2018年04月30日

薬研谷のアケボノツツジ 道迷いに注意 


今年は開花が随分と早くなっている。
アケボノツツジも例年なら見頃を迎えるはずだが
すでに散り始めているとか。
砥石権現、高丸山、それに昨年は薬研谷へと訪れた。
今年は薬研谷から。

少し前に通ろうとした神山町からの野間林道が工事中だったことを思い出し
旭ヶ丸からの林道を西へ行けるところまで行ってみようと考えた。

池の畔で遊んでいたので時間は15時を回っている。
ヘッドランプ、予備の水と食料、
ビバーグも可能な軽量のライトシェルジャケット、
それにスマートフォンは持っている。
(普段は使っていないが非常時にメール送信ができる)
ということで日没後もある程度対応できる。
(月齢は満月に近いことも知っている)

旭ヶ丸からの林道は最初は荒れているが
柴小屋方面が近づくと一部は舗装している。
慎重に運転すれば普通車でも通行可能。
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車は薬研谷の入口の手前、佐那河内寄り(林道梅ノ木線分岐よりも東)に停めたので
林道を歩くのに40分ほどかかる。
柴小屋山から旭ヶ丸への四国のみちが林道が出会うところ(16時過ぎ)。
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林道沿いの新緑を愛でながら歩いていると
足を止めたくなることが多い。
これは何の新芽?
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視界が開けて林道から薬研谷の大岩が見えてきた(16時14分)。
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薬研谷への接近は難易度が高い。
山頂をめざす通常の登山では踏み跡が絞りこまれてくるし
そもそも標識があることが多い。
ところが薬研谷は降りるところから拡散していくし
どこにも「薬研谷」の標識はない。
(GPSでも現在地はわかってもめざす地点がわからない)
前回は視界の効かない雨と霧のなか
読図とコンパスだけで初めてのルートを周遊
して
迷うことなく分岐に戻れた。

夕方とはいえ晴れているし
林道から薬研谷までの距離は遠くない。
谷に降りず岩の上から眺めて戻ることにした。

林道からはここが谷への入口
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薬研谷周辺は谷と尾根が入り組んでおり
そこに巨岩が点在する。
そのなかでも林道の存在や人工林と自然林は識別の留意点となる得る。

薬研谷へは下る一方ではなく、
通称「東の大岩」(展望ができる岩)へ向けては登りがある。
その直後に薬研谷への下りがある。
そろそろ大岩が近づいているはずだが(16時58分)。
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前回気付いたのだが
薬研谷周辺では方位磁石が正しい方向を示していない
気がする。
(プロトレックとシルバコンパスで経験。おそらく岩盤が指針に作用しているのでは?)
自分がどこにいてどちらを向いているかがわからないと
めざす方向がわからない。

東の大岩へは前回はぴたりと探し当てたが
今回はなかなか見つけられない。
前回はすぐに辿り着いたので変だなと思いながら
尾根を辿って小ピークに出てしまう(17時10分)。
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尾根周辺ではアケボノツツジはかろうじて残っているが
すでに落花がほとんど。
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何度かピークと尾根を行ったり来たりしているうちに
行きに見逃したと思われる岩を発見。
上がってみるとこれが東の大岩(17時33分)。
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西の大岩も眼前に見えているがアケボノツツジはやはり散っている。
(この谷底へ下って今度は正面の崖に行くというと難儀なルートのようだが実際は危なくもしんどくもない)

大岩から少し下ったところに向こう側へ抜けられる洞穴がある。
(ビバーグに使える格好の場所かも)
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大岩のうえで水分補給と栄養補給を済ませて
往路を戻ろうとするのだが、
何度も薬研谷へ降りてしまう。
そこでまた大岩周辺まで登り返す。
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西へ進む周遊ルート(大道丸へ)だとこれで可なのだが
日没との関係で林道に戻らなければならない。
山に陽が沈むと林間は真っ暗になる(18時21分)
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谷底が平らな薬研谷を下れば往路へ戻れるとも考えたが
往々にしてこのパターンは途中で崖に遭遇することが多い。
道迷いの典型的な錯誤は疲労も重なって登り返そうとしないこと。
その轍を踏まないよう大岩のある尾根まで登り返すことを繰り返しながら
頭を整理していた。

前回の雨のときに東の大岩へ辿り着いたルートは途中までは同じだが
最後が違うようだ。
(前回は唐突に岩へ出たが今回は尾根から辿っている。まずは前回の先入観を消すこと)

薬研谷へ降りるのも今回は降りやすいルートで
前回は3点確保しつつ降りたルートとは異なる。
前回の記憶を頼りに降り口(戻り口)を探しているが
(そもそも前回は周遊ルートなので後戻りしていないのだ)
来た道への入口が見つからず、
下るつもりが薬研谷へ降りるということは
これまでの思考(無意識に決めてかかっている先入観)を離れるべきと考えた。

そういえば、尾根を何度か往復していると
斜めに降りていく踏み跡があった。
あれも薬研谷へ降りるものと決めてかかっていた。
もしかしてこれかもしれないとひらめいて足を踏み入れてみると
周辺の地形や森の樹種の記憶からこれが往路に辿った踏み跡と判明。
(18時35分)
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ほどなく林道へ出た。ここから東へ3km歩く。
月は十四夜なのでヘッドランプはなくても見える。
わざわざ薬研谷の入口から離して置いたのは
林道沿いの明るい森を体感したかったのと
距離を歩きたかったのと
林道歩きがクールダウンになると考えたため。

車へ戻って林道大川原旭ヶ丸線を東へと帰路に着いた。
鹿と狸はよく見かけた。

さて、今回の道中で見かけた植物をいくつか。

まばゆい黄金色はキンラン。
生態系と一体となっているので持ち帰ることがないように。
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沢筋の斜面ではイチリンソウ。
花弁の裏に桃色を帯びてたたずむ姿は楚々として美しい。
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明るい森の表情
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ヤマルリソウとスミレなどによる万華鏡の花の宴
マクロではなくフジの標準レンズ(XF35mmF1.4 Rに中間リングを入れている)。
普段の7割はこの標準レンズ1本だ(人も商品も自然も含めてほとんどこれ1本)。
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今年はアケボノツツジの良い季節に間に合わなかったけれど
春の山野草を楽しむことはできた。

posted by 平井 吉信 at 21:30| Comment(0) | 山、川、海、山野草

都市部のみなさま 連休も混みません


県庁がある都市から車で1時間弱の高原の一角にある。
ここは清冽な沢の水が流れ込む場所。
湖面はご覧のとおり。
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水辺を見下ろしながら便利店(←中国語です)の弁当をいただくが
(これはうまい)
この状況ではフレンチレストランにも負けていない。
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※すりおろし生姜香る豚生姜焼き弁当
462円(税込498円)
http://www.sej.co.jp/i/item/130100044413.html?category=295&page=1

机も何カ所かある
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木陰ができていて湖面を渡す風が涼しい
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都民のみなさま、
四国の1/4の面積に80万人しかいませんので
光り輝く連休中も誰もいません。
仕方がないのでひとりで楽しんでおります。
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なんだ、単なる田舎自慢のグルメレポートか?
そう思われませぬよう生態系も報告いたします。

湖面の畔には四季を通じてさまざまな植物があらわれます。
例えば、フデリンドウ。
小人のような小さなリンドウで、なぜか対になっていることが多いようです。
(気付かずに踏まないようにね)
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沢の近くではニリンソウ
ジブリの作品に出てきそうな場面です。
子どもたちに山野草の愛らしさとそれを大切にする心をそれとなく伝えると
親の株があがるかもしれません。
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突然こんなのが現れたら
子どもたちは驚くでしょう。
ユウレイソウともいわれますが
ギンリョウソウと覚えましょう。
色素がないので透けて見えることがあります。
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次に湖面を観察してみましょう。
びたりと凪いだときの鏡のような姿も美しいのですが
風の神様がお渡りになるときもおごそかななきらめきがあります。
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少し加工すれば、ほら、大河ドラマのタイトルみたいでしょ。
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「金長さん」は大河初の動物(狸)を主人公に(といっても普段は人間の姿)
平成36年に予定されています(信じてはいけません)。
鳴門秘帖と金長たぬき(阿波狸合戦)は共通点がありますね。
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これから高原に上がって名物のアイスクリームを食べたり
ツツジを眺めたり
風車を見上げたり
遠く鳴門や淡路島まで見渡したり
乳牛の写真を撮ったり
お好きにどうぞ。
でも、どこへ行っても空いています。
徳島ですから。
(体験型観光って誰かの助けで何かをやることだけでなく、自分で場所を発見して自分で楽しむものですよ)



posted by 平井 吉信 at 11:11| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年04月25日

きょうもいっぱいでした カツカレー


前回、偶然前を通りがかって
いい匂いと人の列に並んで入った神保町のとある店。
(後で名店だと知った)
今回はわざわざ行ってみた。

混んでいました。行列は20人ぐらい。
でも気にしない(といいながら時計をちらちら)
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キャベツが少なくなったかな。
(前回)
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それは気にしない。店を続けていくことが大事だから。
これから日比谷線に飛び乗って急いで会議へと出かけるのだ。
posted by 平井 吉信 at 23:25| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

駅ナカからあんパンを究めてみる


ご存知東京駅。
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そして駅ナカへ。

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  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

あんパンを切ってみれば
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小豆のずっしりと詰まった小部屋があった
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あんぱん専門店の豆褒美 
posted by 平井 吉信 at 23:14| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

星をかたどった瑠璃色の山野草を見たことがありますか?


道ばたに何気なく咲いていた。
誰もその花に目を留めるまでもなく、
ただ木陰に群生していた。

春に見る瑠璃色はなんといっても室戸岬のルリハコベ。
でもこの星型の青と紫と空色を混ぜたかれんな花は
身近な里山で咲いている。
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しかも星をかたどった光条をまとって。
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おそらくは、ホタルカズラという。
posted by 平井 吉信 at 22:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

この花咲くや 生きた証しの桃色の


沢筋や急斜面で見かけることがあるこの花、
鄙にはまれなあでやかさ。
それでいて鄙びた風合いも。
春の野山で稀に出会う美少女のように。

生息地の情報をまるで持っていないぼくは
自分の足で歩いて偶然見つけたいくつかの自生地から
2018年にモモイロイワバソウ(仮称)が生きた証しを記録している。
ささやかな生態系の希少種というだけでない
人の心の温もりの象徴としてこの山野草を愛でている。

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posted by 平井 吉信 at 22:42| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年04月22日

夕方だから出たくなる 歩きたい 中津峰


出張が続いた週末は用事がたまっている。
時計を見ると16時前。
このまま身体を動かさないと身が持たないと感じて山へ行く。
登山ではなく山歩き(散策)。
(山歩きは疲れを取るために温泉へ行くのと同じ。精神論ではなく科学的合理的な理由から。ただし心拍数を上げない歩き方が条件。ぼくはナンバ歩きなので息が上がることはほとんどない)

この時間は山で出会う人はほとんどいない。
だから静かな山旅が楽しめる。
行くとしたら近場の山ということで中津峰しかない。

もはや日の陰った場所が多い。
そんな場所でこの季節の風物詩はシャガの群落。

ニコン(D7200)で捉えたこの絵がいい。
幽玄を彷徨うような、しかし忠実度の高い画像。
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フジX-T2+XF35mmF1.4 Rで捉えたシャガには虫がいた。
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シャガの群落を見下ろすように葉が絡まった幹が斜めに
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登山口にはスミレが多い。
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山菜が陽光を浴びて背伸びしている
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谷筋の地形に出くわした。どこまでも追いかけていきたくなる。緑と光のなす織物のような光景だったから。
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ツツジもちらほら。すでに盛りとなっている個体も
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山頂を過ぎて南西のゆるやかな尾根の踏み跡をたどる
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いままで通っていない踏み跡を進んでみると林道に出た。
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きょうは中津峰なので地図を持っていない。
たぶん知っている道へ抜けるだろうと思っていたらまさにそこ。

車道を歩けばそろそろ日没。
この辺りは人工林だが、間伐が機能している(混交林)。
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見上げた空に飛行機(複数)。
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飛行機を追いかけて黄昏。
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徳島市南部の標高773メートルの中津峰を夕方歩く疑似体験をしていただけましたか?



タグ:中津峰
posted by 平井 吉信 at 22:52| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年04月16日

沢が流れ込む先は明丸海岸 波打ち際は哲学者の時間


休日を南阿波サンラインで過ごすことぐらい
おだやかで心が弾むことはない。
海岸性照葉樹の森と海崖が一体となった場所を
道がなぞって曲がる度に新たな発見があり
生きていく気持ちが筍のようにふくらんでいく。
(気持ちがふさいでいる人、行ってみて)

外ノ牟井浜からさらに南下する。
明丸海岸へ降りる前に第3展望台へ立ち寄ると
花が散ってしまったソメイヨシノに
たった一輪(一房)だけ残っている桜があった。
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散った花びらからさえ蜜を集めて飛び交う
(世界の片隅で営まれている生命の一コマ。この積み重ねが進化と絶滅だね)
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路傍の花、その思いがけなく空間ににじむような純白に
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沢が流れ込む先は明丸海岸。
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波を見ているだけでごちそう。
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海辺に咲く山野草を探してみた。
これはキランソウで高さは1〜2センチ程度。
(何か特殊な機材を使っている? ミラーレスの標準レンズで中間リングを入れているだけ。フジX-T2+XF35mmF1.4 R)
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足元の山野草に目を留める人は少ないけど、目線を落としてやれば花は饒舌(コバノタツナミソウ)
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種類はわからないけどスミレの仲間
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かつて昭和の時代に観光開発が行われた南阿波サンラインも
いまでは道路だけが取り残された。
そこに息づく生態系とヒトとの濃密な関係は
ホモ・サピエンスが失いかけている自然への感性を覚醒させる。

「徳島には何もない」と自虐的に表現するのは
頭でっかちで感じない心。
自由で制約のない時間と空間に魂を遊ばせることができれば
もっとヒトは過去に戻れるし、そこから未来を俯瞰できるはず。

真空で鉛筆を完全な垂直に立てたとしても
いずれかの方向に倒れることから
南部陽一郎さんは自発的対称性の破れを発見した。
対称性が破れることで真空にムラを生じて(真空の相転移)
素粒子の動きにくさを生じ
質量を形成するヒッグス粒子にまで辿り着く。

ホモ・サピエンスに比べると
言語能力が劣っていても大脳のある領域が大きかったと想像される
ネアンデルタール人はもっと自由に時間や空間を認識し
それを自分が感じるままに表現していたはず。

70億人もいるヒトが地球上の独裁者のようにふるまう現代は
(政治も世界の随所で独裁政治がはびこっている)
人類滅亡への滑走路を滑っているように思える。
それは必然なのかもしれないが
そうでない生き方があるのではとも考える。
posted by 平井 吉信 at 23:08| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年04月15日

南阿波サンライン 外ノ牟井浜の休日


南阿波サンラインに入って
目に止まったボタンザクラに車を停めた。

花見と称して桜をほとんど見ない人もいるけれど
角度を変えつつ木から漂う花の精気を感じつつ
気がつくとほとんど1時間。
空が青いから余計なことを考えず、
桜だけに集中できる。
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トンネルを越えるとそこは太平洋だった。
すぐに外ノ牟井浜(とのむいのはま)へと降りていく。

波が打ち寄せる。
見ていれば時間が過ぎていく。
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休みの日だというのに誰もいない。
目で波を追いかけると
波の切り口から海底が見える。
太陽はそこまで達している。

動画にしてみた。
長くない再生時間だけど海を感じてみて。






目を閉じると陽射しがいっそうしみてくる。
そして波の重なりの多重録音が低い共鳴音を奏でたり
小石を巻き上げるときに小鳥のさえずりを奏でたり
ガラスのこすれるようなきらめきを放ったり。

外ノ牟井浜だけで一日が終わりそうだ。
いや、終わるのではなく、
生きることの始まりが毎日訪れているのだ。

追記
人家がほとんどない南阿波サンライン(室戸阿南海岸国定公園内)にあって
唯一、海洋生物の研究所が外ノ牟井浜にある。
(こんないい環境で研究開発ができるなんてうらやましい。昼休みに浜まで歩いて2分!)

この浜の清澄な海水を使ってプールで生産されているのが、
美波町特産のアオノリ。
この海域は無人の海岸線で流れ込む川がないこともあって
生活雑排水の影響がない。
(山から直接降りてくる沢はたくさんあるが水質汚濁は皆無)

砂やゴミなどの介在物がない人工環境での生育でもあり
安心して食べられる。
お好み焼きやみそ汁、パスタなど応用範囲は広い。
「日和佐あおのり」(2種類ある)
http://www.pref.tokushima.jp/takarajima/docs/2014012200349/
http://www.pref.tokushima.jp/takarajima/docs/2014012200394/
道の駅日和佐では手に入るが、県内のスーパーで見かけることもあるかもしれない。
posted by 平井 吉信 at 22:49| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年04月10日

ネアンデルタール人への思いはいまも


強い者が生き残ると考えている人は多いだろう。
ところが進化については必ずしもそうとは言えない。
むしろ強すぎると生き残るのに不利になるような気がする。
(以下は生物学的な考察ではなく感覚的な感想に過ぎないのだけれど)

我が世の春を謳歌した恐竜は
6,500万年前の隕石衝突がきっかけとなって
一瞬のうちに絶滅したとされる。
(地球がその時々に全生命体に与える究極の試練、全球凍結や灼熱地獄などを経験した生命はその度に劇的な進化を遂げた。試練は機会となることを胸に刻んでおくとつらいことがあってもむしろ励みになるはず)

そんななかで生き残ったのは
強者の陰に隠れて細々と生きていた哺乳類の祖先だった。

強すぎるとどんな弊害があるのか?
環境に適応して勢力を伸ばす(増やす)ことになる。
これは間違いないだろう。

ところが環境の変化が起こり
生態系の変化が起こる。
生態系は連鎖しているので
頂点に立つ種への影響は計り知れない。

企業経営にも当てはまる。
あまりに我が世の春を謳歌している企業は
ビジネスの革新は自分の首を絞めることになりかねない。
(つまり収益の要となっている自社の主力事業を自社の新規事業が浸食していく)

ビジネスモデルの革新は
潜在的な需要を喚起するとともに
それまでの支配(競争)のルールを書き換えてしまう。
強みの源泉となっていたことが変化への障壁となって
ビジネスが成立する世界観が崩れてしまう。
強者の企業が強みを磨きつつも
多角化や複合化に走るのは革新への怖れからだ。

人類の場合、ぼくにとって謎であったことは
ネアンデルタールと現代人(ホモ・サピエンス)との関係である。

古い教科書には、ネアンデルタール人は現代人につながる旧人と記されていたが
いまでは紛れもない現代人として「ホモ」の冠称を付けて
「ホモ・ネアンデルターレンシス」ともいう。

ネアンデルタール人は、体格に優れ、脳の容積も
当時のクロマニョン人と比べても大きかった。
色白で褐色の髪をしていたとされ
スーツを着ていまの東京を歩いていても
誰も振り返ることはないだろう。

それなのに絶滅してしまった。
もっとも近い種族として
同じ地球上で試練や豊かさを分かち合った親しい仲間として
ネアンデルタール人への哀愁と感謝を込めて
ぼくは生きている(おおげさではなくそう思っている)。

おさらいだが
ネアンデルタール人は異なる人類である。
白人と黒人は随分見かけが違うので別の種類の人類のように見えるが
同じホモ・サピエンスである。
(70億人がほとんど同じDNAを持つということは、ホモ・サピエンスが小さな集団から再出発したことを意味している)
ところが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは
遺伝子の配列が異なる。
もしかして見た目の違いは
同じホモ・サピエンスの白人と黒人の差が
異なるヒト属である現世ヨーロッパ人(ホモ・サピエンス)と
ネアンデルタール人のそれよりも大きいかもしれない。

ネアンデルタール人はホモ・サピエンスとの生存競争に敗れたともいえる。
それはなぜか?
数年前のぼくは、言語能力の差があったこと。
世代交代につれて生存を左右する知恵の蓄積と
それを共有する能力の優劣につながったという説を信じていた。
(わずかな骨格の差から発音の明瞭さが異なるのではないかとの推測による)

もしネアンデルタール人がいまも生きていたなら
大相撲の横綱はすべてモンゴル人ではなく
ネアンデルタール人になっていたかもしれず
脳の容積は知性に比例するのであれば
ノーベル賞の受賞率はホモ・サピエンスより高かったのではないか。

当然、異なる人類同士なので争いは起こったはず。
(同じ人類同士でも争いはあったはずなので)
その際に1対1での戦闘は体力で勝る彼らが上だっただろう。

しかしここでも強者は生存につながらなかった。
約3万年前(諸説あるが)に絶滅してしまった。
ぼくにはネアンデルタール人が文化や芸術の素養を持ち
むしろ争いを避けたのではないかと思えて仕方がない。

ネアンデルタール人は魅力的であったのではないか。
それは科学的な検証を得て復元されたネアンデルタール人の顔から想像する。
ぼくがクロマニョン人だったなら
ネアンデルタール人の女性に惹かれていたような気がする。
ネアンデルタール人のなかにも
ホモ・サピエンスの異性に惹かれる場面があったのではないか。

そう思っていたら
数年前に衝撃的な本が出版された。
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は混血していた、
現代人のなかにネアンデルタール人のDNAが生きているというのだ。

混血で獲得したDNAは特定の病気に罹りやすいデメリットをもたらしたが
それ以上に利点ももたらした。
異なる種族で受けつがれた遺伝子がもたらす多様性が
種の保存に有利に働いたのではないか。

ぼくが言いたいのは
現代に生きるホモ・サピエンスの画一的な生き方に危うさを感じるということ。
(みんなが同じものを良いと思って同一性を極限まで推し進めていく生き方)
言い換えれば、絶滅に向けて束の間の繁栄を謳歌しているようにも見える。

諸行無常、万物流転などの仏教の考え方や
生物多様性の価値や意義という生態系の視点に立てば
一人ひとりどのように生きていくかを自分で考えて
忖度とかSNSへの依存などではなく
自分のモノサシで生きていくことが何より必要なのではないか。

感情の動きをかたちにした非言語的な表現(芸術)をネアンデルタール人は持っていた。
一方で言語を道具に知識や知恵を体系化して承継していったホモ・サピエンス。
ホモ・サピエンスの社会で生きていくという現実を見据えながらも
ネアンデルタール人のような生き方や思いに共感しながら生きていきたい。

NHKで全3回シリーズで始まったNHKスペシャル「人類誕生」。
http://www.nhk.or.jp/special/jinrui/
今回はCGでの動きに最新かつ細心の技術や感性を取り入れている。
アルディピテクス・ラミダス猿人の動きは出色であった。
次回(5/13)は「そしてヒトが生き残った」。
(いよいよネアンデルタール人が登場する。ホモ・サピエンスとの関係はどのように描かれるか楽しみ)

およそ20万年前に生まれたホモ・サピエンスは、アフリカを旅立ち中東へと足を踏み入れた。そこで待っていたのは、別種の人類ネアンデルタール人との出会い。彼らとの混血で獲得した遺伝子が、私たちの進化に大きく貢献したことが分かってきた。
しかし、出会いからわずか1万年ほどでネアンデルタール人は絶滅。なぜ私たちの祖先だけが生き残ったのか? カギを握っていたのは、ホモ・サピエンスの「弱さ」とそれを補うために進化させた「協力」だった。(番組紹介文から)


ライバルと比べて圧倒的に不利な状況や乏しい経営資源だったからこそ
大きな飛翔ができた。
それを企業経営やプロジェクトで描いたのが
プロジェクトXであった。
弱いからこそ、道を模索する。
そこに人類の繁栄につながる大切な行動があったとしたら
現代の人類の生き方はその方向から逸れている。
ネアンデルタール人がかつての友朋に警鐘を鳴らしているように思えてならない。

人類の起源と進化については
年々新たな事実が書き加え(書き換え)られているのだ。
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posted by 平井 吉信 at 20:18| Comment(0) | 生きる