2020年04月29日

阿南市加茂谷地区は移住者の隠れた魅力の地 起業の場所


次郎笈、高の瀬峡を経て流れる北川(那賀川本流)と
海部山系から流れる幾つもの谷が集まる南川、
さらには剣山の南斜面から流れる槍戸川(坂州木頭川)が合流して那賀川となる。
全国有数の雨が多い地域から豊富な水量を集めて海に向けて流れ出した急流は
阿南市に入ると中流の様相となる。
かつては阿南市のなかでも陸の孤島とも呼ばれた地域であるが
いまは移住者がこの地で次々と起業されている。

人気のカフェ ボスコベルさん、
土手の下にある和み工房しげぱんさん、
(しげぱんさんはホンモノ志向の良質のパンをつくられている。端正で温もりのある前庭があるが、この庭はうちの親戚筋の人が施工したらしいということもわかった)
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開業したばかりのイタリアンのリストランテ岡本さんも那賀川沿いの場所に立地している。
ここから少し下流の岩脇地区で1年後でないと予約が取れないフレンチレストランのLOUPを経営している佐竹さんも加茂谷のご出身と聞いたことがある。
つまりは自然環境の豊かな大河の畔で
食生活の本質を見つめつつ生きている人たちの楽園となっている。

また、以前に紹介した縄文時代の遺構加茂宮ノ前遺跡や太龍寺に続く遍路道「かも道」も近くにある。

きょうはそんななかで知られざる名瀑「午尾の滝」へ行ってみた。
場所はリストランテ岡本さんから少々上流を山手に入ったところにある。

滝は深瀬八幡神社の境内からすぐ奥にある。
神社までは急な細い坂道で慣れない人は気を付けて。
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滝は上部の岩から末広がりに落ちてくる。
近い場所からそれを眺められるし水面に降りていくこともできる。
岩肌を滑り落ちて淵をつくる佇まい。
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ここから階段を上がれば新緑のなかに鎮座する深瀬八幡神社。
鬼瓦など細部をみればおもしろい。
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境内にはナガバノタチツボスミレ
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(徳島でのこのスミレはいずれも背が高く立派で見映えがする)

目と鼻の先には川沿いに芝生広場がある。
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東流しようとする那賀川に右岸の城山が立ちはだかって北へと向きを変える。
そのため水が淀む。
そこに支流の熊谷川が城山の南斜面から合流する。
典型的な内水面の氾濫するパターンである。
(上流の加茂谷川との合流点はこれと様相は異なるがやはり内水被害に遭遇する場所である)
写真は南岸堰の堰体
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山が迫る右岸と左岸を最短距離で結ぶ加茂谷潜水橋。
潜水橋とは大水で川に潜る橋のこと。車も通れるが欄干がないのでご注意。
四万十川でおなじみの沈下橋だが、四国にはこのような橋は無数にある。
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対岸には受験の神様、お松権現がある。

紹介した地点はすべてこのなかにある(Google航空写真)
https://www.google.com/maps/@33.9242294,134.5590331,2960m/data=!3m1!1e3

高校の頃、加茂谷の同級生の近藤君の家に自転車で遊びに行ったことがあるが
陸の孤島だなと当時も思ったが
今日ではこの隔絶感(とはいいながら日亜化学から20分程度)は
異なる価値感に立てば、住みやすさ、豊かさはもちろん、
阿南市、小松島市、徳島市南部からも近いので集客の可能な経済圏として
今後脚光を浴びるに違いない。
それが地元中心に起こっているのが他の地区と違う。だから外からの風も入っていける。
(創業をお考えの人は相談してくださいね→無料)

徳島の飲食店経営の方、早々に休業しないでください。
こちらに紹介したお店はリピートする価値がありますよ。
しげぱんさんは、感染症対策を行いつつ営業を続けています。
どれをとっても素材の良さを活かすパンづくりが出色。
カレーパンの本格的な風味はちょっと県内では見られないもの。

県内の飲食店のみなさん、5月は風がさわやかで最適の季節。
どうぞ、感染症予防対策を万全にして営業してください。
そのことを発信してください。

〔参考情報〕
→ コロナ禍の経営危機を乗り切る

→ 飲食店の再開に向けての対策と弁当販売の留意点

→ 飲食店が営業を続ける選択肢を応援したい

posted by 平井 吉信 at 23:32| Comment(0) | 徳島

2020年04月26日

いまだけの色 海部川 海部ブルー(海陽町) 


もしかして一年中でもっとも川が美しい時期かもしれない。
そういえば仁淀ブルーもそうだけど
珪藻の繁殖が活発になる前であって
水量がある程度あることが必要なのだろう。
ここは海部川水底庭園と名付けた場所。
キャンプマットという浮力がほどんどない銀マットに乗って
川底を見ながら下る瀬で信じられない光景を見た浦島太郎の気分。
「川の底にも都はございます」と言いたくなる。
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川は蛇行して流れながら
日が当たる水深は明るく
曲がり角の深みでは碧に沈む。
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それは息を飲むほど精妙な仕掛けのようでもあり。
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ぼくが海部川へ通い始めたのは高校の頃。
自転車に乗ってやってきた。
国道193号線はまだ舗装されていない箇所があったり
対向が難しい酷道といえる道だった。
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それでも道路は川の空間を浸食せず
川は静寂を持っていた。
あの頃の海部川流域はいまより人口は多かったかもしれないが
川相がすばらしく、焚き火を見ながらウイスキーを飲み
視野を横切る流れ星に気づいては薪をくべる。
ときどき真夜中の川へ入ってヘッドランプで照らしてデナガエビやモクズガニを見つける、
という週末を過ごしていた。
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この日は仕事で海部川流域を訪問。
この地でビジネスを始める人のサポートのためにある支流に入っていく。
(ときが来たらお知らせできると思います)

海部川の特徴は河畔林。
広い河原と山が河原に迫り蛇行する光景こそ海部川。
もう説明はいいでしょ。あとは写真で(ほったらかし、すみません)。
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タグ:海部川
posted by 平井 吉信 at 00:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年04月25日

日常にあるのに気付かない景色 北の脇(阿南市)編


北の脇海岸は阿南市民の憩いの場、県南を代表する海水浴場でもある。
高校時代、学校の帰りに何度か立ち寄ったことがある。
(通学路からさらに遠ざかるので滅多には行けないけれど)

午後の遅い時間になってふらりと訪れてみた。
散策する人がまばらにはいるが、これはコロナ禍とは無関係。

車を停めて歩き出すと、
おお、ユキノシタの葉。
天ぷらで食べると何枚でも食べられるのだけれど
もちろん採らない。飽食の時代に貴重な山菜を好奇心で食べる必然はないから。
ツユクサのような植物も見えるが緑一色の壮観。
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葉緑体でできた銀河のよう
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防風林の森を抜けていく。
夏の夕暮れ、マムシを踏みそうになった小径。
(径のまんなかで砂に擬態してじっとしていた)
あれは昨年のこと。
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なんだかヱヴァンゲリヲン風のマメ科の植物
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渚に出た。子どもが波打ち際で遊んでいる。
存分に遊ぶといいよ。
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北の脇は渚と防風林を結ぶ小径がたくさんある。
真夏にはとても入っていけないけれど
いまの季節ならなんとか入れる。
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防風林の小径探検をしていると
出会った小さな花。
点でしか見えないのを近寄ってみた。
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(特殊なカメラとレンズではない。きょうの写真はすべて平凡な標準レンズのみの写真=フジX-T30+XF35mmF1.4 )

これはタチツボスミレ。日本のスミレのなかでもっとも多く見かけるが
どこでも見かける代わりに少しずつ雰囲気が違う。
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ここのは花の色が妙なる感じ。おそらく日陰だからではないか。
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小さなスミレに躍動している存在を感じるのはぼくだけではないだろう

神社がある。
不思議な空間。
宗教が始まる前の自然崇拝のような雰囲気。
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再び渚へと向かう。
樹木のトンネルを抜けるとごちそうがあって食べると豚になるという物語を思い出した。
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浜昼顔の群落
「潮風にちぎれて」というユーミンの曲を思い出した。
(地味だけど好きな曲)
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宇宙人のような植物がある。
よく見て。
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植物体がうねるように(水道の配管のように)
いったん下へ向いて上へ向かい
その先で竿先から釣り糸を出している。
(釣り竿を持った浦島太郎を思い出した)

それがずらりと並ぶ。
日本でもっとも高い標高の小海線野辺山駅で降りて清里駅まで歩いた20代の頃、
一面のキャベツ畑と野辺山宇宙電波観測所を思い出す。

そろそろ太陽の光に翳りがさしてきた
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路傍の草こそ生きていく糧となりそうな気がする。
小学校の頃から植物図鑑と地図をよく見ていた子どもだったが
おとなになってもまるで変わらない。




posted by 平井 吉信 at 23:40| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年04月24日

鬼ヶ岩屋(牟岐町)の散策は早春の歓び


鬼ヶ岩屋―。名前からしていい感じ。
かつて牟岐町が運営していた鬼ヶ岩屋温泉に車を停めた。
この温泉には流れる湯や露天があり、国道から隔絶した静かな立地がよかった。
その頃の入湯料は確か1,500円。掛け流しでない湯としては高い設定だが
その分、人が少なく極上の時間を堪能した。

そういえば宍喰には宍喰温泉があった。
こちらはこじんまりとした風呂で特筆すべき個性はないのだが
眼前に国道55号線越しに大手海岸が見える。
ぶくぶくと泡のなかに浸りながら誰もいないときは「恋するカレン」の鼻歌をうたう。

宍喰温泉の隣にはホテルリビエラししくいの温泉がある。
こちらは檜風呂やミスト風呂などがあって
宍喰温泉とは比べられない広い浴槽があった。
ホテルリビエラししくいに宿泊したことがあるが
すばらしいのは満月の夜。
灯りを消した室内に月の光が差し込め、潮騒を聴きながらたたずむひとときはまるで千一夜物語。
すべての部屋が東に面して海が見えるのが特徴。

ホテルリビエラししくいから水床湾へと進むと水床荘(国民宿舎)があった。
ここのトンカツ定食、さしみ定食を食べながら360度の水平線を眺めていた。

その途中にはプライベートビーチを持つペンションししくいがある。
海を眺めながらテニスをすることも、テラスで潮風に吹かれてコーヒーを飲むこともできる。

とにかく休日に海部郡に来るのはとても楽しみだったことを思い出した。
(あの頃の車はマリンブルーのVWゴルフ。1.8リットルの5速マニュアルでゆったり流すのだ)

鬼ヶ岩屋の全体像はこう。
前半は尾根をまたいでトラバース道を上って鞍部(チョウシノタオ)に出る。
そこから滑りそうな坂を木々につかまりながら登っていく。
なぜ滑るかというと落ち葉と石灰岩質の土砂と急勾配があるからである。
そして頂上からの絶景が待っている(頂上へは最後にハシゴを使って登るが特に危険はない)。

登山口から車道を歩くとほどなくマチュピチュのような場所に出る。
耕作放棄された棚田で五剣山が正面に見える。
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春なのに秋の色をまといつつ春の衣を探している木
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さっそくシハイスミレを見つけた
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常緑の椿と枯れ草の散策にわくわく感
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ここから山道に入る。頂上直下までは迷う箇所はないだろう。
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里山の春の妖精はシハイスミレかもしれない
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炭焼き小屋の跡が散策路脇にある
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歩こう歩こうわたしは元気 歩くの大好きどんどん行こう
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苔を見てジブリを思う人、好きですね
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春を思い萌える緑もあればいつも変わらぬ深い碧もある
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山頂までは特に景観はないけれど樹木のトンネルをくぐる愉しさ
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鞍部(馬の鞍のような地形。いわゆる峠)へ出た
ここから日和佐川上流へと抜けるか、左手の五剣山をめざすか、
それとも落ち葉で滑る坂を登って鬼ヶ岩屋へ行くかはあなたしだい。
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頂上直下の坂は滑りますよ、と何度でもいう(もっともぼくは滑らないけどと嫌みもいう)

見晴らしの良い場所に出たら、ああーと歓声が出た。眼下に見える日和佐川源流域
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シハイスミレたちの天国のような場所、五剣山を見ながら片寄せて暮らしている(擬人化)
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山頂が近づくと大岩巨岩が行く手を阻むがだいじょうぶ。すり抜けるように通っていく。
慣れない人は山頂が近づくと路がわかりにくいかもしれない。
(険しそうなところは無理に通らず少し下に降りて巻く手もある。でも危険はない)
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いよいよ頂上へ。最後はこの大岩をハシゴを使って登る。
商店街の売り出しのようなのんびりとした看板がいいではないか。
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山頂からの景色は見せないほうが楽しみかと思ったけれどサービスサービス
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山頂は断崖絶壁なのでご用心。特に大きな風が吹くこともあるので荷物や人が飛ばされないよう。

また樹木のトンネルを通って帰る。
(周回するルートもあるが、来た道を戻るのが無難だろう)
途中親子4人にすれ違ったのがこの日初めての出会い。
足元を見てだいじょうぶかなと思って「滑りますよ」とひとこと。
(でも頂上までは行けてないだろうな、想像だけど)
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弁当持って来るんだったら誰にも会わないかもしれない。
家のなかばかりでいたら精神がおかしくなるよ。
安全は自分だけでなく誰かを守ること。
万全の対策をして出かけてみたら気が晴れるよ。
(徳島のほんとうの良さは観光地でない場所に心のふるさとのような要素があることをこのブログでお伝えし続けています。コロナだから言ってるんじゃないよ)

※この画像は3月下旬に撮影したものです。
タグ:弁当
posted by 平井 吉信 at 13:13| Comment(0) | 山、川、海、山野草

庭の花 4月中旬編


うちの庭は手入れをしない。
いつのまにか、どこからか植物がやってきて花を咲かせる。
なかにはどこかの花壇から種がとんできた園芸種もある。
人間が助けるのは飲んだあとの緑茶と紅茶の茶葉を毎日散布しているぐらい。
朝の光を浴びて食事の前に庭を見るといい感じ。

白いユリのような花はスイセンアヤメというらしい
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キキョウとノギク、キキョウは6月頃、ノギクは12月頃咲くのだが
同じ場所から競い合っている。
同時に咲くと壮観だけれどそうはいかない。
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園芸種のスミレが地上すれすれに咲いた
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園芸種にうといのでこれがビオラなのかパンジーなのか、どちらでもないのかわからないが
陽光を浴びて背伸びしているその姿を見るだけでいいじゃないか、名前なんて。
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お時間のある方は牧野富太郎博士の植物図鑑などをめくってみるのもいいかもしれない。
カフェで眺めて愉しい 牧野富太郎の植物図鑑(牧野図鑑) その特徴と選び方




posted by 平井 吉信 at 12:24| Comment(0) | 家の庭

2020年04月22日

愛国の花 それは古関裕而の玉手箱 女性の持つ普遍的な強さ そして美しさ


あの頃の政府は国民を駆り立て戦争に向けて暴走した。
その結果は誰も幸福にならなかったばかりか
尊い生命が犠牲になった。
焦土となった国土の回復は奇跡ともいえるが、失った北方領土は戻ることがない。
近隣諸国とのぎくしゃくした関係はどれだけそれぞれの国民の幸福を逸失したことか。
その責任は重大であり、例え何世紀になろうと忘れることはできない。
箴言に耳を傾けず、狭い了見と思いつきで突っ走る内閣。
国粋主義はいかなる正当性もない。

NHKの連続テレビ小説で作曲家の古関裕而が取り上げられている。
甲子園でおなじみのあの楽曲も、NHKの昼時の放送のあのテーマも彼の手によるもの。
古関さんは戦時歌謡も手がけている。
(それが本意であったかどうかはわからないが、若者を戦場に志願させたのも音楽の力であったかもしれないことを後悔されていたのではないだろうか。けれど現地で兵隊が涙を流しながら古関さんの戦時歌謡に耳を傾けていたのも事実)

「愛国の花」は太平洋戦争に突入する前の昭和12年の作品で、
銃後の女性たちに思いを馳せてつくられた。
歌手は渡邊はま子さん(でもぼくはあまり感銘を受けなかった)。
いま聴くと女性はか弱きものと描いているように感じる人もいるだろう。
ときの為政者の意向をに従いながら
作詞家と作曲家の願いは別のところにあったのではないかと思える。
(この曲と古関裕而について予備知識は持たないで書いている)

最初にこの楽曲を知ったのは有山麻衣子さんのソプラノで。
初々しさは誰の心にもほのぼのとあかりを灯すアルバムであった。
ここでは戦時歌謡を純音楽としてうたっている。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177021874.html

YouTube上には本家も含めて
現代の自衛隊の演奏なども聴けるが
ぼくがこの曲に思いを寄せられるようになったのは
藍川由美さんの歌唱である。
(YouTube上には歌い手の名前がクレジットされていない)
https://www.youtube.com/watch?v=_PJcJ-z0JIY

ピアノの静かで簡素な伴奏に乗ってゆったりとしたテンポで歌が響き出す。
声楽家にありがちな声を響かせてよく聴かせようとする作為がないのに
落ち着いたテンポのなかに凛とした空気が張り詰める。
ビブラートや小節に頼らずひたすら自分を信じて
静かに押し出していく声の強さ、それでいてレガートの魅力。
どこまでが藍川由美でどこまでが愛国の花かわからない一体感。

古関裕而特有の音階の高揚感が人を酔わせるのだろうけど
それとは対照的にぐっと力を蓄えつつ落ち着いて徘徊する旋律の魅力がある。
楽曲の構造も軍部に文句を言われない戦争賛美は入れているけれど
ほんとうに作詞家と作曲家が言いたかったのは
最後の旋律にあるのではないだろうか。

2番の歌詞を例に取ると「ゆかしく匂う国の花」のフレーズ。
高揚する音程が終わって
ここでゆかしくの「く」の箇所で次の音符までの間に
藍川さんが音程をずり下げているが
そこに得も言われぬ奥ゆかしさを醸し出す。
(このような歌い方が明確に聞き取れる歌い手は少ない)
藍川さんはアカデミックに楽曲の再現をされる方なので楽譜が求めているのだろう。
(たったひとつのスラーを入れるだけで部分的な旋律の表情、ひいては楽曲の印象が変わってしまう。古関裕志はそれがわかっていた方なんだろうな。そしてそこに大衆の気持ちが入り込む場所をつくりだした)

この曲に女性の持つ生命力、いのちのたゆたいを感じさせる。
細部のニュアンスを忠実に、しかも美しい日本語の発声を添えて
愛国の花という楽曲をいまの時代にメッセージとして届けているようだ。
(ぼくは藍川さんの唱歌や昭和の歌謡を聴いてみたい)

戦時歌謡と言われる楽曲をいまの時代に冷静かつ情感を込めてうたうことで
当時の楽曲の作り手と歌い手、ひいてはそこに共感した国民の感情が見えてくるのではないか。

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(愛国の花に献呈するのはナガバノタチツボスミレ、佐那河内村で撮影)
posted by 平井 吉信 at 00:38| Comment(0) | 音楽

2020年04月21日

台湾の蔡英文さんのTwitter


ご存知のように蔡英文さんは台湾の総統である。
世界でもっとも成功したコロナ対策で国民の人気は急上昇。
Twitterで発信されているが、そのなかの動画を見ると
母国語ではないのに大臣とともに世界各国の若者と英語で意思疎通されている。
日本語でもときどきツイートしている。
志村けんさん追悼の投稿もあった。
そしてメッセージを世界に発信している。
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(引用)蔡英文総統のTwitterから

マスクは国民に行き渡り、いまや支援物資として人道的な外交を繰り広げている。
プロ野球も開幕したようだ。

同じ時間軸でどうしてこうも違うのか?
ジョンソン首相やクオモ知事もそうだが
国民、州民に対する使命感と愛を感じるではないか。


タグ:マスク
posted by 平井 吉信 at 23:15| Comment(0) | 生きる