2018年08月17日

再訪 ビルトンフラワーデザイン 夢を現実へと生きている 


久しぶりに訪れたナガヤ。
ここは徳島市沖浜の表通りから入った住宅地の一角。
小さなお店などが集まっている。
http://nagayaproject.com/

久しぶりにBiltonFlowerDesignのビルトン育代さんを尋ねてみた。
店内兼作業場はところ狭しと
誰かの部屋、どこかの場所で人々の目に触れられるのを待っている花たち。
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小さな店をひらいてそこから世界を見ている。
自分で見つけた生き方を自分なりに生ききってみる。
彼女のビジネスは2018年から動き出した。

https://www.biltonflowerdesign.com/
posted by 平井 吉信 at 23:38| Comment(0) | 生きる

効率主義の社会でこぼれる夢を拾っていきたい よろず修理屋、夫婦ではじめました


「音の鳴らなくなったCDラジオプレーヤーを持って来られたお客様がありました」。
その人は、ぼくに静かに語り掛けます。

ことの顛末はこうです。
ここは開業したばかりの電気製品を中心によろず修理を行う作業所です。
まだ世間に知られていないし
経営者が器用な人ではなさそうで、それほど繁盛しているように見えません。

ある日、店の電話が鳴りました。
「すみません、古い機械があるのですが、そちらで修理していただけますか?」
声の主は40歳前後の女性でしょうか。
「どこ行っても修理してもらえないんです」と
消え入るような声の調子。
一度見せていただけたら…と治る可能性があるかもと店主。
声の主はさらに続けます。
「この子をもう一度鳴らしたいのです」。

(ここからは店主を主語に一人称で)
しばらくしてお店にいらっしゃった女性が持ってきたのは
ソニーがOEMか通販専用ブランドでつくっていた商品のようです。
私はさっそく見てみました。

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調べてみるとピックアップ(CD信号の読み取りを行うレンズとその駆動装置)が寿命のよう。
古い機種で交換部品もすでにありません。
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しかしこの時点で諦めることはありません。
メーカーに部品はなくなっていても
どこかで細々と同じ仕様のものが作られていたり
秋葉原の部品店で在庫があったりするのです。
いまは便利な世の中です。
インターネット検索をするうち
ピックアップの製造元と品番らしきものが判明。


消耗部品のコンデンサーも見ましたが、
(たいがいはコンデンサーが液漏れをしていたり寿命を迎えていたりします)
意外なことに電気的な劣化は見られません。

部品を取り寄せてさっそく組み込んで見ます。
音が出ました。
この時点で修理完了、ではありません。
長い間通電していなかった機械は動作が不安定で
しばらく鳴らしながら様子を見る必要があります。

数日鳴らしているうち、修理直後は不安定だった読みこみが落ち着いてきて
音飛びしていた箇所で飛ばなくなりました。
私はそのとき気付きました。
音飛びはピックアップだけでなく、CDを押さえる蓋の滑りにくさも原因かと。
そこで潤滑剤のシリコンを回転部に施してみました。
もともとのこの機種の特性でしょうか、
ピックアップの感度が高すぎるのも原因かもしれません。

そうして一週間ほど鳴らすうち再生音が安定しました。
私は修理完了の電話を入れ、
「できればご自身が聞きこんだCDを持ってきてください」とお伝えしました。

しばらくして見えられたのはご夫婦でした。
「まさかこれが治るとは!」
ご主人が驚いていました。
奥様はその様子を見て満足そうでした。
目の前でCDが鳴ったのを見届けたご夫婦はお礼を言って帰られました。

それから一週間して電話を入れてみました。
当店では、修理後もその動作を確認するため
一度だけお電話を入れています。
電話に出られたそのお声は弾んでいました。
私たち夫婦もその様子を聞いてうれしくなりました。
(一人称はここまで。ここからは平井が代わります)

ぼくの想像ですが
あのCDプレーヤーはご夫婦にとって大切なものだったのでしょう。
若い頃、ふたりで耳を傾けた音楽を奏でていたのかもしれません。
社会の片隅で大切にしている時間と物語があり、
それを紡ぐ人がいるのです。
なんでも修理する仕事、よろず修理屋。
でもご主人は照れながらぽつりと言いました。
「これでは飯は食えない」(笑)。

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照れ屋のご主人とそれを支える奥さんが
今年の春に創業したよろずごとを修理するお店を紹介しました。
(照れ屋なのでサングラスをして強面風ですが、実はやさしく誠実なご主人です)
(修理中の写真は福島ご夫妻の提供)

よろずやADLiB https://www.facebook.com/yorozuyaadlib/
バイクの電装系カスタム ADLiB https://www.facebook.com/adlibz900/?ref=py_c
徳島市南沖洲1-1-15
福島照男・宏子 090-6885-0028
posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(0) | 生きる

勝浦川の夏 飯谷の河原は夏を惜しむ人々で賑わうけれど


勝浦川でもっとも水深があるのは、
徳島市飯谷町の屈曲部ではないだろうか。
東流する勝浦川が岩盤に当たって北流する水衝部(水あたり)の淵。
水深10メートルは確実だろう。
(幼少時、勝浦川を遊び場にしていた父は底が見えないと言っていた)

飯谷小学校の前の河原が道路から容易に入って行けて
河原の収容能力も高いことから海水浴場のような感じ。
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河原のある小学校側は少しずつ深くなっていくが
県道の下は崖となっていて、水によってえぐられた淵となっている。
縦の温度差と曲げられた水の流れが水平方向の反転流や潜り込む流れをつくっていると思われる。
実はこの場所は水難事故多発地点でもある。
(ぼくも中学の頃から何度か遊んだが最深部では底が見えず不気味であった)
それでも川から人を隔離するのではなく
注意深く川を知る体験を積み重ねることが
長い人生で生存確率を高めることにつながると信じている。
(ぼくは親族、親しい知人を川の水難事故で3人亡くしている)
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飯谷潜水橋の上流と下流の瀬では友釣りが行われている。
ぼくも幼い頃、田浦や丈六でどぶ釣りをした。
どぶ釣りとは、毛針を上下させて鮎を釣るもので主に解禁当初の淵での漁法である。

夏の雲、入道雲は見ていて飽きない。
一年でもっとも昼間に空を見上げる季節。
(上向きの視線は夏との契約と思った)

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夏の日射しを照り返しながら川は流れる。


追記
みなさんにお楽しみをひとつ。
なんと河川敷にポストがある(水没する位置ではない)。
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一日一回は回収が行われているようである。
飯谷地区を訪問したらこのポストを見つけるのも楽しみかと。
親しい人への手紙を投函すると
川面を渡る風を感じてもらえるかもしれない。

タグ:勝浦川
posted by 平井 吉信 at 21:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年08月09日

沖縄のこころ

自分たちのことは自分たちで決めたい。
それが「住む」ことの原点だろう。
それに寄り添うのが政治や行政。

2000年に住民投票に辿り着いた徳島はそのことを率先して実践してきた土地である。
自分で決めることとは自分に都合の良いルールを一方的に押し出す(地域エゴ)ことにはならないと信じている。人間に生来備わっている利他の精神が働くはずだから。

沖縄は国防上重要な拠点であり琉球王朝の頃から東アジアの交流拠点。
翁長知事のご逝去によって基地問題への関心が高まっている。
どのような外交理念があるかその実現のための外交方針、戦略への落とし込みがあり
沖縄の米軍基地をどうするかはその後の論点と思う。
基地が経済活動(利権)と結びつくのであれば
それに変わる持続的な経済活動に取り組めば良い。
不可逆的な生態系改変と事故の絶えない安全面での不安、
基地依存の経済ゆえの脆弱性、依存性を考えれば
基地は地元にとってリスク要因ではないのだろうか。

東アジアの近隣諸国との良好な関係と環太平洋の友好関係のあるべき姿を考えれば
国防戦略の方針を見つめることが先ではないか。
地元の人が決めたことを、国はその意思決定を尊重して支えていく。
それが地域の連なりからなる地域主権の連携体、日本という姿でありたい。

きょうは長崎原爆の日でもある。
核廃絶に背を向ける政府は戦争による唯一の被爆国という皮肉。
なぜ、世界をリードしていこうとしないのか?
今年も田上市長の長崎平和宣言がうたわれた。http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p031606_d/fil/japanese.pdf

権力を持つ者を選ぶのは国民である。
まず国民が意識を持ってどんな未来にしたいかを描きできることから行動することだろう。
翁長知事をはじめ、歴代の知事が温めてきた「沖縄のこころ」に未来の日本の進む道があるように思う。https://ryukyushimpo.jp/news/entry-744820.htmlDSFT6274.jpg

8.11追記
沖縄の将来像として日本から独立して独自の三権(ゆいまーる憲法とでも名付けてみては?)を持つことができればすばらしい。
東アジア、東南アジアのハブ機能として
イスラム圏を含めてどの国とも友好関係を持ちアジアにおけるスイスのような役割を果たす。
そこには世界的にも希有な海、風土、食を求めて人々が集まる。
このような永世中立の姿勢には米軍基地は似つかわしくない。
本土に移転するか廃止するかである。
日本も外交政策の転換を求められるだろう。
独立後の沖縄は日本と連邦国家として日常的にはこれまでとなんら変わることはない。
日本にとっても沖縄を介して非公式な打診を行ったり実験的な試みが可能となるなど利点は大きい。
基地の広大な跡地が活性化の種地となる。
一部は自然に復元しつつそのプロジェクトそのものが見学(ツーリズム)の対象にもなる。
世界でもっとも進んだ自治を日本と連携して進めていく沖縄の姿をぜひ見たい。
posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | 生きる