2017年10月29日

機械の刻む音楽をずらして人間の感じるリズムで奏でる(生きていく) 


前ブログからの続き
ベートーヴェンが好きで
9つの交響曲、32のピアノソナタ、5つのピアノ協奏曲、16の弦楽四重奏曲の全集を
それぞれ何セットか持っている。

ベートーヴェンのピアノソナタで名演とされるバックハウスを聴くとわかる。
バックハウスは効果を狙わないピアニストで感傷的な表現はほとんどない。
ぶっきらぼうに聞こえるぐらいだが、一方で慈しみや愛おしさが伝わってくる。

バックハウスはインテンポではなく、実は細かく揺れている。
表現のために「揺らしている」(アゴーギク=テンポの伸び縮み)のと
演奏者も意図せず「揺れている」のとでは違う。
バックハウスは「揺れている」。
指導者によっては船酔いのような感じ、技術的な欠陥と指摘する人もいるかもしれない。

ぼくはそうは思わない、感じない。
むしろ、正確なリズムで刻まれた音楽は生理的に退屈してしまう。
(これって言葉に説明できないけれどわかる人はわかるでしょう)

人間の耳には機械的に刻まれたリズムは音が出た途端にわかる。
なんだか独特の「退屈感」が漂う。

ポップスやロックにおいてもリズムの揺れがあるのが普通。
それをメトロノーム(リズムボックス)を置いて合わせると
期せずして出てくる「つまらない感」は音楽の生命を奪っているよう。
マルチトラックでリズム合わせをしての被せ(多重録音)を否定はしないけど
名作「A LONG VACATION」はスタジオだけでしか再現できない。

フルトヴェングラーのベートーヴェンはテンポの変化を効果的に曲想に活かしている。
そのフレージングは思いつきではなく、潮が満ちて引いていくように深い呼吸で自然だ。
テンポの揺れというよりは意識的に動かしているが、
表現のための人工的な技術ではなく深い呼吸を感じさせる。
人間の音楽であるベートーヴェンは
指揮者の大きな呼吸のなかで意識を持って再創造されていく。

ぼくが中学1年生になって音楽の授業を受けたとき
衝撃を受けたのがこの自然な動きを取り入れたピアノ伴奏なのだ。
こちらのブログに書いてある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/179274151.html

渡辺真知子の初期のほとんどの楽曲は
人間が奏でている。
座長は羽田健太郎だったそうだ。
(マクロスでもいい仕事をしたよね)
調べてみるとこんな人たち。
(業界の人には説明の必要もないメンバーでしょう)

田中清司 ドラムス
高水健司 ベース
矢島賢 ギター
ラリー須永 パーカッション
栗林稔 キーボード
羽田健太郎 ピアノ

この人たちはレコーディングメンバーであるとともに
コンサートツアーも担っていたという。息が合っているわけだ。
FM音源だが、スタジオライブを聴くことができる。
しかもリバーブがかかっていない自然体。
(これは珍しい。これはいい!)
素のままのヴォーカルとともに、
ミュージシャンが一発勝負の腕と魂で乗っている。
https://www.youtube.com/watch?v=GoMcVKgfGqg
(1978年のFM音源)

ここでの「かもめが翔んだ日」(37分56秒〜)も
1番から2番の間奏で加速、さらに終盤に向けても。
もともと乗っていくタイプのアーティストであるだけに
健太郎さん率いるリズム隊が彼女の鼓動を感じつつ(多少の煽りも入れつつ)、
渡辺真知子が勢いに乗じて歌い上げる。
疾走感がたまらない快感や共感を生み出している。

人工知能に取って代わられる仕事が多く出てくるが
AIを使いこなす新たな職業も出てくる。
それは「論理的に正しいこと」と人間の感情を調整する役割だろう。

音楽っていいな。

posted by 平井 吉信 at 11:34| Comment(0) | 音楽

2017年10月28日

渡辺真知子「いのちのゆくえ〜〜My Lovely Selections〜」から


富岡の阿南駅前のセイドー百貨店のエスカレータを上がっているとき
店内を流れてきた音楽に釘付けとなった。
 
現在、過去、未来、あの人に逢ったなら… 

「掴み」の冒頭からあふれだす才能のきらめき、
 
ひとつ曲がり角 ひとつ間違えて迷い道くねくね

いつでも、という言葉の代わりに畳みかける新鮮な語感、
こんな曲があるのか、と足が止まった。

久保田早紀の異邦人と同様、
これまで聴いたことがない世界からきこえてきた音楽だった。

続いて「かもめが翔んだ日」「ブルー」と提示された三部作の世界観。
(特にこの2曲は突き抜けているよね)
切なさが疾走する。
でも、べたべたしない。
失恋は若者の特権だけど、
自分の体験に触れてそして高い空へと昇華してくれた―。
そんな思いが多くの人の琴線に触れたのかも。

しかも自作自演(「かもめが翔んだ日」のみ作詞が伊藤アキラ)。
この「ブルー」の映像を見て。
憂いをたたえた表情から一転して情念で迫る。
https://www.youtube.com/watch?v=AB1rX49xGws
目の語り掛けの強さ、リズムの躍動感、
情念の深さにぞくぞくする。
ふっと目を上げる、伏せるなど歌と一体となっている。
女優のようだ。

生の一発勝負でこのパフォーマンス。
「かもめが翔んだ日」
音符の洪水、歌の氾濫、音の空間を泳ぎわたる。
https://www.youtube.com/watch?v=R2vr0KwtgfE
なお、スタジオ録音(つまりシングルレコード)でも
曲の後半に向けて加速しているように聞こえる。
3分少々の時空間が渡辺真知子に染まり
その空間がさらに彼女に力を与えているようにすら見える。
(若さっていいよね。いまの時代の音楽とは好き嫌いではなく優劣かも)

歌しかない歌手と、形容する言葉もない聴き手。
この三部作は贅の極み(ごちそうの大盛り)なので
あとに続く楽曲が大変ではなかったか。

それからしばらく経った頃の映像と思われるが、
太田裕美との競演も同窓会のようで愉しい
https://www.youtube.com/watch?v=Ejzg9Jun5OM

たがが恋の絶唱
https://www.youtube.com/watch?v=hxC0MKVK70o

CDはといえば、手元に当時1,000円でヒット曲を6曲収録したアルバムを持っていた。
でも、彼女は現役のシンガーである。
「現在」と「過去」をつなぎながら「未来」へのメッセージを受け取ってみたい。
そこでいのちのゆくえ〜My Lovely Selections〜と題された
3枚組のCDを買ってみた。

ヒット曲、ファンが好きなアルバムからの楽曲が1枚目と2枚目に、
そして2010年以降の歌唱を中心に、
デビュー前も含めたライブ音源で構成された3枚目。
本人選曲の選び抜かれた楽曲を
ソニーの誇るCDスタンプ技術、Blu-spec CD2で提供。
ぼくの装置でCD選書の録音と比べたら、やはりBlu-spec CD2が良かった。
一聴して「選書」盤が鮮度と音場感が高いように聞こえるが
音楽の実在感に優るのは後者。
帯域では中低域の充実感がきいている。
それと声の成分(中域から中高域)がストレスなく伸びていく。

このCD、本人直筆のサインが入った写真集が付いてくる。
(この特典はソニーミュージックの直販のみ。冒頭の写真は宮崎あおいかと思った)
https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?cd=MHCL000030313
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YouTubeの音源を見て
スタジオ録音を聴いても温度感が変わらないのは
いつも全力でぶつかっているからだろう。
感動を伝える前に本人が崩れてしまう(テクニックの破たん)ライブパフォーマンスがあるよね。
テクニックが失われても魂が伝わるライブパフォーマンスもあるよね。
でも、テクニックと歌の魂を高い次元で持っていたら
スタジオとライブは変わらない。
(レコード盤を買って、スタジオ録音のおとなしい整然とした演奏に物足りなさを感じた人はいるでしょう)
渡辺真知子はいつも全力でぶつかっていったのだろうし、
荒削りであってもそれを制御する歌唱力を持っていた。
(表現こそ違うがキャンディーズもそうだった。スタジオとライブの差は感じられない完成度があった)
瀬戸際のような楽曲をうたっても
その4分を描ききれるから陳腐にならない。
何を伝えるかではなく、いかに伝えるか―。
切なさへの共感と、きれいごとではない情念のうねり。
この表現力、浸っても心地よさを感じるのは
彼女が真剣勝負をしているから、そして聴き手をいつも楽しませようとしているから。

まとわりつく情感と大胆なフレージングが近年の歌唱。
ゴスペルシンガーのようだ。
かもめが翔んだ日も3枚目に収録されている2013年ライブ音源では
スペイン語が紛れ込んできたと思ったらファドの世界だ。

往年の名曲が、コード進行も曲調も一部転調なども取り入れ
ソロの楽器が活躍するジャズの要素もある。
もはや外観など取り繕わない。あるのは歌のみ。

でも、かつてのヒット曲はあの頃のほうが好きだ。
表現しようとすれば楽曲のみずみずしさから遠ざかる。
(年輪のうまみが曲想を活かすとは限らない)
あの頃は何もせずそのまま歌うだけで音楽と一体だった。
世阿弥のいう「時分の花」(何もしなくても匂い立つ表情が魅力の二十代)。
20代に咲く花もあれば、60が近づいて咲く花もある。
そこには35年の歳月がある。


渡辺真知子の人生をかけたメッセージには
過去の回想だけでなく、未来への伝言も含まれている。
渡辺真知子 いのちのゆくえ 〜My Lovely Selections〜

posted by 平井 吉信 at 13:50| Comment(0) | 音楽

2017年10月27日

砂美の浜 地球の休日


仕事で牟岐にやってきたら砂美の浜を見る。
ほんのひとときだけれど、これがいい。
いつもこの時期はアオリイカ釣りを誰かがやっている。
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時間を波で描いたらこんな描写にならないかと。
だって、時間が遅く過ぎていくような気がしたから。
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posted by 平井 吉信 at 23:08| Comment(0) | 山、川、海、山野草

紫の残光は夕焼けへの架け橋


そんな予感はあった。
那賀川橋(古庄)の上で信号停止のとき。
東の空に紫色のニュアンスを感じた。
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もしかしてこの様子は?
5分後には降り注ぐような夕焼けとなり
2分後には闇に消えていった。
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posted by 平井 吉信 at 23:04| Comment(0) | 山、川、海、山野草

暮れなずむ松山市駅 空もまちも七色変化


松山へはJRだと大回りになるため高速バスを使う。
松山I.Cを降りてバスは外環状線を西へ走り出した。
(どうしたのだろう?と下車後にわかったのは新たな停留所ができたため、コースが変わったとのこと)
外環状と並行して重信川が走る。
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坊っちゃんスタジアムが右手に見える。
でも市の中心部(大街道、松山市駅周辺)へは大回りになったように感じる。
(大街道で降りるつもりだったが、大街道が終点となってしまったことで時間がかかるため、市駅で降りて歩くことにした。このコース変更は、従来からの利用者に受け容れられるだろうか?)

まろでそばを食べて市駅方面へ歩き出す
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一句ひねってください
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地元の青果事業所の直営ジューススタンド。みかんの王国だから。
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仕事を終えて市駅へ向かう途中で夕暮れとなった。
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高島屋の観覧車の左に上限の月。
上限の月を見るのも久しぶり。
(どこかの歌詞にあったような)
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市駅前に色彩をまとって夕暮れがやってきた。
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松山市駅は、通勤通学、買い物、塾通いの人たちが
路面電車(市街地の道路を走る)、郊外電車(線路を走る)、
路線バス、高速バス、タクシー、車、自転車が交錯する交通の結節点なのだ。


posted by 平井 吉信 at 22:26| Comment(0) | まちめぐり

2017年10月24日

高知の帯屋町筋 快晴の昼から黄昏のはりまや橋まで


土佐の高知のはりまや橋で♪とうたいたくなるような秋晴れ。
台風の父や母、兄や妹など台風一家が去ったあとの快晴。
(と小学生の頃は思っていた)
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はりまや橋商店街では百円商店街をやりよう。
日本初の木造アーケードがランドマーク。
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大丸南口に向けて川沿いを移動。
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帯屋町では、チェントロができて
来年7月に図書館ができるということでますます賑わう。
この人出をどう回遊させるか。
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高知県庁は建物からおもてなしのオーラが出ちゅう。
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さてと高知市内での仕事を終えて(日帰りなのだけど)、
ひろめで(高知市帯屋町筋にあるひろめ市場のこと)小腹に入れるものを。
ぐるっと回って、たたき丼を(本池澤)
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バール・バッフォーネが開くまで待ってもよかったけれど。
(これは前回来たとき)
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代わりにてんこすで、ダバダ火振を見つけて購入。
(高知で有名な栗焼酎。以前は四万十川遊びの折に大正町の蔵元まで買いに行っていた)


だんだんまちも暮れていきゆうね
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これからがこのまちの活気が出る時刻。
南国土佐をあとにして、ぼくは足早に家路を急ぐ。
posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | まちめぐり

停電の立川SA そのとき灯りが戻ってきた


高知へ行く途中にある立川SAはよく立ち寄っている(常連?)。
そば粉100%の立川そばが目的だ。
打ち手の都合で一時中断していたときがあったが再開。

台風が過ぎたものの、JRは牟岐線も土讃線も徳島線も止まって身動きが取れない。
高速バスも発車はするが途中で一部区間は高速を降りるという。
(四国の公共交通機関維持のためになるべく使うようにしているのだが)
時間は決まっていて動かせない。
確実な方法は自分が運転すること。
風は強いが昼に近づくと収まってきた。

吸い込まれるように入り込んだ立川SAだったが…。
食堂の灯が消えている。
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厨房に人がいたので覗き込んでみると、
停電で困っています、とのこと。

そうなが。まあでも、やりゆう。
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店長を中心にお困りの様子。

でも、みなさんいい表情。
ポーズをお願いしたわけではありません。
切り撮ったのはカメラの使い手ですから。

幸いプロパンガスは使えるので
立川そばはできるということでお願いした。

外を見ると、見たこともないほど
団体旅行のバスがつらなって入ってきた。
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そばができたとのことで取りに行く(セルフサービス)。

太い麺を噛む。
出汁がぎりぎりのところで絡んでいる。
手打ちのノウハウで麺の表面に隙間があるのかもしれない。
大衆食堂ふうに七味をかけてすする。
(いいです、これでいいです)。
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ごちそうさま、店を出ようとしたとき、ぱっと点灯。
立川SA、停電から復帰しました!
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おばさんたちの顔に心からの笑顔が戻る。
それを見てぼくは、
きょう一日もよく売れますように!と声をかけて店をあとに。
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posted by 平井 吉信 at 22:38| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ