2019年10月27日

川沿いの散策路 初々しいカマキリ(徳島市飯谷地区)


まちの近くで自然度が高くて人がほとんどいない場所がある、
というのは徳島ならでは。
(多摩川の畔などは数万人ぐらいが散策しているかもしれない)

仕事の途中で車を停めて歩く。
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河畔の小径には秋の草花が咲いている。
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やがて小径は高台を通るようになる
道でばったりカマキリにでくわした
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レンズを近づけるとカマを振りかざすのが通例
手に乗って来る個体もこれまで何度かあったが、
これは初々しい個体のようで恥じらいを持っている
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続いてアスファルトを移動するカタツムリに遭遇
(いかに車が少ないとはいえ)
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明暗の差がなくなりつつある時間
それでも雲を通して最後のきらめきを見せて流れる勝浦川
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車に戻る途中で「いるかな?」と探したら
ガードレールにいた。
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また遭ったなと。
タグ:昆虫 勝浦川
posted by 平井 吉信 at 11:35| Comment(0) | 山、川、海、山野草

国道193号線を脇町から塩江へ 借耕牛と讃岐山脈を流れる川の地形


阿波と讃岐の交流の歴史は長い。
よく働くと評判の阿波女は讃岐ではモテモテであったらしい。
(徳島は女性社長の割合が全国一多い)

人だけではない、牛も行き来があった。
阿波の百姓が讃岐の百姓に牛を貸し出すのである。
阿讃山脈の徳島側は牛の餌となる草地があるが、山がちで扇状地が多いため稲作には向いていない。
香川側は草地に乏しいが平坦な地形が多く田んぼが多い。
そこで阿波から耕作用に牛を貸し出して
収穫を終えれば米を運びつつ久しぶりに買い主の家に戻ってくる。
これを借耕牛(かりこうし)という。
(小松島在住で教師をしておられた泉正夫先生のコラムで読んだことがある。あの珠玉のコラムをクラウドファンディングで一冊の書籍にできないかと思う)。

峠を越えるのは牛にとってもきつく(国道193号線や32号線、三頭トンネルもない)
途中で転落したり疲労困憊で力尽きることもあったらしい。
特に収穫が終わって戻る帰路には牛は酷使されて痩せ衰え
おまけに謝礼の米俵を積んで命がけの旅であった。

借耕牛は瀬戸内の島でもあったようである。
耕作地のない島で牛を飼い、それを平野がある地区に貸し出して米をもらう。
いずれにしても牛という労力を介した交換である。
少しでも多く米を持って帰ってもらいたい貸主と
牛の力でより多くの収穫をめざす借主は
利害だけでなく牛に対する感謝とねぎらいの気持ちは同じであっただろう。
「すまんな、こんなに働かせてすまんな…」
涙を拭いながら牛の世話をする農家の姿が見えるようである。

〔借耕牛の文献〕
http://kagawa.lin.gr.jp/tsutae/tsutae2a.htm
https://setouchi-artfest.jp/blog/detail148.html
http://www.coneri.co.jp/region/entry-6055.html#prettyPhoto

※阿讃山脈は「讃岐山脈」が呼称であることを今回知った。最高点は竜王山(1,060メートル)。南斜面(徳島側)を中央構造線の大断層が横切る。

このところ国道193号線を通ることが多くなっている。
ところどころで山肌や渓谷沿いの崖に特徴のある地形が現れる。
吉野川支流曽江谷川(そえだにがわ)に沿ってあった。
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大山祇神社といえば山の神の大元の存在、
武運長久を祈る神としても知られる今治の大三島が総本山。
穴吹の口山にもある。山を斉祀るという趣旨なのだろう。
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付近にはノギク(ヨメナ)が咲いていた
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分水嶺(阿讃国境)を超えて塩江温泉郷に入ると
香東川にも同様の地形があった。
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いまは時計を見ながら車でわずかな時間で通り過ぎる。
ときの静寂と営みは
情報という呼び名でコンパクトに折りたたまれていつでも取り出せる。
そこに変わらないものがあるとするなら
それを見つめていくべきなのだ。
(スローライフとか温故知新といった言葉でなくもっと根源的なもの)
タグ:神社仏閣
posted by 平井 吉信 at 11:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年10月22日

きょうは佳き日 即位礼正殿の儀


清々しい一日だった。
業務を抱えて(なぜこんなに仕事が集中するのだろうと)
その合間に家事やら趣味やらを織り交ぜているところ。

天皇陛下のお言葉はいつも深い。
言霊というか魂の深いところで発せられていることが伝わってくる。
洞察力に優れ頭脳明晰でおありになるけれど、それをひけらかすお方ではない。

趣味の天体観測にアスコのスカイルック13センチ反射経緯台を選ばれていることから
バランス感覚に優れたお方とお見受けしている。
山登りもお好きと伺って親近感を覚える。

ご身分がお人柄をつくることはあるだろう。
しかし現在のご身分でなかったとしても
人々から愛され尊敬されていらっしゃるだろう。
(比べる存在ではないけれどこのお方の人格や品位に比べられる政治家はひとりもいない。世界の王室のなかでももっとも優れたお方と確信している)

憲法では天皇は国及び国民統合の象徴ということになっている。
しかし折に触れて政治性を帯びないようご留意されてメッセージを発信されたらいいなと思っている。
人々の意見をよく聴いた上で冷静かつ的確にご判断される陛下。
一人の独裁的な運営ではなく
意思疎通を大切に洞察に基づく的確なリーダーシップが求められるいま、
不謹慎であることは重々承知で
局面を動かすメッセージを発せられることを願っている。

主義主張を超えて生きていくよすがであり
生きていこうと思えるかけがえのない存在。
(政治家以上に重責であることを自覚された上でそれも糧にして生きていらっしゃるよう)
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(本日咲いていた花。フジX-T30+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 23:33| Comment(0) | 生きる

そごう徳島店の上空に彩雲と日暈


そごう徳島店の営業が2020年8月末までとなった。
このニュースは県内を一日で駆け抜けた。

徳島市周辺ではすでに商業床が飽和していると見られる。
だからそごう撤退後に代替となるキーテナントを誘致するのは至難の業。
家賃を下げて不動産管理会社の損失を税金で補てんするのを市民が厭わなければ。

インターネットで買える時代であろうと
百貨店のエスカレータを上がり下りするハレの気分。
どちらかといえば幼少時の思い出は東新町の丸新百貨店のおもちゃ売り場や
食堂で食べるオムライスであったりする。
ときには高松三越と栗林公園というとびきりのハレもあった。
それらの百貨店での晴れがましい気分は
大手SC(イオンモールやゆめタウン、フジグランなど)にはないもの。

百貨店では対面販売による情報提供や助言があるのがいい。
万年筆を買うときは専門店かそごうの文具売場で試し書きをして買っていた。
(もっとも近い購入では神保町の専門店へ足を運んだ)
数少ないブランドもののジャケットもそごうで買った(オンワード樫山系列)。
地下の食品売場はやはりときめくものがある。

いまどき百貨店で買い物をするなんて
情緒的であって合理的でないと言われそうだが
それを否定するならITで管理される社会へとまっしぐら。
(ぼくはスマートフォンを使うことすら抵抗があるのだ)。

いまの時代に車掌の乗っているバスなら乗ってみたい。
JR四国の危機意識が伝えられるが
ぼくは率先してJRに乗るようにしている。
しかし車掌が切符回収までやっている現状では
乗客とのていねいな意思疎通など無理である。

生産性を高めることと人員を投入することが同義語となるような経営。
そのための施策を国が行えるよう知恵を絞りたい。
(合理化、削減、コストダウンを行うと志気が下がり品質が低下し経営が下り坂となることを前社長の時代のマクドナルドが等身大の実験として示してくれた)

これは日本の現場で当たり前のように見られる光景。
特別養護老人施設では決められた時間内に少人数の福祉士が世話をしなければならない。
そこには悲壮感すら漂う。
人の手をかけて事業を行うことの意義がある。
しかしそこには人間への尊厳が同時になければならない。

北海道では花畑牧場や六花亭製菓が北海道から出ようとしないことに
拍手をしている。
それは地元の雇用のためであり
地元の人に愛される製品(都会のスイーツとは異なる価格の相場観)を意識されているからだと思う。
製品の品質感は高いがそれは手が届くもの。

そごう徳島店を見たくなってわずかの時間の隙間に駅前駐車場に車を停めて見ていた。
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西日を受けて立体感を示すクレメントビル。同じことにならなければよいが。
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気がつくと日暈が出ている。
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彩雲も見えた。
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全国の都道府県都で徳島市中心市街地の衰退はおそらくワースト1だろう。
いまの東新町の通行量は人口3万人の高知県四万十市の商店街とほぼ同じだ。
空き地と立地のパズルゲームを市のトップがやっているだけで
そこに数十年後の徳島市をどうすべきかの理念が感じられない。

高知市ではチェントロに続いて県市図書館「オーテピア」、歴史博物館と相次ぎ
高知城、日曜市、ひろめ市場、よさこい情報館と続くまちなみは観光客と市民で賑わっている。

松山市は四国の県都のなかでもっとも商店街、百貨店、市民の連携のソフトが機能している。
(三越と高島屋がL字商店街の末端にある。かたや松山城、かたや交通の結節点の市駅という構造)
ロープウェイ街は地方都市でもっとも地価上昇率が高くなった。
大街道には老舗の間を縫って全国FCと娯楽が林立して残念ではあるが
銀天街までの1kmの道を多くの人が回遊している。
なにより「お城下」(おまち)が好きという人たちがまちをつくっているのだ。
道後温泉をつくった伊佐庭如矢(いさにわ ゆきや)の英断が今日の松山に引き継がれている。
ハードだけではない、と言ったが、消費の媒介に過ぎないカード事業を
地域の価値創造、交換に育てようとする「マチカ」の取り組みは全国最先端である。
https://machica.jp/
交通結節点の松山市駅も思い切った空間整備に出ようとしている。


高松市は中心市街地活性化の予算がもっともつぎ込まれた都市のひとつ。
丸亀町は別の街区に生まれ変わったが、
そこには百年後を見据えたあるべき姿とそれに向かう明確な戦略がある。
なぜ再開発をするのか?と問われたら
市の大半の固定資産税を生み出す地区の資産価値を上げるため、
という明快な答が関係者から返ってくるだろう。

徳島市では、今後数十年のビジョンを提示しそれに沿って行動することが求められる。

そうだ、明日(10/22)からは北海道の物産展だ。
そごうへ行こう、
そごうへ行って数年に1回だけ食べることにしている憧れのお菓子
マルセイバターサンドを買いに行こう。
(ぼくにとって若い頃から、そしていまでも最高のお菓子は不変となっている)

(撮影はソニーRX100M7)
posted by 平井 吉信 at 00:38| Comment(0) | 徳島

2019年10月21日

サモア島の歌 ラグビーからポリネシアを思い出した 


かつて滞在した南太平洋ポリネシア。
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ときに民家を借りて自炊し
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ときに地元の同世代の若者たちとカヌーを漕いでモツ(環礁内の島)へと漕ぎだし
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モツでのピクニック
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ときに旅行者と素潜りでどこまで潜れるかを競い(潜水病になりかけた)
ときにセスナをチャーターして島に渡り
ファレ(民家)で眠った。
一ヶ月をかけて島々を巡った。
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「アイタペアペア」が合言葉。
気にしない、どうにかなるよ、ぐらいの意味。
これが人生を横溢している。
そしてポリネシアの人は身体が大きい。
子どもの頃は愛らしくてもおとなになると関取のようになる人が多いようだった。
豪快に食べるバラクーダはいつも日本人のぼくに食べ物を10人前奨めてくれる
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鶴を織ってあげると不思議に受ける。最初に泊まった宿の娘さん
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ランギロア島で民宿を経営するマリ
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なぜ南太平洋へ旅立ったかって?
それは音楽。
以前にも書いたが、「南太平洋の島々の音楽」と題して
民族音楽ばかりを収録したアメリカのレーベル「ノンサッチ」から
発売されたレコードを聴いてこれを直接聞いてみたいと思った。

夜になると踊りの練習やら歌の練習でぞろぞろと若者たちが集まってくる。
南の島といえども季節によっては夜は寒く長袖を着ている人が多い。
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真ん中でギターを弾いているのはマリ=テレーズ。どうしてオペラのヒロインのような名前なのか尋ねてみたら、彼女もわからないと。フランス語圏の国だから。
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思い思いに歌を歌いながら踊る。
毎晩のように繰り広げられる日常に魅了された。
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幼い頃、耳に残る一曲があった。
それが「サモア島の歌」。
いま聴いても単純なコード進行、
繰り返しの多い歌詞がポリネシアの言葉を連想させる。
ポリネシア民謡を原曲に日本語の歌詞がつけられたものだが
だれの耳にも覚えやすい旋律と単純なリズム。
それなのに輪唱のようなたたみかける終盤は魂を揺さぶられる。
音楽の仕掛けた魔法にかかってしまう。
https://www.youtube.com/watch?v=9sSYcJGY_ZA

南半球の島々はそれぞれ個性があるけれどのどかなところは共通。
でも地球温暖化で海水面が上昇して苦しむ島もある。
まずは自分でできることと考えて
たいがいの温暖化対策はやっているつもり。
(エアコンを取り外したが、このことで暑さに強くなった。扇風機すら使わない)

ところでポリネシアを離れる日、
パピエテのまちでレコードを探してみた。
彼らがうたっていた音楽のなかに
耳に残る曲があった。
財津和夫のサボテンの花とそっくりだった。
レコード店で何枚か視聴させてもらって雰囲気が合っていれば良し。
反らないように日本まで持ち帰ったのだが
お目当ての楽曲は入っていなかった。
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日本からの直行便はなかった時代、
ニュージーランドのオークランドからフレンチカレドニアのヌメアを経由して
タヒティのパピエテへとほぼ一日かかるフライトだった。
あの頃は原田知世の「天国にいちばん近い島」も流れていたように思う。
この楽曲は詩情あふれる切ない歌詞、
はるか彼方の楽園を描ききった林哲司の作曲、
原田知世のプレーンな歌い方と相まって
透明な世界観を描いた。
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地球っていいなと思えるのは四国の川と南太平洋の島々。

→ 南太平洋の子どもたち
 http://soratoumi2.sblo.jp/article/182381227.html
→ 南太平洋 ファイカバの恋歌
 http://soratoumi2.sblo.jp/article/97208434.html
タグ:南太平洋
posted by 平井 吉信 at 23:45| Comment(0) | 音楽

2019年10月20日

南阿波サンライン 雨の後に現れる滝(外ノ牟井浜)、川が渚に流れ込む(明丸海岸)


天気予報では雨となっていたが
朝起きたら晴れていた。
(東日本の洪水を思うと心は晴れないけど)

南へと車を走らせた。
数日前に雨が強く降ったので
「もしや」と思って外ノ牟井浜へ降りてみたら
やはり滝が出現。

大雨の後に渚へ落ちる滝が浜の北側に出現する。
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次に明丸海岸でのんびりと過ごす。
少し暑い一日だったので木陰のある渚がいいかと。
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阿南市内に新しくできたパンの店に立ち寄った。
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生地のおいしさが出色のできばえ。
那賀川沿いの土手の下で民家を改装されたよう。
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特にカレーパンのルウが出色。
スパイスが立っていて
県内ではこれ以上のカレーパンはないのではと思う。

パンと合わせて阪急デリカアイの冷凍食品。
コンビニの弁当などと違って野菜が入っている。
スーパーの店頭で購入して電子レンジで解凍する。

目の前に沢があり
アカテガニが足元をときどき移動していく。
その沢は1軒の人家の水も流れることなく
海岸性照葉樹の森を流れてそのままの姿で海に注いでいく。
(これ以上の感動はないですね)

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目を閉じても目を開けても聞き飽きない、見飽きない。

浜に降りて沢の流れと波のせみぎあいを見ているとはや1時間
聞き飽きない、見飽きない。
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嵐のあとというのに渚には人工物ひとつ漂着していない。
黒っぽく細かい砂利の心地よい渚。
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目を閉じても寝られない
静かな自然界があまりに饒舌で。

posted by 平井 吉信 at 23:53| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年10月19日

秋澄み渡る吉野川中流(穴吹町)


仕事で県西部へよく行くのだが
その際にいつも目を止めるのが
穴吹町から見る脇町側の水害防備林と
瀬をゆるやかに流れる吉野川。
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蕩蕩と流れる川がふと見せる(魅せる)きらめきの深み。

色の再現性についてさらに知りたい方は別のブログで解説
http://soratoumi.sblo.jp/article/186701009.html
タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 22:28| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年10月14日

竜宮公園から千羽海崖へ 潮騒と木洩れ日と弁当の休日


体力にと運転には自信がないけど運動不足を解消したい、
景色がよければ多少の遠出は構わない、
できればおいしさを味わいたい―。

そんな人にぴったりなのが日和佐の竜宮公園から千羽海崖への散策である。
竜宮公園は駐車場完備で無料、
手入れの行き届いた芝生と子どもが愉しめるアスレチックもあるが
ほとんど人がいない(過疎の良さもある)。
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公園を見ながら左から散策路へとりかかる
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ほどなく海を見下ろす稜線に出る
樹間の木洩れ日、打ち寄せる波が下から聞こえてくる
α波を呼び出してくれている
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潮騒と海岸性照葉樹の陽光と海と山の大気をつなぐ風を感じる
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緑の生態系に目を留めながら
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大浜海岸 うみがめ博物館カレッタ ホテル白い灯台が見える
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どこかの展望台かベンチで弁当を広げればいい
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恵比須洞を望む
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公園まで降りてくると亀が迎えてくれる
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遊ぶ子どもと若い夫婦、ほっとする光景
希望の燭光のように見えた
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国滅びても人々は幸福に生きていく―。
そんな時代になったのかもしれない。
posted by 平井 吉信 at 13:13| Comment(0) | 山、川、海、山野草

第十堰から河口干潟へ シオマネキもいた


秋晴れの一日、第十堰南岸から堰を見る
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シラサギをはじめ鳥たちの餌場
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青石積みの上堰。第十堰は流れに斜めに置かれ
さらにコンクリートの下堰との二段構造となっている
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下流へ移動する。干潟はどこもカニの楽園
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片手が大きいシオマネキのオス。
大きなハサミは見せかけで餌を食べるときの邪魔。
実用性よりも装飾性。男はつらいよ。
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瓶ケ森の南斜面に源を発して194km、水の旅の終わりは河口干潟。
吉野川下流の生態系とたたずまいは徳島市の財産。
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posted by 平井 吉信 at 00:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年10月13日

台風19号 未来の日本を映し出す


出張から徳島に戻ると
長野県、関東、福島県を中心に洪水被害が深刻との報道。
堤防が決壊してまちが水没している地区もある。
新幹線の車両基地も水没しているようだ。
お見舞い申し上げます。

地球温暖化により異常気象が頻発する時期に入ったことは
このブログでもたびたび触れている。
また、治水思想を含む河川工学のあるべき姿についても触れている。

堤防が決壊すれば壊滅的な被害を被ることは明らか。
それと同時に下流では被災を免れることになる。

日本の平野は沖積平野。洪水がつくった土地に都市(人口)が集中する。
また、ダムが一定の水量を超えると放流が始まる。
放流が始まると、
ダムに流入する水量以上を放出しなければ
ダムが決壊する怖れがあるので(それは下流のまちが消えてなくなるぐらいのインパクト)
放流はやむをえない。
しかし予測できない局所のできごとに加えて
社会的なルールや意思疎通の手続きのため
理想的に実行できるかどうか。

ダムは洪水対策のためにつくるのではなかったか。
(もちろおダムには利水用のダムや複合的な目的を持った多目的ダムなどがあり、治水だけを目的に設置されているわけではない)
確かにダムの治水容量を満たすまでの時間軸で洪水を吸収するのだが
(その間の降水量をなかったことにできる)
洪水初期に水を貯めたとしても
水量が増えてくる洪水後期に放流すれば下流はダムがない状態より危険度が増す。

ダムは生態系破壊の最たる存在。
上流から供給される土砂で堆砂が進み数十年で寿命を迎える。
水とミネラルを遮断することの影響は長期に渡って海にも現れる。

どれだけ治水対策をしてもそれを上回る雨はやってくる。
しかも過剰な対策の費用と維持管理費を人口減少時代の日本が将来にわたって賄えない。
いずれにしても川はあふれるのである。

ならば、流域で生命財産への影響が少ない場所で
河川工学上あふれやすい場所(水衝部など)を予め想定(計画的に設置)しておく。
生命に別状がなければそれでいい。
(ぼくはとても親しい人を2人洪水で亡くしている)
経済活動の補償を保険で対応するのが合理的。
沖積平野に住むことを選んだ私たちは
人命の尊重を第一に、社会的経済合理性を持ち
生態系と景観の保全を達成できるこの方法が唯一の選択肢。

ところがいまの治水は効率的に水を流すことを最優先しているため
いったんあふれたら今回のように取り返しのつかない被害となってしまう。

ダムではなく大水を時間軸で吸収する手段は森の保水力や棚田、遊水地など
複合的に組み合わせる。
これらはコンクリート構造物のような老朽化はしないし
維持管理の費用もほとんどかからない。

台風19号の被災地はおそらく激甚災害に指定されるだろうが、
人口減少で将来に取り得る対策は限られてくるという前提と
災害復興への支出が国家財政を圧迫していく時代。
消費税増税で格差が広がっていく社会で
(緊急性の乏しい憲法改正や生活者を混乱に招いている軽減税率など何をやっているんだという人が増えている)
情報格差も罹災格差もますます広がっていく気がしてならない。
(ぼくがスマートフォンを使わないのは情報を通して国民を支配する道具に見えてしまうから。自分の生命を自分で守るというのは基本だが、政府がそれをいうと国民を守ることを放棄したようにも聞こえてしまう)

いまを生きていくのが大変な時代、
誰かに思いをはせていくことと
冷静に本質を見て地道に行動していくこと。
いまは被災された方のために。

参考「災害時に役立つラジオ(2020年版)」
http://soratoumi.sblo.jp/article/187322503.html

タグ:台風
posted by 平井 吉信 at 21:37| Comment(0) | 生きる