは何物にも代えがたい。

晩年のベートーヴェンがもっとも力を入れたのは弦楽四重奏曲で
彼がこの世を去るまで描かれている。
ときに一筆書きのように融通無碍で
馥郁とした音楽の香りが立ちのぼるが
それとともに作曲家の魂に触れる親密さ。
そしてどこか遠くへ連れ去られる。
(バルトークやショスタコーヴィチも同様だろう)

作曲者のキャロライン・ショウも純粋な音楽の表現として弦楽四重奏が最適と考えたという。
そして自らが呼びかけて結成したアタッカ四重奏団が彫りの深い演奏で応える。
(2003年、ジュリアード音楽院の学生により結成されたもの)

音楽とは形式や構造を持っていて、そこに和声、リズム、テンポがあり
楽器を出し入れしつつそれぞれの絵の具を足したり引いたりしつつ
空間に並ぶ音の粒子の千変万化諸行無常に浸るもの。

紙ジャケットのデザインは秀逸。二つ折りの最初の袋には作者からの楽曲に寄せるメッセージが書かれている。2枚目の袋にはオレンジ色のCD。
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オレンジの持つ酸っぱさ、明るい存在感、親しみやすさ…。
オレンジを素材として自らの世界観を庭になぞらえて
幸福な音の編み物に仕上げた。心に清涼感をもたらす音楽の風鈴が夏の夜に凛と鳴る。

換気の行き届いたカフェで聴きたい音楽はこれかな(コロナ禍の贈り物として)。
真夏の夜に聴いているただいまが愛おしい。


Caroline Shaw: Orange / キャロライン・ショウ:オレンジ【輸入盤】

視聴はYouTubeでできる(アタッカ四重奏団公式アカウント)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=206&v=tQPY89YQmJQ&feature=emb_logo
https://www.youtube.com/watch?v=zgQnjRwsFNc&list=OLAK5uy_m3o5c-TkpHRhQN1T8d3AOmvGpWAeDMPlE&index=2

2020年グラミー賞(最優秀室内楽・小編成アンサンブル・パフォーマンス賞)受賞を記念してピクチャーアナログLPを限定発売! レコード盤がオレンジ色?
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https://www.youtube.com/watch?v=64ozoqUKZ9c
(↑キャロラインとアタッカ四重奏団の遊び心が伝わる場面)

追記
録音も最上級。
眼前でアタッカ四重奏団のメンバーが演奏しているよう。
技術者もよい仕事をしたね。

みかん食べたくなってきた。
posted by 平井 吉信 at 11:26| Comment(0) | 音楽