2018年06月04日

そこには空と海だけ

雲をどこかに忘れてきた空が海と出会って それが岬
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岬ではムラサキカタバミすらトロピカル?
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半分だけ陽射しを受ける野バラの仲間。
光と陰の相補性を見せている。
明も暗も必要、善も悪も必要、それがこの世。
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この日もっとも多く咲いていたのはサボテンの花。
♪たえまなくふりそそぐこの陽射しのように
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コミカルなロボットアニメか実写のような造形
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数え切れない黄色が海に溶暗していく。ここで生きていくと決めている者同士で
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こんな場面だけでうれしくてしようがない
この世にあるすべてのものに
光は降り注いでいると伝えているから
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視線を遠く誘導されて気付いた
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ふと足元を見ればシオギクの花が開花しようとしている。
ちょっと待ってプレイバック! あなたが咲くのは真冬でしょ。
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ブラタモリのロケを室戸でやってはいけない
タモリさんが帰れなくなるから
(もしかしてネタバレしている?)
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こちらにおわすはジオパークの岩なるぞ。一同、頭が高い、控えおろう
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空海が修行した洞窟まで出てくるのだから
地球もえらいが人もえらい。
虚空蔵菩薩さまに帰依いたしますと百万回(虚空蔵求聞持法)。
(虚空蔵菩薩さまはぼくの守護本尊でもある)
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灌頂ケ浜 ― ここが四国の東南端の浜だとは誰が気付くだろうか
(看板がなければ)
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室戸岬しか知らない室戸岬の秘密を繙こうと通うけれど
そこにはただ空と海。
タグ:室戸岬 2018
posted by 平井 吉信 at 23:01| Comment(0) | 山、川、海、山野草

夏への扉


いつも注文しているコーヒー豆は千葉の小さな焙煎事業所によるもの。
注文票を見ると「夏への扉」(商品名)の文字が躍っている。

山下達郎の同名曲から付けられたという。
説明にはこう書かれている。
「ゆっくりと味わっていくと…優しい甘味から、爽やかに切れの良い後味…さらに冷めると、余韻の香りと味わいが長く華やかに続くと思います。キラキラ感が持続するのは…初夏の心地よい風と優しい日射しをイメージしました。」


音楽の「夏への扉」が収録されているのは「ライド・オン・タイム」というアルバム。
達郎がメジャーになるきっかけとなった同名曲が収録されているアルバム。
当時の音楽業界の関係者だったKさんが
「これはヒットしますよ」と興奮気味に語っていたのを思い出す。
https://amzn.to/2kKgUnc

「夏への扉」から始まるB面が遠くを見つめるようなおぼろげで
プレーンでありながら細部まで積みあげた音づくり。
リズムが確かにときを刻み、ギターが物語の先導をしながら
詩の余韻が波紋を広げて空に溶けていくような。
山下達郎のアルバムのなかではもっとも好きかもしれない。

ぼくにとっての「夏への扉」は必ずしも海ではないけれど
数日前の景色を真空パック(できないけれど)して並べてみたら
それぞれの「夏への扉」のカギを開けてくれるのではと。
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自宅から1時間少々にあるこの海は高校のときから自転車で通っていた。
当時の砂浜は小さかったが、真水なら飲めるといわれた水の透明度。
いまもそれほど変わっていない。
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静かな波間を沖の離れ小島をめざして泳いでわたる。
ときどきひっくり返って泳ぐけれど、太陽がまぶしくて目を閉じてしまう。
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海へと続く小径はもうそれだけで詩の世界
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ここは沖縄ではなく南四国だけれど、
サトウキビ畑から海へと降りていく石垣島の小径が頭から離れない。
今しかできないことってある。
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遠浅の海は入り江と小川がつくりだしたもの。
学校帰りに体操服のまま泳いでいた女の子たちがいたのは昭和だったっけ?
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小川と海が出会うと、ヨーロヤロというヤ行とラ行の音を混ぜる。
この音が若さの焦燥とやさしさが混じったほろ苦くも甘酸っぱい音風景。
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これらの海はすべてミネラルの聖地、海部の海。
ぼくにとっては「夏への扉」でもあり
憧憬にも似た「過去への旅」でもあり
はっきりと見ることはできない「未来への俯瞰」とでも。

このまま波間に浮きつ沈みつしながら生きて行けたらとも思うけれど。




いい色と感じますか?
撮影したそのままですよ。
フジX-T2+XF35mmF1.4 R、XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS


posted by 平井 吉信 at 22:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年06月03日

母川のホタル 明滅する散開星団のまたたき


海部川の支流母川(ははがわ)は、湧き水を集めて流れる里の小川。
平地を流れるため瀬や淵を形成することなく浅い流れが続く。
河畔には草や樹木が生い茂り、ナマズの生息密度が高い。

この母川で一箇所淵を形成するのがせりわり岩の周辺。
河畔林を洗いながら蛇行する母川が大きな岩の根をえぐった淵。
ここがオオウナギの生息地といわれている。
母川のオオウナギは体長1メートルを超える。
十数年前の大水のときは周辺の田んぼに上がっているのが見られたという。

オオウナギとともに母川を有名にしているのが蛍。
海部郡那賀郡では日和佐川、那賀川支流の赤松川、古屋谷川などでも目撃されるが
生息密度が高いのは母川だろう。

室戸岬の帰りに夕暮れに遭遇することになった。
ちょうどホタル祭りが開かれる夜のようで
会場となる河川敷には高瀬舟に乗りたい人たちであふれている。
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ぼくはもう少し上流にいた。この辺りは人が少なく周囲に灯火が皆無。
この日は月明かりもない。

暮れる前の母川の様子
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生態系豊かな川が四国にあることの価値を学び
保全と発信を地道に行うことが観光組織の設立よりも大切ではないか。
(特に海部郡の場合は集客施設で大勢を受け入れるのではなくここを気に入る一人と関係をつくっていく縁結びが観光になるような気がする。DMOの成否は思いと行動力と戦略を持った民間プレーヤーがグループを形成するなど地域の特性に依る)
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遠き山に日は落ちて…(19時半頃)
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静かな川の時間が闇に包まれて始まる
(川面に水紋が立ち、カジカやヒグラシの声に包み込まれつつ星が一つ二つと輝きながら暗闇に包まれる時間が好きで「川の時間」と呼んでいる。この日は19時40分過ぎにやってきた)

19時45分頃、川沿いの草むらにおびただしい光が明滅するようになった。
まだ飛び交うというのではなく、草に停まって待機しているよう。
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19時52分、ホタルが目立って増えてきた。どこにいたのだろうと思えるぐらい。
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19時56分〜19時58分 草むらから離れて飛び交うが遠くへは行かず周辺を飛び交うようになった
南の銀河面で10センチ反射40倍の視野で明滅する散開星団のように美しい。
(天体観望が好きな人にはプレアデス星団を散りばめたヒアデス星団のような、といえば伝わるだろう)


20時を過ぎると闇に包まれる。
デジカメの増幅されたEVFでも光跡以外は見えず
ピントは合わせられない。
(ピントは無限遠ではなくそれより近い)。
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20時5分を過ぎるとホタルが活性化して
光の明滅が同調しているように見える。
生物の不思議な意思疎通としかいいようがない。
ホタルは人に見せるために明滅していないのだが
不思議さを受け止める心は限りなく穏やか。
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星降る星夜とホタルの灯火、
ともに自ら光りながら空間に存在を知らせる。
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いま何かに苦しんでいる人がいたら
降り注ぐ光に身を置いてみては?
ヒトはもちろん発光しないけれど、
一人ひとりの細胞は光を放っているはず。
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誰かのつくったモノサシに踊らされなくていい。
生きていることそのものが人生の目的なのでは?
(そうはいってもどうしようもないことがあるかもしれない)
何のために生きるかは後付で決まること(決めることではなく)。
だったら無目的に生きてみては?
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明るい流れ星が視野を横切り
小さな光が滝のように川面に降り注ぐ母川の夜。
ホタルの明滅が終わる前にここを去って
明日するべきことに備えるなら、違った一日になるのかも。

posted by 平井 吉信 at 18:50| Comment(0) | 山、川、海、山野草