2020年06月27日

悠久の時間に浸る杉香庵 中国茶(白茶)を神山で味わう


神山町の梅の里、阿川地区。
集落の中心には二宮八幡神社がある。
小径を隔てて隣接する古民家に中国茶の喫茶(試飲)ができる場所がある。
地元で山茶(自生茶)を管理しながら白茶を生産されている方がいらっしゃるというので
お話を伺いに訪れた。

石田祐史さんは徳島市のご出身であるが事業の機会を求めて中国大陸に渡り
香港と深センで日本の茶道具を販売しながら中国茶の魅力にも触れてこられたという。
現地の政情不安もあって日本に戻るときに神山町を紹介され、阿川地区の古民家を見て移住された。
神山町内には生産者の高齢化で放置された山茶の自生地も少なくない。
石田さんは自ら茶葉を生産しつつ中国茶の製造に取り組まれようとしている。

中国では同じ茶葉から製法によって6種類がつくられ、色に例えて呼称される。
緑茶(無発酵)→白茶・黄茶→青茶(ウーロン茶など)→黒茶(プ−アル茶など)→紅茶(完全発酵)となる。
これらは非発酵、微発酵、前発酵、後発酵と発酵によっても分けることができる。
阿波晩茶は乳酸菌の作用による後発酵で中国では黒茶に分類されるもの。腸の健康に良い成分が豊富とされる。
医食同源の思想を持つ中国では茶は飲料であり薬でもある。
特に消化器系を利するといわれているため、冷たい茶は飲まない。

三国志の時代の燭の国(いまの四川省成都)では喫茶の文化があったと伝えられる。
(卑弥呼よりやや前の時代である。赤壁の戦いや諸葛亮孔明が卑弥呼より古いなんて)
中国は世界の茶のルーツとなっているが、
なかでも西南地方の原住民ではないかといわれている。
茶には鉄分やタンニン、カフェイン、ポリフェノールなどが含まれ
飲むことで神経を高ぶらせたり静めたりする作用が知られていたのではないか。
唐代の茶の研究家陸羽が著した「茶経」はその原点とされる。

石田さんが取り組む中国茶のなかで力を入れているのは白茶(微発酵)である。
白茶は揉まないことが特徴で茶葉はそのかたちを残している。
茶葉を自然に発酵させたあと天日乾燥されている。
今年できたばかりの白茶茶葉を分けていただいたので
さっそく飲んでみた。
抽出はガラス製の紅茶ポットで緑茶と比べてやや高めの湯温で抽出している。
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茶とは風土の凝縮であり、それをつくる人の思いであり
湯によってそれらがじわじわと溶け出して風味をつくりだしている。
石田さんの白茶はダージリン紅茶で鼻に抜けるあの茶葉の生っぽい香りと
口に含めばやさしい味わいが感じられる。
(ほのかな甘み、というよりはさらに包み込む余韻のような甘み。これが白茶なのかと…)

阿川地区は神山町でも梅の里として知られ
由緒ある古民家や蜂須賀家の別荘などがあった場所でもある。
集落の中心には小学校の跡地と二宮八幡神社がある。

石田さんの杉香庵(さんこうあん)は二宮八幡神社に隣接する場所で
道から少し入った閑静な場所にある。
杉香庵は古民家を改修して喫茶(試飲)のできる店舗と製茶場がある。
その場所は山懐に溶け込むように山茶の自生地に囲まれてある。
軽自動車がやっと通れる路を上がっていくと見えてくる。
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近づいていくと石田さんの世界観が現れる
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門をくぐる頃にはすでにこの地の雰囲気に浸っている感じ
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試飲と販売の場となっている場所。
石田さんが現地で目利きをしてきた中国茶を、
ご説明を受けながら試飲ができるかもしれない。
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年代ものの黒茶をいただく。
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場合によっては百年に達するものもあるという。
カビを取り除き最初の数煎は湯を捨てる。
十煎を越えてもなお風味が濃厚で
枯れていくにつれて強い風味の陰に隠れていたやさしい甘みが顔を出す。
机が濡れているのは専用の茶卓でここにこぼすため。
(年月の経過で茶渋で色が変わっていくのが味わい)
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蜜柑の皮を干したものを漢方薬では陳皮という。
陳皮で茶を立てる人はいるが、蜜柑の中をくり抜いて茶葉を入れておくことで柑橘の香りが愉しめる。
これを小青柑(シャオピンカン)という。神山の柑橘を使ってつくられる。
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山紫水明の印象をかたちにするのが逆流香。
通常の香は煙が上に上がっていくのに対し、下方に沈んでいく。
そのさまを滝や雲海に見立てることがある。
そのときに使う道具を香炉という。
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これを見ながら茶をすすってみたらどんな気分だろう。
神山は杉の産地でもあるが
地元産の杉を粉砕して固めた逆流香(写真でどんぐりのようなかたちのもの)は石田さんの手作りによるもの。
杉の粉末を固めただけで薬品は使っておらず、香りを愛でながら地域資源の有効活用にもなっている。

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ここにいると四季折々の野鳥が声を立てる。
庭から風が入り込んで草の匂いを漂わせる。
目を閉じて茶をすする。
幸福の定義が身体に吸い込まれていく。

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石田さんは日本の茶道具の骨董を集めておられる。
また、畳2枚ほどもある見事な山水画も拝見。
中国茶に関心のある方はご訪問されてみては?

杉香庵
神山町阿野地ノ平143-1(二宮八幡神社隣)
月曜定休
090-6487-3478
(石田さんは製茶などの作業をされていることがあるので行かれる際はお電話で石田さんのご都合をお確かめください)

神山町阿川の里については以前に訪問したブログをご覧ください。
→ 阿川梅の里 神山 梅がほころび桃源郷のきざし

posted by 平井 吉信 at 11:33| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

四国の茶の世界


急傾斜地で籠を手に女たちが斜面を移動する中国の里山、
その背後では薄墨で描かれた峨々たる山峡に霧立ちこめる。
そんな印象のある中国茶の世界。

自宅では日本茶は十種類ぐらいを常備している。
食事の茶といっても、煮物を食べる茶とさしみを食べる茶、茶漬けの茶は違う、
もしくはそのときに身体(心)が欲するもの、ということになろう。
菓子といっても干菓子と合わせる茶、羊羹と合わせる、団子と合わせる、フレーバーチョコと合わせる茶とショコラと合わせるのでは茶も違うだろう。
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日本の茶のなかで気に入っているのは四国の茶である。
まずは相生の晩茶。
これは生まれたときから飲んでいるので食事のときの儀式のようなもの。
生産者で風味が違うし年によって、また季節の最初と終わりでも違う。
上勝の晩茶も同様だ。

菓子と合わせるとき、茶がゆをつくるとき、茶飯を炊くときには
りぐり山茶(高知県いの町の仁淀川支流の山域でつくる)を使う。
これは山茶(自生している茶)を使うもので
この地域では釜煎り茶が常用茶である。
そのなかでもりぐり山茶(国友農園)の世界観は日常のなかのハレを感じさせるもの。

吉野川上流の大歩危小歩危の支流で採れるのは大歩危茶(曲風園)。
まろやかな風味が特徴。標高が高いのと茶畑が小規模分散しているので
おそらく農薬は使わない。
ここの茶は茶に無理をさせず自然ににじみ出る旨味のやさしさ、水の如しの茶。
茶の存在を消しながら茶の魅力を訴求する。
生産量が限られているので道の駅ラピス大歩危でないと入手できない。

同じ山域でも愛媛県(旧新宮村)に入ると別の吉野川支流の山域で茶葉(藪北)を生産する。
なかでも脇製茶場は茶の風味を凝縮し香り立つもので大歩危茶とは性格が異なる。
静岡の茶が南国の山間部でつくられたらこんな茶になるのでは。

徳島の最南端には寒茶がある。
わざわざ一年でもっとも寒い時季に摘む茶でつくる。
普段のみの茶であるが、これをやさしい味わいの茶に変えた人がいる。
→ 冬に摘む南国のお茶の世界がほのぼのと。宍喰の寒茶物語
→ かけがえのないこと 宍喰の寒茶のある暮らし そして甘みと旨味が溶け込んだ「寒茶物語」

吉野川流域(支流)、仁淀川流域(支流)、四万十川上流域、那賀川、勝浦川流域など良質の川に面した斜面で育つのが四国茶の特徴である。

食卓には四国産だけでなく、知覧茶、八女茶、出雲茶など西日本の茶がずらりと並ぶ。
淹れ立ての茶を香りとともにすするとき、単なる水分の補給ではない心の癒しを感じる。

→ 四国は茶所 緑茶、番茶(乳酸発酵)、釜入り茶。太平洋高気圧で梅を干す


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posted by 平井 吉信 at 11:18| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年06月21日

池をまわる生態系オアシス 海老ヶ池(海陽町海南地区)


池の周辺を見ながら鳥などの生態系を眺めつつ
ときには渚に足を伸ばす散策路があるとしたら
それは海老ヶ池。

池をぐるりと歩くと1時間弱だが
生態系を感じつつ道草をすると2時間以上。
この日はそんな散策。

池に行く前に近くの大里松原を歩くとムラサキカタバミの群落がある。
しかも日陰に群生しているので日焼けせず色が濃い。
(フジの標準レンズで正方形構図が見えた)
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防風林のなかのユキノシタ
小人の闊歩する世界のよう
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松林のなかのエアポケットのような花
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海老ヶ池は野鳥の観測施設が点在する
そこから写真を撮るとパノラマのように錯覚する
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車も通るが歩いている人のほうが多い
散策コースとして地元で日課にしている人が多いのだろう
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地図を見ると外海に出られる踏み跡があるようだ
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竹藪の踏み跡をたどっていく
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やがて前方が開けてくる
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崩れそうな崖を右手に盆地状に渚がある
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渚から来た方角を振り返って背後の林の向こうに池がある
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触れるとすぐに崩れるもろい岩が点在する
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波打ち際の海藻とヤドカリ
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再び池へ戻る
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湿地の生態系は濃厚
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海老ヶ池は西端の一部が海とつながる水路で結ばれている
だから塩湖である
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南国の海の近くの周遊コースとして海老ヶ池がある。
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posted by 平井 吉信 at 22:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年06月20日

近づけばツクシイバラ 


西日本では数少ない自生地に5月下旬に訪れたら咲いていた。
野生のイバラとは思えない、たおやかな姿態とあでやかな色彩、
それでいて園芸種にはない野性味に香りをまとったような。
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しずしずと、といいたいところだが、あっけらかんと。
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posted by 平井 吉信 at 22:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ツツジの散策 旭ヶ丸と大川原高原


このところブログ時差が大きくなっている。
一ヶ月が経過してのブログ掲載となっていることをご容赦を。

佐那河内村と上勝町境に横たわる大川原高原、
そのなだらかなピーク(旭ヶ丸山頂)には展望はないけれど低木の明るい森の散策がいい。
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本日、アポなしの訪問セールスが来たが、マスクを着用していなかった。
会社名は記さないが、これではいけない。
新型コロナウイルス感染症対策は決して緩めてはならない。
それが当たり前の生活として持続的な捉え方をしていこう。

それはそれとして、森は心の疲れを癒す場所。
無心に会話しようとしている心を
森の気配に五感を研ぎ澄まし心を置いてみる。

低灌木の森の木洩れ日をたどる
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落とし物はヤマツツジの花
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見上げるといまが盛りの花がある
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このとき森にあるものは一期一会 
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ギンリョウソウを見たことがありますか
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やがて新緑がいくえにも緑の階調を散りばめる初夏がやってくる。
それは棚田を飛び交うトンボであったり雲の陰を落とす草原であったり。
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夏を受け容れるように
人の生き方もそのとき出遭うことを受け容れていけばいい。

posted by 平井 吉信 at 13:28| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年06月14日

小雨のとくしま植物園 梅雨入りしても訪れる人は絶えない


小雨なら濡れていこう、などと若いときは強がってもみるが
カメラを持っていることもあって傘を差して上がっていく

花壇には紫色の花(園芸種はわからない)
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今度は紅白混じって咲く花
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これは植栽ではなく自生だろう、ランの仲間でネジバナ
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少し前まではナガバノタチツボスミレが咲いていた小径を
紫陽花やらねむの木やらを眺めながら動物園を見下ろすところまで上がってきた。
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この日は湿度が高く汗ばんでしまう。
でもそれがいいのだ。
部屋に籠もっていると理屈っぽくなったり
人の感情の機微がわからなくなったり。
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コロナ禍でやりにくくなったことがあるとすれば
意思疎通がぎくしゃくする場面に出くわすこと。
(本人は気付いていないのだろう)
心の健康は自分がつくりだせるもの。
リセットする方法も無限にある。
posted by 平井 吉信 at 22:34| Comment(0) | 山、川、海、山野草

自然がつくりだした滝のある庭園 海部川の王餘魚谷(かれいだに)轟の滝と九十九滝

 
海部川本流を遡ること40分、
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さらに支流の王餘魚谷(かれいだに)を10分遡ると終点。
車を停めて5分歩くと轟(とどろき)神社。

海部川上流は日本有数の多雨地域。
https://www.hrr.mlit.go.jp/river/dosya/sdk_hp/tokusei/bunpu1.html

上掲の国土交通省の雨量分布では四国東南部と紀伊半島南部が
年降水量4000mmを越えていることがわかる。

海部川上流域は林業が盛んである。そして本流支流ともダムがない。
保水力に裏打ちされた森から流れるミネラル豊富な水が遊ぶところ。
小さな沢でも水量は一年中多く南国の川特有のたたずまいにひかれる。

神社へ向かって橋を渡るとユキノシタの群生
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轟神社への階段
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ガラス戸ごしに御輿を眺める。これが滝壺に飛び込んでいくのだろう。
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龍神や不動明王と思われる石像。その向こうに轟の滝(本滝)がある。
ここは轟九十九滝と呼ばれる一帯である。
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轟の滝が近づくと水量の多さゆえの飛沫でたちまち濡れてしまう。
カメラは防塵防滴のフジX-T2だが
レンズはそうではないので長居はできない。
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写真ではわかりにくいが、滝は断層崖の割れ目からのぞいている。
高さは66メートルで四国一である。
滝の全容は崖の向こう、すなわち滝壺へ入っていかない限り見ることはできない。
身体を清めた氏子たちによる例祭以外は近づくことはできない。
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下流へ戻って右岸に渡る橋からと沢沿いに長い階段がある。
勾配は急でしかも階段が小さいので大きな靴ならひっかけてしまうだろう。
ここでひるむ人も多いと思うが、じっと我慢で一歩一歩確実に歩みを進めよう。
(登りはなんでもないが、怖いのは下り。小雨のときはやめておこう)

急な階段が終わると二重滝がある。
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二重滝の下流から轟の滝(本滝)へ落ちていく一筋の流れが見える。
足元が滑りそうで近づけない。
滝壺へ落ちるとまず助からない。安全な場所から落口を眺める程度で。
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二重滝
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階段が終わると多少の登りはあるが快適な散策路が沢沿いに続く。
しかもこの水系には砂防ダムが一箇所もない。砂防ダムが一箇所もない。砂防ダムが一箇所もない…。
景勝地の渓谷でも砂防ダムがあることがほとんど。しかし王餘魚谷にはないのだ。
このことが王餘魚谷の価値をいっそう高めている。
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雨期でもないのに湿潤な渓谷の空気感
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二重滝の次は横見滝
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沢沿いの散策路の快適なこと
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船滝は深い瀞場に豪快に水が滑り込む
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船滝から連続するように落差の大きな丸淵滝と続く
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鳥返滝には滝壺と河原がセットされ、その窪地を取り囲む岸壁がある
ここは桃源郷?と思わせる場所はここ
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展望が開ける場所があるが沢ははるか下を流れる。ここで尾根を見て現在位置を同定する
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鍋割滝が現れる。そのすぐ上手に鍋割神社。
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ここより上流に滝はないと書かれている。
(滝はないとの表示で引き返さずそのまま進むと)
鍋割神社のすぐ上流に日本庭園のような流れがある。
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まだまだ上流へと辿りたいのだが、すでに夕刻が迫っている。
小さな河原と河畔林、開けた地形はこれが源流域とは思えない。
(砂防ダムの直上流のような地形だが自然地形である)
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本滝は時間によっては虹がかかるといわれているが、今回は曇り気味の天候であったため見られなかった。
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雨の日は足元が滑って危険なので進めないが、おだやかな天候であれば
九十九滝はその散策の愉しさと相まって2〜3時間の極上の散策を過ごすことができる。

動画で見ると水量の多さがより感じられるはず




この沢を見れば雨の多い広葉樹の森をダムを持たず流れる海部川ミネラルヒーリングが身体で感じられる。
「海部川ミネラルヒーリング」は1999年の「南阿波海部の新しい波〜エコツーリズムによる地域づくり」(国会国立図書館の蔵書)で提唱したもの。「ミネラル」のキーワードが四国東南部の観光のみならず産業振興や暮らしの営みそのものであることを書いた。






posted by 平井 吉信 at 22:23| Comment(0) | 山、川、海、山野草