2019年09月23日

小神子の彩雲


小神子(こみこ)とは小松島市と徳島市にはさまれた静謐な渚、
大神子小神子の小松島側の渚である。
小神子は小松島市からしか行けず
大神子は徳島市からしか行けない。
越ヶ浜をはさんでこのふたつの浜はつながっていないのである。
(その越ヶ浜についての記事がこのブログでももっとも閲覧数が多い)

小神子にはかつて海を見下ろす高台に喫茶レストランがあった。
祖父の知人だったようで開店時に連れて行ってもらい
いただいた紅茶があまりにおいしいのに驚いた。
(いま思い出せば茶葉はヌワラエリアだったかもしれない。小学生ながらに当時からスーパーに売られているティーバッグにはなじまなかったのだろう)

その後、喫茶店は富士ゼロックスの保養施設になり
今年に入って地元企業が入手したと聞いている。

渚に降りて北へと歩く
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北側は切り立った岩場があって地層が露出している。砂礫質のようだ
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越ヶ浜へ通じる岩場は干潮時にたどることができるようだ
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小神子を振り返る
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沖合を船が行く
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小神子のなかほどに岩場がある。子どもの頃の遊び場だった
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沖の小島は一本松と呼ぶ。父が筏に乗って漕ぎだしたのは一文字波止だったが、ぼくは祖父と祖父の知人の船で一本松の近くまで来た記憶がある
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大神子から望遠で快晴の日に撮った一本松の写真
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(対岸は小松島市和田島地区と和田の鼻)

東の空に彩雲が出た
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淡路島が残照で燃えている
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オシロイバナのぞっとするような妖艶さ
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静かな渚の夕暮れにたたずんでいる
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posted by 平井 吉信 at 19:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月22日

銀河に旅立つ汽車


ゴダイゴの銀河鉄道999は名曲だけど
子どもの頃は歌えなかった。

親しみやすい旋律なのに
部分的に挿入される難解な半音階と転調、
ミッキー吉野の仕掛ける疾走するアレンジと変化するリズム、
さらりと歌える人は音楽の鋭い耳と表現を持っている。

タケガワユキヒロの角の取れた心地よい声が
旅立つ若者の冒険心と夢をくすぐる。
もともとは英語詩を和訳したもので
サビのパートにはオリジナルの英訳を残したという。

ところかわって、日本で唯一電車が走っていない徳島県。
それでは地元ではJR徳島線、高徳線、牟岐線を走る車両をなんと呼んでいるか?
2019年のいまも「汽車」です。

(例文)
高校入学の初登校日に担任が
「自転車通学の人は? バス通の人? 汽車通の人は?」などど挙手させる。
(都会から赴任してきて「電車通で通学している人?」と尋ねても誰も手を上げないよ)


それでも便数が少なくなかなかお目にかかれないので
線路を眺めながら心のなかで999号を走らせてみる。
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(この鉄橋の上を深夜時刻表にない列車が灯りを消して走っているという目撃例がある。きっと機械の身体にされるためにアンドロメダに向かう幽霊列車だろう)

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(哲朗がトチローの母に助けられて戦士の銃を手渡されたのは大きな衛星を持つこの星だった)

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(機械伯爵がときどき現れてコレクションをみせびらかせるというトレーダー分岐点を密かに撮影した。命がけだった)

「JALジェットストリーム」の城達也のナレーションが響く。
いま万感の想いを込めて汽車がゆく。
JR四国がんばれと
手を振る人に笑顔で応え
さようならスリーナイン―。

posted by 平井 吉信 at 22:35| Comment(0) | 徳島

落日の第十堰


どこまでも果てを知らない 空の谷間にこだまする… 


熱を出していたのだろう。
子どもの頃にぼんやりとした意識に吸い込まれていく歌があった。
朽ちていく黄昏感漂う世界に朗々と響く歌声。
誰が歌っているのか知らない(男性歌手だと思った)。

おとなになってわかったその曲は五輪真弓の「落日のテーマ」。
Amazonプライムで見つけて聞いてみたが
何かあの頃の記憶と違うような気がする。

久しぶりに通りかかった第十堰の北岸に夕暮れが訪れる。
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住民投票に至る数年間はここが徳島でもっとも光が当たった場所。
著名人、政治家、県民が訪れてはマスコミの取材がなされた。

ある夜、月の音楽会と称して演奏会があった。
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エストラーダ率いる川竹道夫さんは、
いまや若いギター界のプリンス、徳永真一郎さんの師匠。

コンサートはいつしか河原の草に腰を下ろし
焚き火を眺めながら知らぬ者同士が酒を酌み交わす時間になっていた。

堰本体を透過する水のため堰直下流の水は澄んでいる。
(それは干潮のときだけ。満潮時は海の水が14km上流のこの地点まで到達する)
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そこはシジミなど魚介の宝庫であり
子どもがハゼ釣りなどをして楽しんでいた。
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第十堰は、上堰(かみぜき)と下堰(しもぜき)の二段構えで流れに斜めに置かれることで
水流の抵抗を減らすとともに分流に配慮した構造となっている。
上堰は青石を積んだ箇所があって
大水で堆砂が除かれると思いがけず美しい堰の姿が現れる。
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下堰は昭和30年代にコンクリートで補強されているが老朽化しており、
漏水なのかパイピングなのかはわからないが
水が漏れている箇所がある。
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当時誰が言い出したか、だいじゅう=大事YOUという洒落でカップルが訪れていた
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ところが久しぶりに訪れた第十の堰の北岸は
帰化植物が生い茂るジャングルと化していた。
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かつて音楽会が開かれた場所がどこなのかもわからない。
車の幅すれすれの草をすり抜けて
ようやく堰の間際にたどりついた。
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それでも人々で賑わった往時と変わることなく
鳥たちの営みが見られる。
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誰もいない堰に落日が迫ると、
子どもの頃、熱にうなされながら聞いたあの曲が聞こえてきた。

どこまでも果てを知らない 空の谷間にこだまする… 


いや、聴いているのではなく自分が歌っていた。
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posted by 平井 吉信 at 13:43| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ほんとうと思えること 誰がみても善いこと 精神の美しさを求めること


社会全体の意識レベルを上げていきたい。
政治とか経済をカテゴリーで語る時ではなくなっているし
未来を誰かに任せる危うさは嫌というほど見えている。
このままいくと人間社会は破滅を迎えるだろう。

世界中のあちことで同時多発的に起こっている独裁的な政治。
政治の影響はあまりに大きい。
独善的な意思決定で国民が振り回されるのは東アジアだけでなくどこも同じ。

東日本大震災での福島第一原発が辿った結果について
当時の経営陣は刑事責任を負わないという判決が出た。
法治国家とは法律が社会の基準となるのは言うまでもない。

しかし社会の隅々まで隈なく拠り所を記すことは不可能であり
そこに解釈の余地が生じる。
(一票の格差是正が大原則で2県にまたがる選挙区を設置したものはその最たるものだろう。それは心なき法治主義)
そもそも法律とは人々とその社会や生態系も含めて幸福のためにあるものだろう。
対策の必要性は東電内でも共有されていたはずであり
電源の水没を防ぐ措置や冗長化などは直ちに対策できたはずだし、
長期的には防潮堤の設置も計画できたはずである。
これがほかの産業なら消費者に迷惑をかけて会社も利益を喪失する程度で済む。

しかし原子力に関しては
いったん被害が起これば元に戻すことが不可能で(不可逆的)
その被害が天文学的時間に渡り(永続的)
生産活動や食物連鎖、生態系へ広がり(連鎖的波及的)
生命の設計図を変えてしまう危険性(種の存続への危機)
結果が壊滅的という例を見ない分野である。

原子力の原理そのものは善も悪もない科学技術である。
しかしそれを使いこなす技術思想(技術そのものとそれを運用する真善美に基づく理念)がいまの社会にはない。その象徴が核兵器である。
こんな社会で原子力を使いこなせるはずがない、とぼくは思う。
善意に基づいて支え合う社会が世界中に成立するまでは原子力は封印すべきだろう。

核兵器は全世界で即刻皆無にできなければ
百年という短い時間でも人類の存続は難しくなってしまう。
政治は有力な手段であるとしたら、
その政治家を選んでいるのが人間である。
(例えば、ゴルバチョフがいたから時計が未来へと進められた。現在の世界が必要としているのは彼のような政治家)
政治家を変えるなら自分たちの意識を変えないと
偽物のリーダーシップや危ない思想に共感したり
悪意を善意のように解釈してしまう。
そして気付いたときは後戻りできなくなる。
いまはその瀬戸際まで行っているのではないか。

為替だとか株価だとか言う前に
なぜこんなに物価が急激に上がるのか
消費税はほんとうに必要なものなのか
根源を考えてみようと訴えている。

根源とは人々の幸福であり、個人も法人も人種も年齢も能力も関係ない。
ただし、人々が誰かのために生きることが自分も幸せという状態
(幸福とは何かの価値基準が共有されていること。真善美という生活理念が憲法や法律の前提としてあることだろう)

社会を構成する一人ひとりの意識とその集合体である社会の成熟を進めるために
間違った方向に進んだ社会システムを再構築して
一人ひとりが社会に関係性を持って関わる社会を構築しなければならないだろう。

そして歪みをもたらしている貨幣経済に変わる社会を考えなければならない。
お金を持つことが悪いのではないが、
それをどう活用するかの熟度が追いついていない社会では
格差と悪意が拡大するのみ。

地域単位で自治を行いつつ連合国家をなすという姿、
つまりは地域が主体的に人々が関わりを実感できる社会が回答のひとつだろう。

まずは地域主権。
地域のことは地域で考えて財源を負担して実行するという考え方だが
地域と全体ですること、公民でやるべきことを明確に分ける必要がある。。
社会的に影響度が高く公益性が高い分野は全国統一組織で考える(JR、郵便事業など)。
生活に直結する分野に競争原理は害となるので公営(水道事業、図書館など)、
それ以外は、紐の付いた交付金ではなく
地域が独自にルールを決めてお金の使い道も決めていく自治へ。
(かたちだけの消費者庁の移転など何の意味もないのだ)

そして格差の是正。
所得税率の変更と消費税の廃止を経て補助金などのムダな事業、
省庁の天下り先が所管する肥大化した事業等を廃止。
そしてベーシックインカムを導入する。

れいわ新選組の山本代表が何を考えているかはわからないが
理想郷に向けて政治がいまやるべきことを
地域主権と格差是正として多くの人(弱者と呼ばれる人たち)が関わっていく社会をめざしているのだろう。
(既存の利害関係に従属している政党とは一線を画していることが多額の寄付からも伺える。演説のわかりやすさだけでなく危機感を持つ人々の心に響いたのだと思う。蛇足だからこの頃あちこちで耳にする「ささる」という言葉に違和感を覚える。共感しているという状態は、おだやかでじんわりとあたたかい心の作用と思うから)

ぼくは憲法は改正すべきと思っているが
それは現政権とは異なる価値観に基づいている。
原子力発電所さえ事故を防げない未熟な社会の理念。
(今回の判例はその象徴。決して東電だけの責任ではない)
詭弁に気付かない国民が多い社会で
間違った方向をめざす人たちが主導する憲法改正などありえない。

森が燃えても温暖化が深刻化して異常気象と災害が勃発する状況になっても
基本的な人権が尊重されない社会で抑圧される事態を直視しない人たちに、
スウェーデンの女性や香港の若者たちが身体を張って行動している。
未来を描く理念、利他心を持って行動する人たち。
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あなたはどちらの社会に住みたいですか?
そしてどうしたいですか?
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posted by 平井 吉信 at 10:57| Comment(0) | 生きる

2019年09月16日

さなみどり すだちから生まれた豊かで潤う香酸柑橘 


すだちには酸味だけでない独特のえぐみがあり
さわやかな酸味で押し切るレモン果汁などとの違いがある。
個性が強いはずなのだが
食材にかけられたとき、このすだちの風味が足し算にならずに
引き算として捉えられるところに特徴があると思う。

引き算とは、素材の余分な脂分や冗長な雑味を削ってくれる感覚。
もちろん、すだちをかけることは本来は足し算なので
特有の酸味が乗ってくる。
その相互作用が素材や料理を活かして食が進むように思う。

徳島ですだちといえば(価格面では)高級食材ではない。
各家庭でふんだんに使われている。
なにせ生まれたときから初秋の食卓に載っとうけん。

ゆこうという香酸柑橘についてはこのブログで取り上げた。
冬の風物詩としてぼくは毎日ゆこう(果実)を絞って蜂蜜の湯割で飲んでいる。
これ以上にほっとする飲み物がこの世にあるとは思えない。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/185115564.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181807058.html

そのゆこうに高い整腸作用、抗菌作用があることが徳島大学の研究で判明した。
それはユズなどの他の香酸柑橘と比較してもである。

すだち、ゆず、ゆこうが徳島の香酸柑橘の三姉妹であるが
すだちに従姉妹が現れた。
徳島県が開発したすだち徳島3X−1号という品種で
種が少なく果汁が多いのが特徴だが、繊細な性格で栽培に手間が掛かる。
県内でも佐那河内の一部の生産者しか栽培していない品種らしい。
名前を「さなみどり」という。

数年前にさなみどりに出会ったときのときめき(驚き)は忘れない。
すだちと見た目は同じ大きさだが、どこまでもエンドレスで絞り出される果汁の豊かさ、
そしてその鮮烈な酸味が天に向かってどこまでも伸びていく。
豊かな潤いとコクに酸味を重ねて濁らない絵の具としかいいようがない。
(すだちにゆこうの豊潤かつ鮮烈な酸味をブレンドしたような)。
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実際に豆腐をいただくとき、醤油とすだちをかければ
ほかに何も要らないというごちそう。ほんとうに要らない。
番茶とご飯と豆腐+さなみどりだけで食事は完結。
(北大路魯山人の満足感とでもいおうか)。

なお、ここでの豆腐はさなみどりを活かせるものが、
豆腐も活かせるものとなる。
具体的な銘柄はあえてひとつだけ。
「北海道産とよまさり美味しいとうふ絹ごし」
https://www.satonoyuki.co.jp/lineup/416/

県内はもとより県外にも豆乳系の濃厚豆腐がある。
それはそれでひとつの世界をかたちづくるけれど、
濃厚というわかりやすさでぐいぐい押してくるが
それが仇となって毎日食べると飽きてしまう。
(なぜか、さなみどりとも合わないのだ)

おいしくて毎日食べられるというと
これまで食べた豆腐では上記が抜けている。
(社内に豆腐の目利きがいるのではないか)
封を切って皿に落とし、鰹節やらさなみどりやらをそのときの気分で振りかけて
自家製梅干しも添えてご飯とともに口へ運ぶひとときが幸福感といわずして何?

さなみどりと最高の相性と思ったのが
「すだち鮎」との掛け合わせ。
天然アユの芳香をはからずしてさなみどりが補ってくれ
すだちアユの節度ある旨味にブレーキをかけることなく
相乗効果で口福につなげる黄金の組み合わせ。

さなみどりの大仲さん、すだち鮎の岩崎さん、
どちらの生産者とも面識はないが
この二つを組み合わせたら徳島の特産品として
個性が尖りながらも豊潤な徳島の食を伝えられるのではないか。


すだち鮎(この写真のすだちがさなみどりである)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/186557302.html

posted by 平井 吉信 at 21:44| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

獺祭を愉しむ秋


ご存知、近年頭角を現した山口県の蔵元がつくる銘酒。
数日前にアルコール濃度が異なる商品が出荷されたとして自主回収を行う旨の発表がなされた。
ものづくりに失敗は許されない。
当たり前のことを当たり前に行うためにどれだけの精神の支えが必要なことか。
そんななかで社員が原酒を水で割った際に撹拌を忘れたとのこと。
これが品質にどれだけの影響があるかは不明だが、少なくとも健康被害にはつながらない。
もしこれが他社であればそのまま看過するかもしれない、などと思ったりもする。
自主回収とはいえ、それにかかる費用は5〜6億円。
それをあえて行うところにこの企業の姿勢を見る。

獺祭はフランス料理(三つ星レストラン)でも使われるほど
国の内外で愛飲されている。
この品質を手の届く価格で提供するために
完全空調のビルで科学的な醸造を行っている。
結果として量産と会社の成長につながったが
それが目的ではないと思う。

おいしい酒は誰にでも手の届く価格で飲んでもらいたい。
年間○○本の幻の酒にならないよう多くの人に味わって欲しいと社長が思ったからだろう。
ぼくはその理念に共感を覚える。
ニュースが出た翌日、たまたま切れていたので
獺祭を買いに行った。

購入先は徳島市内の特約店。
(それ以外の店で見かけても買わないよう。プレミアム価格となっているから)
もちろん冷蔵陳列である。
こちらもクーラーボックス持参でただちに自宅に戻って冷蔵庫に保管する。

購入したのは、「獺祭 純米大吟醸45」( 720ml/ 1,620円)である。
前回購入したのは、ロット番号が2019年6月製造の19.06HC。
今回は7月製造の19.07HD。およそ一月の違いがある。
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ところが味が違うのだ。
(比較は開栓直後で比べている。そんなの比べられるのかって。開栓直後でなければ比較にならないでしょう。味の記憶は数年間は有効のようで1年前に食べた同じメニューや食材の味の違いがわかります。味覚は体調にも左右されるけどそれを差し引いても違いはわかるという数少ない特技です。タバコを1本も吸っていないことが生きていると思います。それとメーカーのWebサイトに掲載されていないが、獺祭の栓は密閉度が高い良いモノが使われているように思う。だから開栓直後で比べないと公平にならないと思う)

6月製造は、透明感があってきらきらと華やいで濃密な旨味をこれでもかと漂わせる。
これがぼくの獺祭初体験で打ちのめされそうだった。
比べると7月製造は、おだやかで水に近づいている。
完全空調で味覚に影響を与えるデータはすべて制御している同社でも
材料の力やその他に人間の味覚で感知できるけれどデータに表れない要素があるのだろう。
夏の料理には7月製造が合うが、
春から初夏の花が咲き乱れているような6月製造は捨てがたい。
それでいて透明度が高いのだから6月製造は格別できが良かったのではないか。

獺祭の毎月の変化を愉しめるとしたら
名月を愛でながら秋が深まるのを日々感じられるとしたら
1か月2千円弱の酒代は高くない。
(ぼくはビールはまったく飲まない。買って飲むとしたら「龍馬1865」だけ。同じ値段でエビスや銀河高原ビールが並んでいてもこちらを買う。おまけにアルコール度数が0%というのがすばらしい。個人的な体感だがウィスキーや焼酎などと比べてビールのアルコール度数は度数の高低でなく人を不快にさせるのではないのだろうか。酒税法での分類は別にして少なくともぼくはビールにアルコール度数は余分だと思っている)

日本の秋を日本酒で味わう季節がやってきた。
唱歌を聴きたい。今宵はCDでNHK東京放送児童合唱団を。

童謡、唱歌で 夢は山野を駆けめぐる
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177043576.html
posted by 平井 吉信 at 21:09| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

踊りは魂の自由で自在な飛翔 四宮生重郎さん逝く


踊ることはまさに魂を鼓舞すること―。
いまは満月から十六夜を過ぎて立待ち月の頃。
月の光を浴びて身体を自由に動かしてみる。
それが踊り。

ところが今朝の徳島新聞の一面に
阿波踊りの名手、四宮生重郎さん(91歳)が9月15日にお亡くなりになられたとの報せ。

四宮生重郎さんの踊りを動画上で見ることができる。
岩が動いているような安定感。
それでいて律動に合わせて(むしろ先導しているのではと思わせるような)
音楽との一体感。

齢八十を超えてさらに軽やかに
心から踊りを愉しみながら
見る人を幸福にする(見ているほうが放心してしまうほど)。

そこには見る見られるの関係が消えて
ここから空気(場)が変わっていく。
二拍子の動きに現れる静的な間合い、
まるで時間を止めて人生を愉しんでいるかのよう。

かたちに捕らわれることなく自在で
いかなるリズム、音楽にも合わせる融通無碍の芸。
もっとも普遍的な阿波踊りでありながら
誰も真似ができない境地に達し
しかも伝統に縛られることなく軽やかにステップする。
踊りの本質をご覧になったうえで
変えること、変わらないことを見極めていらっしゃる。

かたちにとらわれず、かたちは崩れず
楷書のようで草書でもあり、草書のようで端正でもあり
それでいてどの踊りも四宮生重郎の香りが立ちこめる。
四宮さんの表情を見ていると
脳波ではα波からさらにθ波が出現して
その周辺が彼とともに無我の境地に包まれているように見える。

阿波踊りの至芸 四宮生重郎と藍吹雪鳴り物
https://www.youtube.com/watch?v=Gu8_ywYMLUI

阿波踊りの達人-四宮生重郎
https://www.youtube.com/watch?v=v_4McUq3j4g

スリラーで踊る四宮生重郎さん
https://www.youtube.com/watch?v=8vzuOwTkVl4

このブログで阿波踊りについて触れたのは
神山の桜花連が唯一。
(面識はないが駅前で自在に踊っている姿が地元の盆踊りを彷彿させて心に残っている)

地元に捧げる魂の踊り
http://soratoumi2.sblo.jp/article/73634381.html

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阿波踊りのショー的な側面をを否定するわけではないが
例えば、大音量の荒っぽい鳴り物と切れ味に偏った動きが拍手を浴び、
フォーメーションと称して器械体操のような変化を挟んでいく。
かたちを押しつけてこのかたちを楽しめと強要されているよう。
踊りが終わった翌日から翌年に向けて始まるといわれる厳しい研鑽には頭が下がるが
踊りは魂の自由な鼓舞と信じているぼくには愉しめない世界。
(よさこいを見に行かないのも同じ理由)

近年では行政や新聞社、振興団体間の確執が表面化して興ざめ。
昭和28年にはそれまで設けられていた観覧場を廃止して
市内どこでも自由に踊れて観客と踊り子が一体感を感じられるようにしようとの提案が
当時の徳島新聞社から出されて観客には好評だったときく。
(昭和30年には観覧場が復活することになるのだが)
何かのルールで縛り付けることを辞めていったんはこのスタイルにして
再構築したほうがいいのではと思える。


追記〜阿波踊りの概観〜

踊りのグループは連と呼ばれ、阿波おどり振興協会・徳島県阿波踊り協会・阿波踊り保存協会のいずれかに所属し卓越した技術を持つ有名連、企業連、学生連などがある。

明治の頃の阿波踊りは見せる踊りというよりは参加する踊りでまちかどを流して歩くのが主流で揃いの衣装もなかった。しかしその頃から徳島の盆踊りはまちじゅうが浮かれると話題になりつつあった。阿波藍の繁栄も背後にあっただろう。しかし明治の中頃から安価な化学染料が入ってくると藍商人たちの力も翳りが見えて一時期衰退。

しかし踊る気質は経済低迷でも容易に人々の心からは去って行かない。大正時代には見物人が来るほどになり、昭和初期には徳島市の経済活性化のためということで観光資源として阿波踊りに力を入れるようになっていく。昭和8年にはNHKのラジオで全国中継、昭和16年には東宝映画として「阿波の踊り子」が撮影、会社や店の宣伝を行う企業連が集まり始めた。

それまでは市内のどこでも踊っていたが、踊り子にすれば山場がないということになる。今日のように魅せる阿波踊りとなったのは観覧場を設けたことが大きい。この方向が観光資源化、商業化の流れを加速していった。

今日の有名連と呼ばれる連のルーツは戦前ののんき連からの派生がある。
http://www.nonki-ren.jp/
戦後になって娯茶平連、天水連、藤本連から発展した蜂須賀連などが出現。今日の有名連の原形(系譜)はこの辺りにあり、独自の試行を重ねて今日に至っている。どの連がどの連をルーツにしているかは見る人がみればわかるそうだ。
 
阿波踊りの上手とはアスレチックな訓練ではなく天性のものがあるという。優れた踊り子は子どもの頃からその片鱗があるが、50人に一人ぐらいという。

阿波踊りの道具は通常のものと異なる。下駄は普通の下駄ではだめで女踊りの運動量をこなすための堅牢な設計が必要となる。足袋は足袋でアスファルトで躍動すると腰や膝を痛めるのでクッション性が求められる。これらは専門店で入手できる。


参考文献「阿波踊りの観光化と「企業連」の誕生」(高橋晋一氏=徳島大学大学院ソシオ・アーッ・アンド・サイエンス研究部,国立歴史民俗博物館共同研究員、2014年」
ほか平井の聞き取りによる。
タグ:阿波踊り
posted by 平井 吉信 at 11:47| Comment(0) | 山、川、海、山野草