2020年03月14日

県内でもっとも桃源郷に近いのはここかもしれない


春を届けたい。
いや、届けなくても誰の身の回りにもある。
でも目の前にあるものでも見ようとしなければ見ることはできない。
目で見る風景は心の目でも観ている。
風景とは水晶体に投影された物体だけでないような気がする。

梅の盛りは過ぎているだろうと思いつつ
仕事で近隣を通りがかった際に美郷へ行ってみることにした。

美郷物産館での食事の後、近傍にある天野農園を訪ねてみた。
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今回は美郷梅の花マップを参考にした。
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さらに眺めが抜群と記されている照尾(てらお)八幡神社へ行ってみることにした。
途中の国道沿いに咲いていた桜(車を停められる広い場所がある)。
品種はわからないが、小彼岸か大寒桜ではないか。
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車は国道193号の広い場所に置いてそこから歩くことにした。
(実際に行ってみてわかったのは神社には軽トラを除いて車で行くことはできない)
天空の城のような石垣のある家が美しい
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神社の鳥居が見えた。車で通過していたら気付かなかっただろう。
視界が開けて心地よい気分なので神社はあとにしてさらに北へ進む。
夢に出てきそうな緩やかな斜面に梅や桜が点在する理想郷
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よく見ると生協の配送車。女性の配送員と配達を受けた地区の女性が手を振り合う。
来て良かったと思えるのは絶景よりもこんな場面に遭遇するから。
美郷は県内のITサテライトなどの移住者受け入れで有名な他地区よりも住みやすい印象を受ける。
県内で桃源郷にもっとも近いのは美郷ではないか。
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さてと、照尾八幡神社へと上がっていこう。
急な細い坂道を歩いて上がっていくと西の展望が開けた。
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巨木を従えた神社のたたずまい
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いつまでもひなたぼっこをしていたくなる場所だな。

路傍のスミレに目を留める。もう何も言うことはない。
タチツボスミレ
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ノジスミレ
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ヒメスミレ
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ノジスミレ
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通り過ぎていく春をとめている実感。
ここは徳島県吉野川市美郷地区、梅が咲く春の美郷。

posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(0) | 山、川、海、山野草

岩脇公園 那賀川から妙見山まで春の足音探す


阿南市羽ノ浦町岩脇地区にある公園は
その昔、どんがん淵と呼ばれていた場所を整備したもの。
葦が生い茂る場所で落ちたら上がれないので近づくなと言われていた。

県立図書館の郷土図書コーナーには古地図が掲載された本がある。
ページを開いてみると、どんがん淵は江戸時代からあった。
那賀川の分流(北岸用水)のさらに分岐した流れが本流に戻る途中の湿地帯(水たまり)の地形であった。

那賀川下流の北岸の土手は南からの陽光を浴びて
堤防直下は北西の風をさえぎり
陽だまりがじんじんしみてくる。
三寒四温の肌寒い日に出かけてみるにはうってつけ。
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そう思って来てみると
多くの人が憩いに来ている。
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中学生の女子生徒が芝生にしゃがんでいると
友だちが合流しようと土手を自転車で下っていく。
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陽の光と戯れるような姿を見ているとほっとする。
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どんがん淵があった場所は公園になっているのだが
なぜか今年は水がない。
そのため草が生い茂っている。
普段ならボートを浮かべている場所なのだが
湖底を歩くのもそれはそれでおもしろいと歩いてみた。
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→ 2019年4月の岩脇公園
http://soratoumi2.sblo.jp/article/185799285.html

親水公園に接するように桜並木(馬場の桜)があるが
まだ蕾は堅い。
馬場を過ぎて農免農道を横切ると妙見山への上がり口がある。
近年は地区の人が花壇と展望台を整備している。
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子どもの頃眺めた風景とは大きく変わっている。
徳島と阿南を結ぶ道路がつくられているからである。
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坂を上がっていくと黒い焼き杉の家があり
瓶が並べられた離れの2階から風を感じながら土手を行くオート三輪を眺めたもの。

春にはぺんぺん草やレンゲを妹と摘みながら遊んだ場所は
自動車道の敷地になってしまった。

往時と変わらないものがあるのだろうか。
いや、きっとあると思う。
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(どんがん淵の公園に咲くオオイヌノフグリは色が鮮やかだった。中間リング使用)

(フジX-T2+XF18-55mmF2.8-4 、フジX-T30+XF35mmF1.4 )

タグ:羽ノ浦町
posted by 平井 吉信 at 22:17| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年03月13日

ラジオっていいな AM放送はこれからも続けてほしい


午後からの仕事に備えて事務所で内向きの仕事をしていた。
手元のラジオから流れているのはNHK第一の午前の番組「すっぴん」。
本日2020年3月13日は2012年から始まった番組の最終回。
この番組は週替わりの個性豊かなパーソナリティと
藤井彩子アナウンサー(番組内ではアンカーという)が繰り広げるトークが人気だが
リスナー参加型の番組。
ときの流れが放送側と視聴者を結わえ、いつしか番組の個性がつくられていった。

NHKとはいえ、自由な空気が流れる。
(番組Webサイトでパーソナリティの顔ぶれを見てください)
脱線しがちなパーソナリティーを藤井アナがさらりと引き戻す姉御キャラ。
ところが彼女自身もアルコールが欠かせないので逆にリスナーにいじられる。
車で移動する際にときどき聴いていた。

約一ヶ月前、この番組が3月中旬で終わると高橋源一郎さんが告げた。
そして迎えた最終回は金曜担当の高橋さん。
徳島だから945kHzにダイヤルを合わす(ICF-801)。

津田大介さんも10時台のゲストとして
あいちトリエンナーレを振り返った。
11時のニュースのあと、
人気コーナー「源ちゃんのゲンダイ国語」が始まった。
高橋さんがこの日のために前日に徹夜して書いたものをご本人が朗読するという。

それはラジオをめぐって事故に遭遇した少年と若い看護師の物語。
少年は意識が戻らないが、看護師は少年に呼びかけて毎日ラジオを聴かせている。
それはまだラジオがあった時代のこと。
少年はラジオの音楽に耳を傾けているようにも見えたがやがて他界。
ときは流れて今度は年老いた看護師がおばあちゃんとなって
孫に見舞われる。
孫に問われておばあちゃんは孫にラジオについて話している。
ラジオ放送はもはや行われておらず、孫はラジオの存在を知らない。
そこはロボットの医師と看護師だけがいる近未来の病院。
切ない対話のあとロボット医師が来て「最後のときがきました」と孫に告げる。

人肌の温もりと寂しさをファンタジーに包み込み
社会の風刺も込めて自在に朗読された。
滋味あふれる朗読だった。
朗読が終わると流れてきた曲は?
(当ててみて)

聞き逃した人はNHKの「らじるらじる」で聴くことができる。
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=2295_17

この番組は人気番組だった。
なぜ番組がなくなるのか、どのような力学が働いたのかはわからない。
でも、この番組には自由な風が吹いていた。

ラジオでなければ伝わらないこと、ラジオでなければできないことがある。
いまの時代だからこそ、ラジオ放送は大切にされるべき。
音だけの世界からあふれる世界のなんと饒舌なことでしょう(どこかで聴いた台詞)。

法律の改正でAM放送は近い将来廃止されるという。
ぼくは2020年のいまもブラウン管テレビ(購入後20数年)や
PHS(スマートフォンは使わない)を使っている。
古くても優位性を感じるから。

もしいまのAM放送のコンテンツがFMワイドで流されても
なにかなじめない気がする。
音が良くなることを喜べないのは単なるノスタルジーと言われるかもしれないが
アナログチューニング(バリコン同調)のラジオで流れる音声は
FMやCDよりも声の現実感とやわらかさが感じられる。
おそらく周波数変調や量子化されていない音の素性が素直なのだろう。

AM放送、なくなってほしくない。



posted by 平井 吉信 at 21:19| Comment(0) | 生きる

新型コロナウイルス感染症で経営が悪化している方へ


経営危機を乗り越えるためのWebサイトを開設しました。
https://www.odayaka-keiei.com/vs-corona

経営についての出張相談を5千円/時間(税込・交通費込)で行っています。
詳しくは下記をご覧ください。
(以下のWebサイトをSNS等で拡散いただいても結構です)
https://www.odayaka-keiei.com/vs-corona
posted by 平井 吉信 at 16:54| Comment(0) | 新型コロナウイルス対策

気にしない 

株価が下がっても
パンデミック宣言があっても
生きていればいい。
あちこちで春が来ていますよ。
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できることからお互いに。
posted by 平井 吉信 at 11:49| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年03月10日

雲が消えて晴れた大浜海岸で小麦の夢を食べた 


日和佐での仕事に時間が昼を食べる時間がなくなった。
そこで近所のお店でパンを買う。
ていねい、手づくり、飾らない、けれど素材を大切に仕上げる。
おだやかな風味はつくる人のやさしさがにじみ出る。
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そして約束の時間までのわずかな時間だけど
休憩と食事の場所は海辺がいい。
大浜海岸に出る頃には雨から快晴に変わった。
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高い波間を砕ける波の粒子が太陽を受けて白く散乱する波打ち際と
翡翠色から群青までを揃えながら水平線に溶暗していく碧の階調。
見とれていた。
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我に返ってぱくり。
小麦屋さんのたまごサンドといちごとクリームチーズのサンドをいただいた。
(飲み物は自宅で煎れた有機JAS釜煎り茶を魔法瓶にて持参)
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潮風に洗われて生きている実感がふつふつと。
それでじゅうぶん、また、あした。
じゃなくて午後から訪問先がある。

(ソニーRX100M7)
タグ:大浜海岸
posted by 平井 吉信 at 23:59| Comment(0) | 山、川、海、山野草

信頼


誰かを信じられるということは
その人の言動の根っこに愛があるからだろう。
上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下の存在はこの国に限りなく大きい。

ところがいまや日本政府は海外からも信頼されない。
いま考えるべきはどの政治家が良いか、どの政党を支持するかではなく
どんな国をつくっていくか、そのためにはどんなしくみがいいかだろう。
(すべての記事は不偏不党の立場であるべき姿を描いて書いている)

一人が思いつきで方針を決める、法律の解釈を決める、
するとそれに続く人たちが辻褄合わせに翻弄されるという構図が数年続いている。
総理大臣とは法律をつくる人ではなく
法律に縛られる人である。

1億人の人がいる。そのなかに智慧者も少なくない。
乏しい想像力で思いつきの意志決定を行うのではなく
智慧者の意見を十分に聞いて決めごとをしていくべきだ。
その智慧者とは現場で創意工夫しながら日夜携わる人たちである。
(自民党政権でも小渕首相などはそのようにしていたのではないか)

3月といえば、学校(子ども、教師、保護者)にとって思い出となるかけがえのない時期。
年度末というのは子どもも大変だが大人も事務処理に追われる時期でもある。
学校を休みにすべきかどうかは当の子どもたちに聞いてみたらいい。

そして休むべき、との声で一致すれば休めばいい。
意志決定のためには専門家が同席して科学的な知見や客観的な情報は与えるが
意志決定には関与しなくていい。
ただ子どもに考えてもらう。
そして休まない、と決まったら
こちらが何も言わなくても子どもたちは自主的なルールを決めていくだろう。

・マスクをしましょう。そのマスクは1日2回、給食の前後で取り替えましょう。
・隣の席の人と互いに確認しあいましょう。
・マスクがない子どもは学校が支給しましょう。
・手洗いのルールを決めましょう。
・決めた方法どうりかどうかをペアになって確認することにしましょう。
・体調が少しでも悪ければ保健室に行って相談しましょう。
・誰かが風邪を引いたり体調が悪くなっても気持ち悪がったりせず回復するよう見守りましょう。
・こんなときだからみんな笑顔でいましょう。
・普段以上に友だちの様子に気を配りましょう。

…などと子どもたちは自主的なルールを自分たちで話し合ってどんどん決めていくはずである。

こんな場面でこんな意志決定をしたらどうなるか?
その際に想像力が働かせられるかどうか。
相手の立場に立って目に見えない暮らしに思いを馳せて考えていくこと。
そんなことができない人たちが国の方針を決めているのなら政治は要らない。
お金を自治単位に支給して自分たちがルールや運用を決めることになれば
案外この騒動も収束が早いような気がする。

オリンピックの開催については2月中に方針を決めるべきと書いたけれども
未だに方針が定まっていない。
何度も言うけれど膨大な運営資源、利害関係が絡むことを
年度を明けて意志決定できるはずがないではないか。
第一、選手だって存分に練習できず自粛せざるを得ないので
本番に向けての調整ができないのではないか。

ぼくなら秋に開催することとする。
問題となっている猛暑対策も解決する。
各方面と調整を行い3月前半に意志決定を行わないと
本番は突然の中止となりかねない。
いまは非常時である。
オリンピック開催が重要であれば平時で乗れない相談であっても
各国、各方面が調整する力学が可能にはならないだろうか。
(ぼく自身はオリンピックは中止でもいいと思うが、多くの人がその場にかけているので現実的に対応していくことがいいと思う)
秋に開催することで都合が悪いことがあったとしても
半年以上前なら調整は可能ではないだろうか。

でも、それ以前に小規模の事業所を中心に経営破たんや失業が続出することが心配だ。
ベーシックインカムや減税を行うとしたら大義名分も実効性も見えているいまではないか。
タグ:マスク
posted by 平井 吉信 at 23:38| Comment(0) | 生きる

2020年03月08日

近所の山にすみれを求めて陽だまりを愛でる 良い週末の過ごし方(日峰山)


テレビを見てもラジオを点けても同じ話題ばかり。
確かに重要なことだけど
何をすべきかは見えてきている。
かなりの人が罹患する可能性が高いが
適切な対策を徹底していけばいい。

一方で買い物行動での必要以上の買い溜めは
必要な人に行き渡らないことで感染が拡大してしまう。
自分本位は結局自分に還ってくる因果応報。
人々を信じることだ(残念だが政府はあてにできない)。
それからもうひとつ、自粛は無意味。
(知らぬ間に加害者になってしまわないよう。例のクルーズ船から帰ってきた人の行動を時間と場所を発表した県に批判の声もあるが社会から見て必要な情報だっただろう。問題は周囲で起きた個人情報の流布)

太陽を見ているとほんとうに緊急事態だろうか?と自問自答してしまうおだやかな朝。
珍しく冷凍ピザと手煎れのコーヒーで朝を迎えた。
ピザは220度で6分焼いて180度で2分。
ふんわりとこんがりを両立させてみる。
コーヒーはV60ドリッパーで落とす。
チーズのコクをコーヒーが引き立て、コーヒーのおいしさをピザが支える。
お伴はピーター・バラカンのFM番組。
これ以上、何が必要なんだろう。

庭に出てみるとチューリップの葉が出てきている。
そして満開に近づいたキズイセン。これは家人の誰かが植えたものだろう。
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こんな日に家に居たくない。
ぼくはスーパーへ出かけるのもマスクはしないけれど
マスクが無意味だとは思っていない。
(流行していなくても公共交通を使うときは真夏でもしている)
近所のスーパーに行ってすぐに戻れるなら
手洗い、顔洗い、うがいで菌の増殖を防げる時間と手段がある。
それにスーパーに行かなくても個人商店でいい店はたくさんある。
でもきょうは山へ行きたい。
(近所の小麦屋さんでパンを買っておけばよかったな)

午後からは雨だろう。
それなら午後の早い時間に戻りたい。ならば日峰山。
(自宅から登山口まで車で5分で着いてしまう)
行こう。

グラウンドの裏手の車道から登り始める。
多くの散策の人やジョギングの人とすれ違う。
あいさつを交わしつつ歩いていると温かくなってくる。

陽だまりのタンポポ。
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途中に水場がある。飲めるかどうかはわからない
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道沿いにはすみれが咲き始めている。
アカフタチツボスミレ
日本でもっとも見かけるスミレはタチツボスミレだけれど
これは妙脈が赤い種類。あるいはタチツボスミレの海岸型のツヤスミレかも
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南に面した斜面に存在感を放つ
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春の七草のひとつハコベ(はこべら)
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ナガバノタチツボスミレ
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フイリシハイスミレ
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道は車道から離れてこの山系の最高点(191メートル)をめざす散策路に入る。
この道はおいしいキャラメルを食べるがごとく目の保養、心の栄養、身体の糧となるみち。
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わくわくする岩場を登り切ると平坦な道が遠見が原をめざして進んでいく。
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やがて展望広場に出る。ここで焼きおにぎりを食べる。
きょうは伊勢の有機JAS釜入り茶を水筒に入れている。
おやつはチョコレートとこれだけでごちそう。

展望台から北東の尾根を辿ってみよう。
すると191メートル峰の北に派生する尾根に出る。
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ヤカンがあって東が拓けた斜面、さらに海が見えてくる。
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やったーと心を緩めるとき。
方角からすると渚は越ヶ浜。
大神子と小神子の間に存在する秘境の浜。
(越ヶ浜の話題はこのブログでもアクセス数が極めて多いコンテンツとなっている)
大神子、小神子の謎の荒れ地、流れ込む沢、背の高い子どもの冒険


海底まで透けて見える透明度の越ヶ浜。
徳島市と小松島市の間、大神子と小神子の間にこんな渚があることはほとんど知られていない。
渚の近辺で黒くなっている海底は岩石が滞積しているところ。越ヶ浜の南の崖が崩れたものと推察。
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視点を右に振れば和田の鼻までを抱き込む景観。鳶は雄大な空間を自由に滑空。立ち去りがたい時間
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散策路ではハルリンドウやカタバミに出会う
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コスミレも点在する
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さらに散策路を東に進む
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やがて灯台に達し、くるりと南へ向きを変えて小松島港を見ながら元根井地区へと降りていく。
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こんな楽しい春の山歩きは毎日歩きたい。
良い週末が始まっていく。

(フジX-T2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS、X-T30+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 01:20| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年03月04日

梅の咲く頃 美郷を思い出した


雨のなか、季節ごとのガイドブックが美郷物産館から届きました。
他の郵便物は雨に濡れてふやけてしまっているけど
美郷物産館からのはビニールで包んである。
郵便局に出したのは晴天の前日のはず。
確かに天気予報で翌日が雨とわかるかもしれないけれど
せっかくの郵便物を濡らさないようにとのご配慮、
ありがとうございます、明石さん、森下さん。

変わることなく長く続けておられる体験型観光。
季節を彩るわらび採り、こけ玉つくり、石窯パンづくり、はちみつ搾り、プロが教える梅酒づくりなど数え切れないコンテンツが詰まった年2回発行の体験ガイドブック。
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(吉野真理子さんの描く表紙のイラストもいつも楽しみ)。
2020年の春夏号はそのうちWeb上からダウンロードできるようになるはず。
(現時点では2019年秋冬版が掲載されている)
https://www.misatonowa.jp/

ぼくは自分で梅酒梅干しもつくるけれど、美郷物産館では梅の青果や梅干しを購入することが多い。
標高の高い美郷地区の梅は農薬をあまり使わずつくられている。
食堂でいただく田舎そばもいい。
派手さはないけれど、心が温もるお店を運営されている。
同じ建物内に商工会も入っている(開業当初は商工会として運営していた)。

新型コロナウイルスが流行したところで行動を控えるつもりはない。
(その代わり万全の対策を行っている。買い溜めはやらない)
東日本大震災の半月後に旅行に出かけたのも過度の自粛では何も解決しないと思うから。
近々梅を見に行きますよ。美郷に。

(写真は現時点のものではありません)
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posted by 平井 吉信 at 23:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年03月03日

打ち寄せる波 繰り返す歴史 還らない時間


わが家ではトイレットペーパーが切れてしまって
家人に「買ってきて」と言われて近所の店に行ったらなかった。
品切れしていると思って、よそを見に行くと同じ。
まあ、仕方ないと思って帰宅したら
トイレットペーパーの買い占めが起こっているとか。
ないならないでなんとかなる―。

店を経営している知人が入店時のアルコールが足りなくて困っているという。
それならヨドバシにあるよ、と連絡(ただし1人2個まで)。
ところが教えてあげて再度見ると在庫はなくなっていた。
(インターネット上では平時の価格の数倍から桁が違う価格設定で多数売られている。人の弱みにつけ込むすさんだ精神。通常価格より高い価格設定の売り手は通報によりアカウントを凍結して電脳空間から閉め出すことはできるのではないか。わざわざ法制化するまでもなく民間事業者の意思決定ですぐにできるはず)

おそらく郡部の店ならあるだろう、
と翌日は県南部まで出かけた。
ドラッグストア、スーパー、置いてありそうな店はことごとく当たったが
アルコールもトイレットペーパーも在庫はなかった。
(次に品切れするものも見えてくる。だけどそれを書くだけで同様のパニックを引き起こしてしまう。だけどぼくは備蓄はしない。WHOがどう判断するかはわからないが、ウイルス蔓延というよりは社会的にパニック状態に陥っている。実態はどうであれWHOはパンデミックを宣言してはならないと思う)
マスクについては頻繁に手洗いとうがいをすることで防げると思う。
(ぼくは鼻がむずむずするので人混みや公共交通に乗るときは真夏でもマスクをしているが、今年はしていない。家庭の備蓄はしない方針にしたから)

誰を責めるではないけれど
南海大地震がやって来たら
こんな危機管理と住民意識ならひとたまりもない。
(それでも日本という国が好き。ただし政府は要らない。国会答弁を聞いていたら誰でもそう思えるだろう)

ものがあるのに「ない」。
そこにあるはずのものがない。
でもほんとうになくしたものは目には見えないものかも。
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幸せの青い鳥は誰の心にも住んでいる。
しあわせの黄色いハンカチが待ってくれている。
虹の彼方に子守唄を聞きながら夢見た国がある―。

ぼくはまだそんなことを信じている。
でも、現実に目を向ければ違う社会がぽっかりと口を開けている。
社会を変える処方箋はあると思うけど
肝心のそれを受け取る人の気持ちがなければ
砂上の楼閣になってしまう。

大砂海岸でひとやすみしながら
波打ち際で貝を見ていた。
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追記
その後、トイレットペーパーを備蓄していた人から分けていただいた。
いいですよ、と断ったが、
ご好意に甘えて1袋だけいただいた。
それ以上は要らない。
タグ:大砂海岸
posted by 平井 吉信 at 22:41| Comment(0) | 山、川、海、山野草