2017年11月29日

森山愛子 歌の切なさを抱いて眠る


以前に紹介した森山愛子
近頃新譜が出たことを偶然発見した。
http://amzn.to/2iZshHp

YouTubeで探しているうちに
いつも聴き入ってしまう。

まずは韓国に由来する楽曲。
情感の深さがありながら
歌におぼれない客観性がいい。
彼女の個性の深いところで結ばれているような。
(国籍とか国境とかではなく)

約束
https://www.youtube.com/watch?v=Mcr_4t8Py6w

イムジン河
https://www.youtube.com/watch?v=fsIvdibXogI

なごり雪
https://www.youtube.com/watch?v=6L-C_hbGunc

彼女の舞台姿も神々しい。
この人はスタジオ録音よりもライブで力を発揮する。
人が生きているから持つ負の感情さえも
肯定しながら溶かし解き放つ彼女の歌の力。

大富豪がいて、彼女が歌いたい歌を
現在の時世のままアルバムとして閉じ込めてもらえないのだろうか。

彼女の看板となっている赤とんぼはこの歌唱がいいと思う。
以前の彼女は美声を朗々と響かせていた。
でも、それは曲の魂を声が遮っているような気もした。
ところが…。
(1分50秒ぐらいから)
https://www.youtube.com/watch?v=6J2f-pLI6c8

弱めの冒頭の歌い出しは深い。
数え切れない魂をなぐさめるように空間を移動していくような。
秋空にそっと放たれた赤とんぼが夕暮れに凛ときらめくような。
最後の歌詞に万感を込めて東北の夜空をいつまでも漂っているような。

歌の切なさを響かせて今宵も眠る。


posted by 平井 吉信 at 00:13| Comment(0) | 音楽

2017年11月26日

冬が来る前に 紙ふうせんから未来に


もう冬が来てしまったと思えるこの頃、
あの曲を思い出す。

あの曲とは、「冬が来る前に」。
1977年に発表された紙ふうせんの代表的な楽曲。
ピンクレディー台風が吹き抜けるなかで
キャンディーズの解散や渡辺真知子などのデビューがあった時代。

切ない感情は誰の胸にも覚えのある現実感。
この曲を弾きたいと思ってギターを鳴らしたことがある。
詩と旋律が一体となったとき現れる世界に心が震えた。
Amの出だしで調性はハ長調とを行き交う。
若さが何かを求めて揺れ、
E7での変化で不安げな歌詞との一体感、
マイナーとメジャーを行きつ戻りつAmに収斂されていく。
リズムもコード進行もどこにでもあるような楽曲なのに
感傷は心のひだをひたひたと濡らす。
駅までの遠い道のりを振り返ることなく歩み続けた10代。

「冬が来る前に」はフォークデュオ全盛期の傑作だと思っている。
デュオの女性リードヴォーカルでは平山泰代がもっとも好き。
現実感、生活感を持った声だから、生きる情感が響くから。
もし当時のシングルレコードが再発売されたら買いたいと思える唯一の盤。

実はきょう(11/26)兵庫県でリサイタルが開かれている。
行きかったのだが…。
http://www1.gcenter-hyogo.jp/contents_parts/ConcertDetail.aspx?kid=4296111103&sid=0000000001

コンサートのご盛況を願いつつCDを聴いている。
それは、2014年に発売された結成40周年記念のCD。
http://www.sonymusic.co.jp/artist/KamiFusen/info/440338

Web上の動画ではかつての姿も近年の歌唱も見られる。
いちいち紹介はしないけれど
画面に見入ってしまう。
(いまも変わらぬ歌唱を見せる平山泰代さんは同世代の人たちへのエールとなっている)。

2014年に発売された「冬が来る前に 〜なつかしい未来〜」と題されたアルバムは
若い頃からのライフワークである伝承歌なども発掘しつつ、
未来に伝えていくという気持ちが込められている。
http://amzn.to/2A66J5L

東京五輪まではコンサートを続けると。
もうあと2年少々。
行きたかったけれど、しばらくはCDで。


ホテルモントレ神戸の中庭で待ち合わせて
老舗のコーヒー店で香りを楽しみ
ハンター坂をふたりで上がっていったあの日を思い出した。


追記

昭和のフォークデュオはいまも活動を続けている。
ダ・カーポ、トワ・エ・モワ(白鳥恵美子)、紙ふうせん、チェリッシュ…。
例えヒット曲が出なくても
音楽を大切に抱えながらときを過ごしてきた人たち。
還暦を過ぎてもなお自分たちのペースで音楽活動を続けておられる。
その姿に尊敬と憧れを感じてしまう。
トワ・エ・モワの「風のリボン~トワ・エ・モワが歌う美しい日本の歌」も寝る前に静かにかけている。

posted by 平井 吉信 at 20:58| Comment(0) | 音楽

2017年11月06日

秋の高丸山 ブナの森に霧がかり 音のない世界がしんと


春の桜は生きる糧となっているけれど
秋の紅葉は、しみ入るものがある。
子どもの頃、唱歌の「紅葉」が好きで
秋が来ると近所の山中を駆け巡っては口ずさんでいた。
そこには山から下りてくる小さな沢があって
色づいた落ち葉を集めていたのだ。

この曲の歌詞は日本語を磨いて言の葉の玉が透きとおるようだ。
このような端正で耽美な世界が唱歌にはときどきある。

「紅葉」を感じたくて山へ出かけることにした。
秋の山の天候は安定している。
昼過ぎに家を出て高丸山へと向かった。

勝浦川最大の支流、旭川は光が差し込めて水が踊る
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駐車場は満杯だが、ほとんどがまもなく降りてくるだろう。
その人達をやり過ごしたら
秋の残照を浴びてブナの森の静かな逍遥が待っている。
それこそ秋に浸ることができる。
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高丸山は、千年の森として県が保全と活用を図ろうと
指定管理制度によって地元の有志や団体でつくる組織がその役割を受託している。
高丸山はその中腹にある神社周辺のブナ林が白眉。
けれど、増えすぎた鹿のため
ブナの森のススタケが消えようとしている。
そこで、この団体が柵で囲って保全活動を数年前から始めた。
(県からの要請ではなく自主的に行っている)
また、枯れ枝が宙にぶら下がっている箇所の下を立ち入り禁止にしたり
迷いやすい東側の尾根ではロープを張って踏み跡をはずさないように配慮している。
駐車場から下には植樹を行い、幼木とはいえ森の様相が感じられるようになった。

とはいえ、南限に近いブナの森であるため
今後の温暖化の進展でブナが生きていけない環境に変わるかもしれない。
鹿が増えすぎた最大の要因も温暖化で冬を越しやすくなったからだろう。
生態系をめぐる危機的な状況を理解し
森を守る思いを感じつつ散策するのも良いかと。

登山道が沢から離れるところで尾根を登るのと
神社のあるブナの森へと分岐がある。
その平坦な森で植生の回復を図ろうとしている。
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曇りがこの日の基調。ときどき薄日が射すと登山道に秋のぬくもりが宿る
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秋は単調な色彩に無限の階調を見せる
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樹木のトンネルの光の明暗を新鮮に感じる
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山頂へ着いて遅い昼を食べる。
手作りのそば米雑炊、おにぎり、柿とともに煮込んだ根菜がおかず。そして、バナナ。
(こんなところで味の濃いコンビニ弁当は食べたくない)。
行動食にはチョコレートも。
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雲早山が左端に見えるが、やがて雲に隠れた。
難路といわれた高丸山からの縦走路もだいぶ踏まれるようになったが
高低差が大きく距離が長い。しかしそこを一日で往復する強者もいる。
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食事のあと尾根を東へ下っていく。
登りとは異なって低木の自然林のゆるやかな尾根が横たわる。
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スズタケかクマザサかはわからないけれど、存在に安堵する。
山の表土を守ってくれるはずだから。
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背の低い天然林を降りていくと人工林の森に出て
西へと向きを変えて戻っていく。
人工林は沢を渡ったところで天然林に変わる。
神社のある一体が高丸山のブナ林である。
しばらくは森のオブジェを探しに森を歩く。
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いよいよ核心に入って頃、
霧が立ちこめるようになった。
もはや高丸山の山域に誰もいない。
物音ひとつしない、風の音すらしない、葉ずれの音も聞こえない。
無音の森が一日の終わりを迎えようとしている。
いい、こんな時間がたまらなくいい。
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曇りのやわらかい光が全体にまわることで紅葉は鮮やかさとともに
幽玄の照り返しを見せる
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霧が出てくると森は深沈と沈み、湿度が音のない世界をさらに包み込む
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相方がフジフイルムの小型のデジカメ(X20)で写したもの。
いつのまにか無意識にレンズの目を持つようになったよう。
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上勝町の中心部まで戻ってきたら夜の闇に包まれた。
秋なのに桜が咲いていたので写真を撮ろうとしたが、
夜の帳に花びらは溶暗し
月ヶ谷温泉は湯屋の光をまとって川向こうで瞬く。
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タグ:高丸山
posted by 平井 吉信 at 21:59| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年11月04日

文化の森のPJM 人は足早に立ち去っていく


文化の森でプロジェクションマッピングを行っていた。
誰も見に来る人はいなかったが、10分ほど滞在していると
親子連れが1組やってきた。
というより、図書館の帰りに立ち寄ったらしく
ほどなく場を離れた。
もう見慣れてしまったのだろう。

最新の技術は時間とともに色あせていくことが人々の行動から見て取れる。
それでも税金を投入して行われている以上、
多くの人に楽しんでもらえたらと紹介することとした。
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光と音のプログラムは制作者自慢の技術なのだろうが
琴線に触れてこない。
参加者が関われる仕掛け、参加者とともにつくる創作というところは買えるが、
そこに風土の匂いがしない。
(ほんものの滝だったら、半日滞在しても飽きないのに)。

先月見た勝浦町のあかりの里さかもとはこんな感じ。
住民の手作り感がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181290730.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

虫の声、風のざわめき、遠い国から聞こえてくる足音…
まるで昔話が出現したような錯覚を受ける。


posted by 平井 吉信 at 19:14| Comment(0) | 徳島