2017年09月30日

トマトラーメンが食べたくて…。


この店舗は店によって味が違う(質が違う)。
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以前は東予(具体的な地名は書かない)にて
出来損ないのようなものが続けざまに出てきた。
それ以来、東予ではこの店に行かなくなった。

徳島ではこの店が一番最初だったと思う。
期間限定で出ていると聞いたので。

以前にこの店で食べたのはこれ。
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三度のご飯よりもトマトが好きなので
カレーやみそ汁、鍋、そうめんつゆにはいつも入れている。
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鶏肉やパスタなどの定番料理もトマトをベースにつくる。
見映えはしないが、風味は佳し。
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トマトを使えば失敗なく誰でもおいしくできる。
魔法の食材といえばトマトでしょ。

この日食べたのは、温かいトマトラーメン。11月上旬までやっているようだ。
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良かったよ。

ところで、なぜトマトかって?
吉野川の夕陽を見たから。



posted by 平井 吉信 at 23:32| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

吉野川貞光の河原に夕陽が落ちていく


夜の仕事で大歩危方面へと向かっている途中、
吉野川が暮れてゆくのを貞光あたりで遭遇。

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カンドリ舟の人、この夕暮れに何を想って舟を出したのだろう
いや、舟を着けに行くところだろう
まさに落日のとき 逢魔が時
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ご存知でしたか? 
吉野川は、川から太陽が昇り川に沈む全国でも唯一の大河であることを。


余談(追記)

スマートフォンではこういうのは撮れないから。
画像処理で取り繕えるほど自然は割り切れるものではないから。
フジX-T2+XF35mmF1.4 R フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS


iPhoneの新型、テレビで報道されていた。
顔認識? 夜中に緊急の連絡が入ったとして
(例えばエリアメールや避難指示など)
ロック解除を真っ暗な部屋でどうやって?
部屋の灯りを付けなければならず不便。
顔認識? そもそも実物大の写真で可能なのでは?

ホームボタンがない?
ジェスチャーで呼び出す?
使用頻度を考えてみれば
第1関節か第2関節の負荷が増す。
頻繁に使うだけに指を痛めてしまう。

スマートフォンはブルーライト以外にも腱鞘炎の引き金となるうえ、
情報過多で判断機能が働かなくなるなどデメリットばかりのように思える。
うつろな表情で汽車のなかで操作しているのを見ていると
何のために生きているの?と問いかけたくなる。
スマートフォン依存は長寿の大敵、判断力や洞察力の低下を招く。
限られた時間、お金、ノウハウのなかで
情報を絞っていくことが生きる本質と思う。

カメラが良くなってもやはり2万円程度のデジカメには叶わない。
(レンズもセンサーも画像処理も無理があるからどこかで破たんする)。
机の上や頭のなかだけではブレイクスルーには程遠いことを
まだスマートフォンを使ったことがない人間でも見えてしまった新型iPhone。
ぼくにとっての最大の謎は、なぜハードウェアキーボードや
カメラ機能を重視するのにタイムラグの低減にも役立つ
物理シャッターボタンを付けようとしないのだろう。
(いまの時代にプロダクト・インの発想が受け容れられることが不思議)
デザイン優先でインターフェイスが犠牲になっているが
その状態にユーザーを飼い慣らすということか。
(何度も言うけれど長時間操作していたら指の機能が壊れてしまうよ)
CPUや画面解像度などでしか性能を語れないというのは
(ほとんどの人にとっては過剰品質。それは何のため?)
かつての革新的な提案がなくなって
もはやライフサイクルの成熟期に突入。
差別化のためのデザインをしなければならない段階に入った
コモディティ商品になったということだろう。
(好きで使っている人には関係ない話だけれど)


タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 23:11| Comment(0) | 山、川、海、山野草

秋の牧野公園 ゲンノショウコの絵巻に溶け込む


高知県西部での仕事を終えて
充実感を持って帰路に就いている。
須崎西で降りて佐川町へ抜けると牧野公園。
秋の山野草に会いに来た。

真冬を除いて一年でもっとも花が少ない時期かもしれない。
入園者とすれ違うこともほとんどない。
でも、もしかして牧野博士が命名した
ジョウロウホトトギスが咲いているのではとの淡い期待もあって。

手抜き編集でカメラごとに写真を並べてみる。
まずはニコンD7200+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VRで。

彼岸花には紅白がある
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初めて見たスズムシバナ
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佐川駅に向けて走る普通列車
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白く透けるようなキノコ
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三原村の立派な群生には及ばないけれど
牧野博士ゆかりのヒメノボタン。
(今回は三原へ行かなかったので)
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白のゲンノショウコ
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ツユクサの青を引き立てる
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博士が妻の名を付けたスエコザサ
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指数関数の公式のよう
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神山町の特産の山野草、ヒオウギ
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ゲンノショウコ(赤)の群生と溶け合う色のやわらかさ
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タニジャコウソウ
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ここからフジX-T2+XF35mmF1.4 R
花の存在をやわらかく空間に置いてみたいとこのレンズだけ
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山野草を見て癒される、というのは
愛らしい外観を愛でているだけではなく
生命体の細胞レベルが響き合うような気がする。
シャッターを押したのはぼくではなく…。
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牧野公園は多くの市民ボランティアで支えられている。
「どちらからおいでましたか?」
「徳島からです」
おじいさんに山野草のお話しを伺いながら、見どころの説明を受ける。
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牧野公園の話題ではないが
この日は仁淀川本流は濁っていた。
帰り道に193号を通過したが
支流の上八川川がこのありさま。
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それに対して吉野川大歩危は澄んでいた。
10月3日からは世界ラフティング大会が開催される。
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ここからはX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
ジョウロウホトトギスに期待したのだが、開花はまだ。
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牧野公園でもっとも高い場所は物見岩と呼ばれる場所。
佐川城の見張りが置かれた場所だったのだろうか。
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政治、政治家、官僚は要らない。
政党政治は終わっているのに、まだやるのか―。

けれどこの国が好きなのでほかに行くところがない。
どこにもぶつけようがない感情にさいなまれる。
未来への危機感。

中央集権から脱却して自治する地域の連合国家となれなければ
半世紀後にこの国はないように思う。

政治を私物化しているのはどこをみても同じだ。
少しお金を借りたかもらったかで辞めさせられた知事と
今日の日中関係の低迷をつくった張本人の知事とどちらが罪が重いか。
個人の主義主張を公に持ちこんで私物化した結果、
日中双方とも物心両面で計り知れない損失を被った。
それなのに彼をさばく方法すらないとは。

党の名前は異なっていても、戦前の軍国主義を仰ぐ連中ばかり。
根っこがつながっているので
新党であれ従来政党であれ、どの政党を選んでも意味がない。

科学技術立国として源流(研究開発)に投資を行うことが長期的な国家戦略だろう。
内需を拡大させる経済戦略が求められるが、
現政権の経済政策はその真逆を行っている。
さりとて野党も明確な論点を設定できていない。
自分が思うようにならないから苛立つのではなく
未来の世代の幸福がかかっているのだから。
もっと政治のことに関心を持たなければこの国の未来は闇となる。

そんな時代だから
無名の人々の献身的な世話で咲かせた山野草は
冷静沈着でいなさい、愛を持ってできることをやりなさい、と諭す。


posted by 平井 吉信 at 22:39| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年09月26日

四国の東端 蒲生田岬 どこまでが空でどこまでが海なのか


思いついた。
初秋の岬へ行ってみよう。
もっとも近い岬は四国の東端の蒲生田岬(かもだみさき)。

阿南市内の国道55号線から椿泊方面へ入り、ほどなく海辺に出ると
橘湾をたどるように東へ向かう。
おだやかな渚と海岸の植生。
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鳶を間近で見ると大きい
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ふと見かけたナツズイセン
波打ち際が近い場所で夏の名残をとどめて
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かもだ岬温泉を過ぎれば岬は近い。
駐車場に車を停めて目の前の池を散策。
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池は草花、昆虫、散策路
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そして幻灯機のような水面。
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恋人の聖地?のモニュメントを横目で見る人もいれば
そのものずばりの場面に浸っているカップルもいる。
ひとりでもしあわせ、ふたりでもしあわせ。
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岬へと向かう遊歩道で。
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灯台周辺は遊歩道と展望休憩所になっている
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何もない岬で何もない一日、空と海の境界がかすむ。
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この海と空に浸る感覚は幸福そのものでしかない
抜けるような色ではないのに
無限に多くの色と調子の変化を多層に連なった織物のよう。
いや、言葉遊びのようでまどろっこしい。
言葉で置き換えられないものってあるのだ。
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岬には少し遅れて秋がやってきたことを確かめた。
そろそろ夕げの時間。
家路を急ぐ途中で橘湾が暮れてゆく。
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そして黄昏。空は見る方向によって色が違うこと、知っていましたか?
タグ:蒲生田岬
posted by 平井 吉信 at 22:39| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年09月25日

南阿波サンラインの海へ落ちる滝 外ノ牟井浜と 川が流れ込む明丸海岸


南阿波サンラインは徳島県の宝物。
日和佐から牟岐にかけて人家のない海岸線が約20kmにわたって続く。
(牟岐に近づくと海岸段丘上の地形に集落が点在するようになる)

大雨のあとの晴天は外ノ牟井浜をめざす。
なぜってそこにご褒美があるから。

それは海に落ちる滝が出現する。
ぼくもこれまで数回目撃している。
大雨後の晴天と休みが合わなければ行くことはできない。
今回は台風一過の翌日。
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ご褒美はあった。
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海に落ちる滝は海にとっても(魚にとっても)ご褒美。
この水には山のミネラルが含まれている。
もっとも南阿波サンラインは海岸性照葉樹の森だから
ぶなの森のようにフルボ酸鉄が多いかどうかはわからない。
しかしコンクリートに触れることなく
山の恵みがそのまま落ちているのだから
海の生き物にとって恵みとなっているのは間違いない気がする。

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外ノ牟井浜へ来てみると
ハンモックを渚に近い魚付林に吊してまどろむ女性と
その傍らで作業をする男性だけ。
波を枕に風に吹かれるなんて
さすがに楽しみ方を知っている。
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外ノ牟井浜は、波がおだやかであれば良い海水浴ができそうに見えるが
泳いではいけない場所。
ぼくの目には、条件によっては強い離岸流で一気に沖に持っていかれそうな気がする。
この日のように波が高ければ波打ち際を上がるのさえ危険を感じるだろう。
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外ノ牟井浜を動画で見る


でもあとは誰もいない。
ぼくが滞在した2時間ばかりに車が数台来たものの
海を一瞥すると去って行く。
(ああ、もったいない)
ここで浜が提供しているのは滝のある光景(それさえも気付いていないようなのだ)だけでなく
ミネラルの癒しなのだ。
ミネラルヒーリングを九月の海で体感することを提案したのが
「南阿波海部の新しい波〜エコツーリズムによる地域づくり〜」で
国立国会図書館にも蔵書されている。


もうこれだけで満足なのだけれど
さらに南下して明丸海岸をめざす。
海に向かって降りていくここは
サンラインの白眉。
ハンドルを握る者だけが味わえる。
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明丸海岸も渚の北端に沢が流れ込む。
しかもまったく人家のないところを流れてきた水だ。
コンクリートによって一度でも淀まされた水は生きていない。
ところがこの沢は生まれたままの表情で
樹木のアーチをくぐって海にたどりつく。
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南阿波サンラインから明丸海岸へ降りる道はこの先で行き止まりとなっている。
そこには南阿波サンラインモビレージ(宿泊ができる)がある。
周辺10kmぐらいには民家がない隔絶された場所で
空と海と星を眺める旅となる。
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高田三郎作曲の「水のいのち」という合唱曲がある。
山と海をつなぐ川に人の心を映した佳曲。
機会があれば一度どこかで聴いてみたら
もうやみつきになる。
http://amzn.to/2hq5h6l

九月の木漏れ日は夏の名残をとどめながら駆け足で去って行く秋を予感。
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明丸海岸は海水浴場ではないが、場所を選べば泳げるだろう。
泳ぐとすれば南側の浜がいいだろう。
浜の地形からは離岸流の心配も少ないように見える。
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明丸海岸を動画で見る


帰りがけに第1展望台に立ち寄った。
ここは180度の海岸線が一望できる。
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はるかな足元から波の粒立ちが重奏のように重なり響き合う。
地球との接点を忘れない時間となる。
(そういう時間、誰にも必要だよね)

フジフイルムのデジカメには
フィルムシミュレーションといって
まるでフィルム交換をしてフィルムごとの微妙な変化を愉しむことができる。

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これはクラシッククローム。
抑えた色調と暗部の立体感が陰翳をつくる。

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こちらはアクロス。
深みのある再現でモノクロームに一石を投じたもの。
まあ、これはマニアックな話題だけど。

南阿波サンラインには漁港のような人の生活の匂いがないだけに
いっそう自然が寄り添ってくる。
と同時に、
世の中のおかしなこと(それでいて誰も批判しない、気付かないこと)が見えてくる。
本質でないところに目が行ってしまう人、焦点をずらされているのに気付かない人、
しかし人生は誰もがそのような矛盾を抱えてそれを顕在化させないように生きている。
それでいい。

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充実感に浸りながら国道55号を北上する。
那賀川を渡る頃にはちょうど夕暮れ。
幼い頃、アユを飛ばし(毛針を付けて浮きで流すアユ解禁初期の釣り)で釣ったところ。
そして叔父が濁流に呑まれたところ。
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恵みと災いをもたらす自然と良い感じで向かい合う暮らし(考え方)が
残りの人生の時間をゆっくりと進めてくれる。
なるほど、エネルギー = 質量×光速度の二乗とアインシュタインは解いたけど
(美しすぎてためいきが出る数式を頭の思考実験だけでたどりついた天才の凄み。高校のときにこれを見て受験のためというつまらない動機で勉強をするのが嫌になった。その代わり、無目的に賢明に学問に打ち込むようになった)
もし、光速度に近づいたらどうなる? 光の速さを追い越したらどうなる? 
そんな仮定から導かれるなんて。
時間は決して誰にも平等に与えられているようで、実は違う。
可能な限り良い環境を見つけて(感じて)そこに幸福感を据え付けるとともに
時間を全力で駆け抜けていけば、幸福感は自分ばかりか他人にも伝わるようになる、って公式。
それを教えてくれる南阿波サンラインの人生方程式。
(自分だけの時間を見つけてみようと思わないのですか?、と問いかけているようで)

posted by 平井 吉信 at 00:44| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年09月24日

奥大山のおいしい水 そして大歩危のおいしい煎茶


水を買って飲むという感覚はこれまでなかったけれど、
非常用に備えておく水であっても
おいしい水がいいと思った。

ビールを飲まないぼくは
(飲めるけど飲みたくない。強いて飲むときは「龍馬1865」)
炭酸水を1夏に1箱買っている。
すべての炭酸水を比べたわけでないけれど
南アルプスの天然水 スパークリング」が良かった。
ある日、出先で飲みたいと思って買ったのが
レモン風味がした。
ラベルとみると、「スパークリング レモン」とある。

フレーバー水を飲みたいと思ったことはないけれど
人工的な微香ではなく
炭酸とも相まってレモンの本物の風味が感じられ、
しかも水として飲めるというバランス感。

エピソードをはさんでしまったけれど
南アルプスの天然水」を買おうと近所を数件まわったが、
どこにも置いていない。
売れているブランドだと思ったのに仕方がないので通販をと
インターネットを見ていた。
(買い物はなるべく地元でと考えているので)
すると理由が分かった。四国では「奥大山の水」しか買えない。
でも通販購入は止めた。
(わざわざ南アルプスの水を四国で取り寄せるのも違和感があった)

そこで近所のディスカウントストアで並んでいた
奥大山の水(サントリー)。
価格は手頃で2リットル6本入り箱が400円台半ば。

こちらは表からの大山。この日は4月2日だった。
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奥大山は広大なぶなの森に包まれているらしい。
紅葉を待たずに行ってみようかな。
お目当ては木谷沢渓流。サントリーのこのCMのロケ地にもなった。
https://www.youtube.com/watch?v=oyAwtE4i1Uk


でも、四国の三嶺の南斜面を見たとき、息が止まるほどの感動を覚えた。
屋久島も同じぐらい良かったけど
深い森に包まれた渓流の清冽さ、
光を遮りながらも光を宿す深みは一生忘れない。
人生は一度だけしかない。四国に眠る宝物を自分の目で見て回るといいよ。


さて、2リットルは非常用として置いておいて
500mlを1本買ってみた。
冷蔵庫で短時間冷やして飲んでみると
(冷たすぎると味がわかりにくい)
口に入ってあっという間に咽に到達してしまう感覚。
尖った部分がなく澄んでいるのに抱擁感。
木の葉の含み味のようなまったり感というか。

緑茶を入れてみてもこのまったり感は生きている。
丹念に地元の商品を探していくと
世間にはあまり知られていないけれど
とても良い品が見つかることがある。

この「大歩危茶」(曲風園)もそう。
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あるところでいただいたお茶に感動すら覚えたので銘柄を聞いてみた。
それがこれ。
100グラム1,080円と手頃な価格ながら
渋みがほとんどなく甘みもやや抑えめながら
旨味が潤沢に滲みだしてくる感じ。
普段飲みではもったいないけれど
さりとてこの価格でこの品質は稀だと思う。
(いまの時期の入手は二番茶ぐらいかもしれない。それでもこのおいしさなので新茶ではさらに突き抜けてくるだろうね。ただしパッケージは惜しい。雅な雰囲気ではなく、四国の急傾斜地らしい野趣あふれる雰囲気が良いのでは)

隣の新宮村(いまは四国中央市)もそうだが
標高が高く土地が狭いため小規模で茶畑を展開するため
農薬の必要がない地区である。
大歩危地区は新宮と比べてもさらに急峻な地形と
吉野川本流支流から立ちこめる霧に包まれた
質を取るなら日本有数の産地ではないかと。
(道の駅ラピス大歩危は生産地のすぐそばにあるので入手しやすい)
大歩危に行ったときは試してみたら。
(おいしくなければ煎れ方を変えてみて。2番茶なら70度ぐらいかな)




posted by 平井 吉信 at 15:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年09月23日

バッタのようだけど、見たことのない虫


自宅の壁に張りついていたのを見つけた。

バッタのようだが、背中が平板。
触覚が長い。
前足が短いのに後ろ足が長い。
目玉は複眼ではないようだが、身体からすると大きく
昆虫らしくない。
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わかる方、ご教示を。
posted by 平井 吉信 at 22:37| Comment(0) | 家の庭